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「う、うわうわうわ」

避ける間もなく、突進してきた人物に思いっきり抱き締められる。本当にぎゅっと音がしそうなくらい強い力だ。温かいけど苦しい。

「ちょ…十四松」

この馬鹿力とオードリーヘップバーンなんて単語を持ち出すのは十四松しかいない。腕の中で身をよじらせるとやっと解放してくれた。

「ふう…」
「あっはは!こんにちは、杏里ちゃん」

昔と変わらない屈託のない笑顔だが、袖が少し伸びている以外身なりはとてもきちんとしている。ネイビーのニットコートを始め青系でまとめた衣服に、黄色のハイカットの靴。こんなコーディネート、以前の十四松はしないだろう。

「こんにちは、十四松」
「こんなところで会えるなんて嬉しいなー。ああ、ごめんね。せっかくの可愛い髪型が崩れちゃった」

丁寧に私の前髪を整える十四松。
大体野球のことしか頭になかった十四松から今こんな扱いを受けていると思うと気恥ずかしい。容姿は何一つ変わっていないからさらに戸惑う。でも優しい気質は変わらないんだと思えば、まだ何とか…

「はい、出来たよ。お姫様」

何とかならなかった。この紳士は一体誰なんだ。無邪気に四足歩行で颯爽と道を駆け抜けていたあのある意味ハイスペックな男はどこに行ったんだ。

「…十四松、そのお姫様って呼び方やめてくんないかな」
「どうして?ぼくにとって杏里ちゃんはお姫様だよ」
「…あ、そう…」

純度百パーセントの瞳で言われてしまえば閉口するしかない。

「ところで十四松は何でここに?」
「バレンタインだからね!色んなチョコが揃ってるって聞いて見に来たんだ」
「そっか。十四松、甘い物好きだもんね」
「うん!それに見て、あの子たち」

促された方を見ると、バレンタインコーナーでチョコを選ぶ女の子達の姿があった。友達と楽しそうにお喋りしながら、あるいは真剣な表情で、誰かにあげるためだろうチョコを手に取っている。

「それぞれ大切な人を思い浮かべてチョコを選んでるんだろうね。ああいう女の子たち、見てて癒されるよ」
「そうだね。なんかキラキラしてるよね」
「もちろん杏里ちゃんもだよ?君はいつでもキラキラしてるけど」
「あは…あ、そう…ありがとう」

こうやってナチュラルに褒め上げられると反応に困る。十四松が悪いわけじゃないけど居心地が悪い。
屈託のない笑顔をしていた十四松は私の荷物に目を留めた。『Happy Valentine』とロゴの入った袋が、バレンタインコーナーで買い物をしたことを示している。

「杏里ちゃんは何を買ったの?」
「ああ…まあ、ちょっと…」

十四松達ではなく自分用のお菓子の材料なので、何となく言いづらくて言葉を濁す。
十四松は「ふぅん…」と言ったきり、いつになく真面目な顔で何か考えているようだった。

「…ねえ、杏里ちゃん、この後暇?」
「暇は暇かな」
「じゃあさ!今からスイーツ食べに行かない?」
「今から?」
「うん!ぼくのお勧めのお店があるんだ。どうかな?」

私の両手をぎゅっと握って期待に満ちた目で見つめてくる。
スイーツか。今ならバレンタインフェアなんてやってそうだし行きたいかも。さっき買った荷物も、急いで冷蔵庫に入れる必要のない物だし。

「いいよ。行こう」

頷くと、十四松はぱあっと晴れやかな笑顔になった。

「やった!任せて、きっと君を満足させてあげるからね」
「ありがと。十四松のお勧めかぁ。楽しみだな」
「さ、こっちだよ」

片方の手は繋がれたまま、もう片方の手に持っていた荷物はさりげなく十四松に移された。
あの十四松がこんな風にエスコートをするようになったなんて、感心するやらおかしいやら…
しかし私達の周りにいる女の子達は、やはり十四松が完全なるイケメンに見えているのか、可愛らしい歓声しか聞こえてこない。十四松がサンクスをセクロスと言い間違えても変わらない乙女心にまた感心する。
デパートを出た私は二月の冷たい風に迎えられたが、十四松が握ってくれている手が温かい。「杏里ちゃん寒くない?」とマフラーも巻いてくれたのでとてもぬくぬくだ。
さて、行き先は内緒と言われたがどこに連れて行かれるんだろうか。庶民的な街からだんだんビル街に近付いている気がする。いかにも仕事のできそうな姿の男女が街路樹の並ぶ通りを行き交っているし、ビルの一階に高級ブランドショップが入ってたりするし。こんな場所にスイーツのお店が…?

