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僕の言葉をおうむ返しに言った杏里ちゃんは、どこか呆然としていた。
え、僕おかしなこと言ったかな…言ってないよね?

「う、うん。あ、聞いてないかな?当日は他のアイドルも即売会やるんだ。同じ会場だから、他のファンが流れてくるかもしれないよ」
「え…お客さんって、おそ松くんたちだけじゃないの?」
「いや、普通にアイドルイベントだから他の人も来るけど…」

そう言うと、杏里ちゃんは言葉を失くしたみたいだった。
これは、もしかして何か勘違いしてたとか…?

「えっと…杏里ちゃんは今回の件について何て聞いてたの?」
「トト子ちゃんに聞いたのは、ファンがおそ松くんたちだけで、おそ松くんたちに売る、ってニュアンスだったんだけど…私勘違いしてたのかな…」

詳しく聞くと、トト子ちゃんは肝心の即売会についての説明をあまりしてなかったようだった。
いややばいよ、コンプライアンスの問題に発展するかもしれないよ!

「どうしよう…おそ松くんたちだけに見られるのかと思ってた」
「う、うん…そうじゃ、なくなりそう、だね…」
「…」
「…」

あーっ自分のポンコツさに嫌気が差す!
いやチョロ松しっかりしろ、お前はマネージャーなんだ。お前がどうにかしなくてどうする…!
しかし焦るばかりで何も解決策が出てこない。体のいい慰めすら思い浮かばない。

「で、でもあれだよね、イベントで自分のコスプレ写真集売ってる人とかもいるんだよね?」
「へっ!?あ、ああ、そういう人もいるね…」
「私はトト子ちゃんに協力しただけだし、知らない人に自分の写真見られるのはちょっと恥ずかしいけど…別におかしなことでもないんだよね!」
「う、うぅ…」

杏里ちゃんは純粋すぎる…!!
最悪なことに僕は何も言えないまま、杏里ちゃんは「私夕飯の買い物していくね!」と帰っていってしまった。
どうしよう。どうする?
家に着いてもそのことばかり考えてしまう。
あああ、最初に僕からきちんと説明すべきだったのに…!
今からトト子ちゃんのみの写真を売ることにできないだろうか…

「あお帰りーチョロ松」
「ただいま」
「どこ行ってたの?」
「ちょっとね」

兄弟が集結している部屋に入って隅に陣取り、鞄からスマホを取り出す。
スマホに今日いくつか撮った写真が入っている。トト子ちゃんだけでも映える写真があるはずだ…!
でも二人ともわりとしっかり絡んでる写真ばかりだ。トト子ちゃんオンリーのを厳選するとなると、採算合わなくなってくるぞ…
…いやーそれにしても杏里ちゃん神レベルに可愛いなー。
トト子ちゃんと同じくらい衣装負けしてない。ソロで売り出しても充分…っていやいや、杏里ちゃんはそういうの興味ないんだってば。
だから今回の件についても困ってるんだ。
杏里ちゃんはただ写真を見て楽しむだけのイベントだと思ってるかもしれないけど、男達の欲まみれのイベントでもあるんだからね!
普通に観賞用としてじゃない、もっと別の目的に写真を用いる不届き者だってたくさん来るだろう。
いや、もちろん僕はそうじゃないけどね?僕は単純に可愛い女の子に癒されてるだけであって好きな子を汚そうとかそんなことは全く考えてないわけだから。
僕はいいとしても、当日どんな客が来るかは分からない。
アイドルやってる子なら変な客にもそれなりの対応ができるだろうけど、杏里ちゃんは一般人だ。
いくら接客業を経験していると言っても、あの純粋な杏里ちゃんが男達の毒牙にかからないとは言えない。
あぁ、どうしよう…!
とりあえず、何か飲もう。飲んで一旦落ち着こう。
スマホを置いて部屋を出る。
台所にはお茶しかなかった。あーもう酒飲みたい。
しかし酒を飲んでも現実逃避になるだけだ。問題が解決するわけじゃない。
…はぁ…
即売会まで一週間。
そうだ、僕達はトト子ちゃんに必ずイベントに呼び出されるだろうから、他の客が買う前に全部買い占めちゃえばいいんじゃないか?
僕達の負担が重すぎるけど、これなら杏里ちゃんの写真が世に出回らなくて済む。
あーっ駄目だ!トト子ちゃん一枚十万で売るとか言ってたぞ!そんな金俺達にあるわけねーだろ!
いや十万で買うような客も他にいない…か?しかし万が一ということもある。
ドルオタは金持ちも多い。青田買いする奴もいないとは限らない。
とりあえずトト子ちゃんにもう少し値段を下げてもらうよう交渉してみるか…
考えながら階段を上って部屋の襖を開けたら、目の前に一松が立ちはだかっていて思わず叫んだ。

