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移動教室で東校舎と西校舎を繋ぐ廊下を渡っていた時、ふと教えてもらった七不思議の一つを思い出した。
この渡り廊下とは反対側、西校舎の裏手のとある場所の話。
西校舎の裏手は茂みとフェンスの囲いがあるだけの何もない場所で、その向こうは住宅地に面した道路だ。
別に居ても楽しくない場所だから、普段裏手に来る人なんかいない。いるとすれば告白のために呼び出すとかそれぐらいかな。
そんな何の変哲もない場所だから七不思議があるなんて夢にも思わなかったけど、他と違うといえばちょっと違うところはある。
東校舎は普通の長方形の形をしているけど、西校舎はある一角を避けるように長方形の一部が四角く欠けているのだ。
裏手に立ってみると、まっすぐな壁が途中でへこんでいるのが分かる。幅二メートル、奥行き三メートルほどの空間。そこだけ、ドアも窓もない。
実際には室外機が置いてあるだけのじめっとした空間で、謎なんか何もなさそうだけど。
ただ、聞いた話では……その場所から時々赤ちゃんの泣き声がするらしい。住宅地からじゃなく、その場所から響いてくるのだと。
室外機の故障?でも赤ちゃんの泣き声みたいな音なんか出るかなぁ…
泣き声が聞こえたからといって何かあるわけじゃないみたいだけど、確かに気味悪いは気味悪い。
昔赤ちゃんが捨てられたとか、間引きする場だったとか、そんな話聞いたことないのに…あ、何もないからこそ余計に気味が悪いのかもね。

放課後、家に帰ろうと二つの校舎の間にある下駄箱で靴を履きかえる。
東校舎寄りの校門に向かおうとした時、視界の隅にちらっと人影が映った。
紫のパーカーの上から学ランを着ている男子学生。一松だ。
その一松が、西校舎を回りこんで例の裏手に行こうとしている。
一松が一人であんな場所に何の用だろう?
まさか、告白…!?き、気になる!
七不思議のこともあり、一松の姿がやけに気になった私はこっそり後をついて行くことにした。
バレないように一定の距離を保って、西校舎にぴたりと体を寄せる。そっと裏手の方をのぞくと、なんと一松があの七不思議の場所に入っていくのが見えた。
どうしよう、もし告白だったら…!?
一松が誰かを呼び出したにしろ、呼び出されたにしろ、可能性は低いような気がするけど…ごめん一松。でも一松の性格的になさそうだもんなぁ…
じゃああそこに何が?一松も七不思議のこと知ってたりして。
よし、たまたま裏手を通りかかったふりして行ってみよう。
ドキドキしながら、一松が入っていった壁のくぼみに向かって歩く。西日が横から当たって、ちょっとまぶしい。
今のところは誰の声も聞こえないな…
裏手の真ん中あたりにあるその場所に差しかかった時、もう一度壁に身を寄せて奥の様子をうかがってみた。
一松がいた。一人だけだ。
こっちに背を向けてしゃがみこんでいる。
この場所の前、フェンス側には大きな木が立っているので、西日が遮られて一松のいる奥は暗く影になっている。
その場所で、一松は何かを喋っていた。
何て言っているかは聞き取れない。
こんな場所でひとりごと…?背中がぞくりとする。
まさか赤ちゃんと喋ってるんじゃないよね…!?
や、でも一松ってけっこうオカルトに詳しいみたいだし、み…見えてるとか…!?

「いっ、一松!」

思わず声をかけた。
一松の肩がびくりと跳ねた。その反応に少し安心する。
振り返った一松も、私の顔を見て安心したようだった。

「あ、杏里ちゃん…」
「ごめん、びっくりさせたね」
「いや、別に…」
「何してたの?帰らないの?」
「…ちょっと」

話してる間、一松はその場から動かなかった。
何か隠してる?

