×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



「ありがとうございました!」

女の子を連れた女性を送り出す。
「ショートケーキたのしみー!」だって。ふふ、可愛い。
夕方六時を過ぎた店内は人がいなくなった。
閉店までにはまだ時間があるけど、この調子だとあまり人は来ないだろうな。
早めに上がらせてもらえるかも。

「杏里ちゃん、ちょっと早いけどもう上がっていいよ」
「あ、ありがとうございます!」

ほら。
バックに戻って私服に着替える。
メイドさんみたいな制服だから、脱ぐのにちょっと時間かかるんだよね。
おなかすいたなー。今日のご飯何にしようかなぁ。買い物しなきゃだし表口から帰ろうっと。
そんなことを考えて、荷物を持って店の方へ戻る。
すると、ショーケースの前に女の人が一人。
私がバックにいる間にお客さんが来てたみたいだ。
主婦の方かな?大荷物だけど、ケーキまで買って帰るのかな…焼き菓子の方かもしれないけど。

「あ、杏里ちゃんごめん。これもお願いできる?」
「分かりました」
「ありがとう」

店長からゴミ袋を渡される。
お客さんも少なかったからか、今日は軽いなぁ。

「…杏里ちゃん?」
「え?」

急にお客さんから声をかけられた。

「はい、そうですけど…」
「ここで働いてる杏里ちゃんってあなたのことだったのね。いえ、息子たちがあなたの話をしてたもんだから」
「息子たち…?」
「うちの息子、六つ子よ」
「…あっ!もしかして一松くんたちのお母様…!」
「ええ。いつもあの子たちがお世話になってます」
「とんでもないです、こちらこそ…」

一松くんたちのお母様だったんだ…!
どおりで大荷物なわけだ。

「あの子たちがここのケーキが食べたいって言うもんだから買いに来たんだけど、相変わらずどれも美味しそうで迷っちゃって」
「ありがとうございます!おすすめはショートケーキとフルーツタルトですよ」
「あらそう?じゃあどっちも頂こうかしら…」

お母様につられてケーキの残りを見ると、ショートケーキが五個、フルーツタルトが四個残っていた。
うーん、どっちも数が合わない…

「あ、そうだわ。杏里ちゃん、良ければ今日うちで晩御飯食べない?」
「え?あの、いいんですか?」
「ええ。息子たちもお世話になってるし…それにちょっと食材を買いすぎてしまって。ああ、何か予定があるなら断ってくれていいのよ」
「いえ、でも本当にいいんですか?急にお邪魔して」
「いいのよ。あの子たちも大歓迎するわ」
「…それじゃ、お言葉に甘えて…」

内心、一松くんに会えるかもってすごくドキドキしてる。
お母様は結局残りのショートケーキとフルーツタルトを全部買ってくださった。私の分も入ってるみたい。
私も焼き菓子の詰め合わせを買った。前にトド松くんがおいしかったって言ってたから、口には合うはず。
ゴミを捨てに行ってから、お母様の荷物を半分持たせてもらって店を出た。
一松くんたちの家にお邪魔するの緊張するなぁ…
一松くんにはまた今度の水曜に遊びに誘ってもらってるけど、予定より早く顔見れそう。ふふふ…!

「杏里ちゃんは一松とどんな話をしてるの?」
「二人とも猫が好きなので猫の話が多いです。色んな猫スポットにも連れて行ってもらって」
「そう、あの子も猫仲間ができて喜んでるわ。何だか目が前より生き生きしてる気がするの」
「ほんとですか?私も一松くんと一緒にいるの楽しいです!」
「ふふ…それにしても、杏里ちゃんは学生さんなのにバイトまでしてて偉いわねえ」
「いえ、私一人暮らしをしてるので、自分である程度まかなわなくちゃいけないといいますか…」
「そうなの、あのニートたちにも一人暮らしさせようかしら」
「…ニート?」
「ええ、六つ子揃ってニートなのよ。私の一番の悩みの種だわ」

お母様がため息をつく横で、私はようやく謎が解けてすっきりしていた。
そうだったんだぁ。私とは住む世界が違う大金持ちの人かと思ってた。
あれ?でも。

「一松くん、前に中華料理屋で働いてたって聞いたんですけど…」
「ああ、たまにバイトなんだか分からないんだけど、六人で大金をせしめてくることがあるのよね。でも基本的にはニートよ」

働く時があるなら全くニートってわけでもない気がするんだけど、お母様が仰るならニートっていう枠組みなのね。
大金かぁ。こないだの札束も、虎を飼えるのも、全部納得した。
一松くんのこと、また一つ知れた。嬉しいな。

お母様とお喋りをしていたら、とある一軒家の前で「ここが家よ」と指をさされた。
あ、隣のカフェ、一回ここ来たことある!この横の家だったんだ!

「今まで荷物持ってもらってありがとうね杏里ちゃん」
「いいえ」

お母様が戸を開けて「ただいま」と声をかける。
私も後ろに続いてお邪魔します、と言おうとしたけど、その前に襖の奥から「ケーキの匂い!」という…たぶん十四松くんの声…がしたかと思えば、六人が一斉に廊下に出てくる音がした。
私は出るタイミングを失ってしまって、お母様の後ろに隠れたまま。