「え…何どうしたの一松…」

一松は俯いていて顔がよく見えない。
少し視線をずらすと、一松越しに残りの四人がこっちに向かって手を合わせているのが見えた。
え、何?
戸惑っていると、一松がゆらりと右腕を上げた。
印籠を見せるようにかざした手にはスマホ。
トト子ちゃんとお揃いの衣装を着た杏里ちゃんが写っている。

「チョロ松兄さぁん…これ、何かなぁ…?」

虎の餌にされると感じた。



「うわー…何それ…」

一松に頭がなくなる程土下座をして、撮った写真を一松にも送るということでどうにか許しを得た後、みんなに今回の一件について話した。
トド松が半目で僕を見てくる。

「僕が知った時にはもう全てが決まってて…」
「おいおい、仕事には報告・連休・相談のほうれんそうが欠かせないんだろ?」
「確かにそうだけど無職のおそ松兄さんに言われたくないよね。てか報告・連絡・相談だから。連休とかいかにもニートの発想だよね」
「お前もそうじゃん」
「言い争いしてる場合じゃないでしょ、このままだと杏里ちゃんが困ることになるよ」
「確かに。どこの馬の骨とも知れない男のおかずになること間違いねぇなー」

一松に胸ぐらを掴まれた。

「ふざけんなよ何で止めなかったああん?」
「いやだから知った時には遅かったんだって!トト子ちゃんと杏里ちゃんの可愛い写真撮ってて気が回んなかったし…」
「杏里ちゃんが可愛いのは周知の事実だろうがいい加減にしろよ!」
「どこにキレてんだよ!」

一松も杏里ちゃんが絡むとポンコツになるみたいだな。
って言ってる場合じゃない、まず目の前の問題をどうにかしないと。

「とりあえずさ、俺らも絶対呼び出されるんだから写真の値段下げてもらうことは必須だろ」
「そう思ってさっきトト子ちゃんに電話したんだけど、『ひどい!チョロ松くんはトト子にそれだけの価値がないって思ってるんだ!』って泣かれてさ…」
「た、質が悪いね…」
「ぼったくりそのものだね!!」
「いくらトト子ちゃんと杏里ちゃんの夢の共演とは言え、流石にいただけないぜ…」
「で、全部買い占めるとしておいくらなのよ?」
「えーと、一枚十万で、トト子ちゃんオンリーのが二パターン、二人のが七パターン、それぞれ百枚刷ってるから…」
「九千万…」
「馬鹿なの!?無理だよそんな大金!」
「いかに俺たちのアイドルトト子ちゃんと言えどもだよ?何でそれで勝算を感じちゃったの?」
「あはは、レンタル彼女の時ですらかなりきつかったよねー」
「十四松、笑い事じゃないよ」

重苦しい雰囲気の中、一松が突如として立ち上がった。

「……出かけてくる」
「え、おい一松、どこに…」

答えずにふらりと部屋を出ていった。

「一松兄さん相当ショック受けてるって絶対」
「トト子ちゃんに直談判でもしに行くんだろうか…」
「えー確実にワンパンで終了するよ!」
「もしくは覚悟を決めるのかもな、こればっかりはどうしようもないよ…」
「まさかだけど、とうとう檻の中に入るようなことをしでかしたりはしねぇよな…」

