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クリスマスの雰囲気が少しもない自宅のアパートに帰ってきたのは午後十時を回った頃だった。あと二時間ほどでイブが終わり、クリスマスがやってくる。
こんな時間だけどお腹がすいた。ケーキの一つでも買ってくれば良かったかな。
バイトを終えてすぐ寄り道せずに帰ってきたので、家にはクリスマスらしくない食べ物しかない。
でも今からケーキを食べると太るかもしれないし、まあいいか。明日は予定がないから、ケーキなら明日買いに行けばいい。ちょっと安くなってるかも。
そう決めて先にお風呂に入ることにした。ゆっくり湯船に浸かり温まったところで、お風呂場を出て部屋着に着替える。
髪を乾かし、冷蔵庫にあったサラダの残りをちょっとずつ食べながらバラエティー番組を惰性で見ていると、ふいに家のチャイムが鳴らされた。
時計を見ると十一時半を過ぎている。こんな時間に誰だろう。
厚めのカーディガンを羽織りドアの覗き窓から外を見ると、いつもよりふにゃふにゃした顔のおそ松が一人、ドア向かいの手すりにもたれていた。
赤い半纏とその下に着ている赤パーカーと同じくらい顔が赤い。多分酔ってるんだろう。
ドアを開けると、ご機嫌な風にふらりと片手を上げた。

「よう杏里〜」
「どうしたの?」
「どしたのじゃねーよ、どーせ杏里も一人のクリスマスを過ごしてんだろーと思って顔出してやったのー、優しいおそ松様がぁ」
「そうなんだ、ありがとう。みんなは?」
「俺一人じゃ不満だってーの?」
「そんなことないよ」

一歩前に出ると、ドアの隣に袋が置いてあるのに気付いた。

「何だろこれ」
「酒とつまみと酒と酒とぉ」
「おそ松が持ってきたの?」
「そーだよ。いる?」
「もらっていいの?」
「そのために持ってきたのー」

おそ松が手すりにひじをついて手をひらひらと振る。
こんなにたくさんの物どうしたんだろう。クリスマスだからいつもより多くお小遣いをもらったのかもしれない。それとも弟達のを巻き上げたか…
深くは聞かずありがたくもらうことにした。袋を拾い上げる。

「ありがとう。あ、家上がってく?」

これだけの物をもらっておいてじゃあさよなら、はないだろうと思ったのでそう聞いてみた。
するとおそ松は「へっ」と気の抜けた声を出して、だらりとした姿勢を一気に直した。手すりがガタンと音を立てる。

「は…入っていいの?」
「うん。ちょっと散らかってるかもだけど」
「き、気にしない気にしない」
「じゃあどうぞ」

ドアを大きく開けると、入る手前まで来て一度私に向き直った。

「い…言っとくけど!」
「ん?」
「お前が言ったんだからな!」
「何を?」
「入っていいって!」
「言ったね。どうぞ」
「…おじゃまします…」

おそ松がきょろきょろしながら家に入る。
そういえばおそ松がこの家に来るのは初めてだ。私は何回か他の友達を泊めたりしたことがあるけど、おそ松達六つ子はいつも私の実家の居酒屋に来るから。
普段見ない大人しさでキッチン兼廊下を突っ切り、一つしかない部屋に入ったおそ松は何回か深呼吸をしていた。飲みすぎたんだろうか。

「おそ松、水飲む?」
「…水じゃなくて酒くれ」
「はい」

おそ松がくれた袋の中から缶ビールを渡すと、早速プルタブを引いて飲み始めた。気分が悪いわけじゃないみたいだな。おそ松は変な酔い方する人じゃないし大丈夫か。
結構な量を流し込んだおそ松は、さっきまで私が座っていたところと同じミニテーブルの前に腰を下ろした。

「…っはぁー…」
「何か食べる?」
「何かあんの?」
「おつまみになるようなのは冷凍のからあげぐらいだけど」
「それいーじゃん、クリスマスだしチキン食おうぜ」

と言いながら袋からするめを出してかじっているおそ松。
レンジで温めたからあげを持って戻ると、おそ松はテーブルにひじをついてテレビを見ながらもう二本目を開けていた。

