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友達、というか知り合い程度の仲だった一松と恋人同士になったのは数週間前のこと。
付き合い始める前は私にそれほど興味がなさそうで、私が一松の兄弟と話していても我関せずな態度だった。だからてっきりそれほど好かれてはいないと思っていたのだけど、後から聞くとただ極度に緊張していただけらしい。
そんな一松はお互いに気持ちが通じ合うやいなや私にべったりになった。
家族や他の人の目がある場所では今まで通り素知らぬふりをして、二人きりになった時には完全に猫化してしまう。
ちょうど今のように。

「……」

正座をしている私の膝の上に、仰向けでごろりと寝転がる一松の頭には猫耳が生えている。
どういう仕組みでこんな姿になるのかは未だに不明だ。尻尾もちゃんとあって時々ぱたりと動く。
猫になった一松は大抵ひなたぼっこ中の猫のような穏やかな顔をしているので、きっととても気を抜いている状態なんだと思う。だから二人の時は一松のしたいようにさせている。
私の家にいる今日も、膝の上でごろごろする一松の猫耳の生え際を撫でるだけの時間が過ぎていく。最初何もしないでいたら撫でろと言わんばかりに無言で手を頭に誘導されたので、それからずっとこう。
撫でて数秒もたたないうちに、いつものひなたぼっこモードになっていた一松の喉がまたごろごろと鳴った。

「猫さん、ちょっと」
「……」
「足がね、しびれてきちゃった」

甘えてもらえるのは私としても幸せだけど、じんじんうずく両足にそろそろ耐えられなくなってきてしまった。頭を撫でる手は止めないまま、ごめんねと言って顔をのぞきこむ。
薄く目を開けた一松はしゅんとした顔でのっそりと起き上がってくれた。
かと思えばすぐに私の肩に頭を乗せる。こめかみらへんに猫耳が当たってくすぐったい。
一松の頭を落とさないように気をつけながら両足を伸ばせる体勢に変える。足全体がぞわぞわしていて、床に当たる感覚がぼやけてしまっている。

「久しぶりにこんなしびれた…」

両足をさすっていると背中で一松の手に服を軽くつかまれた。そんなのどうでもいいから構えという意思表示らしい。
足をさするのを止めて一松の頭に手を伸ばす。さっきと同じようにやわやわと撫でてあげると、ひなたぼっこの顔をして満足そうに喉が鳴った。どうやって鳴らしてるんだろう。気になって今度は喉に指をはわせる。

「猫さんの喉はどうなってんの」

猫にするようにあごの下を撫でると低い声でにゃあと鳴いた。ついに言葉まで猫になってしまった。

「あ、今日はご飯食べてく?」
「にゃ…」
「手羽先にしようね」

とたんに猫耳が大きく私の頬を撫でた。猫になっても好物は変わらないらしい。
いつもよりとろんとしたきらきらの目で私を見つめてきたかと思うと、頭を離してゆるゆると身体を崩し私の足の上で休みだした。

「まだしびれてるんだけどな」

私のぼやきはスルーして背中を丸めたひなたぼっこモードになっている。
これが喜びの表現なんだからまあいいか。口元が緩みきっている一松の髪の毛をすくように撫でる。

「手羽先楽しみ?」
「……」

答えるように尻尾がぱたぱたと動いた。

「そっか。たくさん作るね」
「……」

ぱたぱたぱた。

「作る時は猫さんも手伝ってね」
「……」

無反応になった。現金な猫だ。

「手伝ってくれない人にはあげません」

冷たい口調を意識しながら言うと、ひなたぼっこ顔から一転して恨めしそうな目で見上げられる。

「お皿にお肉を並べるぐらいできるよね、猫さんは」
「……」
「かしこい猫さんだもんねー」
「……」
「ね」

ほめるとじわじわとまんざらでもなさそうな表情に変わったのを見逃さず、兄弟の中で一番ふくふくな頬をつつく。とたんに迷惑げにじろりと見られたけれど、手は払いのけられなかったので嫌がってはないみたい。
手のひらでほっぺたの感触を楽しんでいると、あきらめたのか尻尾を一振りしてひなたぼっこに戻った。
この緊張感のなさが私にもだんだん移ってきたようだ。あくびがこみ上げてきた。
口を隠すために一松の頬から手を離すと、気になるのかちらりとこっちを見た。さっきうざったそうな顔してたのに、急に構われなくなるとそれも不満なのね。
あくびをしてからしゃわしゃわと髪の毛をすくことに戻ると、それでいいとばかりに鼻を鳴らして目を閉じた。私も後ろのベッドにもたれる。
私とこの大きな猫のいる場所へ、もうすぐ夕焼けになろうとする太陽のオレンジ色の光がやわく照らしている。昼間に一松が来てからこうだからずいぶんぜいたくな時間を過ごしたものだと思う。
本物の猫を飼ったことはないけれど、猫のいる生活ってこんな感じなんだろうか。日がな一日こうやって一緒にぼーっとして。
そういえば一松、猫転換したいって言ってたな。

「一松、今でも猫転換したい?」

すると、ひなたぼっこ体勢からこっちに顔を向けてごろりと寝転がる体勢に変わった。どういう意味なんだろう。
さらにその状態でゆっくりあくびをし、猫のように丸めた手で顔をこすりだした。
もしかしたらスルーするつもりかもしれない。ただ単に答えるのがめんどうとかいう気まぐれな理由で。
まあいいか。きっと猫転換してもしなくてもマイペースな一松のやることは変わらないんだろうな。今でも充分自由人だし。問題なく猫として第二の人生を歩みだす気がする。
そうだ、一松の猫度を測ろう。
毛繕いのようなことをし始めた一松のパーカーのポケットを勝手に探る。猫じゃらし発見。
一松の顔の前でためしにぴこぴこと振ってみる。いくらか鋭い目つきになった一松は私の狙い通り猫パンチをし始めた。
真剣に猫じゃらしを追ってる姿が可愛くて笑ってしまった。これじゃ私の方が遊んでもらってるみたい。
くすくす笑いながら片手間にじゃらしていたら、油断した隙に一撃をくらって猫じゃらしが手から離れてしまった。

