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放課後はグラウンドや体育館、そして特別教室のある西校舎の方が、どちらかといえば人が多い。なぜかって、クラブ活動や委員会活動をやっているから。
東校舎よりも西校舎の方が新しく、化学室や音楽室には最新の設備が整っている。だから、うちのクラブ活動はわりと盛んだ。
そんな青春のつまったような西校舎にも七不思議がある。赤ちゃんの泣き声がする裏手にはこの前行って、単なる猫スポットだったことが分かったけど。
西校舎に七不思議があるんだから、東校舎の方にももちろん七不思議がある。
私がこれから覗いてみようと思っているのは、その東校舎の一階にある放送室だ。そこにも何やら不気味な七不思議の噂があるらしい。
踊る人、と呼ばれる七不思議が。

東校舎の一階は、南側から用務員室、職員室、校長室、保健室、生徒のロッカー兼更衣室と並んでいる。
ロッカー室から階段、中庭やグラウンドに出られる通路を挟んだ先は、問題の放送室と学校の倉庫だ。ちなみに、一階の通路前にはげた箱もある。
つまり、放送室の近くは授業中や放課後でも人の行き交いが多い場所ということ。七不思議は人の少ない場所だけに現れるものじゃないみたいだ。
放送室のドアの前に立っている今も、廊下の窓からクラブ活動中の生徒がすぐ側で走り込みをやっているのが見える。
反対に、放送室の方はしんとしている。
ドアは鍵がかかってるし、その横のスタジオの窓はロールスクリーンが下ろされてるし…今日は委員会やってないのかな?七不思議の調査がスムーズになっていいけど。
放送室と反対側の壁にもたれて、ドアをしばらく眺める。少し曇ったガラスの小窓つきのドア。
七不思議はこのドア越しに体験できるらしい。さあ、一体どんなものなのか…

「杏里、そこで何やってんの?」

階段を降りて現れたのは、緑のパーカーを学ランの下に着たチョロ松だった。リュックを背負ってるから、もう帰るとこかな。

「七不思議を体験しようと思って!」
「は?何言ってんの?」

少し顔をしかめてばっさりと切られた。さすがは科学的なものしか信じない男。

「チョロ松は聞いたことない?七不思議」
「知らないね。初めて聞いた」
「やっぱりみんな知らないのかなぁ」

壁に頭をこつんともたせかけた。ドアにはまだ何も現れそうにない。
チョロ松はそのままげた箱に行くのかと思ったけど、私の方に向かってきた。

「あれ、帰んないの?」
「…ちょっとね。杏里こそ帰んないの?」
「うん、もうちょっと検証続ける」

チョロ松が隣に並んで、一緒に壁にもたれた。

「チョロ松も一緒に待ってくれるの?」
「そうじゃないよ。意味のないことしてないで帰れば?」
「えええー…チョロ松夢なーい…」
「七不思議なんて非科学的なことが起こるなんて思えないんだけど」
「あは、私も完全に信じきってるわけじゃないけどね。でも何かあったら面白くない?」

すぐ隣にあるチョロ松の横顔を見つめると、への字の口が少しゆるんだ。

「本当に何かあるならね」
「ね、じゃあ一緒に待ってようよ」
「そ、それはちょっと…」
「用事あるなら帰っていいよ」
「そういうことじゃないんだけど…」

チョロ松がそわそわしてる気がする。何か隠してる?
じっと半目で見つめるともっとそわそわしだした。

「と、ところでさぁ、その七不思議って何なの?全然聞いたことないんだけど…」
「放送室の踊る人、って言うらしいよ」
「…踊る人?」
「うん。放送室の外から黒い影がぐねぐねしてるのが見えるんだって。しかもその時耳障りな音も聞こえるらしいの。だから、踊る人」

ドアについている小窓を見上げる。今は天井の電灯が見えているだけで、黒い影なんてない。

「…踊る、人……」
「どしたのチョロ松」

チョロ松の様子がおかしい。明らかに口数が減ったし、表情がかたい。
詳しい話を聞いたら怖くなっちゃったのかな。

「大丈夫だよ!見えるってだけで見たから呪われるとかはないみたいだから」
「………」
「帰る?変なの見ないうちに…」
「いやっ、その…そうじゃなくて…」

チョロ松が意を決したように息を吐く。

「杏里、あのさ…黙っててくれる?」
「えっ、何を」

チョロ松はきょろきょろと周りを見渡して、近くに私たち以外いないことを確かめると、ポケットから鍵を取り出した。その鍵で放送室のドアを開ける。

「早く入って」
「え、何でチョロ松が放送室の鍵持ってんの」
「話は入ってから」

チョロ松に押しこまれるように放送室に入った。電気をつけ、初めて足を踏み入れたその部屋を見て、声を上げずにはいられなかった。

「何これ!オタ部屋!?」

放送室は私たちが今入った調整室とスタジオの二部屋からなっている。
その調整室の壁や棚や機材、至るところにアイドルグッズがずらっと並んでいたのだ。

「いやぁ、一人で頑張ったよ…ここのフィギュアの並びとかめちゃくちゃ考えて」
「これチョロ松がやったの?こんな私物化しちゃだめでしょ!」
「えへへ、つい我を忘れちゃって…」
「笑い事じゃないからね?」