「からあげ出来たよ」
「んー」

お皿を置いておそ松の隣に座ると、おそ松は赤い顔のままぎょっとした顔でこっちを見た。

「な、何で隣座んだよ」
「座れる場所ここしかないから」

狭い部屋にベッドやテーブル、テレビも置いているので、一人が座ると私の居場所はその隣ぐらいしかない。サラダもまだ食べかけだし。

「あー…そう…あー、と……お前今日何してた?店いなかったけど」
「この時期は人が多くなるからむしろ邪魔って言われて、別のバイト行ってたよ」
「はっ、イブにバイトって寂しい奴ぅ」
「他にもバイト入ってる子いたから寂しくはなかったけど…」
「そういうことじゃねーよ…男は?」
「男?いたよ」
「…何か言われた?」
「何か?」

バイト中に店長やバイト仲間から言われたことを思い出す。

「年末もシフト入れる?とか」
「それじゃない」
「さっきのコーヒーのオーダー、カフェオレに変更」
「ちげぇよ!そんな業務連絡じゃなくて!」
「雑談ってこと?うーん…サンタ服似合うねって言ってもらえたこととか、」
「は?お前サンタ服着てたの?」
「うん、クリスマスだから」

そう言うとおそ松はビールを持っていない方の手を私に差し出した。

「何?」
「写真」
「何の?」
「この流れで分かれよ!お前のその…サンタの…」
「ああ、そんな時間なかったし撮ってないよ」
「バカかよお前は!何のためにミニスカサンタやってんだよ!」

ミニスカではなくズボンだったのだけど、細かいことを指摘するとおそ松の機嫌がさらに悪くなりそうなので「ごめん」とだけ言った。

「あ、店長が着てるのはあるよ」
「いらねーよ!おっさんのサンタ見て何が楽しいんだよ!ただのサンタじゃねーか!」
「サンタが見たかったんじゃないの?」
「〜〜っ、もういい!」

お酒を飲んでいるからか、すね方がいつにもまして子供っぽい。ほっぺたを膨らませてそっぽを向いてしまった。
話題を変えよう。

「おそ松は今日は何してたの?」
「…飲んでた」
「兄弟と?」
「そうだけど!?何か文句ある!?」
「ないよ。楽しそうでいいと思う」
「何が楽しーんだよクリスマスにまで毎日毎日顔見てる奴らと一緒にいてさぁ…」
「トト子ちゃんは?」
「既成事実は作りたくねーんだってぇ」
「そう」
「あーもー童貞の何が悪いの〜!?」

机に突っ伏してやだやだと言うように頭を振るおそ松。
トト子ちゃんに振られたから今日はこんなに荒れてるのか。
毎年断られているとは聞いたことがあるけど、好きな人にずっと相手にされないって苦しいだろうな。普段のおそ松はそんな素振りあまり見せないけど。
しかし私にはどうすることもできない。せめて温かく見守るしか。
そう思いサラダを食べながらちらちらと横目でうかがっていると、急におそ松ががばりと起き上がって私に迫ってきた。
目が据わってる。相当酔ってるな。

「お前は!?お前はっどうなわけ!?」
「何が?」
「だからっ…俺とかぁ!」
「別にいいと思うよ」

童貞の男はどうかと言われても、私だって未経験だしとやかく言えはしないと思う。童貞と非童貞の男の違い、トト子ちゃんは分かるのかもしれないけど私は正直良く分からないし。
おそ松はふらふらしながらも何だか真面目な顔になった。

「…ほんとに?」
「うん」
「クリスマスに、俺の相手してもいいって思ってんだな?」
「うん」
「…クリスマスだぞ」
「いつだっていいよ、おそ松だったら」

別に今日じゃなくてもこうやってお酒を飲んで管を巻くおそ松の相手はよくしているし、私にとっては楽しいことの一つだ。

「…杏里…」

おそ松が思い詰めたような顔をして私を見るので、励ます意味を込めて頷いた。大丈夫、私は一緒に過ごすのに童貞非童貞は関係ないと思う派だ。
唇を噛み締めたおそ松は、手に持っていた酒缶をテーブルに置いた。カン、という音が響く。

