×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



杏里ちゃんと約束した土曜日の夜。
杏里ちゃんは日中別の用事で遠出しているらしく、駅前で待ち合わせることになった。
毎回早く到着していたけど、そうすると杏里ちゃんに気を遣わせるかもしれないと今になって思ったので時間通りに向かう。
ネオンの光が混じりだした街。暗い路地裏から猫の鳴き声。はーい行ってきまーす。
土曜の夜も人が多い。駅前だけじゃなく、大通りを挟んだこっち側にも今から俺達と同じように飲みに行くんだろうテンションの高い奴らがたむろっている。
信号を渡りながら杏里ちゃんを探す。この人混みの中どこに…
見つけた。改札前の柱にもたれてる。あー今日も可愛い。可愛いから頭の悪そうなチャラい男達に絡まれてる。

あ?

近付くと遊びに行こうとか誘ってる声が聞こえてきた。杏里ちゃんは断り続けているのに聞き入れてない。頭悪くてしつこい奴らって本当俺から見てもクズですよ。
杏里ちゃんは俺に背を向けてるから気付いてないだろうけど、男達は俺に気付いた。そのままずっと見つめ続けてたら何か知らないけど顔青くして逃げた。

「杏里ちゃん」
「あ!一松くん!」

振り向いたらすごくほっとした様子の杏里ちゃん。男達が速攻で逃げだす程の俺の顔見て安心してくれるってほんともう好き。結婚しよう。

「今日は時間ぴったりだね」
「早く来てれば良かったんだけど」
「ううん、いいタイミングだったよ!実はさっきまで知らない人に話しかけられて困ってて…」
「あーそうなんだ。そりゃ良かった」

知ってます。
けど適当に話を合わせる。俺の顔見て逃げたよとか何の武勇伝ひけらかしてんだよって話じゃないですか。てか顔見て逃げられるって普通に考えて威張れることじゃねぇし。
俺達のいる柱にもたれてた別の女が、今到着した彼氏らしき男と歩いて行った。
俺の隣にも杏里ちゃんがいる。
傍目には俺達もあのカップルと変わりなく見えるんだろうか。
杏里ちゃんはそれでいいの?俺だよ?俺と土曜の夜を二人で過ごすって、いいの?
またそういう言葉が飛び出しそうになる。いつでも自分に自信がないだけ。結局それ。
あー考えないようにしよ。杏里ちゃんのこと考えよ。そっちのがずっと有意義。

「今日どこ行ってたの」
「ちょっと読まなきゃいけない本があって、遠くの図書館まで行ってたんだ」
「ふーん、偉いね」
「偉くないよ、成績に響くから読むんだもん」
「疲れた?」
「疲れたー!早くおでん食べたいよー!」

急にはじけた杏里ちゃんに笑ったら、「また笑われた」と恥ずかしそうにしていた。別にいつも馬鹿にして笑ってるわけじゃないんだけど。
杏里ちゃんが読んだ本の話をしてくれるのを聞きながらチビ太の屋台へ向かう。成績のためと言いながらしっかり読み込んでいる杏里ちゃんは偉い。おかげで話も分かりやすい。
今日初めて知ったけど、杏里ちゃんは大学で日本文学を学んでいるようだ。我輩は猫であるとかいうやつか。

「本読むの好きなんだ」
「それ、よく言われるんだけど…単に国語が他の教科に比べて好きだったってだけ」
「ふーん」
「一松くんは得意な教科はあった?」
「どれもだるかった」
「ふふふ、一松くんらしいね」
「は?無気力って言いたいの?」
「違うよー」

さらに言葉が続くかと思ったら杏里ちゃんは黙ってしまった。待って俺何か言った?強く言い過ぎた?やめてマジで心臓に悪い。ごめんなさい。
背中の汗が尋常じゃなくなってきた時、杏里ちゃんが「あ!いい匂い!」と嬉しそうな声を上げた。左手に焼き鳥屋。テイクアウト可能。

「…食べてく?」
「いいかな?じゃあ一本だけ!一松くんは?」
「食べる」
「何しようかなーももにしようかな」
「フルーツも肉も『もも』が好きなんだ」
「え?…あ、ほんとだ!すごいね一松くん!ほんとだ!」
「そんなにはしゃぐこと?」
「うん。ふふふ…気付かなかった」

良かった普通に話してくれた。
杏里ちゃんと喋りながら焼き鳥を食べ歩く。まるでリア充みたいじゃないですか、この俺が。
チビ太のとこに着く前には証拠隠滅を完了させた。チビ太はおでんにかけるプライドが高いから、先に焼き鳥食ったっつったらへそ曲げるに違いない。
屋台に入る前に、内緒ね、と笑う杏里ちゃん。こういう悪戯っぽい笑い方もできるんだ。どんだけ魅力秘めてんの?

「おお、久しぶりだなお二人さん」
「こんばんは。お久しぶりです、チビ太さん」
「一松から聞いてるぜ。今日は飲みに来たんだろ?」
「そうなんです、この間お酒飲んでた一松くんが可愛かったからもう一回見たいなーって」
「だから…別に可愛くないって」
「面白かっただろ?」

ケタケタ笑うチビ太は後でぶちのめすとして、今日は俺は飲まない。チビ太にも伝えてある。
今回の俺の目的は杏里ちゃんの酔ったとこを見ること。こないだは俺だけ酒に呑まれてたんだしこれでおあいこでしょ。やられっぱなしって気に食わないし。

「杏里ちゃんって酔うとどうなんの?」
「うーん…あんまり変わらないと思うよ。時々覚えてないこともあるけど、飲みすぎない限りは大丈夫だし」
「ふーん」

とりあえず飲ませよう。
チビ太の出した酒瓶を杏里ちゃんに渡さずにどんどん注いでいく。最初は遠慮してた杏里ちゃんだけど、結構飲める方みたいで一人で一瓶空けた。すげぇ…

