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昨日徹夜をしたせいか具合が悪くなり、授業を途中で抜けた。
しんとした廊下をふらふらと歩く。貧血の時みたいに頭がぼーっとして、足元がおぼつかない。光から逃れるように階段に入って、手すりに掴まりながらゆっくりと下りる。目も少しちかちかする…早く休みたい。
なんとか一階について保健室のドアを開けた。

「すみません…」

明かりはついているのに、見る限り誰の姿もない。先生、席を外してるみたい。
どうしようか迷ったけど体のだるさには勝てず、勝手に休ませてもらうことにした。後で弁解すればいいや。とにかく今横になりたい…
三つ並ぶベッドに向かう。一番左は誰か寝ているのか、仕切りの白いカーテンが閉じていたのでその隣のベッドに行く。
カーテンを閉めて上履きを脱ぎ、きちんと畳まれていた掛け布団の中に体をずるずると入れた。固い枕だ。でもないよりはマシ。

「はぁ…」

目を閉じて重いため息をついた。
頭はまだ少しくらくらする。ベッドの上の電気、消えててよかった。それだけでもだいぶ楽だ。徹夜明けの目に蛍光灯は厳しい。
静かな空調の音を聞きながら、寝ることに集中する。そのうちまぶたが重くなって、心地いい眠りに落ちていった。



ふと人の気配を感じてうっすら目を開けた。
白いカーテンの向こうで音がしている。かすかな足音や椅子がきしむ音。先生が帰ってきたのかもしれない。
ここに来た時より体調はマシになったし、寝させてもらってたこと報告しなきゃ。
のそのそと起き上がる途中で、お腹の辺りに人がいたのを見つけてびくりと体がはねた。声を出すより早く、そいつが手で口をふさいでくる。

「しーっ…!」
「っ……お、おそ松、何で…?」

どこから持ってきたのか、私のベッドの脇の丸椅子に腰かけていたらしいおそ松。
ほとんど聞こえないぐらいの小声でたしなめられたので、私も顔を寄せて空気だけ発するような声量でささやき返した。けれど、おそ松は私の質問には答えずにじっと耳をすましている。
結局、カーテンの外の音がドアの開け閉めの音と共になくなるまで私の口はふさがれたまま。おそ松がそろりとカーテンを開けると、そこにはもう誰もいなかった。

「はー…あぶねー」
「何だったの?てかここで何してんの?」

ベッドの上で座り直しこそこそ声でもう一度聞くと、おそ松は側に戻ってきててへへと笑った。

「ちょっとサボってたら杏里がいたから忍び込んじゃった」
「待って、今の共犯にはしないでよね」
「もう遅い〜」

最低な奴だ。
にらむ私にお構いなく、おそ松がベッドに腰かける。その脇腹に軽くパンチしてやると、「いてぇ」と笑った。

「大声出してやればよかった…」
「杏里は?保健室来るなんてめずらしーじゃん」
「ちょっと寝不足で……ってちょっと待って、何でクラスも違うのに私が保健室来るの珍しいなんて言えるの?」
「あ、い…いやいや、だって杏里病弱じゃねーじゃん?そういうことよ?」
「はいはい。よくサボってんだここで」
「あーあ口が滑ったー。ま、今さらだけど〜」

ほんとにこの男は…
呆れ顔の私をよそに、「ちょっと詰めて」と言うなり隣に寝転がってきた。

「保健室は病人のための場所だよ」
「いてててさっき杏里に殴られた腹が…」
「そんなに重いパンチしてないし!」
「まだ授業終わるまで時間あるしもうちょっと寝てよーぜ。ほら」

ぽんぽんと枕を叩くおそ松の誘いに、少し考えてから乗ることにした。言われた通り数センチの距離で寝転んで、自分とおそ松が入れるように掛け布団を引っ張りあげる。
隣を見ると、にやけながらも緊張した顔のおそ松がいたので笑ってやった。

「自分で隣寝ろって言ったよね」
「言ったけど、言ったけどさぁ…これってなんか…あれっぽいし」
「何あれって」
「一晩共にする的な」
「蹴り出していい?」
「すみませんでしたー…」
「てかあれだね、隣の人まだ寝てるかもだし静かにしないと」
「隣?ああそれ俺。頭痛いんで寝さしてくださいっつって来た。今は空」
「えっ、そうだったの?なんだもう、気つかって損した」
「さっき人来た時に既に俺こっちいたからさー、もう戻るに戻れないんだよな」
「あーだから気づかれないようにしてたんだ」