目の前のでかいアイドルポスターを見てため息をつく。

「何でこんなことに…」
「放送委員の子から、一週間当番変わってって頼まれてさぁ。好きなようにしてていいって言われたらこうなっちゃうよねー」
「いやだからってポンコツ部分出すぎでしょ…先生来たらどうすんの?」
「放送室ってめったに先生来ないんだよ。職員室にも先生用の放送マイクがあるらしいから。他の生徒もまず来ることなんてないし」
「なるほどねー、それで自由に過ごしてたわけ…」
「そう、だけど明日で終わりだから今日中に片付けようと思ってさ」
「だから私にバレないように早く帰れって言ってたんだー?」
「うっ、ご、ごめん…」

ばつの悪そうなチョロ松を見て、反省は充分してるなと思ったのでそれ以上は追及しなかった。今日で片付けるって言ってたしね。
側にある写真入りの缶バッジを手に取る。

「この子と私、どっちが可愛い?」
「は?しょうもないこと聞かないでくれる?」
「しゅん…」

ちょっと大げさに落ちこんで見せると、チョロ松は面白いように慌てた。

「ばっ、別に杏里が可愛くないとか、そんなこと言ってないだろ…!」
「そうなの?」
「か、か、か…可愛いよ、杏里も…」
「えへへ、ありがとう。褒め言葉に免じてこのことは黙っておいてあげよう」
「ありがとうございます!」

チョロ松に缶バッジを渡すと、大切そうにリュックにしまった。

「でさ、杏里、さっきのその踊る人の話なんだけど…それ俺かもしれない」
「うん…うすうすそうじゃないかなって思ってたよ」
「オタ芸の練習してたりしたからなぁ…でもにゃーちゃんの歌を耳障りな音って、それひどくない!?」
「いや私が言ったんじゃないから!聞いた話だから!」

憤慨するチョロ松をなだめる。なんだ、ここの七不思議もただの勘違いかぁ…

「七不思議の謎が解けてよかったよ」
「何が七不思議だよ…オタ芸なめんな」
「チョロ松はぶつぶつ言う権利ないと思うなー。ほら、手伝ってあげるから早く片づけよう」
「あ、それより廊下で誰か来ないか見張っててくれない?すぐ終わると思うから」
「そっちのがいいならそうする」
「ありがと」

リュックから大きいトートバッグを取り出したチョロ松を置いて放送室を出る。
ドアを閉めて、さっきまでと同じようにドア前の壁にもたれた。
はぁ、あのアイドルだらけの空間…テレビやネットでしか見たことなかったけどかなり圧倒されたな…
わざわざ学校であんなのやることないのに。あ、でもチョロ松たちの家って六人で一つの部屋使ってるんだっけ。こういう一人だけの自由な空間があったら、はっちゃけちゃうもんか…
いやだからって私物化はだめだけどね!
窓の外を、部活中の人たちがまたランニングで通っていく。放送室前まで近づく人はいないから、チョロ松の暴挙はこうやって誰にも知られることなく終わっていくんだろうなぁ…

「あ」

ふと目線を上げた私は、一瞬心臓が跳ねた。
ドアの小窓から、ゆらゆらと動くぼやけた大きい黒い影が見える。

「わ、うそ…!?」

頭と両手を全く違うリズムで動かしてるような、奇妙な動きをしている。
い、いやちょっと待った。よく見ると天井に映ってる影っぽい…電灯にも重なってるし。
あ、そっか、片づけてるチョロ松の影か。
はぁ、びっくりした…やっぱりそうそう不思議なんて転がってないか。

「お待たせ」

胸を撫で下ろしていると、電気が消えてチョロ松が出てきた。もちろん、天井の影ももう消えている。

「きれいになった?」
「証拠は一つも残してないよ」
「よろしい」

荷物の増えたチョロ松と、放送室の鍵を返しに行ってからげた箱に向かう。

「チョロ松、私さっき踊る人見たよ…!」
「はぁ?俺片付けてたんだけど」
「うん、だからそのチョロ松の影が天井に映ってたんだよ。それ見てさー、マジの七不思議出た!ってなって、もうびっくりした…」
「…いや、それおかしくない?」
「え?」

思わぬ反論にドキッとする。

「何が?」
「天井に俺の影が映ってたってことは、俺が下から照らされてなきゃいけないだろ」
「…あ、た、確かに…」
「でもそんな明かり付けてないよ俺は」
「…えっ、えっちょっと待って…!」
「仮に窓から入った光で照らされたんだとしても、放送室の窓は東向き。今は夕方なんだから、東から日が差すわけない」
「……言われてみれば」
「てか今の話聞いて思ったけど、踊る人ってドアの窓から見えるの?」
「う、うん。ドアの小窓から天井に映って見えるって」
「俺オタ芸はいつもスタジオの方でやってたよ。そっちのが広いし」

言葉をなくした私を見てチョロ松は「だから見間違いってことだね」と呆れたように笑った。