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杏里ちゃんから電話だ。
珍しー、なんて思って取ったら、何でもないとすぐに切られた。
まあ声聞けただけでもいっか。
兄弟だけでの虚しすぎるクリスマス会(別名死ねリア充の会)の最中に好きな子からの電話なんて、思ってもないスペシャルサプライズだし。うんうん。
杏里ちゃんへの片想い歴が長いと、こういうちょっとしたことでも喜びを感じるようになってくる。

「誰からの電話ぁ?」

潰れかかってたチョロ松が絡んできた。

「杏里ちゃんからー」
「へー珍しーいっつもおそ松兄さんから連絡してるのに」
「フッ…兄貴にもツキが回ってきたんじゃねーか?」
「あは、そうかなー?」

ちょっと気を良くして日本酒をあおる。
そんなことが、本当にあればいいのに。
俺が杏里ちゃんの彼氏だったら、今頃杏里ちゃんの部屋で二人きりのクリスマスパーティーでもやってたんだろうか。
まー実際のところ杏里ちゃんは本命の彼氏とよろしくやってんだろうけど。
あ、何か泣けてきた…

「杏里ちゃんって今彼氏と一緒にいるのかなぁ?いるんだろうなぁ」

俺と同じことを考えていたらしいトド松。

「聖夜だしね…」
「やめて一松兄さん別の意味に聞こえる」
「聖夜に何でおそ松兄さんに電話したんだろーね?」
「杏里ちゃん何の用だったのー?」

十四松の問いに、さっきの電話を思い出す。

「そういえば、特に何も言われなかったな…」

えー?何で?めっちゃ気になってきたんだけど!
彼氏といるはずの杏里ちゃんが俺に何の用があったの?
つか、何かを言いかけてやめた、って感じだったしな…
あー気になる!杏里ちゃん!
速攻で杏里ちゃんにかけ直した。
電源が切られているか電波の届かないところに…って何それ!?
財布を机に叩き付けて勢いよく立ち上がる。

「弟たちよ、よく聞け…この財布の中には俺が今日パチンコで連勝しまくった結果が詰まっている。これで思う存分酒池肉林を味わうがいい!その代わり!俺は帰るが絶対付いてくるなよ!」
「「「「「イエスマイブラザー!!」」」」」

聞き分けのいい弟たちでお兄ちゃんは嬉しいです。

居酒屋を出て、とりあえず杏里ちゃんのアパートに向かう。
クリスマスイブの街にはリア充共が溢れかえっていて心が折れそうになるが、しかし杏里ちゃんの無事をこの目で見届けるまでは俺は帰るわけにはいかない!
…あーでもさ、彼氏とセッ○スしてて邪魔が入んねーように電源切っただけかもしんない。あーそれ鬱だわー…
や、でもそれはそれできっぱりと諦められそうじゃん?

なんてこと思いながら杏里ちゃんのアパートに到着した。
電気ついてねーよ…これ完全にやっちゃってるパターンじゃん…
それでも最後の望みをかけて、ドアに耳をつけて中の様子をうかがう。
何も聞こえねー。二人とも声出さないタイプ?
と、急に隣の部屋の人が出てきたので慌てて体を離す。ついでに聞いてみっか。

「すいません、ここの部屋の子ってもう帰ってきてるか分かります?」

外出してる杏里ちゃんと急に連絡取れなくなりました的な感じを装って声をかける。
そしたら、

「アパートを出ていかれる時に会って軽く挨拶はしましたけど…帰ってきたような音はしませんでしたよ」
「一人でした?」
「ええ。散歩って感じでしたけど」
「そうですか、ありがとうございます」

有力情報ゲットだぜ。
杏里ちゃんは一人で出かけたらしい。しかも散歩みたいってことは相当軽装だ。
デートの時はいつも何を着ていこうか迷っちゃう、服選びに時間かかるんだー、なんて言ってた杏里ちゃんが、彼氏と会うのに散歩に行くような格好で行くか?
おかしい。
絶対杏里ちゃんに何かあったってこれ…!