それからのおそ松の話から察するに、私が寝入った後に先生が来てまた出ていったようだった。で、暇をもて余したおそ松がこっちに忍びこんだタイミングで再度戻ってきたと。今日の先生は忙しいんだなー。
ちょっと待った、ということは私よりも早い段階…授業開始早々に保健室に来てたってことかこいつ!サボり倒す気満々じゃん!
じっとりと顔を見つめると、何を勘違いしたのか頬を赤くした。

「…何?キスしちゃう?」
「バカじゃないの?今そういう流れじゃなかったよね?」
「ちぇー」
「ちぇーじゃないしまったく…おそ松のせいで先生に報告しそびれた」
「杏里が寝てる間に様子見てたっぽいし大丈夫だろ」
「あ、そうなの?ってそういやそうか」

席を外してる間にベッドが一つ埋まってたら、そりゃ確認するよね先生も。私が熟睡してたから起こされなかったのかな?

「で、気分は?」
「ちょっとマシになった」
「そ。じゃ良かった。寝不足って勉強でもしてた?」
「ううん、七不思議について調べてたら…」
「七不思議?何だそりゃ」
「この高校の七不思議。こないだ友達から六つまでは聞いたんだ」
「へー、面白そうじゃん。どんなやつ?」

おそ松は興味があるのか、頭を起こして片手で頬杖をつく格好になった。
私は寝転んだまま、自分が体験した五つの話とおそ松の兄弟が少なからず関わっていることを話した。おそ松は信じてるのかただのネタだと思ってるのか、どっちとも取れるいつもの軽さと適当さで頷いて、それでも最後まで話を聞いてくれた。

「あいつらやるなぁ」
「人騒がせな兄弟をお持ちですねー」
「さっすが我が弟たち!」
「兄貴がこんなだからのびのび育っちゃったんだ…」
「いいことじゃねーの?」
「そうかなぁ」
「で、六個目は?俺絡みだったら面白くね?」
「そうだね、伝説の六つ子になっちゃうね」
「いーね、レジェンドな六つ子!」

鼻の下をこすって満更でもなさそうに笑うおそ松。だから悪い意味で伝説なんだってそれ。

「んでんで?六個目は?」
「えっとね……あ、ガチでおそ松が六番目の不思議かも」
「マジか!どんな話!?」
「まさに保健室での話だよ。あーでもやっぱりおそ松関係ないかな…」
「なになにもう気になんだけど!早く教えてよ」

子供みたいに目をきらめかせるおそ松。ちょっと得意な気分にもなりながら六番目の不思議を語ってあげた。
その不思議とは、二つの影が出来る話。
この保健室ではたまに、一人の人間に二つの影が出来ることがあるという。二方向から光が当たっているわけでもないのに、足元から影が二つ伸びている現象が起きるのだとか。それらはどちらも本物の自分の影のように動き、保健室を出ると消える。そして、その『二つ影』に魅入られた人には近いうちに不幸が訪れる。
というのが七不思議の六番目の話。
おそ松は前の五つより熱心に話を聞いているようだった。自分がどう関わってるか、接点を探してるのかもしれない。

「どう?おそ松もレジェンドになれそう?」
「うーん…俺がいることを知らない奴が俺の影だけ見たとか?」
「でも自分の動き通りに影も動くんだよ」
「そこなんだよなぁー。後から尾ひれがついて話がでかくなった、ってことでどーか一つ!」
「私に言われてもなぁ」
「くそ〜パントマイムの練習でもしよっかな」
「何で七不思議に寄せてんの」

掛け布団を顔まで上げて笑いを押し殺す。不満そうだったおそ松も、そんな私を見て表情を崩し布団に潜りこんできた。

「だって一人だけ七不思議に加われてないとか寂しいじゃん」
「どこで寂しさ感じてんの…あ、一人が寂しかったから私の方のぞきに来たんだ?」
「だってあいつら一緒にサボってくんねーんだもん」
「だってだってって子供か!しっかりしなよお兄ちゃん」

