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一松兄さんがピンポン、とチャイムを鳴らすと、しばらくしてからカチャリという弱々しい音がしてドアが開いた。

「あ、みんな来てくれたの?」

マスクを付けてる杏里ちゃん。部屋着の上にカーディガンを羽織っている。
思ってた程じゃないけど、やっぱりどことなくしんどそうだな…

「ごめんね、いらないおまけまで付いてきちゃって」
「は?お前もそうじゃん」
「だから僕らのことを言ってんの!」

この男はまったく…
僕らをよそに、一松兄さんは持ってきた物を杏里ちゃんに渡していた。

「ありがとう。ごめんね、わざわざ持ってきてもらって」
「ううん。薬あるから飲んで寝て」
「うん、それじゃあね」
「杏里ちゃん、お大事に」

一松兄さんと僕が離れようとすると、おそ松兄さんが「え?」と声を上げた。

「え、これだけ?部屋入んねーの?」
「いやいやだから、杏里ちゃん病人だよ?早く休んでもらった方がいいでしょ」
「それに、かぜうつしちゃ悪いし…」

杏里ちゃんが申し訳なさそうに言う。
でもおそ松兄さんは納得いかない顔をした。

「いや病気だからこそだよ。誰かが側にいて看病した方がいいだろ?杏里ちゃん一人暮らしっぽいし」
「まあ、そりゃそうではあるけど…」
「それにこの持ってきたリンゴとか切ってねーじゃん。そのまんまじゃん。お前らしんどそうな杏里ちゃんに切らせるわけ?意味ないだろそれじゃ」
「う…」

言う通りだ。そこまで気が回らなかった。

「てことで杏里ちゃん、俺らなら気にしなくていいからちょっとの間看病させてよ」
「でも、うつしちゃったら…」
「大丈夫、俺らバカだから風邪引かねーもん。な?」

いつもなら一緒にすんなってツッコミ入れるとこだけど、今回はマジでファインプレーだ。
僕や一松兄さんだったらこんなに強気に出れなかった。
杏里ちゃんはおそ松兄さんの笑顔のごり押しに負けて、「じゃあ、よろしくお願いします」と言ってくれた。
一松兄さんもできれば付きっきりでいたかっただろうし、お言葉に甘えさせてもらう。
お邪魔します、と三人で家に上がった。

「おそ松兄さんナイスだよ。二十数年生きてきて初めて役に立ったね」
「嘘だろ…初めて…!?」

杏里ちゃんの部屋は片付いていて、女の子らしい部屋だった。
女の子の部屋って何でこんな可愛いんだろうね。
なんて言ってる場合じゃない。
とりあえず杏里ちゃんはベッドに戻ってもらった。ベッドの前に僕たちも座る。

「杏里ちゃん何か食べた?」
「うん、さっき、ちょっとだけ」
「じゃあ薬飲んでもらおっか」
「そうだな」

水を持ってきて薬を飲ませる。
ふぅ、と息をついた杏里ちゃんを心配そうに見てる一松兄さん。

「大丈夫?今どんな感じ?」
「電話した時よりだいぶましだよ。頭もあんまり痛くないし…熱もちょっと引いたし」
「でも声かれてる」
「うん…でもそれぐらいだから」

起きたままで大丈夫かと思ったけど、意外に話し声はしっかりしてるな。
と思ってたら、杏里ちゃんがふふっと笑った。

「え、何?」
「ううん…なんかみんなが私の部屋にいるって、不思議だなって」
「それ俺も思ったよー、こないだ杏里ちゃんが家来た時」
「そうなんだ。私ちょっとしっくりきちゃったな」
「そう?あのうるさい空間に?」
「うるさくしてたの大体おそ松兄さんじゃん…」
「何だよあの時一番うるさかったの確実に十四松だろ」
「大体の元凶はおそ松兄さんだよね」
「うん、僕もそう思う」
「んなことねぇよ!そんなこと言うんだったらお前、スタバァ事変なんか」
「「黙れクソ長男!」」
「あはは、っけほっ…」