「あーあ」

猫さんは床に滑り落ちた動かない猫じゃらしをじっと見つめ、タイミングを見計らって鋭く猫パンチをお見舞いしている。すっかり猫じゃらしに夢中だ。今の猫度は100に近い。
ゆっくりと一松の身体の下から自分の足を抜く。私ではなく猫じゃらしに興味の移った一松は自分が床の上に転がされても気づきもしない。
さて、今のうちに猫さんのために手羽先を作ろうかな。こっそりとリビングと一続きの台所に向かい、昨日買っておいた手羽先を出す。
水気を取ってフライパンに並べ、香ばしいいい匂いが漂い始めた頃にようやく気づいたのか一松が足元にすり寄ってきた。
長めの尻尾がするすると私の左足に絡まっていく。ちらっと見下ろすと、いい子にしてますとでも言いたげな顔でお行儀よく座っていた。たぶんつまみ食いしたいがためのアピールだ。

「手伝ってくれない人にはあげませんって言ったよ?」
「……」

む、と眉を寄せた一松は身体も尻尾も私の足にぴたりと寄せて切なげに鳴いた。頭をすり寄せてはちらりと見上げ、また頭をすり寄せる。どうしても今食べたいらしい。
でも甘やかすのはよくない。これは実際にペットを飼っていても言えることだと思う。

「猫さん、そこにいると危ないから。油飛んできちゃうよ。手伝わないならあっち行っててね」

空いた左手で頭を軽く押し返し、私の意思が固いことを示す。
くしゃりと顔を歪めた猫さんは、絡ませていた尻尾も力なく離してしょんぼりしたようにリビングへ行った。結局手伝ってくれないんだ…
気を取り直して手羽先に火が通るまでにタレを作る。甘みの強いタレにしたいから、砂糖を気持ち多めに入れて味見をして。うん、こんなものかな。
焼き上がった手羽先をお皿にのせようと後ろの食器棚へ振り返ると、いつの間に戻ってきたのか一松が大きめのお皿を持ってこちらを見上げていた。

「ありがとう猫さん」

お皿を受け取れば、尻尾をぱたりと振ってじっと私の様子をうかがっている。

「もう手羽先出来たからね」
「……」
「手伝ってくれたから、あっちで食べようね」

尻尾がぴょこんぴょこんと跳ねだした。口元も嬉しそうにふにゃんとしている。
タレを絡めた熱々の手羽先をお皿に移し、自分用の缶ビールと一松用の炭酸飲料を冷蔵庫から取ってリビングへ。尻尾を立てた一松が後からついてくる。
テーブルの近くには一松にほったらかしにされた猫じゃらしが落ちていた。それをどけて座り、テーブルに顔をついてうずうずしている一松の前に手羽先と飲み物を置く。

「どうぞ」

私が缶のタブを開ける前に一松は手羽先一本目にかぶりついていた。その姿を見ながら私も一杯。
窓の外は薄い青と茜色が入り交じった空が広がっている。アルコールで火照った身体に風を当てようと少し窓を開けた。さわさわと肌に触れていく空気の波が心地いい。
そのわずかな間に一松は手羽先のほとんどを骨だけにしてしまっていた。早い。感心している私を見た一松がしまったという顔をしたので「いいよ」とビールをあおる。

「私手羽先そんなに食べないし」

ほんとに?と言いたげに猫の方の耳がしなる。

「ほんとほんと」

テーブルに肘をついて手羽先のお皿を一松の前に押し出した。
納得したらしい一松が最後の数本に手をかける。焼いただけの料理でもこんなにおいしそうに食べてくれるなら、私はそれで満足だ。

食事の後片付けをしてから、どうやら泊まっていくつもりらしい一松の後にお風呂に入る。
上がってみれば、猫さんは私のベッドに勝手に上がりこんでごろごろしていた。
ああいう生活をしていて体型が大きく崩れないのがうらやましい。そんな思いをこめて見ていたら、私の枕に抱きついて匂いをかぎ始めた。あれは止めさせなければならない。しつけは大事だ。
バスタオルをかごに放りこんでベッドに乗る。一松は眠そうな目でじろりと見上げた。枕はまだ腕の中だ。

「こら。これは返してね」

枕はすんなり取り返せたけれどわがままな猫は耳を寝かせてご機嫌ななめになった。壁の方を向いて顔を隠し尻尾を丸めている。

「もう、すねないの」

頭を撫でてあげても、背中も丸めて無関心の態度。ぼくは傷つきましたと全身でアピールしている。こうやってちょっとしたことですねる姿を見せてくるのはめんどくさい。
同時に、こんな姿でも見せていいと思うぐらいに私に心を預けてくれているんだと分かるから愛おしくもなる。
ふてくされた態度をやわらげるようにたくさん頭を撫でて手を握って頬を寄せて、唇にキスを一つ落とす。丸くなる瞳には私が見えた。
これで機嫌を直してくれただろうか。離れようとすると、いつの間にか首に回されていた腕に阻まれた。
あ、猫耳が消えてる。


「…杏里ちゃん、もういっかい…」


吐息まじりの熱っぽいお願いに応えないわけにはいかない。
この後はすっかり人間の雄に戻った彼にお任せしようと思う。