十四松の方がよっぽどしっかりしてる、と言いかけて、おそ松がすねそうな気がしてやめた。でもおそ松はもう口を尖らせている。

「お兄ちゃんだって寂しい時は寂しいのー。その二つ影だってきっと寂しいから出てきてんだぜ」
「うわ、七不思議側に立ちだした」
「いやだってさぁ、満たされてんだったらわざわざ俺らの世界になんて出て来ねーだろ」
「ふーん、そういうもんかなぁ」
「そういうもんじゃねーの案外。ところでその二つ影って、見たらもう終わりなわけ?不幸を回避する方法はないの?」
「そこまでは聞かなかったなー。ないんじゃない?」
「ねぇの?こういうのって対処法があったりするもんだと思ってた。今見ちゃったらどーすんだよ」
「うん、あんまり関わりたくないねぇ」
「おいそりゃかわいそーだろ影の奴が」
「ちょっと、結局どっちの立場なわけ?…あ」

授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。おそ松と無駄話できるぐらいには回復したから、もう保健室を出よう。
掛け布団をどけて起き上がると、サボり魔から背中の服をくいくいと引っ張られる。

「もう行っちゃうのぉ?もう少しいよーぜ」
「私はサボりじゃないから」
「ちぇ…授業出るか」

私についてベッドを起き上がるおそ松を見て、人の動きを真似する影みたいだと思った。
……影、ねぇ。

「ねえ、おそ松ってサボりの時はいつもこんな感じ?」
「こんな感じって?」
「保健室に来た人にべったりくっついて、出るタイミングも合わせたり」
「あーそうする時もあっかもね。暇だったら」
「…やっぱり二つ影っておそ松のことだよ」
「え?マジで何で?」

分かってなさそうなおそ松は放っておいて、上履きを履いてカーテンを開ける。先生はまだ帰ってきてないし、サボりの共犯と思われちゃ面倒だし、早く教室に帰ってしまおう。
保健室のドアを開けると、眩しい太陽の光が出迎えてくれた。でももうくらくらしない。
一歩廊下に出ようとすると、おそ松が後ろから抱きついてきて保健室の中に引き戻された。

「ちょ、ちょっと、何?」
「杏里後ろ見てみて」
「ええ…?」

出来る限り首を後ろにひねって見ても、何もない。

「何?」
「ほら、二つ影が重なってるだろ?二つ影〜」
「…それだけ、かっ」
「いっ…てぇぇ…!」

しょうもないことを言われたので思わず肘鉄砲をかましてしまった。結構いい音がした。
腕を離された隙に明るい廊下へと逃げだす。

「何だよ一緒に寝てくれたくせに!杏里のバカ!」
「こら!そんなこと大声で言うな!」

声から逃げるように慌てて保健室から遠ざかりながら、誰も聞いてないことを祈る。
それから、おそ松は本当に二つの影を見たんだろうかと考える。私には何も見えなかったのだ。廊下と同じくらい保健室内も明るかったし。
冗談であんなこと言ったのかな?抱きつきたかっただけとか?おそ松ならあり得る。
それにもし実際に二つ影を見たんだとしたら、それは私とおそ松どっちのものだったんだろう。
階段を上がりかけた時、後ろから影が追いついてきたのが見えた。冗談だったかどうか確認してみようか。

「ねえ、おそ松さっきの…」

振り返って言葉が出なくなった。後ろには誰もいなかった。
いや見間違い…だよね、見間違い…廊下を通りすぎた人の影だ!それだ!
自分で自分を納得させていると、今追いついたらしいおそ松が角から顔を出した。

「あ、いたいた杏里いてーよさっきの…」
「…おそ松…」
「何、やっぱ具合悪い?まだ」
「私も二つ影見ちゃったかも。しかも今ここで…」
「あらら。保健室でしか見れねーんじゃなかったの?」
「……」
「大丈夫だって〜。保健室で見たら不幸なんだろ?七不思議に好かれてると思っとけよ!」

な?と笑うおそ松。

「…そうだね、そう思っとく」

七不思議側にも何かの理由があるんだよね。七不思議に興味を持った私を見に来たとか、そういうのかもしれないし。
だからさっきの黒い影のことは忘れることにした。もう何も起こらないよね、たぶん。