「…ほんとに、いいんだな」
「いいよ」
「後悔したって遅いからな」
「したことないから大丈夫」
「……」

ふらつく体を立て直したおそ松は半纏の紐をほどいて脱いだ。パーカーの裾も捲り上げている。

「それも脱ぐの?」
「脱ぐよそりゃ…着たままの方がいい?」
「どっちでもいいけど」

おそ松は黙々と衣服を脱いでいって上半身だけ裸になった。飲みすぎて暑くなったんだろうか。

「エアコン切る?」
「どっちでも…」
「いや、おそ松すごい汗かいてるし…大丈夫?」
「大丈夫…」

と言いつつ顔色はあまり良くない。大丈夫じゃなさそうだ。やっぱり飲みすぎたのかも。
何か薬でも持ってきてあげようと立ち上がると、おそ松に強く手を引かれて側に座り込んでしまった。完全に目の据わったおそ松が顔を近付けてくる。

「どこ行くんだよ」
「薬飲んだ方が良くない?」
「…お前持ってんの?」
「分かんない。引っ越す時適当に薬箱持ってきたから、もしかしたらその中にあるかも」
「……飲んだ、方がいい、よな」
「うん」
「……俺ニートだし」
「それは関係ないと思うけど」

おそ松の体がゆらりと揺れて、頭が私の肩に着地した。腕にもしがみつかれる。すごく熱い。

「おそ松?」
「……杏里、」
「ん?」
「…俺……」
「うん」
「……いじ、に……から………」
「ん?」
「………」
「………おそ松?」

何かを呟いてそのまま動かなくなってしまったおそ松。
体重がかけられて少し耐えきれなくなってきたので、おそ松の背中に手を回してしっかり抱き止める。
何回か声をかけたけれど全く反応がなくなってしまった。
もしかして寝てしまったんだろうか。
耳をすませてみると、微かに寝息が聞こえる。
酔いが回って寝てしまったみたいだ。そういえばおそ松は寝落ちするタイプだった。
ここに来るまでに兄弟と飲んで、ここに来てからも三本も空けたんだからこうなるか。
とりあえず寝かせてあげなければ。

「ん、しょ…」

おそ松を落とさないよう何とかベッドの上に横たえることができた。今日一番の重労働だ。
上は裸のままなので、掛け布団をかけた上に毛布をもう二枚出してきて敷いた。パーカーをもう一度着せるのは難しそうなのでこれで許してほしい。
風邪引かないといいけど。エアコンは付けたままにしておこうかな。
テレビを消し、お酒とお皿を片付けて、歯磨きを済ませおそ松の服を畳む。多分銭湯帰りだろうけど洗濯…しなくていいか。明日までに乾くか分からない。
そして戸締まりを確認してから電気を消し、おそ松の横に潜り込んだ。
この家の寝具はベッドだけなので、友達を泊めた時は一緒に寝るしかない。おそ松には事後承諾になってしまって悪いけれどしょうがない。
時刻はもうとっくにクリスマスになっている。静かなおそ松の寝息を聞きながら、私も眠りについた。



翌朝、起きたのは八時だった。少し夜更かししたからかいつもより遅い起床だ。
隣のおそ松はまだ寝ていた。起こさないようそっとベッドを抜ける。昨日は荒れてたし、まだ寝かせておいてあげよう。
さっさと身支度を整え冷蔵庫を覗く。朝ご飯になるようなものが卵ぐらいしかない。
おそ松の家って朝もきちんと和食なんだよね。お酒のお礼にせめて朝食はちゃんと作らないと…そういえば私結局お酒飲んでないけど、まあいいか。
おそ松は当分起きなさそうだったので、メモを置いて近くのスーパーへ買い物に出た。適当に食材を買い、ついでに二個入りのケーキも買う。
家に戻り遅い朝食を作っていると、ベッドでおそ松が動く気配がした。目が覚めたみたいだ。
テーブルに出来上がったご飯を並べに行くと、おそ松は布団の中から眠そうな目をこっちに向けていた。