「杏里ちゃん疲れてない?」
「ううん、大丈夫」
「ごめんね、車呼べば良かったかな。でもこうして一緒に歩く方がデートみたいでいいなって思ったんだー」
「ははは、そっか」

ちょっとくすぐったいけど真っ直ぐ向けられた好意に和む。
いや和んで聞き流すとこだったけど車呼ぶってどういうこと?十四松にそんな権限が?タクシーってことだろうか。
緑溢れる広い公園の側を通りすぎ、私達はとある建物の前に来た。
ホテルだ。それも高級ホテル。入口の前の道には一列に並んだ噴水が清涼感のある音を立てて出迎え、磨き上げられた大きな窓ガラス越しには洗練されたインテリアのロビーが見え、そこを品のいい制服のホテルマンが横切っていく。
一気に気後れする私をよそに、十四松は躊躇せずホテルの中へと入ろうとした。

「…えっ、ちょっ、ちょっと待って十四松!」
「何?」

十四松の手を引いて留まらせる。何も考えてないような顔だ…!

「スイーツのお店って、え…ここ…?」
「そうだよ!ここのホテルのスイーツすっごくおいしいんだー」
「ま、待って十四松…ごめん私そんなに手持ちないし…!」

焦る私に十四松は「大丈夫」と笑った。

「女の子にお金出させるつもりなんかないよ」
「いや、でも、」
「んー、どうしてもって言うなら、杏里ちゃんのとびっきりの笑顔を見せて?甘い物食べてる時の君の顔、大好きだから」

爽やかにかわされたがそういうことじゃない。手持ちがなくて困るのも事実だけど…

「今普通の普段着だしデパートのビニール袋持ってるしで、超庶民感出てるのがすごく気後れするんだよ…!」
「あ、ドレスコード気にしてる?そんなの関係ないよ!ぼくの行きつけだから、気楽にしてて!」
「行き…つけ…」

この高級ホテルが十四松の行きつけ…!?
衝撃の台詞に言葉を失っている隙に十四松は私の手を引き、とうとうホテルに入ってしまった。外見の佇まいと同じくらい高級そうな雰囲気に圧倒されて、十四松の影に隠れるように中を進む。
しかし十四松の言うことは本当らしい。ホテルに入るやいなやスタッフは全員仕事の手を止めて十四松にお辞儀をし、こっちは何も言っていないのに一人のスタッフが淀みなくエレベーターまで案内してくれた。
F6化した十四松、とんでもない。六つ子がこういう中身になってからギャップに戸惑うことも多々あったが、今日の出来事はベストスリーには入る。
エレベーターで着いたのは最上階のレストランだった。このホテルには一階にもレストランがあるみたいだけど、今私達のいる最上階の方は有名人や政界の人もお忍びで来ることがあるらしい。どうなってんだ十四松。信じていいのか十四松。
私の心配をよそに十四松は顔パスでレストランに入っていき、「いつものとこね」と一言告げただけで個室のVIPルームに案内された。
ウェイターがドアを開けると壁の棚にはアンティークなランプや置物が飾られてあり、アンティーク調のテーブルと三人掛けのソファーが一つ、橙色の灯りに照らされている。十四松がソファーに置いた私の買い物袋の場違いなことといったら。いや私自身が場違いだった。

「今日のとっておきのをお願い。大事な子だから喜ばせたいんだ」
「かしこまりました」

ウェイターが出ていき、この場違いな空間で十四松と取り残された私。
自宅でくつろぐかのごとく無造作にソファーへ座った十四松が、自分の隣をぽんぽんと叩く。とりあえずおずおずと座った。

「えっと…十四松は一人で来るの?ここ」
「一人の時もあるし、トド松や一松兄さんと来る時もあるよ」
「おそ松達は?」
「うーん、たまに。上の三人は甘い物そんなに得意じゃないから」
「言われてみればそうかも」
「女の子は君が初めてだよ」
「そうなんだ」
「あははっ!杏里ちゃんてば、ほんとクールなんだから」

私じゃなくて他の女の子を連れてきた方がリアクション良かったんじゃないだろうか。若干申し訳なく思ったが、十四松は気にしてなさそうに足をぶらぶらさせている。もし八頭身だったらこのソファーに座ってもちゃんと床に足が届いていただろう。私もだけど。
しばらくして個室のドアが開き、ワゴンに乗った様々なスイーツが登場した。ウェイターがそれら全てをテーブルの上一面に並べ、頭を下げて出ていく。ありとあらゆるスイーツがここに揃えられたんじゃないかというぐらいのラインナップだ。