「一松…お前悪魔みたいな顔してんぞ」

チビ太に指摘されて気付いた時には、少し顔を赤くしてふにゃふにゃと笑う杏里ちゃんが出来上がってしまっていた。
対照的に俺は邪悪な笑みを浮かべていたらしい。気付かなかった。
杏里ちゃんは前後不覚になりかけているらしくお箸を持つ手も辿々しい。食べかけのちくわを掴みにくそうにしている。
もういくらも残ってない酒瓶をチビ太に返す。これ以上は限界だろう。あー面白いからって飲ませ過ぎたかも。
ちょっと罪悪感を感じていると、急に隣からくいくいと袖を引かれた。

「いちまつくん」
「何?」
「何でもないよー」

アルコールありがとう。
ゆらりと首を傾げたいつも以上に柔らかい笑顔の杏里ちゃんが可愛すぎて眩しくて意識が遠のくかと思った。
何?からのなんでもないよーって普通にカップルの会話じゃん。カップルの会話じゃないとしたら何なの?何でもいいよもう。杏里ちゃんのせいで俺まで酔ってきた。君の瞳に乾杯。

「一松、お前今度はカラ松みてぇになってんぞ」
「は?ぶっ飛ばすぞ」
「からまつくん?あ、あれだ!あれかわいかったの!」
「え、何…」
「ばーん!」

俺撃たれた。
杏里ちゃんがピストルの形をした手で心臓狙ってきた。
めちゃくちゃでかい弾丸が体を貫通していった。
戦車級だ。
死んだ。

「…ぐ…っ……」
「い、一松大丈夫か…」
「いちまつくんやられた?」
「や……やられ…た……」
「やったー!百発ひゃくちゅうだ!」
「ぐぅっ…」

握っていた割り箸が机に押し付けられてぐしゃぐしゃになっていった。俺の墓標すらこのざま。骨も砕け散る破壊力。
クソ松のをどう改良したらこうなんだよ。死ぬか?クソ松。とりあえず帰ったら意味もなく一回殴ろう。
杏里ちゃんはわーいわーいとはしゃぎながら玉子を食べている。

「ち、チビ太…」
「何だ一松、遺言か?」
「玉子を…玉子を大量追加だ…」
「そんな玉子ばっかりねぇよ」
「金ならある…いくらでも出す……!」

死ぬ間際の震える手で懐から金を取り出そうとしたら、杏里ちゃんに両手で掴まえられた。

「だめ!わたしが出すの!」
「杏里ちゃんよ、もうやめてやってくんねぇかな…一松が泡吹きそうだ」
「ふふふ、かにさんみたいに?」

来世は蟹さんになろう。
俺達の惨状を見かねたのか、チビ太が店を閉めるから帰れと言ってきた。
正直助かった。このままだと完全に泥沼だ。
冷水をもらって一気に飲み干す。ちょっと頭冷えた。
杏里ちゃんが見てない隙に会計を済ませたら「お前成長したな…!」と感動された。それどころじゃねぇんだよ。

「杏里ちゃん立てる?」
「んー…たてるかなぁ」
「やってみようか」
「はーい。あ、今のこないだのいちまつくんのまねね!」
「一松むしろお前が立てるか?」
「るせぇよビビってねぇよ何もビビってねぇし…」
「じゃあ俺につかまるのはやめろ」
「わたしもちびたさんにつかまったら立てるよ!」
「それはだめ」
「急にしゃっきりしやがった…」

俺の腕にしがみつく杏里ちゃんはこの前の俺のようだった。近い。近い近い。あーこれだめだこれどうしよう。どうしたら。

「すがるような目すんなよ。てめぇが責任持って送り届けるんだな」
「え…待ってよ、これ無理…ほんと無理」
「お前が面白いっつって飲ませたんだろうが。ここで逃げたら男が廃るぞ」

チビ太は屋台を引いて行ってしまった。何だよあいつマジで裏切り者だわ。もうあいつなんか友達でも何でもねぇ。最初から友達でもなかったわ。俺猫しか友達いねぇし。あと杏里ちゃん。
その杏里ちゃんにしがみつかれてるせいで体が傾いている。とりあえず、とりあえず、

「あ…杏里ちゃん、歩ける…?」
「ぐー」
「ぐーじゃねぇ歩けよクソが」
「いちまつくんこわい…」
「あーごめんね泣かないでごめんねえっとじゃあとりあえずあれだあのーあれだ…」

もうあれしか思い付かないんですけど。
俺の選択は正しいですか?大丈夫?童貞だからこれしか思い付かないだけか?いやもうこれしか思い付かないし何でもいいからこの状況を変えたい。

「あのー杏里ちゃんさ、良かったらあれだよ、あのー………背中、乗る?」
「のる!おんぶ!」
「ぐぅっ」

痛い。さっき貫通した体の風穴が痛い。
杏里ちゃん絶対覚えてないパターンでしょ。後でセクハラ疑われたらどうしよう。死のう。どっちにしろ今死にそうだし。

「はい、じゃあ乗って」
「おじゃまします」

今杏里ちゃんの体のどの部分がくっついてるかとかは考えないようにしよう。え、でも杏里ちゃん柔らかすぎるブラ着けてるこれ?着けてるに決まってんだろ童貞死ねよ。

「うー」
「家まで送るからじっとしてて」
「はーい。いちまつくんのまね!」

俺の下半身がじっとしてられないかもしれない。童貞ってマジで害悪。死ね。


*前  次#


戻る