「杏里ちゃんこそ、何でここに」
「一松がここに入ってくの見えたから何かあるのかなと思って」
「…別に何も」
「告白とか」
「あるわけない…馬鹿にしてる?」
「いやいや、七不思議のこと聞いたから、妙に気になっちゃって」
「何、七不思議って」

不審そうな顔をされた。一松も聞いたことないみたいだ。

「うちの高校の七不思議の一つでね、この場所から赤ちゃんの泣き声がするらしいよ」
「へー…で?」
「それだけ」
「つまんな…」
「一松もそれ知っててここに来たのかと思ったんだよ。何か一人で喋ってたし、もうびっくりした…」
「…」

一松は黙って考え事をするような顔をした後、私に無言で手まねきをした。

「え、何、そっち行っていいの」
「もしかしたらだけど。赤ちゃんの正体ってこれじゃない」
「えっ!?」

どういうこと…!?七不思議の元になった何かがそこにあるの!?
ちょっとわくわくしながら奥に入っていく。
一松は相変わらずしゃがんだままの姿勢だったけど、私が側まで行くと少し体をずらしてくれた。

「こいつら」
「…わぁ…!」

そこにいたのは二匹の黒猫だった。体が黒いし、一松の影にもなってたからさっきまで分からなかったんだ。
一松が撫でるとすぐにお腹を見せてじゃれつく。かなり慣れてる、いいなぁ…!

「かっわいいー…!」
「時々こいつらに、ここで餌やったりしてる」
「あ、もしかして、この子たちの鳴き声が…?」
「じゃない?猫の声と赤ちゃんの声って似てるって言うし。よくここ来るけど、猫の声以外聞いたことない」
「なーんだ…!」

じゃあ、猫の声を誰かが勘違いして変な噂が立ったってことか!
なんかおかしくなって、笑いながら一松の隣にしゃがむ。

「あはは、一松が七不思議を作ってたのかー」
「作った覚えはないけど」
「真実が広まったら、ここは不思議スポットじゃなくて猫スポットになるかもね」
「げっ…やめてそれ…唯一の癒しが…」
「ふふ、じゃあ黙っとく。内緒ね」
「そうして。…杏里ちゃんだから教えたんだし」

西日は差しこんでないはずなのに、一松の耳がちょっと赤い気がして何となくくすぐったくなった。

「よし、じゃあ謎も解けたことだし、私は帰ろうかな」
「…俺も帰る」
「うん、一緒に帰ろ。それじゃあね、ばいばーい」

猫たちに手を振る。
すると地面に寝転んでいた二匹はのっそりと立ち上がり、奇妙な行動を取った。
壁の隅に行き、そこの地面を掘り返し始めたのだ。

「…?一松、あれ何してんの?」
「さあ」

気になって二人で眺めていると、やがて土の中から何かが顔を出した。

「何あれ…?」

確かめようと近くに行ってみた。
何か白い、棒のようなものが突き出ている。
二匹がまだ一生懸命掘り出そうとしているので、手伝ってあげることにした。
棒の先端を持ってぐりぐりと円を描くように動かしていると、やがてずるりと抜けた。

「何だろこれ」

全体的に少し曲線がかっているそれは、私の手には少し余るサイズだ。
片方の先端は丸くごつごつしていて、もう片方は途中で折れてしまったのかぶつぶつと無数に細かな穴の開いた断面が見えている。
…ちょ…っと待って、これって……骨……?

「ね、ねえ一松これ…」

呼びかけた先を見て、私は言葉をなくした。
一松は何の感情もない顔でじっとたたずんでいた。
足元には二匹の猫たちがほめてと言わんばかりにすりついているのに、私の手にあるこれを見たままずっと無反応だ。
どうしていいか分からず私も黙ったままでいると、やっと動いた一松が私の手から物を取り上げて茂みの方に投げた。
ガサッと音がして、その何かは消えた。手に持った時の重みやざらりとした感触も、その瞬間に夢のように消えた。

「忘れな」

一松の声だけが、なぜか私の中から離れなかった。