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「#エロ」のBL小説を読む
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みかんが食べたいと思い居間へ行く。
中へ入ると、おそ松兄さんとチョロ松兄さんと十四松が思い思いに暇を潰していた。
おそ松兄さんは机に頬杖をついてテレビのザッピング、チョロ松兄さんは求職誌のぺら見、十四松はバランスボールで遊んでいる。
俺は何も考えずにおそ松兄さんの向かいに座った。
テレビを横目で見ながら机の上のみかんに手を伸ばした、その時。
柔軟剤のCMが流れた。
杏里ちゃんがかっこいいと言った俳優が出ている、まさにそれが。
おそ松兄さんがチャンネルを変えようとリモコンに伸ばした右手を掴んだ。後ちょっとだけ。

「いいいい痛え痛え痛え痛え痛え痛えよお前ゴラ一松!!」

三十秒版だったらしく、長くそいつの顔を見ることが出来た。
ドラマでも見たことがある。大抵イケメンの役だ。だってイケメンだから。
これをかっこいいと言った杏里ちゃんの感覚は決して間違っていない。正常だ。

「一松!!おい!!聞いてんのかてめぇ!!いってぇ!!離…いだだだだだだ」

問題なのはどうして正常な美的感覚を持ち合わせている杏里ちゃんが、あの夜俺を見て「かっこいい」と言ったかだ。
杏里ちゃんと知り合って日は浅いが、下手な嘘がつけない人だと思う。俺の思い上がりでなければ、あの「かっこいい」は杏里ちゃんの本心ということになる。
しかしどうだ?
今テレビに映っているこいつと俺。
見比べてみるまでもない。歴然の差がある。かすってすらいない。
そんな俺の何が、どこが、杏里ちゃんから見て「かっこいい」になったんだ。
分からない。

「てめぇぇぇええふざけんなし離せってねえ一松!お兄ちゃんの右手首から上が別の生き物になっちゃうよ!」

あの時俺は、杏里ちゃんが笑う俺が見たいと言うから、君が期待してるほど良いものじゃないということを見せてやろうとした。
兄弟には確実にざわつかれるだろう、卑屈な笑みを浮かべたつもりだった。
なのに。
なのに…

いや、もう考えるのはやめよう。

「…あ……やっと離してくれた……」

杏里ちゃんとお礼の名目で出かけたあの日から、杏里ちゃんとの会話や表情を思い出しては色々な感情が渦巻いて落ち着かなくなる。
そうだ、部屋に一人でいてても心が晴れないからここに来たんだった。みかん食って忘れようと思って。

「…ねえ、一松?お兄ちゃんに何か言うことあるでしょ?無言で手首ねじりあげるってこれ痴漢とかにやる制裁でしょ?お兄ちゃんお前に痴漢した?してないよね?」

さっき手を伸ばしかけたみかんを掴んで皮を剥く。
あーめんどくさい。
めんどくさい。
たかが一人に振り回されて。
何をしてても杏里ちゃんのことを考えてしまう。気持ち悪ぃ。たかだか一回遊びに行っただけのクズニートが。
杏里ちゃんは俺だけじゃない、急に現れた兄弟にもチビ太にも、誰にでも変わらない態度で接していて。
だから杏里ちゃんの笑顔は俺だけに向けられるものじゃない。当然だろ。

「いーちーまーつー?お兄ちゃんそろそろ怒るよ?お前の隠してるエロ本杏里ちゃんに見せてやろうかって思ってるぐらいにはおこだよ?」

身分違いもいいとこなのに、杏里ちゃんを好きになるなんてどうかしてる。



…………!?!?



自分の頭から弾き出されたとんでもねぇ考えに体全体が引きつった。
はずみでみかんを握り潰してしまった。
いやそれどころじゃねえし!?!?!?

