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深夜0時近く。
自室で漫画を読みながらだらだらしていた私のお腹がきゅるると鳴った。
今の時間に食べちゃうとなー…お腹が鳴っただけでたいして空腹ってわけでもないし。
けどちょうど読んでいた漫画に出てきたおでんがおいしそうで、コンビニのおでんが食べたいという欲に負けてしまった。
パジャマからラフな格好に着替えて財布だけを持つ。
一階の兄貴の仕事部屋(兄は漫画家だ)のドアに、コンビニ行ってくると書き置きを貼った。トイレに行く時にでも見てもらえるだろう。
家を出ると、ひんやりした風と虫の声が迎えてくれる。街灯と星が照らすコンクリートの道をぶらぶら歩いた。
住宅街を抜けて通りに出れば人はおろか車もあまり通っていない。
誰もいない夜道ってすごくテンション上がるなー!
しかもこの静かな夜に一人でおでんを食べる。なんてぜいたくだろう。鼻歌を歌いながら一人スキップをするように歩く。
まばゆい光を発するコンビニにたどり着けば、さらにテンションは上がった。
さっそくレジ前に陣取り、ほかほかおでんの品定めをする。
串が食べたい、ハラミの串。それからつくね。大根。玉子。はんぺん。白滝。どれもダシがしっかり染みていそうで迷う。夜中だし炭水化物系はやめておこう。
なんて思いながらじっとおでんとにらめっこしていると、不意に肩を叩かれた。

「こんなところで何をしてるんだ?」

振り向くと、お仕事中らしい制服姿のカラ松さんがいた。

「カラ松さんこそ」
「俺はパトロール中だ」

やたらとキメ顔をしているが、その手にはこれから買うつもりだろうビール缶が握られている。この人たち酒飲まなきゃ仕事できないの?てかパトロール中だよね?
カラ松さんは私の視線に気付いているのかいないのか、「何かおごってやろうか…?」などとセクシーを装っているらしい視線を送ってくる。だから仕事中なんだよね今?

「いえいいです…」
「ん?おでんが食べたいのか?」
「そうです。ちょっとお腹空いちゃって」
「ふむ…」

カラ松さんは顎に手を当てて黙りこんだ後、私の肩に手を回した。

「ならいい場所がある」
「交番は嫌です」
「ホワイ?何故だ?」
「こないだ無理やり連れ込まれた上、身体検査とか言って散々な目にあいました」
「フッ…杏里はシャイな蕾だな」
「カラ松さんも当事者ですからね?帰っていいですか」
「ま、待て!交番じゃない…いいおでん屋台を知っているんだ。そこへ行こう」
「えっカラ松さんお仕事中じゃ」
「迷えるガールを救うのもポリスメンの務め…だからな」
「具材選びで迷ってただけなんですけど」
「待ってろ」
「聞けよ」

言うが早いかカラ松さんは缶ビールを棚に返してタバコだけを買い、まだはいとも嫌とも言ってない私を連れてコンビニを出た。
思いついてからの行動が早いなこの人は。というかここの兄弟は総じて人の話を聞かないし強引なところがある。
未だに肩を抱かれたまま、私たちはコンビニの駐輪場へ来た。自転車が一台と大型犬が一匹繋がれている。

「待たせたな、十四松」

犬ではなく人だった。犬の格好をしているけど、これは松野兄弟の五男の十四松さんなのだ。
賢くも伏せをして待っていた十四松さんは、私たちに気が付いて「杏里ちゃんだ!」と飛び起きた。

「十四松、予定変更だ。チビ太のところに行こう」
「急だね!」
「お姫様はおでんをご所望だそうだ」
「杏里ちゃんおでん食べたいの?いーよ!」
「は、はぁ…」

二人の勢いに押されチビ太さんとやらのところへ行くことになった。おでんを食べたかっただけなのになぜこうなるのか。チビ太さんが怖い人じゃなかったらいいけど。
カラ松さんはどこで買ったのかキラキラ青く発光しているハンカチを取り出し自転車の荷台にかけ、私に手を差し出した。

