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「あ…れ、おそ松何でここに?」

私が多少面食らったのも無理はないと思う。
女性客ばかりのフロアに一人でいたというのもあるけど、おそ松はトレードマークの赤地に松の入った服ではなく、ベージュのトレンチコートに丸襟の無地のシャツ、ワインレッドの細身のパンツという平常に比べるとスタイリッシュな出で立ちだったからだ。
私の疑問には答えず、おそ松は爽やかな笑みを浮かべた。

「ははっ、やっぱ杏里だった。バレンタインのコーナー見てたんだろ?」
「あー、うん。そうだよ」
「杏里も女の子だね。何か買ったの?」

そう言いつつさりげなく私の荷物を持ち、さりげなく横に並んで歩くおそ松。彼らへのチョコは買わないと決めた矢先なので、何となく後ろめたくなりはぐらかすことにする。

「ありがと。いや、何でも…」
「ふーん?気になるなー」
「おそ松こそ何してたの?偶然だね」
「いや、デパートから呼び出されちゃってさ…」
「え?何かしたの?」
「僕たちの等身大チョコ作って展示したいからぜひ協力してくれって」
「大丈夫かこのデパート」

彼らのF6パワーはもはやそんなところにまで影響力があるのか。というかモデル体型ならまだしも、この平凡体型を展示して何になるというんだ。
横目で見ながらそう思っていると、見つめられたと思ったのかおそ松の爽やかさにいっそう拍車がかかった。

「なに?杏里。そんな可愛い目であんまり見ないで」
「ああ…はい」
「この後の予定は?せっかく会えたんだし、家まで送るよ」
「おそ松はもう用事ないの?」
「杏里より優先することなんてないよ」
「あ…そう…ならいいけど…」

こういった台詞には毎度どう対応したらいいのかと参ってしまう。F6の彼らにとってはこれが女の子に対する普通の態度なんだと、理屈では分かってるけど。
おそ松は周りの女性の視線に笑顔を振りまきながら答え、そのたびに女性を悩殺し、私と一緒にデパートを後にした。多少爽やかさが増したぐらいで、変わらない笑顔のような気がするんだけどな。

「あ、そういえば杏里」
「何?」
「今年はチョコ、くれないの?」
「うっ」

痛いところを突かれた。昔とは違い、何の裏心もなさそうな純真な目で尋ねてくるのがさらに言いづらい。
しかしそれこそ昔とは違ってチョコなんかもらい放題だろうから、正直に言ってもまさか拗ねはしないだろう。

「いや…今年はみんな、色んな子からもらうだろうと思って、私のはいいかなって」
「…杏里、何か勘違いしてない?」
「えっ、何を」

おそ松が立ち止まったので私も自然と歩みを止める。
この男の方が少しではあるが背が高いので、首をかしげつつ見上げると、おそ松は「分かってない顔だなあ」とため息をついた。

「あのね、杏里。確かに女の子たちからチョコをもらえるのは嬉しいよ。みんなが僕のために一生懸命心を込めて、手間をかけてくれたんだっていうのが伝わってくるから」
「はあ」
「けど、チョコの価値はどれだけ多くもらったかで決まるものじゃない。たった一人の大事な女の子が、自分を選んでくれたのかどうか…男が気になるのはそこだよ」
「はあ」
「だから…ね、杏里。無理強いはしないけど、僕のこと、考えてくれたら…嬉しいな」

台詞の合間におそ松と私の距離は近付き、私の顎には手が添えられ軽く持ち上げられていた。
周りからキャーキャーと女性達の歓声が聞こえる。いやよく見てください。どっちも平凡を極めた外見の男女ですよ。

「わ、分かったよ。用意するね」
「やった!ありがと、杏里」
「それじゃデパートに戻らなきゃ」
「えっ、どうして?これ、チョコじゃないの?」

おそ松が荷物を軽く持ち上げる。袋にはデパートのロゴと一緒に、バレンタインコーナーで買った品物であることを示す『Happy Valentine』の文字も書かれている。
しかし中身は普通のスーパーでも売っているただの板チョコと型だ。さっきまで見ていた高級食材ではない。自分用だからと安いものを買ったので、せっかくあげるならもう少し吟味したい。