「ケーキ!?母さんケーキ!?」
「ええそうですよ、はいこれ持ってってちょうだい」
「「「「「「わぁー…!」」」」」」
「あと今日はお客」
「何のケーキ!?」
「ショートケーキとフルーツタルトよ、それより」
「俺絶対フルーツタルトォォ!文句ねーな!俺長男だし!」
「フッ…俺は果実の「黙ってろクソ松!」器…」
「はいはいはい!ぼくショートケーキ!」
「僕も苺のショートケーキー!苺食べたいっ!」
「こんな時にもかわいこぶんのかお前すげーな…」
「そういうチョロ松兄さんはケーキ箱でも舐めとけばぁ〜?」
「何が美味いんだよ箱の!紙の味しかしねーよ!」
「えー?お前いっつもエロ本舐めてんじゃん」
「舐めてねぇわ!!」
「あれってどこらへんが一番おいしいの?」
「太ももあたりじゃない?」
「僕の予想はお腹!」
「胸だよぜってー胸!」
「聞くな十四松!!答えるな一松トド松クソ長男!!」
「何で俺だけ!?」
「俺は別に舐めてな「聞いてねーよ黙ってろカラ松!!!」
「あれ?これ九個あるじゃん」
「ほんとだ、父さんと母さんの分をよけると一個余るね」
「…どうやらやるしかねぇようだな…!」
「フッ…今宵、全ての決着をつけよう…」
「とりあえず全員猫の餌にしてやるよ…」
「見せてやる、僕の最終奥義…!」
「出てこいやコノヤロー!!」
「わーっちょっと待っ…」

「黙りなさいニートたちぃぃぃ!!!」

お母様の声で一瞬で静かになった。
すごい、男兄弟のケンカ?ってこんなにハードなんだなぁ…!
一人で感心していると、お母様の怒った声が続いた。

「あんたたち、今日はお客様もいらっしゃってるんだから、こんなところでバタバタするのはやめてちょうだい」
「え、お客様って?」

チョロ松くんの声で、ようやく姿を現すタイミングをつかめた。

「えへ、こんばんは。お邪魔します」

お母様の後ろから顔を出してやっと挨拶ができた。どう反応されるかな。
と思っていたら、おそ松くんの持っていたケーキの箱がドサリと床に落ちた。

「あ、ケーキ…!」

思わず声を上げてしまった。
けど、あんなに執着してたケーキに全く目もくれず、六人とも私を凝視している。

「さ、杏里ちゃん上がってちょうだい。遠慮なくご飯食べていってちょうだいね」
「え、あ…は、はい、ありがとうございます…」

お母様は全スルーだけど、いいのかなこれで、いいのかな…!?
私が靴を脱いでる間も、六人とも微動だにしなかった。
どうしたんだろう…もしかしてあんまり歓迎されてないとか?
あ!そっか、たった今みんなで私の分のはずだったケーキを取り合ってたんだもんね。私の登場でがっかりさせちゃったのかな。
今日の晩御飯も、一人分の取り分が減るって思ってるのかも。

「あの、私少食だし、そのケーキも全部みんなで分けていい、から、……」

反応がない………

急にドスンと音がして、一松くんが膝から崩れ落ちた。
この前みたいにあらぬ方向を見てる。

「い、一松くん!?」
「……………終わった……………」
「えーっ!?ご、ごめんね、あの…急にお邪魔して……」
「杏里ちゃん、そういうことじゃないんだな…」

立ち直ったらしいトド松くんが声をかけてくれた。

「どういうこと?」
「いや、あのさ、杏里さん…」
「なに?」
「今の僕らの会話聞いて何も思わなかった…?」
「何って…うーん、私兄弟いないから、兄弟ゲンカってこういうのなんだなって」
「それだけー!?」

チョロ松くんが大声を上げる。
あ、これがチョロ松くんの素なんだ。

「いや、僕達けっこう今女の子に聞かせちゃいけない会話してたよ!?」
「ああ…でも男兄弟ってみんなこんな感じじゃないの?」

よく分からないけど…
と、おそ松くんが床に座りこんだ。

「あーっもうびっくりしたー!杏里ちゃん動じてねーじゃん!」
「杏里ちゃんの優しさに救われたよー」
「トト子ちゃんなら一撃ノックアウトだね!」
「はぁ…本当にごめんね杏里ちゃん、聞き苦しくて」
「ううん。兄弟がいっぱいいるっていいね」
「この子は天使やぁ…!」

そう言っておそ松くんがケーキの箱を拾い上げた。

「お、奇跡だあんまし潰れてねーぞ」
「マジ!?ラッキーじゃん!」
「杏里ちゃん行こう!一緒にごはん!」
「うん!一緒にごはん!」

十四松くんの後についていこうとして、一松くんがまだ立ち上がってないことに気付いた。
廊下に一人残って、一松くんの前に座る。

「一松くん」
「………」
「ご飯食べよう?」
「………」
「…私、来ちゃいけなかった?」
「………」

一松くんがうなだれた。
表情は分からない。

「………聞いたでしょ」
「うん。でも私気にしてないよ」
「………………そっちじゃない」
「え?どっち?」
「…………俺、」
「うん」
「………………ニートなんだよ」
「ああ、ここに来る途中でお母様に聞いたよ」
「……え」

一松くんが少しだけ顔上げてくれた。

「…知っ…てた、の?」
「え、うん。今日聞いたけど…」
「一松!杏里ちゃん!ご飯できたぞー!」

おそ松くんの声がする。

「ありがとう!一松くん、ご飯食べよう。ケーキもあるよ」

立ち上がろうとしたら、くいっと袖を引っ張られた。ちょっときゅんとした。

「なあに?」
「………後で、話させて」
「分かった。後でちゃんと聞くね。さ、ご飯食べよう」
「……そればっかり」

一松くんが笑ったような気配がして、ゆるゆると立ち上がった。
私よりも背の高い一松くんだけど、何だか今日は可愛く見える。
さっきやんちゃな一面を見たからかな。

「ふふ、一松くんっておそ松くんたちと話す時はあんな感じなんだね!」
「やめて早く忘れて記憶消して」


*前  次#


戻る