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何がおそ松に火を着けたのか分からない。
でも、あの時からだったような気がする。おそ松が執拗に私の怖いものを探ってくるようになったのは。

私はアパートで一人暮らしをしているのだけど、なんやかんやあって合鍵をおそ松に預けている。
それからおそ松はたまに家に遊びに来るようになった。
私のいない間に留守番でもしててくれたら安心だ、と思って預けている面もあるけど、なぜかいつも私が家にいるか確かめてから来る。なので合鍵の意味は今のところない。
今日も夕暮れ時に夜ご飯を何にしようかテレビを観ながら考えていたら、おそ松から連絡があった。
何か食わせろと言ってきたのでおそ松が来る前に近くのスーパーで買い物をし、適当に何かを作る。
やがてやって来たおそ松に「何だよこれ」「でもうまい」と言われながら一緒にご飯を食べていた時だった。
テレビの陰からすすす、とゴキブリが壁づたいに這い出て来た。

「うわ」
「あ?うお」

ご飯中に見るのはあまり気分のいいものではない。それに実家が居酒屋をやっているので、このような虫は見つけたら即駆除という使命感が植え付けられている。

「なああれ、殺虫剤とか、」

おそ松の台詞の途中だったが、さっさと退治すべくその辺にあったチラシの束を丸め思い切り叩く。これが私にとって一番手早い退治の仕方だ。
壁際に落ちて動かなくなったゴキブリをチラシでくるみ台所のゴミ箱に捨てる。
滅多にこういうのは出ないし部屋も綺麗にしてるつもりだけど、最近暖かくなってきたから仕方ないのかもしれない。
使命を果たして食事に戻ってくると、おそ松が何とも言えない顔をして私を見ていた。

「…お前さ…」
「何?」
「ちょっとはキャーとか、怖がるとかないわけ?」
「うーん、別に」
「一応お前みたいなのでも女だろ?」
「うち居酒屋でしょ。ああいうの天敵だし家族も平気で退治するから、私も何となく平気」
「あっそ。可愛くねーの」
「確かにあれ怖がるって、女の子らしい感じだよね」
「そうだろ?トト子ちゃんですら怖がるふりするよ?」
「ふりなんだ」
「ほんとは一撃必殺で仕留められるんだけどキャーって言うわけ可愛いから。お前みたいに淡々と叩くの見ると怖いって」
「さっさと始末しないと、お客さんの前に出て行ったら大変だから」
「まあなー。そりゃそうだけど…ちょっとぐらい何かこう、ないの?……俺もいるのに」
「おそ松はお客さんだから、お客さんにやらせるわけにいかないし。叩きたかった?」
「お前マジでバカ」

そんなような会話をしたのは覚えている。
多分その日からだ。
ホラー映画を一緒に観ようと言ってきたり、どこで借りてきたのか爬虫類を触らせてきたり、十四松の小さい頃の写真を見せられたりと色々された。そこでおそ松が私を怖がらせようとしてきているとやっと気付いたのだった。
ちなみにホラー映画は特殊メイクや演出の緻密さに目が行き、爬虫類は手触りに感動し、十四松は普通に可愛かった。
おそ松は当てが外れていくので機嫌を悪くしていた。
そしてとうとう、実家の居酒屋まで来て直接聞いてきたのである。

「なあ〜」
「何?」
「お前怖いもんってあんのぉ?」

カウンターに左肘をついて、右手にビールの入ったコップを揺らしながら、テーブル席のおじさん達と同じような酔った喋り方で話し掛けてきた。

「怖いもの…」
「何かないわけぇ?」
「火事が起こったら怖いな」

おそ松とカウンターを挟んで炙りサーモンを調理している今、急に火が大きくなったら怖いと思う。
おそ松は納得いかないようで「そんなんじゃねーのぉ!」と声を荒げている。

