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膝に手をついて前屈みになりながらぜえぜえと荒い呼吸を繰り返しているその人は、一松くんだった。
少しぼさぼさしている髪がいつも以上に乱れている。
全力で走ってきたのかな…?
一松くんのそんな姿見たことないから、ちょっと意外だった。

「だ、大丈夫…?」

涙をぬぐうのも忘れて鼻声で声をかけると、一松くんはぱっと顔をあげた。

「ぜ…全然……大丈夫……」
「とりあえず、ここ座って?」

自分の隣をぽんぽんと叩いて示す。
まだ落ち着いていない呼吸を繰り返しながら、一松くんは私の隣へ来て座った。
本当に大丈夫かな…
気になって横目で様子をうかがっていると、

「何」

一松くんにじろりと視線を向けられた。

「あの、一松くんは何でここに?」
「…別に、たまたま通っただけ」
「そっか…」

一瞬、私を探しに来てくれたのかななんて都合のいいこと考えちゃった。でも…そんなわけないよね。

「何で泣いてんの」

一松くんの声で現実に引き戻される。
泣き顔はもう見られてるんだけど、あわてて涙を隠した。

「何でもないよ」
「あっそ。まあそうだよね、こんなどうしようもないクズに話してもしょうがないか。聞いたところで役に立つか分かんないし?元から社会の役にも立ってないし?」
「あう…そうじゃなくて…あまり面白くない話だし…」
「興味なければ最初から聞かない」

ぶっきらぼうな言い方だけど、ちらちらとこっちを見ているから私のことを心配してくれてるんだろうなって思う。

「…本当に、面白くないよ?」
「いいよ」
「じゃあ…」

一松くんに、今日起こったことを全部話した。
話してるうちに、何で自分の方が別れを告げられたのか、理由が分からない自分が恥ずかしくなってくる。
一松くんも、心の中で馬鹿な女だって思ってるんじゃないかな。
そう考えると、だんだん話す声も小さくなっていって、あからさまに気持ちが沈んでいく。
反応が怖くて、一松くんの方を全く見ずに話し終えた。

「…ってわけなんだ」
「…」

一松くんは何も言わない。
呆れてるかな。
沈黙を作らないように、話し続ける。

「馬鹿だよね…何で振られたか分かんないなんて。初めての彼氏だったから、どうしたらいいか分かってなかったっていうのもあるけど…言い訳だよね」
「杏里ちゃんは悪くない」

私の言葉を遮るような、はっきりとした声。
思わず一松くんを見ると、正面を向いて何かを睨み付けるような目をしていた。
怒ってる…?
でも、言葉は私をかばうようなもので。

「二股かけてる奴の方がクズに決まってる」
「あ…」
「…それとも、まだ好きだった?」

控えめに私に向けられた視線。
私はかぶりを振った。

「ううん…気持ち、冷めちゃった」
「その方がいいよ。クズにいつまでも構ってることないし。まあ、俺が言うなって話ですけど」

自嘲気味に言い放つ一松くんに、私はもう一度首を横に振る。

「そんなことない。一松くん、私の話聞いてくれたし、慰めてくれたし…私にとっては大切な人だよ」

クズだなんて思ったことない。
一松くんはいつも自分のことを卑下するけど、絶対にそんなことなんてないんだ。
無口で怖く見られがちだけど、本当は素直で優しい人だから。
そんなことを言っていると、一松くんはだんだん猫背を通り越してベンチの上で縮こまってしまって、「やめて…」と弱々しい声を出した。

「あ、ごめんなさい…」
「…慰めに来たのに何で俺が慰められてんの…」
「え?慰め…?」
「何でもない」

よく聞こえなくて尋ねたら、ぴしゃりと言い返された。
でもたぶんこれは照れてる。
こういう反応をする時は照れてるんだって、おそ松くんが教えてくれた。
可愛いな、なんて思って見てると、一松くんの目がまたこっちをじろっと向いた。ちょっとドキっとする。可愛いって思ったこと、ばれませんように…

「そいつの写真とか、ないの」
「え?」

一松くんから、私の予想外の言葉が出てきた。

「スマホには入ってるけど、家に置いてきちゃった」
「いつでもいいから見せて」
「う、うん」

写真見てどうするんだろう?
疑問に思ったけど、一松くんはそれ以上何も言わなかったので私も聞かなかった。
ああ、心につかえてたものを全部吐き出して、ずいぶん楽になった気がする。
伸びをしながら上を向くと、不意に冷たいものが顔に触れた。

