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一松兄さんが襖を速攻で閉めた。

「トド松」
「はい」
「今のは現実か」
「現実です」
「何かいたな」
「いましたね」
「もう一度開けてみよう」
「はい」

一松兄さんが襖を開けた。

黒い猫耳と尻尾を付けた女の子がいる。

「あっ、ち、違うの二人とも、これは…!」

一松兄さんが襖を閉めた。

「いるな」
「いましたね」
「世界遺産が部屋にあった場合どうしたら」
「世界遺産とか言い出したよ…ポンコツ極まれりだな」

ツッコミを入れるがはっきり言って僕も動揺している。
見間違いじゃなければ、あの猫耳と尻尾は動いていた。まるで体から生えているみたいに。
急に目の前の襖が開いた。

「待って、違うの!ほんとに違うの、こんなはずじゃなくて…お願い、話を聞いて…!」
「トド松聞いといてくれる」

一松兄さんが穏やかに昇天した。

「いや昇天したじゃないよ!一番一松兄さんが聞かなきゃいけない話なんじゃないのこれ!?」
「ほんとにこんなはずじゃ…」

杏里ちゃんは泣きそうになっているし一松兄さんは召されかけているしでここは僕が落ち着かなくてはならない。
とりあえず写真を撮った。


何とかなだめて落ち着かせた杏里ちゃんと部屋の中に向かい合わせで座る。
杏里ちゃんの頭に付いている猫耳はぴこぴこ動くし尻尾は時々ゆらりと動く。

「ほ、本当に生えてるんだ、それ…」
「…うん…」

杏里ちゃんの傍らには一松兄さんの親友が寄り添っていて、大丈夫?と言いたげな視線を杏里ちゃんに送っている。
そして、床に転がっているラベル付きの小ビン。中身が半分残っている。
どうやらこれが元凶らしい。

「おそ松くんからね、デカパン博士って人の話を聞いたの。猫が喋る薬を作ったことがあるって…」
「ああ…あったねそんなことも」
「それでね、私も猫とお喋りできたら、って思って、薬を作ってもらったの」

猫耳がしゅんと垂れる。

「一松くんも猫と話せるようになったら嬉しいかなって思って」
「うん、それは喜ぶね」
「だからこの薬を使って、まず私が猫と喋れるようになったんだよってとこ見せて、びっくりさせたくて…」
「その気持ちだけで一松兄さん充分生きていけるよ」
「で…でもね、私、ラベルをちゃんと読んでなくて…これ、人間が飲むんじゃなくて猫ちゃんに飲ませなきゃいけない物だったの…!」

また泣きそうになる杏里ちゃん。
一松兄さんの親友が気遣わしげに頭を擦りつけている。

「どうしよう…元に戻らなくなっちゃったら…」
「大丈夫だよ。デカパン博士の作る物だったら、大抵ちゃんと効き目は切れるから」
「ほ、ほんと?」
「うん、だから心配しないでいいと思うよ。で、実際猫とは喋れるの?」
「う、うん、何となくこの子の言ってることは分かるんだ」

ちょっとだけ笑顔になった杏里ちゃん。

「そっか、じゃあ効き目が切れるまでその状態を楽しんだらどうかな?」
「…そう、だね。こんな体験、あんまりできないもんね」
「うんうん、その意気だよ!だからさ、一松兄さんもいい加減部屋入ってくれば?」

襖の向こうにいる一松兄さんに声をかける。
一松兄さんは一命を取り留めた後、襖を少し開けてさっきからずっと様子を窺っていた。

「ほら、せっかく杏里ちゃんが一松兄さんのためにこんなことしてくれたんだよ?入ってきなよ」
「無理…」
「何でさ、一緒に猫と遊べばいいじゃん」
「一定の距離を保っていないと俺は自動的に爆発する…」
「何の脅しなの?」