しまった!ここ杏里ちゃんの家だって一瞬頭から抜けてた…!
病人の側で騒ぐとか、看病の意味ないじゃん!
とりあえずクソ長男に薬の空箱を投げつけた。

「ちょ、俺の扱い」
「ごめん杏里ちゃん」
「僕たち帰った方が…」
「ううん、やっぱり誰か人がいた方が安心するね」

抱き枕を抱えた杏里ちゃんが照れてるみたいに笑う。

「朝起きた時にね、部屋の中誰もいなくて、心細くて余計にしんどかったんだ」
「あー、俺らにはない感覚だね」
「ふふ、そうなんだ。だから今安心してる。痛みもすごく和らいだよ」

一松兄さんがこの子は天使じゃなかろうかみたいな目で見てる。
いや分かるけどね。こんなこと普通に言われたら確かにドキッとしちゃうよ。

「じゃー俺たちここにいるだけで杏里ちゃんの役に立ってるってことだね!」
「うん、すごく助かってる」

今日は僕たちもこの人の能天気さに助けられた。
何だかんだ言って長男なんだよな、この人。

「あ、俺たちが風邪引いたら杏里ちゃん看病しに来てね?」
「ふふ、私で良ければ助けに行くね」
「ありがたいよー、こいつら誰もまともに看病してくんねーんだもん」
「は?」
「いっちばんひどかったのあんただよ!杏里ちゃん、こいつ僕らが寝込んでる間何してたか分かる?」
「え、なあに?」
「ちょっトッティトッティノンノントッティ」
「俺達の財布から金取ってパチスロ行ってたんだよ」
「ぎゃーっ言うなってお前それを!」
「あははっ…おそ松くんそんなことしてたの?」
「違うんだよぉ杏里ちゃん、みんなの財布に幸せを増やしてあげようとしたんだよ」
「何が幸せだよこの疫病神!」
「疫病神って何だよ、だからお前俺らごとウイルスを死滅させようとしたわけ?」
「死滅?」
「ちっ、違うよぉ杏里ちゃん、ウイルスを手っ取り早く退治しようと思っただけ」
「ほんとドライモンスターだよねぇお前…」
「んなこと言ってお前もなかなかだったからな?一松…あ、そうそう」

おそ松兄さんがにやりと笑った。

「杏里ちゃんにもあれやったげろよ」
「は?な、何のこと?」
「とぼけんなよなー」

うわぁ嫌な笑み…
おそ松兄さん、昨日パチンコで大勝ちしたのバラされたことまだ根に持ってるよ…!
一松兄さんは蛇に睨まれた蛙みたいに汗をだらだら流し始めた。

「杏里ちゃんもさ、一松に看病されたいよね?一松流の看病をさ」
「ちょっマジで黙って」
「え…うん、されてみたいな」

あ、一松兄さん死んだ。
……もしかしておそ松兄さん、これを一松兄さんにさせたくて部屋に上がり込んだんじゃないだろうな……
だとしたら間違いなく天才なんですけどーーーー!!!
さあ、一松兄さんどうする?

「じゃあ杏里ちゃん、一松が何でもしてくれる魔法の言葉を教えてあげよう」
「ふふ、なあにそれ」
「一松のことを『一松様』って呼ぶだけでいいんだよ。それで自分のしてほしいことを言えばいいから」
「え、それだけ?」
「うんそれだけー。簡単でしょ?」

おそ松兄さんわっるい顔してるなぁ〜!たぶん僕もだけど!
一松兄さんは顔を伏せてちょっと震えてる。
爆発寸前かな?いやでも杏里ちゃんの前ではしないでしょ。それを分かってて言ってんだからおそ松兄さん最高に最低だよ!

「ふふ…じゃあおでこに乗せるおしぼりちょうだい、一松様」

一松兄さんが立ち上がった。
さすがにおそ松兄さんにキレるか?

「ああん?『下さい』だろこの子猫ちゃんがよ」

よく分からない方に振り切った。

「一松様、おしぼり下さい」
「しょうがねぇなぁ〜〜〜ほらアルプスの水に浸したおしぼりだ!有り難く思え!」
「わ、ありがとう一松様」
「おいまさかリンゴが食いたいなんて言うんじゃねぇだろうなぁ…?」
「リンゴ?食べたいな、一松様」
「三秒で剥いてきてやるよその間に死んだら地獄の底まで後追ってやるからな分かってんな?」
「ウサギ型がいいなぁ、一松様」
「贅沢言ってんじゃねぇよネコ型にもしてやるよ…そこで大人しく口開けて待ってろ!水飲みたかったらすぐ言えよ!」
「うん…ありがとう一松様」
「るせぇ!ドキドキが止まんねぇだろが黙ってろ!」
「何これどっちが調教されてんの?」

おそ松兄さんが声を出さずに腹を抱えて笑ってる。
その横を通り抜けて一松兄さんがキッチンに向かった。もう戻ってきた。
や、やべぇあのリンゴ赤と黄色のコントラストを生かして虎型にカットされてやがる…!

