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電車が赤塚台駅に停まり、同じ顔六つが乗ってくる。
今年から新しい職場になり、通勤に利用するようになった路線で、一番最初に顔を覚えたのはこの六つ子の男子高校生たち。
六つ子という目を惹く特徴のほか、降車駅が同じという共通点もあって、彼らは私の中で勝手に顔なじみになった。
東改札口へ連絡している階段に最も近い、六両目の二番扉付近が私と彼らの定位置だ。
早朝の通勤ラッシュが落ち着き始めた時間帯、かつ各駅停車なので車内は比較的空いている。乗ってすぐ反対側のドアの前に固まる六人の姿は、簡単に視界に入る。
彼らは一人を除き、それぞれ無造作に開けた学ランの首元から、白いカッターシャツの下に色違いの丸襟シャツを覗かせている。
赤青黄色と紫にピンク。学ランの一番上までボタンを留めている残りの一人も、きっと色シャツを着ているんだろうと思う。
彼らが話すのは学校のこと、宿題のこと、お互いのことと女の子のこと。
幼なじみの可愛い女の子のことだとか、何組の誰それが可愛いとか、全然モテないとか…女の子の話が多いかもしれない。
赤いシャツの子(恐らく長男)が中心になってわいわいと話しているので、全部耳に入ってくるのだ。
そんな彼らとの時間はほんの三、四分で終わる。赤塚台の次の駅が私たちの降りる駅だ。
東口から駅を出れば、彼らは駅から歩いて十分程の赤塚高校へ、私は反対方向にある自分の職場へ。
彼らとの接点はそれだけだ。
私は一方的に知っているけれど、彼らは私を気に留めてはいないだろう。
そう思っていたある日のことだった。


駅に入った電車が速度を落とし、読みかけの本を閉じて鞄にしまう。
各駅停車しか止まらない私の最寄り駅からおよそ十五分間、この時間はいつしか読書にあてられるようになっていた。
短時間の方が集中力が増すと聞いて始めてみたものの、途中から例の六人が乗り込んでくるので効果は五分五分といったところ。
駅名を告げるアナウンスと共に忘れ物のないよう確認しながら立ち上がり、ドアの前へ移動する。
後ろからは毎度の賑やかな声。
最近の彼らの話題の中心は、夏休みのこととその前に行われる試験のこと、夏休み明けの文化祭のことだ。
それぞれに思うところがあるらしく、喜びの声と不平不満が入り交じる。夏休みまで二ヶ月あるはずだけど、彼らにとってはあっという間なのかな。
自分も数年前は同じ立場だったのに、そんなことをわいわい話せている時間が青春なんだよ、なんて年寄りじみた思いを抱きながらホームへ降りた。
春でもなければ夏でもない、季節の境目の風に体を押されながら階段を降り、改札を抜ける。私の少し後で改札を抜けた彼らの中から、「先に行っててくれ」という声が上がったのが離れた耳に届いた。
駅前の赤信号を待っていると、走ってくる音が近付き、「す、すみません」とすぐ後ろで声がかかる。

「えっ」

振り返ると六つ子の内の一人。青いシャツの子だ。
さっき『先に行ってて』と言ったのはこれでか。しかし話しかけられる理由は思い当たらない。
もしや落とし物でもしたかと一瞬動揺した私より、彼の方がなぜか緊張しているように見えた。

「あ、あの」
「はい?」
「こ、これ…!良かったら、受け取って、もらえませんか…」

いつも電車内で聞いているよりずいぶん弱々しい、と思うと同時に、彼が差し出したものに目が行く。
真っ白い封筒だ。手紙だろうか。もちろん私の忘れ物ではない。
なぜ私にこれを、と思ったが、彼が不安そうにしているので「あ、はい」と受け取った。

「手紙?」
「そ、そうです、あなたに」
「そうなんだ、…ありがとう」

とりあえずお礼を言うと、「読んでもらえたら嬉しいです」とはにかむ。

「急に引き止めて、すみませんでした。それじゃ、失礼します」
「あ、うん」

お辞儀をした彼は兄弟の後を追いかけていった。
残されたのは謎の手紙と状況を理解しきれていない私。
一体何だったのだろうか。なぜあの子が急に私に手紙を?
授業や部活の一環か、はたまた高校生の間で流行っている遊びか。手紙と言いつつ中に入っているのは紙じゃなかったりして。
何となく怖くて、仕事を終え家に帰ってくるまでその封筒は開けなかった。
就寝前になって、勇気を出してペーパーナイフで封筒を切り開く。
入っていたのは折り畳まれた二枚の便箋。二枚とも、ものすごく丁寧に書いたのが伝わってくる男の子の字で埋め尽くされている。
普通の手紙だった、とほっとしたのもつかの間、その内容に驚いた。
読書をしている私の姿が綺麗で、いつも見とれていたということ。
気がつけば私から目が離せなくなってしまったこと。私をもっと知りたいと思ったこと。
年下だから相手にされないのは承知の上、最初は友達からでもいい。
だけど、もし彼氏がいないなら。


『あなたを好きになりました。付き合ってもらえませんか。』


「ええええっ!?」

夜中なのに大声を出してしまった。
あまりにも突拍子もない、全く予想外の告白だ。
どうしてこうなったんだろう。
まさかこんな風に見られていたとは。彼らの意識下にすらないと思っていたのに。
信じられなさすぎて何度も読み返したが現実だった。
思わず手紙ごと頭を抱える。
一体何て返事をしたらいいのか。
そもそもこれは彼の本心なんだろうか。
高校生に流行っている遊びであるという可能性が捨てきれない。適当なラブレターを出し、相手の反応を見る…なんて類いの。
本心だった場合はもっと厄介だ。
何より彼は未成年。ちょうど恋人がいないからといって、渡りに船と高校生を彼氏にする勇気はない。一時の気の迷いじゃないのかと言いたい。しかしそれをどう柔らかく伝えれば。
平凡な日常に降ってわいた非日常に私は悩まされた。
それでもどうにか返事の手紙を書き上げ、通勤鞄へ忍ばせる。
自分の正直な年齢と『若いんだからこれから色んな出会いがある』なんて定型文を盾に、まずは相手の反応をうかがおう。