「さあ、ここへ」

座れってことか。これ交通法違反とかじゃなかったっけ?こういうの取り締まる側の人間だよねカラ松さんって…
しかし今までの彼らとの思い出と、禁煙と書かれた貼り紙の前で普通にタバコをくわえだすカラ松さんを見れば、言うだけ野暮だと思ったので黙って従った。
第一この人たちに何かしら歯向かおうとしても、それがこの世の正義であろうが牢にぶちこまれるだろう。この人たちはそういう人たちであり、この街は残念ながらそういう街なのだ。
金色のオイルライターでタバコに火をつけたカラ松さんは、一度煙を吐き出してから自転車のハンドルに手をかけた。ガタン、とスタンドが外れて私のお尻が跳ねる。座席には薄いハンカチ一枚きりなのでちょっと痛い。

「さて…準備はいいか?杏里」
「あ、はい」
「行くぞ十四松」
「ワオーン!」

闇に遠吠えがこだました。
先立って四足で駆けていく十四松さんを見ながら、カラ松さんがサドルに腰を下ろした。右手の指にタバコが挟まっている。

「さ…行くか」

ペダルをゆるりと漕ぎ出すのに合わせてコンビニが後ろに遠ざかっていく。代わりにうっすら白いタバコの煙とカラ松さんの鼻歌が流れてくる。

「カラ松さん、一応聞きますけどこれパトロールも兼ねてるんですよね?」
「え?……ああ、勿論」
「忘れてましたね?」
「フフッ」
「笑ってごまかさないでください」
「杏里こそ、こんな時間に一人で危ないじゃないか」
「近所ですから大丈夫です」
「もし誘拐でもされたらどうするんだ?」
「今まさにされてますけどね」
「ンン?」
「嘘です」

カラ松さんはこんな冗談で怒りはしない人だけど、傷付きやすい人ではあるのですぐに訂正しておいた。
幸い今回はあまりカラ松さんの心に刺さらなかったようだ。鼻歌を歌いながらくるくるペダルを回しているところを見ると、とてもご機嫌らしい。
いつの間にか右手に赤い光が見えないなと思ったら、上から煙が流れてきた。くわえタバコをしているようだ。
もしカラ松さんが何かの拍子にタバコを落としたら危ない気がする。灰が私の目に入ったらどうするんだ。私は少し腰を浮かせて、カラ松さんの口を目指して後ろから手を伸ばした。
いかんせん灯りの少ない通りなので、まず手探りでカラ松さんの温かい頬に手を添える。ん?と声が聞こえたがそのままにさせてくれた。ゆっくり口元に指を這わせてそっとタバコを抜き取る。
私の指にタバコが移った一瞬、カラ松さんが私の手首を掴んで口元に引き寄せ、一度深く吸ってから離された。寒い日のようにカラ松さんの息が白くたなびく。

「どうした?吸いたいのか?」
「運転中のくわえタバコはあまり良くないと思います。あと私タバコ吸わないんで」
「心配してくれるのか」
「どっちかというと自分の身の心配ですけど…」
「ッ!そうか、俺としたことが副流煙のことを考えていなかった…!よりによって杏里の側で…!」
「そうじゃないんですけどそれでいいです」
「きっと杏里は俺の身体のことも案じてくれているのだろう?フッ、健康のヴィーナス…だな」
「健康のヴィーナスって何ですか?ちょっとお腹痛い」
「何!?だ、大丈夫か!?救急車を…」
「カラ松さんが黙っててくれればすぐ治ります」
「そうか、黙ろう」

火のついたタバコを持ってしばらく腹筋の震えに耐えた。
健康のヴィーナスとは?カラ松さんのこの言語センス何なんだろう。昔演劇部に入っていたとおそ松さんから聞いたことがあるけど、それにしたってこんな話し方にはならない気がする。
闇に揺らめく赤い光を見ていたら、お腹も落ち着いた上に空腹感が増してきた。

「カラ松さん、後どれぐらいで着きますか?」
「…喋っていいのか?」
「あ、はい、もう大丈夫です」
「もうすぐだ。あの団地を過ぎれば……あ?」
「どうしました?」
「十四松が…」