「……杏里……?」
「おはよ」
「おはよう…」
「服ここに置いてるよ」
「ああ………は?」

おそ松は一度布団の中を見て、ぱっちり開いた目を私に向けた。

「え、何で俺ここに…てか何で裸?」
「覚えてないの?」
「覚え…」

おそ松は黙り込んだ。
黙っているのに表情がころころ変わっている。何か見てて面白い。

「……杏里」
「何?」
「…………や、やっちゃった…?」

寝落ちしたことをさも悪いことをしたかのように聞いてきた。
ほとんどのことに遠慮のないおそ松にしては珍しい。

「大丈夫だよ、気にしてないから」

安心させるように言うと、「は?」となぜか怒った顔になった。

「気にしてないって、お前…それだけで済ませられることじゃねーだろ」
「そうかな、しょうがないよ」
「しょうがないじゃねーだろ…!自分で言うのもなんだけど!っていや、ちょっと待った…」

おそ松は何かを考える顔になった。

「…そういやお前、俺が相手でもいいって…」
「ん?ああ、そんなこと話してたね、昨日」
「……マジか……マジか……!」

今度は震え始めた。

「…嘘だろ何にも覚えてねぇ…!!」
「やっぱり覚えてないの?」
「あ、や、いやその…あれだな多分、緊張しすぎて?」
「緊張してたんだ」

どっちかというとお酒が入ってのびのびしてた気がする。いや、緊張してたからお酒飲んでたのかも。
というか何に緊張してたんだろう。
首をかしげる私をおいておそ松はまた百面相をしている。布団にくるまってじたばたしていたかと思えば「これ、お、お前の布団じゃねーか!」と叩き付けたりしている。

「おそ松、とりあえず顔洗って服着たら?風邪引いちゃうよ」

パーカーを手渡すと大人しく立ち上がり、洗面所に行って戻ってきた。昨日より顔色は良さそうだ。

「朝ご飯出来たから、食べる?」
「……何でお前、そんなに普通にしてられんの?」
「よくあることだし」

泊まりに来た友達が先に寝落ちてしまうのは珍しいことじゃない。
なのでそう答えたのだけど、「はあぁ!?」という大声にびっくりした。

「よ、よ、よくある!?」
「うん」
「はぁぁぁあ!?お前…はぁぁぁぁぁぁああ!?!?」
「どうしたの」
「どうしたのじゃねーよバカ!何!?何なの!?お前そういうことしちゃう子!?」
「そうだね」
「………っ」

怒りと悲しみがごちゃ混ぜになったような、すごい顔をされた。
寝落ちた友達をそのまま泊めることぐらいよくあると思うけど、おそ松にとっては礼儀を欠く行為なのかもしれない。

「……何人?」
「何人?」
「…何人と、やった?」
「えっと、四人かな。おそ松入れて五人」
「……」
「でも男はおそ松が初めて」
「…は!?お、お前って…!」

おそ松は頭を抱えて「そっちだったのか…!!」と呻いた。

「そっちって?」
「はっ!でも、でも!俺が初めてなんだよな!?男は!」
「そうだよ」
「っ、しゃぁ…!!」

何がおそ松を喜ばせたのか分からなかったけど、ちょっと機嫌が直って良かった。
半纏も着直したおそ松は朝食を並べたテーブルの前に座った。私も横に座る。

「そっか…お前そうだったんだな、通りで全然気にしてくんないわけね…まあでもいいけどな今となっちゃ。俺全然いいし!受け入れるし!」
「気にした方が良かった?」
「うんまあ、けどさぁ、今度からその…こーいうの、俺だけにしてよ」
「うーん、今度別の子と約束してるんだけど」

前から約束していたお泊まり会があるので反故にするわけにはいかない。
しかしおそ松の機嫌はまた悪くなった。

「は!?お前バカなの!?もう俺がいるんでしょ!?何なの!?俺じゃ不満だった!?俺が童貞だったから!?」
「不満とかじゃないし童貞は関係ないと思うけど」
「だよなもう関係なくなったもんなー!」

パンをわし掴んで荒々しく食べるおそ松。

「喉詰めちゃうよ」
「うるせぇ!杏里のバカ!バーカ!」
「ごめん、でも前から約束してたことだから」
「約束してようが何だろうがこの際最優先は俺でしょ!?俺だけにしてってそんなに難しいお願い!?ねえ!!」

独り占めしたいと憤るほどこの家の泊まり心地が良かったんだろうか。そんなに気に入ってくれたのなら嬉しい。

「なら、合鍵渡そうか?」

私がいない時でも上がって留守番してくれてたら、一人暮らしの身としては安心だ。
そう思って言ってみたら、おそ松の動きがぴたりと止まった。

「合鍵、くれんの」
「うん」
「それって、俺だけ?」
「うん」
「……」
「あ、勝手にお金取っていったりしたら鍵返してもらうね」
「さすがにそれはしねーよ」
「じゃあはい」