「チョコはチョコだけど、それは自分で作ろうと思って買ったやつだから。どうせあげるんだったらちゃんとどっかのブランドの…」

そう言いかけた私の手をおそ松が取り、少しきつく握られた。おそ松の目線は袋に注がれたまま、何となく表情は暗い。

「…自分で作るって、もしかして本命に?」
「え…」
「っ、いや、いい、んだけど。杏里が決めたのなら、僕がどうこう言うべきじゃないし…」
「あ、いやいや、自分で作って自分で食べる用」

そう言うとあからさまに表情が明るくなった。

「なんだ、そっか!もー杏里ってば、やきもきさせるの上手いんだから…参っちゃうな」
「そっちが勝手にしてただけだね」
「そういうことなら、これで僕のためのチョコを作ってよ」
「いいけど、普通の味になると思うよ。そんな趣向を凝らしたものなんて出来ないし」
「いいのいいの。好きな子からのチョコは、それだけでもう特別なスパイスが入ってるんだよ?そう、恋ってスパイスが、ね…」

また顎クイの後に沸き上がる歓声。何言ってんだこいつ。何なんだこれ。
恥ずかしいのでおそ松を連れてさっさと家に帰ってきた。周りのギャラリーがいないだけまだマシな空間、自宅。
持っていてもらった荷物をありがとうと受け取ろうとしたら、杏里の作ったチョコをすぐに食べたいとか言い出したので部屋に上げることになった。前は適当に靴を放り出してぞんざいに上がってきていたおそ松は、丁寧な気品溢れる仕草で靴を揃えた。私も慌てて普段は出さないスリッパを出した。

「さてと、お姫様はどんなチョコを作ってくれるのかな」
「…普通に溶かして固めるだけのやつです」
「そこに杏里の愛情が…」
「ちょっと黙っててくれる?そこ座ってて、お茶出すから」

ワンルームなのでキッチンとリビングの距離は近い。適当に普通のお茶を出した後も、やたらとにこにこしながらキッチンにいる私を見守るおそ松。やりにくいったらない。
それでもスマホでチョコの溶かし方を調べながら慣れない手つきで湯せんとテンパリングにかかりっきりになっていると、不意に腰へ後ろから手が回ってきてぎゅっと抱きすくめられた。

「うわ、ちょっと危ない…」
「なーにしてんの?」

少し後ろへ引き寄せられ、私の右肩越しに覗きこむように体を寄せてくるおそ松。構ってちゃんなところは変わらないか。背中がぴったりと密着して温かくなったのは、キッチンが少し寒かったのでありがたい。

「チョコ作ってるよ…」
「誰の?」
「あんたのだよ」
「へへっ、そっかぁ」
「まだまだ出来ないからあっちで待ってて」
「ん〜〜…」

腰に回された手は離されず、肩に顎を乗せてきた。
私の右耳がおそ松の髪と擦れてくすぐったい。あと動きづらい。

「けっこうかかるよ。この後型に入れて二十分ぐらい冷やさなきゃいけないんだから」
「じゃあその間はまだ杏里と一緒にいれるってことだ」
「物は言いようだね」
「…なんかさ…こうやってチョコ作ってくれてる杏里見てたら、僕の嫁みたいだなって思っちゃって。抑えられなくなった」

わざとなのか耳元で低く囁かれ、背中からぞくりとしたものが込み上げる。単に慣れない刺激を受けてくすぐったいだけなのだが、わずかに体が反応したのをどう取られたのかくすくすと笑われた。
無視してチョコの温度を気にする私をよそに、おそ松は同じ体勢のまま今日買ったシリコン製の型に手を伸ばした。一口サイズ大の四角い穴が縦三列、横六列、合計十八個空いている長方形のそれを面白そうに眺めている。

「へえ、これにチョコ入れるんだ」
「そうだよ。ちょうど六で割れる数で良かった」
「どういうこと?」
「え?みんなに三つずつ作れるじゃん」
「…もしかして、あいつらの分も作ろうとしてるの?」
「えっ、そういうことじゃないの?チョコ作れって言うから…」

