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そこには薄手の紺のブルゾンに細身のパンツという格好のカラ松がいた。胸元には例の金のネックレスも光っているが、今の彼に背伸び感はない。
カラ松は柱に背を預けて腕を組み、サングラスの向こうからこちらを若干ではあるが見下ろしていた。

「カラ松、何でこんなとこにいるの?」

こんなに女性がキャーキャー言いながらひしめき合う場所、以前のカラ松ならともかく今のカラ松なら鬱陶しがって来なさそうなのに。
私の質問にカラ松は「チッ」と舌打ちをした。

「俺だって別に来る気なんてなかった」
「あそうなんだ」
「トド松が女共に混じってチョコ作るだの何だの言うから、その買い物に付き合わされただけだ」
「ああ、トド松ならやりそう…そのトド松は?」
「知らねーよ。あの野郎ここに着いて早々どこか行きやがった」

やってられないと言わんばかりに頭をガシガシとかいたカラ松は、私の持つ荷物を見て眉を寄せた。

「で?てめーは何買ったんだ?」
「えー…カラ松には別に関係ないじゃん」

安い板チョコと生クリームぐらいしか買っていないのがバレると、お前にはそれがお似合いとか言って鼻で笑われそうだ。こういう時、昔のカラ松がちょっとだけ懐かしくなる。手作りか!?って目をキラキラさせてくれそう。
私の素っ気ない返事に気を悪くしたのか、はたまた失礼な考えが伝わったのか、カラ松は「んだと?」と喧嘩腰でこちらに向かってきた。そして私の目の前に高圧的に立ちはだかる。

「いいか、覚えとけ。お前のことは全部俺に関係あんだよ」
「どういう理屈なの?」
「今は俺が質問してる。何買ったんだ?」

答える間もなくカラ松は私の荷物を取り上げて中を見た。

「ハッ…やっぱりお前も買ってんじゃねーか」
「まあ、そりゃね。バレンタインだし何かしようかなって」
「まさかこれをそのままあげる気じゃねーだろうな」
「いやいや、溶かして違う形にするぐらいはやるよ」
「どうだか」

やっぱり鼻で笑われた。
もう帰るので返してほしいと荷物に手を伸ばすと、カラ松はそれをさっと避けて先に立って歩き出した。

「おら、行くぞ」
「行くぞって?」
「帰んだよ。これ以上こんなとこいられるかっての」
「トド松に連絡ぐらい入れといたら?」
「っせーなー。じゃお前がやれ」

すたすたとデパートの出口に向かっていくカラ松を慌てて追いかけ、隣に並ぶ。

「荷物私が持つよ。私のだし」
「いいんだよ!てめーに持たせると落とすだろ」
「ありがと」
「……チッ」

機嫌を損ねたような顔だが、恐らくこのまま家まで送ってくれるつもりだろう。F6化したカラ松はそういう奴だ。柄は悪いが根はいい奴。なので厚意はありがたく受け取っておく。
デパートを出て街中をカラ松と歩けば、あちこちから女性達のひそひそ声が聞こえてくる。その内容は以前とは真逆のものだ。
昔はあれほど待っていたカラ松ガールズがそこらじゅうにいるというのに、今のカラ松にはただ面倒なものとして映るらしい。不憫だな。女性に関する不憫さが変わらないところが、カラ松らしいというか何というか。

「ったく、どいつもこいつも浮かれてやがる…」
「みんなカラ松にあげたいって思ってんだよ」
「チョコなんかいつでも食えるだろ。わざわざこの日に限って大量に送り付けられたところで、十四松かトド松の胃に入るだけだってのに」
「そんなこと言って、ちゃんと自分の分は全部食べてあげてるんでしょ」
「るせぇな…チョコより肉だ!肉持ってこい!」

周囲の女の子達が近くの肉屋へ駆け込んでいく。まさかこの時期に儲かるとは肉屋の人も思わないだろう。F6は確実に経済を回している。ニートの彼らも時折搾取される側で社会にお金を還元してはいたけれど。
やはりというか、カラ松は私の一人暮らしの自宅まで荷物を持っていてくれた。それらを受け取り、ありがとうと言いながら部屋に入ろうとすると、開いたドアをガッと掴まれる。