「おそ松は怖いものある?」
「俺ぇ?俺はねぇ、金ないのが怖い。なははは」
「今日お金持ってきてる?」
「持ってきてるし!お前んとこで食い逃げしたことないだろ!」
「そうだったね。はい、炙りサーモン」
「うはうまそー!…っておい!話そらしただろ!」
「そらすつもりはなかったけど…」
「まーた悪絡みしてる…」
「おそ松兄さんいい加減にしてよ」
「あ、みんないらっしゃい」

チョロ松を先頭におそ松の兄弟が入ってきた。おそ松が一人で管を巻いているからかカウンター席が空いていたのでそこを勧める。

「何やってんのさ一人で…あ、杏里ちゃんビールね。五人」
「うん」
「るせー!お前らには関係ねーの!俺が今杏里と喋ってんのに入ってくんじゃねーよ!」
「焼きもちの焼き方が子供」
「ごめんね杏里ちゃん、毎回お守りしてもらっちゃって」
「ううん。はいビールお待ちどうさま」
「あぁ!?お守りってなんだお守りって!」
「うわこっちに来た」
「ちょっとおそ松兄さんビールこぼさないで!僕の服にかかっちゃったんだけど!」
「おそま〜つ?レディーの前ではビークワイエット、だぜ…」
「お前がまず黙れよクソ松」
「杏里ちゃんパフェ!パフェある!?」
「まだメニューに入れてないな。ごめんね」

店がもっと賑やかになった。この六人がいると店に活気を与えてくれてとても助かる。
私が他の席にも料理を運んでいる間も何だかんだと騒ぎながら、『おそ松が私の怖いものを知りたがっている』というさっきの話は兄弟間で共有されたようだ。
カウンターの中に戻ってくると、「分かるけど!子供かよ!」というトド松のツッコミが入っていた。

「何の話?」
「おそ松にーさんね!怖がる杏里ちゃんに頼っむぐ」

十四松の口を唐揚げで塞ぎつつ「何でもありませんー!」とおそ松が声を張り上げる。

「でも僕もちょっと気になるかも。杏里ちゃん、怖いものなさそうだよね」
「確かに。いつも冷静」
「そんなことないよ。事故とか怖いと思うし」
「それは誰だって怖いさ…極端な話、俺達は怖くないが杏里が恐怖を覚えるもの、それが知りたいんだろうおそ松?」
「…まーね」
「みんなが怖くなくて私が怖いもの…?」

普段そこまで恐怖を覚えるような体験をしていないのですぐには思いつかない。
前に知らない男の人達に強引に連れて行かれそうになったことはあったけど、あれは誰だって怖いものだと思うし。
何だろうと考え込んでいると、厨房から兄が「杏里」と顔を出した。

「これカウンターの…っておそ松くん達のか。いらっしゃい」
「うん。はい、追加の唐揚げ」
「ありがと〜。あ、お兄さんに聞けば分かるんじゃない?」
「お兄さん、杏里ちゃんに怖いものってあります?」
「ん?」
「今みんなに聞かれてるんだけど、思いつかなくて」

そう言うと「何言ってんだよ」と笑って厨房に帰っていく。

「お前高いとこ苦手だろ」
「…ああ」

言われてみれば高いところはちょっと苦手だ。
小さい頃木登りしていた木から落ちて、それ以来何となく苦手意識がある。
でも松野家の屋根に普通に上がったこともあるし、生活に支障を感じたことはない。大人になってある程度は大丈夫になってると思うんだけど。
と、おそ松がガタンと立ち上がった。

「なるほどねぇ…高いとこねぇ…」

とても悪そうな笑顔をしている。

「よし杏里、赤塚タワー行こうぜ!」

赤塚タワーは全高三百メートル程ある観光スポットだ。
二百メートル地点にある展望台には床が透明になっている部分もあると聞く。自分がそこに行ったらと想像してみた。

「…やだ」
「何でだよ!」
「何でって言われても…」
「僕おそ松兄さんの脳みそ、年々小さくなってると思うんだよね」
「確かに。昔の方がまだ賢かった気がする」
「フッ…アルコールと女が男を狂わせるのさ…」
「てめぇ新品の烏龍茶ユーザーだろ」
「ぼく飲んでいい!?」