足早にアパートを出る。
杏里ちゃん、どこ行ったんだ?
どんどん空が暗くなってきてるし、すげー心配だ。
俺の直感だけど、杏里ちゃんは今一人で泣きそうになってる。ほんとにただの直感。外れてるならいいんだけど。
仮に杏里ちゃんが何らかの事情で泣いてるとしよう。
家にいられなかったんだとしたら、一体どこに行った?
もし別の友達のとことかなら追いかけようがないな。
それでも一応、杏里ちゃんが行きそうな場所を回ってみることにする。
杏里ちゃんのためならこんなにアクティブになれる俺、マジ健気ー!
前に杏里ちゃんといらないおまけ五人と一緒に行って杏里ちゃんにぬいぐるみを取ってあげたゲーセンとか、連れてったはいいけど金無くて杏里ちゃんに会計支払ってもらったチビ太のおでん屋とか、杏里ちゃんに競馬の話しまくって「馬が好きなんだね」って笑われた市立図書館前とか…

………何で俺、クリスマスイブに届かない片想いの相手との思い出の地を巡ってんだろ。
しかもいねーし。
杏里ちゃん、もう帰ってんじゃねーかなー。
ここ行っていなかったら俺も帰ろ。

そうして俺が足を踏み入れたのは、杏里ちゃんと俺たち六つ子が初めて会った公園だった。
けっこう広いんだよなーここ…
人気のない道をきょろきょろしながら歩いていると、

いた!!!
杏里ちゃん!!!
マジか俺すげーわ!!!

噴水の前に設置してあるベンチに一人で座っている。遠目から見ても溢れでる可愛さ…間違いない、あれは杏里ちゃんだ!
テンションが上がって走り出す。
杏里ちゃんはずっとうつむいていて、俺が近付いているのに見ようともしない。
よし、杏里ちゃんの前で急に立ち止まって急に声をかける作戦でいこう。びっくりさせてやろー!
ぴったり杏里ちゃんの前で足を止めて、「じゃーんおそ松兄さんだよー」っておどかそうとしたら、気付いて顔を上げた杏里ちゃんが泣いてて俺は何も言えなかった。

「おそ松くん…?な、何で…?」

杏里ちゃんがあたふたしてる。
俺も心の中ではあたふたしてる。杏里ちゃんが本当に泣いてたなんて、ちくしょーシミュレーションしときゃ良かった…!

「ははは、びっくりした?来ちゃった〜」

とりあえずおどけておく。
よく分かんないけど、俺が来たからにはもう泣かないでほしい。

「来ちゃったって…」
「あーここいいな!クリスマスって感じしねーし静かだし、コンプレックスもつかの間忘れるね!」

杏里ちゃんの隣に自然な感じで座る。少なくともぎくしゃくはしてなかったと思う。
でも何話せばいいか分かんなくて、ちょっと間が開いてしまった。
えーと………

「あー…ごめん、もしかして一人になりたかった?俺お邪魔だったかな?」

恐る恐る聞いてみる。

「…ううん、何となくおそ松くんの声聞きたくてさっきも電話しちゃったんだし、邪魔なんてことないよ」

杏里ちゃんがぐすぐすと鼻を鳴らしながら笑ってくれる。
そんなこと言われたら期待しちゃうよ、俺。童貞のフラグアンテナめちゃめちゃ広く張ってんだから。

「そっかー、なら良かったんだけど!」

しかしその突破口をうまく生かせない俺。これが童貞ってやつか…

「おそ松くんは何でここに来たの?」
「え?普通に杏里ちゃん探しに」
「え…」
「さっきさぁ、何の用事か聞く前に電話切っちゃったじゃん。何なのかなーって思ってさ、それ聞きたくて」
「それで、ここが分かったの…?」
「当然!杏里ちゃんの考えてることなんかお見通しだぜ?俺長男だし」

関係ねー!自分で言ってて自分でツッコむわもう。
でも杏里ちゃん必死こいて探し回ってましたって言ったら普通に引かれそうだし、嘘も方便ってやつな。

「おそ松くんすごいね」
「いやいやーそれほどでもあるけどね!」
「…ふふふっ」

あ!笑ってくれた良かったー!
ほんとは杏里ちゃんの涙も拭いてあげたいけど、俺ハンカチとか持ってねーしな。袖でも許されるかな?
と思って自分の袖を杏里ちゃんの顔に当てた。

「おそ松くん…」
「杏里ちゃんの可愛い顔が台無しだよー?」
「…おそ松くんの袖が汚れちゃうよ」
「気にしないの!男の袖は好きな女の子の涙をぬぐうためにあるんだぜ?」
「え」

よしよし、とついでに頭をなでた。あーいい香りする。女の子って何にもしてないのに何でいい香りすんだろ。
というか今、俺らカップルっぽい。
こんな疑似カップルでも俺は幸せだ。ありがとうクリスマスの奇跡。
感動に浸ってたら杏里ちゃんがぽかんとした顔で見てたのに気付いた。
やべ、触りすぎた。