「雪だ!一松くん、雪降ってきたよ!」
「ん」

今年初めての雪がちらちらと舞っていた。

「明日はホワイトクリスマスかなぁ」

コートについた雪が白く光る。
一松くんの紫色のパーカーにも雪が落ちてきていて、夜空の星屑みたい。年甲斐もなくはしゃいでしまう。

「綺麗…!」
「………杏里ちゃん、明日…」
「え?何?」
「明日、何か予定あるの」
「何もないよ」

本当は彼氏と…と続けそうになったけどやめた。もうネガティブなことは言いたくなかったから。
すると一松くんが、なぜかもぞもぞとフードを被った。顔がよく見えない。

「あのさ、明日…どっか行かない?」
「え、いいの?」
「行きたくなかったら誘わないよね」
「一松くんがいいならいいよ」
「よくないなら誘わない」
「ありがとう」

一松くんのクリスマスの予定は大丈夫なの、と言いかけてやめた。「よくないなら誘わない」の言葉通りだろうから。
私のこと気遣ってくれたのかな。やっぱり、優しい。
一松くんに彼女が出来たら、きっとすごく大切にしてもらえるんだろうな。

「一松くんの彼女になる人は幸せだね」
「っ……何の、話」
「一松くん、優しいから。彼女のこと大事にしそう」
「……杏里ちゃんなら一生大事にするし……」
「え?ごめん…私の何?」

顔を覗き込んで聞き返すと、今日一番の渋い顔をして「何でもない」と言った。

「明日も雪降るといいなぁ」
「…杏里ちゃん、雪好きなの」
「うん、なんかわくわくする」
「そう」
「一松くんは?」
「別に。でも…」
「でも?」
「…………」
「…?」
「…………明日、雪が降ったら」
「うん?」
「もし降ったら、言いたいこと…あるから…」

雪が降ったら言いたいことって何だろう?
わかった、待ってるねと言ったら、ベンチの上でずっと固まっていた一松くんがゆっくりと立ち上がった。両手をパーカーのポケットに突っ込んで。

「寒いし夜遅いし、もう帰るよ」
「そうだね。ごめんね、長いこと話し込んじゃって…」
「聞きたくなかったら聞か…」

と、言葉が途切れて、

「…俺が聞きたかったから。杏里ちゃんの話」

言い直された。

「私も、一松くんに聞いてもらえて良かった。ありがとう」
「…うん」

そっぽを向いて頷かれる。
一松くんって、照れ屋さんなだけなんだよね。
心の中で呟いて私が立ち上がろうとすると、

「…」

無言で手を差し出された。

「え」
「…良かったら」

自然と顔が緩む。
迷わず一松くんの手を握った。

「ありがとう、一松くん」
「…」

一松くんの手は、熱があるみたいに暖かかった。


翌日は、野良猫にクリスマスプレゼントと称した猫缶をあげて回ったり、ただただイルミネーションを眺めながらぼーっとしたり、約束通り元彼の写真を見せたりしながらクリスマス仕様の街を満喫した。
特別なことは何もしなかったけど、私はとても楽しかった。
帰り際にはまた雪が降ってきた。
二日連続で雪だねと言うと急に立ち止まって、人気のない真っ暗な道の真ん中で、たどたどしく、でも真剣に、好きだと告白された。
ああ、一松くんの言いたかったことってこれだったんだ。
目は合わせてくれなかったけど、昨日と同じように手を握られた。
でも手と手が触れ合っている部分は、昨日より熱い。
よろしくお願いします、と言うと、「…本当に俺でいいの」と返された。

「よくないなら言わない、よ?」

一松くんは目を見開いて、もごもごと「やられた」と呟いた。



その後のおまけの話。
冬休み明け、私は友達から元彼が怪我をしたということを聞いた。
入院するほどでもなかったらしいけど、「人型の猫の化け物に襲われた」とよく分からないことを言っている、と。
この時代に妖怪が出たのかなぁ…?
そんな不思議な話を一松くんにしたら、くくくっと笑って

「天罰だな」

と言った。