僕達は顔を見合わせた。
飛び出して後を追う。

「一松ーっ!早まるなー!」
「一松兄さん諦めないで!まだ希望を捨てないで!」
「お前が前科持ちになったら杏里ちゃんも悲しむぞー!」

しかし、既に一松の姿はどこにも見当たらなかった。

そして、この日以来、一松が帰ってくることはなかった。



あれから、何の打開策も見つからないまま、とうとうイベントが始まろうとしている。
一松は一週間経った今も帰ってきていない。
イベント前、杏里ちゃんが心配そうに尋ねてきた。

「チョロ松くん、最近一松くんと連絡取れないんだけど、どうしちゃったのかな」
「あ、ああ…」
「私、何か嫌われるようなことしちゃったのかな…」

杏里ちゃんにこんな顔させて、一体どこに行ったんだ一松…!
僕達も連絡が取れないということを伝えたら、余計に心配そうな顔になった。

「杏里ちゃん、もうすぐイベント始まるから準備しといて!予定通り、撮影会参加チケットを持った人が来るまでは控え室で待機してていいからね」

トト子ちゃんがてきぱきと指示を出す。
せめてもの対策として、極力杏里ちゃんは直接客に顔を見せることのないよう売り子からは外した。
ただ、一緒に写真を撮りたいという人が現れれば別だ。
写真を一枚買えば、一緒に写真を撮れるチケットを一枚もらえる仕組み。大抵の客はそれを希望する。
もしそういう事態になれば、あまり密着をさせないように僕ら兄弟で見張ってないと…
イベントが開始を迎えた。客が一斉に会場になだれ込んで来る。
トト子ちゃんは、マネージャーの僕が言うのも何だけど知名度が低い。だから他に比べて客は少ないはず。
それでも、うちのブースに立ち止まる人はいる。
あ、やばい、杏里ちゃんの写った写真を手に取った男が…!
「これいいな」とか聞こえてくる。
ああ、もう駄目か…!

と思ったその時、ブースにでかいスーツケースをドシンと乗せた男が一人。

い、一松ゥゥゥゥゥゥゥゥ!?

「い、一松お前どこ行ってたんだよ!?」
「ベガス」
「ベガス…?……はっ!」

まさか………カジノ……………!?!?!?

「あ、一松くん!トト子の写真買いに来てくれたの?」
「九千万あるから。全部ちょうだい」

スーツケースを開けると、そこには札束がぎっしり詰まっていた。

「嘘だろ…マジかよおい…!」
「これほんの一部だけど。全部持ってこれなかったから。とりあえず前金」
「ありがとうございまーす!!」

即座にスーツケースを受け取ったトト子ちゃんのご機嫌な声が響く。
こうして僕らのブースは瞬殺で店じまいになった。

「あ、そうだ一松くん、これ写真撮影のためのチケット。全部買ってくれたから九百枚ね」
「…何これ」
「そのチケット使ってトト子ちゃんや杏里ちゃんと写真撮れるんだよ」
「………」
「今使う?」
「よろしくお願いします」

控え室に杏里ちゃんを呼びに行く。杏里ちゃんはイベント衣装に身を包んで不安そうにしていた。

「杏里ちゃん、お客さん来たよ」
「う、うん」

控え室からそっと顔を覗かせた杏里ちゃんの表情は、一瞬で明るくなった。

「一松くん!」

嬉しそうに駆け寄る杏里ちゃん。今気付いたけど一松って杏里ちゃんの前だとちょっと口角上がるんだな…

「一松くんが写真買ってくれたの?」
「そうよ!全部!」
「嘘…何円ぐらいしたの?私値段知らないんだけど…」
「大したこと無いし。一枚あたり十だから」
「あ、十円なの?なんだ…え、それでも九千円する」
「別にそこまでの額じゃないでしょ」

違うんだ杏里ちゃん、九千万なんだ…!
でもほっとした顔の杏里ちゃんに真実は伝えられない。
三人は何枚か写真を撮った後、この衣装がどうのこうのと話をしていた。
一件落着したのはいいけど、お前のその本気を就活に生かせばいいのに…
杏里ちゃんの前で何事もなかったようにデレている一松を見て、そう思った。


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