「わ、え、何?」
「…もう一つ聞きたいことがあんだけどよ」
「うん」
「それ、誰に作るつもりだ?」

顎でチョコの袋を示される。

「誰って…特にあげる相手は決まってないけど。チョコ作りたかっただけで」
「…お前、何か隠してねぇか?」
「いや何も…」

無駄な猜疑心を起こしているらしいカラ松がドアにかけた手に力を込め、古びたそれがギシッと軋む。

「こ、壊さないでね?」
「さぁな。お前の返答次第だ」
「何も隠してないから。あげる相手いないから自分で食べるよ」

そう言うとカラ松はまた「ハッ」と薄く笑った。

「かわいそーな奴」
「はいはいすいませんね」
「いねーんだったら俺がもらってやってもいいけど?」
「さっき肉がいいって言ってたじゃん。チョコはいらないんでしょ?」
「お前からのチョコは別だっつってんだよ、このタコ!」

回りくどいが、要するに欲しいということらしい。分かったと頷くとカラ松は引き下がらずに家の中へ入ってきた。邪魔するぜ、と勝手に上がり込んでいく。

「疲れた。休ませろ」
「もう…トド松に連絡するね?買い物終わったら家寄ってって」

多分荷物持ちとしてカラ松を連れてきたんだろうから、帰る時になっていないと困るだろう。荷物をリビングの机に置きつつスマホを取り出す。
家主かのように遠慮なくソファーに座っていたカラ松は、また「ああ?」と凄んだ声を上げた。

「放っとけんなの…置き去りにしたあいつが悪ぃんだからよ」
「そんなこと言ったって…あ」

素早く立ち上がったカラ松が私の手からスマホを取り上げて自分のポケットにしまう。次の瞬間、壁に強引に押し付けられた。握りこぶしが私の顔の横で激しい音を立て、サングラス越しに睨み付けられる。

「俺の前で他の男の名前出してんじゃねーよ」

何様だこいつは。私の何なんだ。男ってお前の弟だろ。
言っておくが私とカラ松は依然友人関係のままである。例え乙女ゲームのような台詞を浴びせられようが、お互いの距離感は前と変わってはいない…と思っていたのだが、現状を見るとそうでもなさそうだ。
とりあえずごめんごめんと謝ると、すんなり離れてくれた。

「チッ…分かりゃいいんだよ。ほら、待っててやるからとっとと作れ」
「何を?」
「てめーはいちいち言わなきゃ分かんねぇのかよ。ったく、何でこんな奴に俺は…」
「あ、チョコの話?いいけど時間かかるよ」
「んなこと喋ってる間にとっとと動け、ノロマ」
「はいはい」

出来上がるまでここから動かないつもりだろう。ソファーに戻り、リビングに置きっぱなしにしていたファッション誌を読み始めたカラ松を横目に、諦めてチョコ作りに取り掛かることにした。
作ろうと思っているのはバレンタインコーナーで見かけたレシピの一つ、生チョコだ。
温めた生クリームの中へ細かく刻んだチョコを入れて溶かし、家にあったメープルシロップを入れて混ぜる。後はこれをバットへ注いで冷蔵庫で冷やすだけだ。
簡単で材料も少なかったから選んだのだが、レシピによると冷やす時間は三時間。そんな長い間このカラ松と一緒に空白の時を過ごすのかと思うと選択を誤ったかもしれない。
エプロンを外し、とりあえずカラ松の側へ行く。

「ねえカラ松、あと三時間冷蔵庫で冷やして完成なんだけど…」
「だから何だよ」
「いや、その間カラ松は退屈じゃないのかなと思って」
「待てねぇならとっくに帰ってる」
「まあそりゃそうか」
「おいブス」
「あん?」
「お前、こんなのが欲しいのか?」

雑誌を覗き込むと、前見た時に可愛いと思ったワンピースのページに伏せんが貼られていた。
そういえばいつかお店に見に行こうと思ってチェックして、そのままになってたっけ。

「そうだね。可愛かったから」
「へーえ…」

どうせまた似合わないものをとか思ってんだろう。薄ら笑いしてるけどお前も外見は平凡中の平凡だからな?あとサングラス取れよ室内では。
なんてことを指摘して揉めるのも嫌なので、スルーしてテレビをつける。するとカラ松は雑誌を横に置き、玄関の方へ向かった。