まあ好きな子に猫耳って破壊力抜群だろうけどね、一松兄さんの場合。
それにしても面白いなー、マジで生えてんだ。

「ね、杏里ちゃん、耳触ってみてもいい?」
「うん、いいよ」
「さっきから気になってたんだ〜、体から直に生えてるってすごいよね!」

言いながら耳をそっとつまんでみた。

「ひぅっ」
「あ、ごめん…痛かった?」
「ううん、一瞬背中がぞくってしただけ」
「殺すぞボケ…」
「急に復活してこないでよ!」

光の早さで一松兄さんに胸ぐらを掴まれた。
何かやらしい方に想像したんでしょ。これだから童貞は…

「何か不思議な感覚だったよ!猫も触られるとこんな感じなのかな?…あ、そうなんだ」

猫と会話できているらしい杏里ちゃん。

「何て言ってた?」
「慣れたら普通、だって。そりゃそうだよね」

くすくす笑う杏里ちゃんを僕の後ろに隠れてそっと覗き見ている一松兄さん。
ガン見だよ。怖いよ。捕食者の目だよ。
あーとんでもないことになったなぁ…
僕としては二人にさせてあげた方がいいんじゃないかって思うけど、一松兄さんが服を掴んで離してくれない。
もしかしてこれ、杏里ちゃんが元に戻るまでずっとこの状態…?
だよねー、杏里ちゃんはこの姿が治るまで外に出たくないだろうし。
とりあえずデカパン博士に薬の効き目はどれくらいなのか電話で聞いてみた。
元々猫用に作った物だから、人間が服用すると効力は弱くなるらしい。

「杏里ちゃん、薬が切れるのは一時間後みたいだよ」
「ありがとう。そんなに早いんだ?良かった、一日は戻らないかと思ってた…」
「うん、良かったね」
「一時間…」

一松兄さんが後ろでぼそりと呟く。
そうだよ、こんな杏里ちゃんの姿を拝めるのは一時間だけなんだよ。
さあ一松兄さんは何をする?せっかくだから僕も見届けさせてもらおう。モニタリングスタートだ!

「杏里ちゃんってどの程度まで猫になってるんだろうね」
「どうなんだろう…今のところ、この子と喋れるのと、耳と尻尾の感覚があるぐらいだけど」
「じゃあこれどうかな」
「な、なに」

一松兄さんのパーカーのポケットに手を突っ込む。やっぱりあった、猫じゃらし。
それを杏里ちゃんの前で揺らすと、目だけで追い始めた。耳と尻尾もぴこぴこと反応している。

「わ、わー!不思議!何か追っかけちゃう!猫ってこんな感じなんだ!」
「そういうとこも猫っぽくなってんだね〜……ってて」

両肩に一松兄さんの指がギリギリと食い込んできた。痛い。息も若干荒い。
よく耳をすませると何かぶつぶつ言っている。

「……いいぞ…………いいぞ………」

怖ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!
一体どんな形相をしているんだ。いや、振り返りたくない。
安易にじゃらすんじゃなかった。
助けて…僕の背後に妄執の鬼が…!
僕の肩がメキメキと音を立てる前にじゃらしの対象を猫の方に変えた。
猫じゃらしに飛び付く猫を微笑ましく見守る杏里ちゃん。可愛い。

「一松くんもいつもこうやってじゃらしてるんだねー」
「…」
「……うん、そんな感じ」

もはや言葉を発することすらままならなくなっているらしい一松兄さんの代わりに僕が答えた。
よっぽどだなこれ…ここまでツボだとは思わなかった。
さあ次はどうしようかなー。

「猫ってさ、どこ撫でると喜ぶの?」
「うちのみーちゃんは首回りか背中が好きみたいだよ」
「へー、撫でてみていい?」
「うん、いいって」

杏里ちゃんが猫を抱き上げた。
そっちじゃないんだけどなー。
まあいっか、ギリギリまで猫触ると思わせといて杏里ちゃんを撫でよーっと。
猫まで後数センチというところまで手を近付けて急に方向転換を……する前に後ろの虎に背中を引き裂かれそうになったので大人しくそのまま猫を撫でた。
バレたか。自分ができないからって妨害しないで欲しいよまったく。

「一松兄さん遊ばないの?」
「…無理……」
「一松くん、この子遊んでほしいって言ってるよ」

おっとぉ、杏里ちゃんが猫を抱いたまま近付いてきたぞ!
どうする一松兄さん!