「あ、あわわわわ…ごめん一松…で、でも、一松が悪」

何だよ好きって!?!?!?!?
え!?!?!?!?俺杏里ちゃんのこっ…こと…………!!!!!!!!!
いや、いやいや、いやいや…落ち着けよ、な?冷静になれ……そうだ、肺一杯に空気を吸い込め………
思いとは裏腹に体はちっとも落ち着けていない。
深呼吸をするはずが勢いよく立ち上がった。目の前の机がひっくり返る。

「ぎゃぁぁぁ!一松!ごめん一松!言い過ぎた!」
「おそ松兄さんさっきのはないよ…!一松がキレて当然だよ」
「んだとじゃあ俺がそう言った時に止めろよ!」
「わー一松兄さん一家殺害とかしそうな顔してるね!」
「一松様ごめんなさいほんとにすみません!」

汗が止まらない。
まさかだ。
そんな。
…いや。
気付いてたはずだ。
考えないようにしてただけ。
どう考えたって不毛だから。
それなのに。
本当は分かってた。
何で関わってしまったのか。
だって。
初めて会った時から。

「やばいよ一松がぐるぐる歩き出してる怖い」
「ねえこれ何の儀式なの?僕達をどうしたいの?」
「一松、俺もう怒ってないよ!ね?俺一松にだったら手首から先別の生き物にされたって全然いいから、ね?」
「一松兄さん死にそうだね!一家心中パターンかな?」

馬鹿じゃないのほんと。
自分の顔と性格見て言ってる?
笑える。
そうだ、現実を見ろよ。
散々自分に言い聞かせた言葉。
底辺。
現在地から足掻こうとすらしていない、最底辺。
こんな人間が人を好きになる?
幸せにする?
馬鹿じゃないの。
そんな資格ある訳ない。
杏里ちゃんと一緒にいる価値なんかない。


『価値があるかどうかは私が決めるもん、なんてね』


…………杏里ちゃん。


「一松が立ち止まったぞ」
「壁を向いて何する気だ…?」
「頭突きかな?」

何で杏里ちゃんは俺に優しいんだろう。
もしかして杏里ちゃんも、俺のこと。


ねーーーーーーーーーーよ!!!


甘ったれた考えに自分でイラついて壁を殴ってしまった。
んな都合のいい展開あるわきゃねーだろ馬鹿なんですかァ?

「あああああごめんなさいごめんなさいいい!!」
「一松!僕達は関係ないからね!おそ松兄さんが全て脚本演出総合プロデュースだからね!!」
「るせぇ訳分かんないこと言ってんじゃねぇよ!チョロ松も十四松も道連れだかんな!」
「あんさんやめとくんなはれ!」

あーーーー僕分かりましたぁ何かね昔聞いたことあるんですよぉー
すっごい可愛い女の子がやたら自分にアピールしてきてくれてると思ったら実は宗教の勧誘でしたみたいな?
親身になって辛い話とかも全部聞いてくれて最終的にどっかの訳分かんねー宗教団体に貢がせるっていうねそういう手口が流行ってるらしいんですよぉーーー
だから杏里ちゃんもそうなんでしょ?
俺のクズい部分が見えても引かなかったのはこいつのここにつけこんでやるとか考えてたからなんですよねぇ?
あーー理解理解〜〜〜完全理解だわ〜〜〜〜

「一松やめてぇぇ!呪詛の言葉をぶつぶつ呟くのやめてぇぇぇぇ!」
「一松俺が悪かった…な…?ほら、昔を思い出そう…?みんなでさぁ、海行って父さん置き去りにしたとかさ…楽しかったよな…?」
「なになに!?今日からうち呪いの家になるの!?すっげーエキサイティン!!」

だけど。
だけどさぁ。

それでもいいから杏里ちゃんに会いたいと思っている自分がいる。

いくら金搾り取られたっていい。
杏里ちゃんが、俺と一緒にいて、俺のこと見て、笑ってくれるなら。
それが金で買えるもんならいくらだって出してやる。

…ああ、それぐらい。

杏里ちゃんに、会いたい。


「フッ、只今帰ってきたぜ…熱いソウルを胸に秘めた男が、な…」
「あーッ馬鹿お前なんちゅうタイミングで帰ってくんだボケ!!」
「今てめぇのせいで致死率2000%になったんだかんな!!」
「わーおファイナルデスティネーション!!」
「?…ああ、一松そこにいたのか。ほら、これをお前にやろう」

杏里ちゃんの面影を追いかけていたら、右手に何かを握らされた感触がした。
白いビニール袋。

「お使いの帰りに福引きをしたんだが、キャットフードが当たってな…これも天からの恵みだ、一松ガールの杏里ちゃんと共にキティ達に施してやるといい」
「………ありがとう」
「「「えっ」」」


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