十四松がおそ松のビールを勝手に飲んでいるにも関わらず、おそ松は私を見てにやにや笑いを強くした。

「決定な!赤塚タワーぜってぇ連れてくから!」
「ええ…」
「おそ松兄さん、杏里ちゃん嫌がってるだろ」
「無理に誘うと嫌われるよ」
「何だよ、上までエレベーター乗るだけだって!それにお前、うちの屋根では全然へーきじゃん」
「うん…それもそうだね」
「なら行ってみよーぜ!もしかしたらもう怖くなくなってるかもしんないだろ」

確かにそれはある。食わず嫌いならぬ上らず嫌いなだけで、とっくに克服しているかもしれない。
分かったと頷くと、おそ松は「決まりな!」と嬉しそうに宣言し、他の兄弟達は心配そうに顔を見合わせた。

「杏里ちゃん、おそ松兄さんの下らない思いつきに付き合うことないんだよ?」
「そうだよ、ほんとに怖いなら無理しないで」
「うん。でも私も一回確かめてみたいから」
「てわけでお前ら口挟む余地ねぇの〜。あ?あれ?俺のビールはぁ?」
「一回ガツンと嫌われればいいのに…」

呟く一松に手羽先のおかわりを出す。
傾斜があって不安定な屋根には上がれるんだから大丈夫なはずだ。多分。

「…おい杏里、それなりの格好して来いよ」
「それなりって?」
「だからぁ…赤塚タワー行くにふさわしい格好だよ」
「あそこってドレスコードあったっけ」
「ちげーよ!あの周辺ってほら…あれだろ!ほら!」
「周辺…?」
「素直に『デートスポットだ』って言いなよおそ松兄さん」
「ああ、恋人同士に間違われないような服ってこと?」
「バカ!誰がんなこと言ったバカ!」
「じゃあどういう服を…」
「自分で考えろバーカ!!」
「ねえおそ松兄さん、今日のバカMVPはおそ松兄さんだからね?」

赤塚タワーに上る前に一つ課題が出来てしまった。
参考にしようと遠回しに「おそ松もそれなりの格好して来るの?」と聞くと「うっ」と黙られる。
反対に弟達はにやにやし始めた。

「そりゃそうだよねぇ〜、杏里ちゃんがそれなりの格好するんだからおそ松兄さんもしなきゃねぇ〜」
「『それなり』の服、頑張って見つけな…ヒヒ」
「あ、僕手伝わないからね?自分で考えてね〜」
「おそ松にーさんってそーいうセンスとかあるの?」
「十四松、何気に辛辣だね」
「フッ、俺はお前のセンス…信じてるぜ」

親指を立てたカラ松の烏龍茶を一気飲みしたおそ松は「うるせー!!」と店内に響き渡る大声で叫ぶ。

「やってやるよ!あぁ!?やってやるよ上等だコラァ!かかって来いよ!」
「いやかかって行くのお前の方だから」

常連のおじさん達がわけも分からずいいぞ兄ちゃんと囃し立て、ビールがおそ松の元に運ばれる。
それもまた一気に飲み干したおそ松はしばらくしてカウンターに突っ伏して寝てしまった。

「勝手に騒いで勝手に寝るんだからこいつ…」
「でもおそ松兄さん、相当楽しみにしてるよね」
「私の怖がるところ見て楽しいのかな」
「あーいや、そっちじゃないけど」
「気を引く方法が悪手しかないんだよねこの人…だからいつまで経ってもこうなんだよ」

確かに握手でしか気が引けないのならトト子ちゃんにも本気度は伝わらなさそうだ、と思う。
さて、赤塚タワーには何を着て行けばいいのだろうか。