カラ松さんの背中越しに前方を見ると、道の真ん中に十四松さんが路地裏を向いてお座りをしていた。

「…見つけたな」
「え、何を」
「杏里、タバコ吸わせてくれ」
「あ、はい」

さっきみたいに口元に近付けてあげれば、私の手もタバコの一部のように扱われて再び白い煙が立ち上り消えていった。
十四松さんの隣に自転車が静かに止まる。カラ松さんは吸いさしのタバコを私の手から抜き取って地面に投げ火を消した。ポイ捨て禁止…と言うに言えない雰囲気に飲まれ荷台から慎重に下りると、カラ松さんがちらりと振り返って「いい子だ」と呟いた。

「杏里、残念だが今宵のエスコートはここまでだ」
「はあ…」
「この道を川沿いにまっすぐ行けば屋台がある。ハイブリッドおでんという看板が出ているからな」
「はい…あの、お仕事ですか…?」

十四松さんはずっと路地裏を見つめたままだしカラ松さんもそこから視線を外そうとしないので、邪魔にならないようにハンカチだけ渡して小声で問いかける。私には真っ暗な路地裏にしか見えないが、二人には何かが見えているんだろうか。
カラ松さんがふと息を吐き、私を見やる。

「心配するな……必ず、生きて帰る」
「え」
「間に合えば、後で屋台にも顔を出す」

カラ松さんはそう言い残し、十四松さんと共に路地裏の闇に姿を消した。
一人取り残された私は、今までに見たことのない真剣な表情のカラ松さんを思って不安な気持ちになりながら、とりあえず屋台を目指すことにした。
生きて帰る、と言った時の強い眼差し。相当手強い相手に違いない。
カラ松さんたちは銃や武器の所持を認められているけど、それはこの街がそれほど危険なレベルだからということなのかもしれない。
今まではあの人たちのことだからと何となく納得していた。でも私たちが極めて平穏に暮らせるのは、実はカラ松さんたちが人知れず暗躍しているからじゃないだろうか。
普段はただの腐れ警官のように見せておいて、本当は裏社会の情勢を探ってたりするんじゃ…?
とにかく無事に帰ってきてほしい。
そして一緒におでんを食べたい。
祈りながら歩いて行けば、屋台はほどなくして見つかった。
店の大将であるチビ太さんは夜中に薄着の女が一人で訪ねてきたことに驚いていたけど、カラ松さんと出会ってからの経緯を話すとため息をついていた。

「ま、とりあえず食いな」
「ありがとうございます…」
「ん?何か元気ねぇなぁ、どーした」
「…カラ松さんたちが心配で」
「んな心配するこたねーよ。考えてみろ、あいつらが本気になんのは金か女のことだけだぞ?」
「言われてみれば確かに」

一瞬で感傷から立ち直った。あの人らのお金と女性に対する執着はまさに修羅のごとくである。
チビ太さんは自分もお酒をちまちまと飲みながら、「どうせトド松がパチンコで勝ったの嗅ぎ付けたんだろ」と言った。
果たしてそれはその通りであり、三十分ほどで晴れやかな顔のカラ松さんと十四松さんが屋台に顔を出した。自転車の荷台でトド松くんが息絶えていた。

「トド松くんも何でパチンコ行っちゃうんだろう…」
「揃ってバカだからな」
「さあ杏里、どれでも好きなだけ食べていいぞ!」
「私ちゃんと自分のお金持ってますから」
「遠慮するな…フッ、マスター、彼女にシェリーを…」
「マスターじゃねぇしシェリーもねぇよ」
「杏里ちゃんぼくお仕事したよー!今夜は飲もー!」
「十四松、今夜のことは内緒だぞ…オーケイ?」
「分かった!」
「信じてるぜ…」

勝手に私の太ももに被さってくる十四松さんにつくねをあげているカラ松さんを見ながら、やっぱこの人たちはクズだった、と別の感傷に浸った。
おいしいおでん屋台を教えてくれたところだけが唯一の美点だ。