数センチの距離にあるおそ松の顔を見やると、おそ松は一松のような半目になってつまらなそうにしていた。

「…いいよ、別にあいつらには作んなくたって」
「あ、ほんとにおそ松にだけ作れってことだったの?」
「鈍いなぁほんと、僕のお姫様は」

いや毎年そうだったから、と言い返す間もなく、チョコを混ぜる手がそっと止められてぐるりと体を反転させられる。腰に回されている腕でしっかりと固定され、頭の後ろにもおそ松の手が当てられ、至近距離から真剣な瞳で見つめられて身動きがとれない。

「…じゃあ、ちゃんと言うよ?」

声量は小さいのに、耳の中でよく響く声だ。おそ松が優しげに目を細める。

「僕だけのために作って、杏里。この先も、ずっと、僕だけに…」

この先もって何だ。プロポーズなのか?
どう返そうか言葉に詰まっていると、顔の距離がさらに近付いたので「わわ」とすんでのところで離れた。きょとんとするおそ松。

「いやいやいやいや何してんの」
「今完全にそういう流れだと思ったんだけど…」
「あー、いや……そう、ほらチョコがほったらかし。温度が命だって書いてたし」
「…チョコに杏里取られたみたいで、なんか妬ける…」
「そもそもおそ松が作れって言ったんでしょ。頑張ってやってたのに」
「それもそっか。ごめんね?つい見とれちゃって、勝手に体動いてた」
「…いいけどさぁ…その笑顔には騙されないからね」

悪気はなさそうに爽やか笑顔になるおそ松にため息をこぼす。
いくら見た目は変わらないからといっても、ああいうシチュエーションはさすがに私も緊張する。もちろん相手が六つ子でなくてもそういう経験はない。
まったく、童貞ニートだったくせに…いや、今も特定の彼女はいなくて貢ぎ物で生活してるみたいだからほぼ一緒か。
と、おそ松は不意にはっとした表情をし、「敵わないな、杏里には」と呟いた。

「まあ何だかんだで昔からの仲だしね」
「確かにそれもあるのかもしれないけど…僕の普通の笑顔を普通として受け止めてくれる子は杏里だけだよ」
「いや、普通も何も何が前と違うのさ」
「そうそう、そういうとこ。…やっぱり、杏里しかいない」

謎の会話でおそ松が儚げな雰囲気を醸し出したがこれもスルーした。
待てよ、今の会話…もしかして私以外の人は全員こいつらが本当に八頭身で神オーラの超美形に見えてるとか?私だけにしかこの平凡な世界は見えてないとか?怖い…めっちゃ怖い。そんな孤独嫌すぎる。怖いのでこの件についてはもう考えないようにしよう。
そんなことがありながら、テンパリングはわりと上手くいったようだ。型に入れ冷蔵庫で冷やしたチョコを取り出すと、綺麗なブラウンの表面が揃っていた。型から抜いた正方形のチョコを白い平皿へ並べ、リビングに戻ったおそ松に持っていく。
本当に溶かして固めただけのこのチョコを、おそ松は以前の彼が高い酒を前にした時に見せたような恍惚とした瞳で眺めていた。
それを見ていると、もうちょっと工夫凝らせば良かったな、と私の中の女の子の部分が残念そうに言う。これから飾り付けしようにも使えそうな材料は何もない。

「んー、やっぱこれだけじゃ何か味気ない気がするな。ごめんね」

おそ松の隣に座りながら謝る。

「ううん。すっごく嬉しい。だってこれ、僕だけの物でしょ?」
「おそ松がいいならいいけど」
「食べていい?」
「どうぞ」

おそ松が一つつまんで口に運び、ころりと舌で転がす。

「ん、おいし」
「板チョコの味まんまだから失敗はないと思うよ」
「杏里ってば…さっき言ったこと忘れた?」

頬におそ松の手が添えられる。これは、と思う間もなく私はおそ松に引き寄せられ、口付けられた。ちゅ、と音を立てて一度離された唇からは濃く甘いチョコの味がする。

「…!?」
「ごめん、やっぱり我慢できなかった」

悪戯っぽく笑うおそ松に心臓から燃えるように熱くなるのが分かった。ファーストキスをおそ松に奪われた。え!?あのおそ松に!?
混乱しかける私の背中へ腕を回しさらに抱き寄せて、おそ松が耳元で囁く。

「ね、恋の味はどうだった?」