「おら口開けろ…このもふもふモンスターをぶちこんでやるよ」
「ありがとう一松様、じゃあ…あーん」
「何があーんだ手震えさせんじゃねぇボケ!」
「おいしい」
「当たり前だろうが青森直送だぞ?お前の口に合わねぇ物用意すると思ったか?ああ?残念だったなぁ!!」
「一松やめて俺が悪かった」

おそ松兄さんが笑いすぎてひきつけを起こしている。僕もだいぶお腹が痛い。
でも杏里ちゃんは嬉しそうにもぐもぐしている。うん、杏里ちゃんが喜んでくれることが第一だからね。
そんな杏里ちゃんを一松兄さんがじっとり見つめている。
大抵の人なら不安を覚えるようなあの目つきにも、杏里ちゃんは動じてないみたいだ。ほんとお似合いだと思うんだけどなぁ。

「あ、みんなもリンゴ食べていいよ。お茶も出してなくてごめんね」
「いいよ、気にしないで」
「うんうん、飲みたかったら自分で勝手に入れるからさー。あ、ねえこの雑誌見ていい?」
「ふふふ、どうぞ」
「おそ松兄さんってデリカシーって言葉知ってたっけ?」
「あ?コントの前に付ける言葉だろ?一松ーお兄ちゃんにもその虎さんを」
「ああ?一松様だろうが」
「それデリバリーだよ!」
「えっちょっ何もう二人一気に話しかけないでくんない?」
「何で僕らが悪いみたいになってんの!?仕掛けたのそっちだからね!?」
「おら、お前みたいな豚野郎にはこのエアリンゴがお似合いだよ…精々しゃぶってな」
「これは、バカには見えないという奇跡のリンゴ…!!」
「じゃあおそ松兄さん見えないね」
「全然見えん」
「あはははは」

僕たちの普通の会話でこんなに笑ってくれる子っているんだなって、杏里ちゃんと初めて出会った時に思った。
杏里ちゃんの前では無理に取り繕う必要なんかなくて、落ち着く。
一松兄さんが懐いたのも、多分そういうところなんだと思うな。

本当ならお喋りなんかせずに静かに寝かせた方が良かったんだろうけど、杏里ちゃんが「楽しいからもっといてほしい」なんて言うから調子に乗った二名が長々と居座った。…まあ、僕もそうなんだけど。
それが良かったのかどうか、杏里ちゃんは僕らが部屋を訪れた時よりずいぶん顔色が良くなった。
一応熱を計ってもらうと、三十六度八分。朝よりは下がったらしい。
気が付くともう夕方になっていたので、母さんのレシピ通りにおかゆを作ってあげた。
僕と一松兄さんで。
赤パーカーの男は普通にテレビ見てた。蹴った。
僕たちの作ったおかゆをおいしそうに食べてくれた杏里ちゃんを見届けてから、そろそろ帰ることにする。
一松兄さんがすごく名残惜しそうだったけど、泊まるわけにはいかないでしょ。そういうのは杏里ちゃんを彼女にしてからやってよね。
杏里ちゃんは玄関まで見送りに来てくれた。

「ありがとう、みんなのおかげですごく回復したよ」
「いいっていいって!気にすんなよ!」
「おそ松兄さんは何っにもしてなかったからね。ただ雑誌見てテレビ見ておかゆまで食ってただけだからね」
「うちの弟意外と使えるだろ〜?困った時はいつでも呼び出してくれていーからね」
「あはは、ありがとう」

この人はほんとに…天然なのか計算なのか分かんないよ。
笑顔の杏里ちゃんに手を振って、僕らはアパートを出た。

あーあ、おかゆ作ってたら僕もおなか空いちゃったな〜。商店街のあちこちからいい匂いしてくるし。
ふと前を見ると、一松兄さんがおそ松兄さんにものすごい小声で「ありがとう」と言っていた。
聞こえなかったふりをしてあげた。


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