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うちの高校の七不思議なんて今まで聞いたことはなかったけど、素敵なジンクスのある場所なら知っている。
これは有名だから、生徒全員が知っていると言っても過言じゃないんじゃないかな。
通称「天使の泉」。
東校舎寄りの校門から来客用の駐車場へそれて行くと、その奥にちょっとした洋風の庭園があるのだ。
ツタの絡まるアーチをくぐれば、白い繊細な模様の入ったベンチが左右に向かい合わせで二つ。側には凝ったデザインのカンテラ風の外灯がある。庭園をぐるりと囲む生け垣は、用務員さんが手入れをしているのかいつもきれいに刈りこまれている。
その小さな庭園で何よりも目を引くのは、真ん中にある白い噴水だ。私はあまり詳しくないけど、ギリシャ風のデザインになっているらしい。
中心の背の高い柱からは、絶えず水が流れ出ている。その上に天使の男の子の彫刻があるから天使の泉と呼ばれてる。
うちの高校のカップルになった生徒は必ず一回はここに来ると言われている。
ロマンチックな場所というだけじゃない。カップルには嬉しいジンクスがあるからだ。
この天使をバックに入れて写真を撮った二人は、愛が長続きするという。

「ほんとかなぁ…」

その噴水を前に一人呟く。
試したことないから分かんないんだよね。カップルになったこともないし。あっ悲しい…
本当に効果はあるのか謎だけど、実際にここで仲良く写真を撮るカップルは多かったらしい。
かった、というのは、最近別の噂が広まり始めて写真を撮るカップルが減っているそうだから。
その噂というのが七不思議の一つになりつつあるらしい。

噂によると、この噴水の天使はキューピッドなどではなく、何者かが姿を変えているもの。
気まぐれな奴で、写真を撮って何事もなければ本当にキューピッドになってくれる。でももし写真に何か変なものが写りこめば、たちまち災いを呼びこむという。
撮ってみるまで天使か悪魔か分からないなんて、リスキーだなぁ…何でも代償なしには叶わないってことかな。
柔和な顔つきの天使を眺める。そんなイタズラ好きな子には見えないよ?

「杏里ちゃーん!」

後ろの方から声をかけられて振り向くと、駐車場の中ほどにピンク色のパーカーが見えた。
あれはトド松だ。手を振った。

「トド松ー!」
「何してんのー!」
「調査ー!」
「えー?てかそっち行くー!」

たったっと靴の音を響かせて、トド松が庭園に入ってきた。

「はー…、杏里ちゃん一人で何やってんの?調査って何?」
「七不思議の調査だよ」
「七不思議…?」

こてんと首をかしげて口元に人差し指を当てるトド松。それ女子がやるモテ仕草じゃないのかな?

「んー、聞いたことないなぁ。ここってカップルのジンクスがあるとこでしょ?」
「うん、でもそれじゃないんだ」
「へえ〜、七不思議ねぇ」

天使を一度見上げたトド松は、「でも良かったぁ!」とにっこり笑った。

「杏里ちゃんが誰かと写真撮るのかと思ったから邪魔してやろうと思ったんだけど、誰もいないみたいだね!」
「邪魔って…私の恋路を邪魔しないでよ」
「…えっ、杏里ちゃん、誰かと写真撮っちゃうの?そんなのやだ!」
「いやそういう意味じゃないけどさ…」

もし彼氏が出来たら邪魔されないようにしよう、と決意する横でトド松はスマホをいじった。

「ねえねえ、せっかくだから一緒に写真撮ってみよ?」
「えっ、でも私たちカップルじゃないよ?」
「そーいうこと言わないで…それにこいつキューピッドなんでしょ?縁を結んでくれるかもよ!」
「うーん…」
「えーっ、僕とカップルになるの嫌?杏里ちゃんに嫌われてたなんて…!」
「なんかトド松ってそういう言い方で色んな子と撮ってそうだよねー」
「…誰も撮ってくんなかった」
「…ごめん」

罪悪感を覚えつつ、トド松に言われた通り天使をバックに立つ。
スマホを持ってぴったり隣にくっついたトド松があれこれ指示を出した。

「杏里ちゃんもうちょっとあご引いて、僕の方に顔向けて…あ、行きすぎ、うんそうそれぐらい…目に力入れて…連写するからキープねっ」

女子かよ!
カメラの音が連続で鳴る。

「はいオッケー!確認するね〜」
「トド松すごいね、慣れてるね」
「まぁね〜よくするから、…っ」

素早い動作で写真を確認したトド松が、急に手を止めた。険しい顔をしている。

「どうしたの?」
「う、ううん何にもない…」

顔が暗い…
もしかして、何か変なのが写ってるとか…!?七不思議起こっちゃった!?