「杏里ちゃん、遠慮なく食べてね」
「うん、ありがと…」

十四松の笑顔に押されて恐る恐る目の前のチョコケーキを一口。
……すっっ……ごくおいしい…!!
ほろ苦いチョコソースとふわふわのパウンド生地がマッチしていて、緊張感も何もかも吹っ飛んでしまうくらい幸せな味だ。

「そうそう、その顔」

隣の十四松がテーブルに片肘をついて私を眺めている。

「杏里ちゃんって、表情で全部伝えてくれるからほんとに可愛い」
「もう、いいよそういうの」
「ほんとだって。幸せでしょうがないって顔してる」

実際思っていたことなので言い返せない。
恥ずかしさをまぎらわすように、今度はピンクのマカロンに手を伸ばす。さすが高級ホテル、絶妙なふわサク感だ。
こっちの金箔を散らしたトリュフは口の中ですぐにほどけて、甘いお酒の香りがする。

「おいしいー…ほんっとおいしい…」
「あはは!良かった、気に入ってくれて」
「これ気に入らないとか贅沢すぎだよ。ありがとう、十四松」
「どういたしまして、お姫様」
「…だから…」

まあいいか。いちいち気にしてたらきりがない。もう十四松の好きに呼ばせておこう。多分、私以外の女の子にも普通に言ってるんだろう。

「言ってないよ?」
「……え?何?え?心読んだ…?」
「ううん。でもそんな顔してたから」
「どんだけ表情読み取る能力高いんだよ」

こういう人間離れしたとこは昔の十四松にも通じるところがある。外見は変わってないからその度に元に戻ったのかと思うけど、なぜかずっとF6のままなんだよな、みんな…
そうして色々なスイーツを堪能していた私だが、十四松が何も口にしていないことに気付いた。スイーツ食べに行こうって言ったの十四松なのに。

「十四松、食べないの?」
「…うん、食べるよ。でも君を見てたら、胸がいっぱいになってきちゃって…その…」

普段見せない切なそうな表情になった十四松は何かを口の中で言い淀んだ後、一度深呼吸をして私に向かって居ずまいを正した。

「…あーっ、やっぱだめだ!こんなにスイーツがいっぱいあるのに、全然気持ちが切り替えられない…!」
「どうしたの十四松」
「ずっと、気になってたんだ。杏里ちゃん…」
「ん?」
「…あのチョコ、誰宛なの?」

十四松が指したのは例の『Happy Valentine』の袋。

「あー、誰宛っていうか…」
「ぼくにじゃないでしょ?だってぼくにくれるんだったら、君ははっきりそう言ってくれるはずだから…」

元気をなくしているらしい十四松。そういえば何を買ったか聞かれてはぐらかした時、十四松何か考え込んでたな。自分宛のチョコじゃないってことを何となく察してたのか。

「君が誰に渡すのか聞きたいけど聞きたくなくて、一緒にスイーツを食べればこのもやもやした気持ちもなくなるかと思ったんだけど…」

弱々しい台詞が途切れ、十四松の腕に抱き寄せられた。食器の軽くぶつかり合う音がして、二人の体が密着する。

「だめだった。君が幸せそうに甘い物食べてる姿見てたら、誰にも渡したくないって、思っちゃって」
「十四松…あのね」
「はっきり言ってくれていいよ。君をこれ以上困らせたくない」
「そうじゃなくて、あれは自分用に買ったんだよ」

そう言うと、十四松は目を丸くして私の顔を覗き込んだ。

「…ほんとに?」
「うん。自分で作って自分で食べるつもりで」
「…ははっ、そっか!」

じわじわと笑顔になった十四松はまた私を抱き締めた。今日三度目だ。

「はーっ、良かったぁ…あ!ねえ、それ自分用じゃなくてぼく用にして?」
「いいけど、こんなスイーツ普段から食べてる十四松の口に合うかどうか…」

私が作ろうとしているのは市販のパンケーキミックスと板チョコを使ったチョコマフィンだ。今食べたスイーツと比べると確実に雲泥の差が出る。
しかし十四松は首を振った。

「ううん。どんな一流のパティシエが作るスイーツより、杏里ちゃんの手作りの方がおいしいに決まってる。…だって」

急に目付きの変わった十四松の指が、端からゆっくり私の唇をなぞっていく。

「ぼくにとって最高のスイーツは杏里ちゃん自身なんだから」

その指先を十四松の舌がちろりと舐めあげ、「ほら、やっぱり甘い」と低い呟きがこぼれた。

「早く食べたいな。ぼくのスイートプリンセス」