お財布の中から合鍵を取って渡すと、じわじわと嬉しそうになっていった。

「これってさ、いつでも来ていーの?」
「うん。いない時もあるけど」
「りょーかい」

すっかり機嫌が直ったようだ。良かった。
大事そうに鍵をしまったおそ松は私の隣に腰を下ろして朝ご飯を食べ始めた。

「誰かと朝ご飯食べるなんて久しぶり」
「…あれだな」
「何?」
「そのー、ほらあれだよ、分かれよ」
「分かんない」
「バカ」

卵焼きを一つ頬張るおそ松はそんなに怒ってはなさそうだ。

「だからー、ほら、その、同棲してるっぽいというか」
「それだとおそ松がヒモになるね」
「お前は何ですぐぶち壊しに来んの?」
「ごめん」
「まーいいけど。ほんとのことだし」

やけに素直で珍しい、と思っていると、おかずをつついていたおそ松が「お?」と何かに気付いた。

「これクリスマスリース?」

おそ松がお箸で指したのは平皿に盛ったサラダ。
ドーナツ型に置いたレタスやミックスリーフの上にプチトマトや星形にくりぬいたチーズやマカロニをあしらって、クリスマスリースのように盛り付けてみた。

「そうだよ。クリスマスだから」
「お前時々かわ…あれなことすんだよな」
「あれって?」
「分かれよ!今ちょっと言い淀んだだろ俺!」
「かわ…変わってる?」
「はいはいもーそれでいいです」

呆れながらもリースの形を崩さないようにサラダを食べてくれるおそ松。

「ケーキも買ってきたから後で食べよう」
「マジで?やっりぃ〜杏里気ぃ利くなー」
「クリスマスだから」

クリスマスは一人で過ごすことになりそうだと思っていたけど、おそ松が来てくれて明るい一日の始まりになった。
ご飯を食べているおそ松を頬杖を付いて見ていると、おそ松が視線に気付いて「何?」と言う。

「つかお前食べないの?」
「おそ松が食べてるの見てたら何となくお腹いっぱいになってきちゃった」
「俺そんな意地汚い食べ方してる?」
「ううん、おいしそうに食べてくれてるなって」

ほっぺたに付いているパンくずを取ってあげると、おそ松はしばらく私をじっと見て、正座に座り直した。

「…あのさ、杏里」
「うん」
「さっきは言いそびれたけど、俺…金はないけど、責任はちゃんと取るから」
「いいよそんなの」
「いや良くないだろ。こっちは真剣に言ってんの」
「そう…」
「…今は何も渡せないけど、いつかはちゃんとしたのやるから、だから」
「うん」
「…お、俺と、けっ」

突然玄関のチャイムが鳴って、おそ松の台詞は遮られた。続けてドンドンとドアを叩かれる。

「杏里ちゃーん!おっはよー!」
「十四松、近所迷惑だから!」
「ねーほんとにいたらどうする?」
「フッ…盛大な赤飯パーリィ、ってとこか?」
「その前にボコろう」
「意義な〜し」

おそ松を迎えに来たんだろうか。五人分の声がする。

「みんな来たみたいだね」
「チッ…何なのあいつら、タイミング見計らってんの?」
「出てくるよ」

ドアを開けると、それぞれ冬支度をした五人が勢揃いしていた。

「おはよー!」
「おはよう」
「杏里ちゃん、おそ松兄さん来てない?昨日から帰ってきてないんだけど」
「いるよ。昨日泊まってったから」

そう言うと五人は一斉に固まった。

「う…っわー…」
「まさか本当にやるとは…」
「流石は松野家長男…!」
「え、まさか僕差し置いて一抜け!?あり得ないっ…!」
「わはは!トッティざんねーん!」
「おいお前らうるさいってー」

急に肩に重さがかかる。おそ松が腕を回していた。

「みんなおそ松を迎えに来たの?」
「迎えに来たっつーか、怖いもの見たさ半分っつーか…」
「聞いてもいいものかどうか…」
「杏里ちゃん、昨日のおそ松にーさんどーだった?」
「どうだったって?」
「十四松兄さんっ、そんなストレートな…!」
「ちょ、お前らそういうの聞く?や、別にいいけどさぁ…」