「あー…ごめん…」
「…ううん」

杏里ちゃんがはにかんだ顔してる。可愛い。
泣きやんだみたいだし良かった良かった。
何で泣いてんのかは分かってねーけど、それは杏里ちゃんが話したくなったらでいいか。

「杏里ちゃんご飯食べた?」
「え、ううん。まだ…」
「じゃあさ、どっかコンビニでも行かね?」
「ごめん、私財布持ってきてなくて…」
「大丈夫!俺今日パチンコで勝ちまくったから超余裕…あーっ!あいつらに渡したんだったぁぁ!」

何で渡したんだ!バカ!ボケ!
もー俺全然いいとこないじゃん!おでん屋行った時の二の舞じゃん!
クリスマスなのに好きな子に何もあげられない俺…情けなさすぎ。
頭を抱えてうずくまってたら、隣から笑い声が聞こえてきた。

「あはははっ、お…おそ松くんもお財布ないの…?」
「う、うん…いや弟たちにね?クリスマスプレゼントっつーか…」
「ふふふふっ…おそ松くん面白すぎ…っ」

す、すっげー笑ってくれてんじゃん…!
あー幸せだ。好きな子が側で笑ってくれてるならもうそれでいいよ。
そろそろ杏里ちゃんも泣いてたこと忘れてくれたかな?

「二人とも金無しかークリスマスイブなのに何やってんだろうね俺ら」
「ふふふっ、そうだね」
「こんな時ぐらいかっこつけたかったけどさー。俺杏里ちゃんの前でボケしかかましてない気がすんだよな」
「そんなことないよ」

杏里ちゃんがこっちを見た。

「十分かっこいいよ、おそ松くん」

うわー!もうやめて!
期待しちゃう!期待しちゃうから!
俺今絶対童貞丸出しの顔してるよ!チョロ松のこと言えなくなっちゃう!
あああ杏里ちゃんてばなんて可愛いんだ!くそ!彼氏くそ!

「そ、そ、そ、そんなこと言ってくれんの杏里ちゃんだけだよ?弟たちなんかゴミ見るみたいな目で見てきたりするからね?」
「ふふふ、仲いいんだね」
「えっ今の何を聞いて仲いいって判断したの?杏里ちゃん?ねえ杏里ちゃん?」
「あははははっ」

杏里ちゃんはいつも、俺の何がそんなに面白いのか分からないけどよく笑ってくれる。
一緒にいて楽しい人だと認識されてるのなら、そのポジションは絶対譲りたくない。たとえ彼氏がいようが関係ねーぞ!覚えとけ彼氏!
そんな感じで杏里ちゃんとのクリスマスイブを独り占めしていたら、どっぷり日も暮れて一気に気温が下がっ…

「っくしゅっ」
「あ…おそ松くん寒いよね?もう帰ろうか…?」

杏里ちゃんが心配そうにしている。
本当はもっと一緒にいたいけど、女の子を遅くまで引き止めるのは騎士道精神に反するな。

「そだな、もう遅いし帰ろっか。送るよ」
「ありがとう、おそ松くん」

二人並んで歩き出す。
あーあ、疑似カップルタイムも終わりか…

「おそ松くん、今日は来てくれてありがとう」
「いーよ!またいつでも呼んで!あ、今回は別に呼ばれてなかったか」
「ううん、嬉しかったからいいの。あのね…」

杏里ちゃんが言葉を切った。

「私、彼氏に振られちゃってすごくヘコんでて…でもおそ松くんが来てくれていっぱい笑ったから、もう立ち直れちゃった。ありがとう」
「あーそうなんだ?いいよいいよ!俺ならいつでも話聞くし……え!?」

彼氏に振られただァ!?!?

「は!?何でどゆこと!?」
「浮気されてたみたいで…」
「何だそのクズ!別れて正解だよ杏里ちゃん!」
「そうだったのかな」
「いやそうだよ!おそ松兄さんが言うんだから間違いないよ!いやー良かった良かった!杏里ちゃんの色々が危なかったよ!」
「色々って何?」

また杏里ちゃんがくすくすと笑う。
そっかー、杏里ちゃんフリーってわけかー…

「……俺はさぁ、浮気なんて器用なことはできないかなー。嘘とかすぐばれちゃうし、そもそも浮気できるほどモテたことねーし。だからさ、杏里ちゃん、次は…」

あ、杏里ちゃんがこっち見た。
緊張する。心臓めっちゃ痛い。
でももう引き返せない。

「俺みたいな男にしときなよ」



杏里ちゃんがその時何て言ったのか、緊張しすぎてぶっちゃけ覚えてない。
でも翌日のクリスマス、俺は杏里ちゃんの部屋にいた。
そういうことです。