「見せてよ、何か写ってるの?」
「だ、だめだよ!これは見せられない…」
「災いなら私も被らなきゃいけないし!一緒に撮ったんだから」
「災い?」

聞き返したトド松の隙をついてスマホを取り上げた。すぐに伸びてきた手をかわして画面を確認する。

「あーっだめだめやめてよぉ!」
「……ん?」

私とウインクしたトド松がきれいに写っているだけで普通の写真だった。笑う天使の表情も正面からばっちり撮れてるし、いい写真だと思う。

「大丈夫だよ、何もないよ」
「杏里ちゃんはこの僕が何もないって言うの!?」

情けない声を受けて、トド松の方だけもう一度確認する。トド松のつぶってる片目が、本当に薄くだけど開いてることぐらいしかないんだけど…

「まさかこの目のこと言ってる?」
「そうだよ!微妙に白目になっちゃった…」
「いや全然分かんないよこれぐらい」
「やなのー!杏里ちゃんと写るんだから変顔とかマジないのに、もう!」
「全然変じゃないよ?完璧なウインクだと思うけど」
「……杏里ちゃんがそう言ってくれるなら…」

口はまだ尖らしたままだけど、落ち着いてくれたようだ。スマホを返すとさっそく写真を待ち受けにしてる。ちょっと恥ずかしいんだけど…

「あ、ねえ、さっきの災いって何なの?」
「ああ…ここで写真撮るとね、たまに変なのが写りこむんだって。その時は災いが起こるって…」
「えっちょっと待って心霊写真ってこと!?何それ聞いたことない!」
「でも今、何も写んなかったから大丈夫だね!」
「それ結果論でしょ!?もうっ、先に言ってよ〜!僕そういうのだめなんだってば…!」
「ごめん、そうだったね」

トド松怖いの苦手なんだった、先に言ってあげれば良かったな。

「変なの写り込む、かぁ…写り込んでやったことならあるけど」
「ん?」

ちょっと聞き捨てならない台詞が聞こえた。

「もしかして…トド松が七不思議なの?」
「違うよ〜。たまたまここでどこぞのカップルが写真撮ろうとしてたから、生け垣の後ろにこっそり回って変顔してやったんだよ」
「こら!やっぱりお前か!」

呪いの書の時といい踊る人の時といい、何でこいつらは…!
トド松は悪びれずにてへへと笑った。

「だぁって僕がいるのに普通にイチャつきだすしムカついたんだも〜ん!可愛いイタズラでしょ?」
「トド松のせいで何の罪もないカップルが怯えてるかと思うと申し訳なさすぎ…」
「何で杏里ちゃんが申し訳なくなるのさ」

けらけらと笑うトド松にため息をつく。

「僕らは何も写ってなかったから、きっと上手く行くね〜!ベストカップルだよ!」
「人の恋路にさざ波立てといて…」
「あ、杏里ちゃんもこの写真いる?」
「うんほしい!いい写真だよね。トド松写真撮るの上手いよ」
「えへへ…ありがとっ。場所選びがちょっと甘かったけど〜」
「そうかな?さっききれいに撮れてたじゃん」
「だって天使が斜め向いちゃってるよ?ま、これはこれで構図としていいか」
「…ん?…え?そうだっけ?」

トド松の言葉が少し引っかかった。
あれ?私が見た時は確かに…

「はい送ったよ!確認してね」
「あ、うん…」

自分のスマホで写真を開く。
カメラ目線の私と、ウインクしたトド松。
後ろには、右を向く天使。

「…」

噴水の天使を見上げる。スマホの中と同じ、右を向いている。
そう、この場所から撮ったなら天使は横向きの角度で撮れるはず。なのに…

「杏里ちゃんどうしたの?」
「う…うん、何でもない」

怖がりのトド松に果たして言うべきかどうか。さっき見た写真では、天使が正面を向いていたこと。
そしてもう一つ気づいたことがある。
天使は柔らかな仏のような顔つきをしているのに、こちらを向いた彼は確かににんまりと歯をむき出して笑っていた。