「あれ、どこ行くの?」
「お前がうるせーからトド松に電話する。これ借りんぞ」
「あ、そう。どうぞ」

私がテレビを見始めたからか、カラ松は私のスマホと共にわざわざ外へ出ていった。普段ならこの程度の雑音があっても気にせず電話をかけてくるんだけど。
こういうのがF6としての気遣いなんだろうか。ニートだったあいつらにはもちろんなかった気配りの心である。
数分経って戻ってきたカラ松は私にスマホを返し、ソファーにどっかりと座って一緒にテレビを見始めた。
それからもカラ松は一向に帰る気配を見せず、やっと三時間が経とうとしている。短気なカラ松にしては辛抱強い方だ。

「…さてと、もうそろそろかな」

冷蔵庫へ向かいバットを取り出す。初挑戦にしては見た目はなかなかいい感じだ。
わくわくしながら包丁を入れていると、玄関のチャイムが鳴った。トド松だろうか。

「はーい」
「俺が出る。お前はそっちやってろ。よそ見して手切んじゃねぇぞ」
「じゃお願い」

トド松だと思ったのでカラ松に任せたが、玄関からの声を聞くとどうも違うみたいだ。宅配便のようだけど、何か頼んでただろうか。カラ松が普通に対応してるから、とりあえず任せとこう。
生チョコを切り分けてお皿に移す。ついでに味見を一口。うーん、私は好きな甘さだけどカラ松はどうだろうか…

「おいブス、出来たのか?」

戻ってきたカラ松がキッチンを覗く。

「ああうん一応ね。今の何だった?」
「後で教えてやる。それにしてもまた甘ったるそうなもん作りやがって…」
「嫌なら食べなくていいけど」
「誰もんなこと言ってねぇだろが!ったく…俺様をここまで振り回す女は初めてだぜ…」
「じゃリビング持ってくね」
「いや、ここでいい。ほらさっさとよこせ」

お皿を差し出すと、カラ松が生チョコの一切れを口に入れる。

「…ふん、まあまあだな。お前みたいな鈍くせぇ奴にしちゃ上出来だ」
「そりゃ良かった」
「おら、これやるよ」

代わりにカラ松から差し出されたのは、さっき家に届いたらしい荷物だった。艶やかな濃青の紙袋の中に真っ白な箱が入っている。あれ、でも伝票が付いてないな。

「何これ」
「やるよ。…お返しだ」
「え、早…ありがとう…だけどくれるにしてもホワイトデーでいいのに」
「別にいつやったっていいだろ。それ着て見せてみろよ」
「着る…?」

とりあえず洗面所に持っていき箱の中を見てみると、そこには私が雑誌で伏せんを付けていた、あのワンピースが入っていた。

「えええ…」

まさか取り寄せたの?あっ、さっきの電話で?伝票がないってことは、もしかしてお店から直接持ってこさせたんだろうか。何なんだよF6。しかも生チョコの材料費考えると全然釣り合い取れてないんだけど…
ありがたいやら戸惑うやらで少し笑ってしまった。
しかしカラ松がせっかくくれた物なので一応着てみよう。一体お店にどう話をつけたのかは分からないが、値札は既に切られていた上に、服と一緒に綺麗に包装された金のブレスレットまで入っていた。これがF6のカラ松か…ちょっと感動。
サイズもぴったりだったワンピースとブレスレットを身に付けてリビングへ戻ると、ソファーでチョコを片手に雑誌を見ていたカラ松は興味なさげにちらりと私を見た。

「カラ松、これ本当にもらっていいの?」
「いらねーなら返せ」
「ううん、ありがとう。欲しいって思ってたやつだから」
「最初から素直にそう言っときゃいいんだよ。…ところでお前、このプレゼントの意味分かってんのか?」
「意味?チョコのお返しじゃないの?」
「…マジで鈍い奴…おい、こっち来い」

まだ何かあるというのか。指で招かれカラ松の隣へ行くと、あっという間もなくソファーの上へ押し倒された。

「え…?何?どしたの?」

サングラスが外され、カラコンの入っていない瞳が真剣な眼差しを向ける。

「男が女に服を贈るってのはな、自分がその服を脱がすって予告だ」

聞いてない。聞いたことない。
反論しようとする前に唇は塞がれてしまった。さっき口にした甘くほろ苦い味で舌を支配され、息をつこうと伸ばした手がネックレスと絡んで音を立てる。
何度も深く口付けられ、ようやく離された時にはすっかり息が上がってしまっていた。初めての体験に動けなくなった私の耳の中へ、カラ松の囁きが降りてくる。

「…覚悟しとけ。俺から離れられなくしてやるよ、杏里」