十四松以外はどことなくそわそわしたように私の答えを待っている。
昨日のおそ松がどうだったと言われても…

「うーん、別にいつも通りだったけど。お酒飲んでちょっと愚痴こぼした後寝ちゃってたよ」
「……………あ?」

しばしの沈黙の後に声を発したのはおそ松だった。

「…え?おそ松兄さん普通に寝てたの?」
「うん」
「杏里ちゃんと何もしてないの?」
「私と?特に何も」
「おそ松兄さんって童貞?」
「そうじゃないの?」

私がみんなの質問に答えている間、おそ松の表情はどんどん淀んでいった。クリスマスに彼女がいないという現実を思い出させてしまったのかもしれない。
反対にみんなの顔は呆れたような面白がっているようなものになっていった。

「なーんだ、結局いつものクソ長男だったってことかぁ」
「酒飲みすぎて潰れるって…ぷっ、バカじゃないの?」
「酒は飲んでも……飲まれるな」
「溜めんなクソ松」
「おそ松にーさんざんねーん!」

朗らかな雰囲気になったみんなとは裏腹におそ松は私の肩を掴んで向き直させた。

「…杏里」
「ん?」
「俺何にもやってねーんだな?」
「うん、特には」
「俺泊まっただけ?」
「うん。だから気にしなくていいよ」
「…お前恋人にすんなら男と女どっち?」
「男かな。私異性愛者だから女の子は恋愛対象じゃないよ」
「………」
「これ何の質問?」
「バカ!杏里のバカ!俺もバカ!!」
「やっと気付いたかおそ松」
「大きな一歩を踏み出したね、おそ松兄さん」

頭を抱えてしゃがみこんだおそ松は何かを呻いていた。さっきのは何の確認だったんだろう。

「さ、バカが露呈したとこでさっさと帰るよ。いつまでも杏里ちゃんに迷惑かけてないで」
「るせぇ!言われなくても帰る!もう絶対来ねぇこんなとこ!」
「え、じゃあ鍵返してもらえる?」

来ないなら合鍵は私が管理していた方がいいと思って言ったのだけど、おそ松はいっそう意固地な顔付きになった。

「やだね!なぜなら使うから!自分の家のように遠慮なく上がり込んでやるから!」
「ええ…言ってること真逆なんだけどこの人」
「これがうちの長男だなんて信じたくないね…」
「使うならいいんだけど、使わなくなったら返してね」
「そんな日は来ません〜!もうこれは俺のもんです〜!バーカ!」
「ごめんね杏里ちゃん、この人成人男性の皮を被った小学生だから」
「ううん。大事にしてくれるならいいよ。あ、ケーキどうする?持って行く?」

帰ると言うおそ松に尋ねると「…食べてく」とぼそりと呟いた。

「えー!おそ松にーさんだけケーキ!?いーなぁー!」
「ごめんね十四松、おそ松の分しか買ってないから」

本当は私の分もあるけど、私もケーキを食べたかったので黙っていた。ごめん十四松。
おそ松の兄弟達はあんまり遅くならないようにと言い残して帰っていった。おそ松がいるかどうかの確認だけしに来たんだろうか。
おそ松は面白くなさそうな顔でテーブルの前に戻っていたので、ケーキをお皿に移してフォークと一緒に出してあげた。

「みんなと帰らなくて良かったの?」
「あ!?帰ってほしかったの!?」
「ううん、本当はちょっと帰られたら寂しいなって思った」

イチゴに勢いよくフォークを突き立てていたおそ松は急に静かになって大人しく食べ始めた。

「…あっそ…じゃあ別に…いてやってもいいけど」
「そう」
「……」
「そういえばさっき何言いかけてたの?」
「うるせぇ」
「そう」
「……」
「……」
「………いつか、ちゃんと言う」
「そう」
「お前そうしか言えねぇわけ!?何!?怒ってんの!?言っとくけどお前のせいだからね!?一応謝らなくもないけど!!」

また怒りだしたおそ松を見て、いつも通りに戻ったとちょっと安心して私もケーキを食べた。