「く、来るな…!」
「え」

あああ、距離を取るパターンか…!童貞ってこういう場合の心の準備とかできないよね〜僕もだからよく分かるよ。自分で言ってて悲しいわ。
拒絶された杏里ちゃんの猫耳がしょんぼりと垂れた。

「ごめんね」
「ち……違う…違う……!」
「さ、君だけで行っておいで」

杏里ちゃんが猫を下ろすと、一松兄さんの元へ向かっていった。
一松兄さんの膝の上に丸くなる猫。
それを抱いて静かに泣いている一松兄さん。
面白すぎる。あ、こういうとこか僕がドライモンスターとか言われるのって。
ふわ、と杏里ちゃんがあくびをした。

「なんか眠くなってきちゃった」
「日向ぼっこの時間かな」
「そうなのかも。猫はよく寝てるもんね」

「窓のそばに行ってもいい?」と言うのでそこら辺にあったクッションを渡してあげた。
しばらくクッションを抱いて日の光にあたっていた杏里ちゃんだけど、ゆるゆると体勢を変えてついに眠ってしまった。気まぐれな行動といい、猫の要素がかなり強く影響してるみたいだ。

「一松兄さん、杏里ちゃん寝ちゃったよ」

後ろを振り向くといなかった。は?
視線を戻すと、杏里ちゃんのそばで小さい猫と大きい猫がすやすやと眠っていた。何なのこの人。爆発するとかはどうしたんだよ。
一日でクビになった猫カフェでもこうやって過ごしてたんだろうか…
つか最初から猫モードだったら普通に交流できたんじゃ…いや無理か。僕たち童貞だもんね。好きな子の前じゃ何モードとか関係ないんだよ童貞って生き物はさ。僕誰に向かってアピールしてんの?
とりあえず解放されたみたいなので三匹の猫をカメラに収めて部屋を出た。
こうやって見ると親子みたいだな。ちょっと笑った。



一時間後、薬の効き目が切れた杏里ちゃんに、しどろもどろになりながら拒絶するつもりじゃなかったと弁解している一松兄さんがいてまた笑った。

「ごめんね、迷惑かけて…」
「全然」
「また猫と喋れる薬作ってもらうね。それでまた遊ぼう」
「うん」
「それじゃ、今日はこれで…あれ?」

帰り支度をしていた杏里ちゃんが、きょろきょろと床を見回した。

「杏里ちゃん、どうしたの?」
「トド松くん、あのビン知らない?半分薬が残ってた…」
「ああ、あれ?どこいったんだろう、さっきまであったよね」
「あれなら捨てた」
「え、一松兄さん捨てちゃったの?」
「誰かが間違って飲むといけないし、新しいの作ってもらえばいいから」
「そっか、そうだよね。今度は猫にだけ効く薬にしてもらおうかな」

それじゃあね、お騒がせしました、と言って杏里ちゃんは帰っていった。
いやー面白かったな〜一松兄さんがあんなにポンコツるとは…
漫画読むより有意義なことができたと満足していると、部屋に戻る一松兄さんの袖から何かがぽろりと落ちた。

「一松兄さん、何か落ちた、よ……」

拾い上げようとして気付いた。
あの小ビンだった。


「………」
「………」


一松兄さんは予想に反してゆっくりとそれを拾い上げた。
そして僕を見て、微かに笑った。

僕はもうこの件には関わらないでおこうと決意した。
どうかうちの兄さんが前科持ちにだけはなりませんように。


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