翌日、いつも通り赤塚台駅で六つ子が乗ってきた。
読書をしている姿が綺麗、と言われたのが気恥ずかしくて今日は携帯をいじっていたが、視界の端に時々、一人からの抑えきれていない視線を感じる。
今までもこんな風に見られていたんだろうか。だとしたら、わりと読書に集中できていたのかもしれない。
駅に到着し、ゆっくりと席を立つ。先にホームに出る彼らと付かず離れずの距離を保ち、タイミングを計る。
改札を抜ける前に鞄の中から手紙を取り出した時、運良く彼がちらりと振り返った。
すぐに彼だけに分かるよう小さく手紙を振ると、ぱあっと表情が変わる。
彼がそっと兄弟の中から抜け出してきたので、改札を離れて人目につかない階段の陰に移動した。やましいことではないはずだけど、何となくこっそり渡したい。
「おはようございます…」と緊張した面持ちの彼はやはり兄弟といる時よりも大人しい調子だった。

「おはよう。昨日は手紙ありがとう」
「はっ、はい…!」
「それでね、これお返事」

家中を探してやっと見つけた、花柄の封筒を渡す。
彼の太い眉が下がり、ほっとしたような不安のような何とも言えない表情になった。

「ありがとうございます。あの、今見てもいいですか」
「え…今?」
「はい。早く知りたくて」
「いい、けど…学校は時間大丈夫?」
「大丈夫です。あ、あなたの方は…」
「私も大丈夫」
「良かった。すぐ読みますから」
「うん…」

目の前で返事を読まれてしまうのか。彼にとって面白くはないだろう内容なので気まずい。
彼が封筒を開けている間周りにこっそり目線を走らせるが、彼の兄弟はもちろん高校生の姿はない。私を囲んで笑い者にするという可能性はなさそうだ。
さっさと学校に向かっていた彼の兄弟の豆粒のような後ろ姿を手持ちぶさたに眺めていると、細い息を吐きながら手紙を封筒に戻していた彼が私をしっかりと見つめた。

「返事、ありがとうございました。急に押し付けた手紙なのに、真剣に答えてくれてありがとうございます」
「うん」
「でも僕はあなたのこと、諦めきれません」
「う、うーん」

考え直すようにやんわりと勧めた文面は効果がなかったようだ。
真っ直ぐな瞳に射抜かれて困ってしまった。最近の若い子は草食系だと聞くけれど、そんな片鱗全くない。

「彼氏がいらっしゃるなら、もしくは結婚されてるなら、さすがに諦めます。でももしそうじゃないなら、友達からでもいいんです。お願いします」
「ありがとう、気持ちは嬉しいけど…ほら、お互いのことまだあまり知らないし」
「はい。だからこれから知っていきたいんです。友達からでいいので」

言い訳の方向を間違えた。心の中でため息をつく。

「…えっと…こういう遊び流行ってるの?」

試しに聞いてみれば、きょとんとした後に慌てて全身で否定を表された。

「ほ、本気です…!急にこんなことしたから、怪しまれても仕方ないですけど…僕は本当に、あ、あなたと仲良くなりたくて」
「…そうなの」

高校生を相手にする気はないと突っぱねてしまえば、きっとこれきりで終われるだろう。
だけどこうまで真剣に、泣きそうな顔で情熱をぶつけられては、きっぱり拒絶する気も起きなかった。私の何がいいのかよく分からないが。

「…じゃあ、とりあえず、連絡先でも交換する?」

思わずそんなことを言ってしまった。
が、彼の顔がみるみる喜びに溢れていくのでちょっとほっとしたのも確かだ。

「本当ですか!?いいんですか?」
「うん」
「ありがとうございます…!」

わたわたと携帯を取り出す様子を微笑ましく思いつつ、とうとう連絡先を交換してしまった。
名前は『松野カラ松』となっている。下の名前は兄弟との会話の中で聞いたことがあるが、名字は初耳だ。

「松野くんっていうんだ」
「は、はい!あの、でも出来れば下の名前で呼んでほしいです」
「ああ、六つ子だから?」
「そうです。名字だと区別がつかないので」
「ん。カラ松くんね」

幸せそうに笑って「はい」と返事をするカラ松くんを可愛いと思った。
同時に、こんなにピュアな子がどうして私にという後ろめたいような気持ちにもなる。
「メール送ります」と笑顔で学校に向かったカラ松くんを見送って、私も職場へ急いだ。職場に到着する前にメールが届いて笑った。
若さゆえの行動かもしれないけれど、彼の気が済むまで付き合ってあげてもいいか。なんて思うのは私がずるい大人だからだろうか。
もし彼が高校生でなかったら、多分色好い返事をしていた。懸念は今のところ年齢だけ。
しかし『だけ』といっても、それが相当大きい障害であることも事実。
いつ私たちの関係に綻びができてしまうのか、考えると寂しい気もしてくる……
何だかんだ言ってカラ松くんに期待している自分がいて、少し自己嫌悪に陥った。
先のことは今は考えないでおこう。
そう決めてメールの返信を打った。彼には悪いけれど、知り合いのお姉さん的立場を崩さずいればいいと思いながら。


そんな当初の思いとは裏腹に彼、カラ松くんとの関係は途切れることなく続き、結局恋人同士になってしまうのはまだ先の話である。