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カラ松からの逃亡に失敗した私は、公園の橋の上で二人で川を眺めていた。
松の四連コンボを決められ小さい十四松を見せられた時から、こいつらに対するなけなしの優しさは消え失せようとしている。
カラ松はこの場所に来た時から一松と同じく何も喋ろうとはしない。ちらちらこちらをうかがうような視線は感じるが。
それをいいことに私も何も喋らずにいた。
けどそろそろ何か行動を起こさなくてはいけない。
このままだと恐らく家まで付いてこられる。家に入られるのは避けたい。どこに行っても松がいる一日を過ごしてきた私にとって、自宅は聖域になりつつある。
とりあえず橋の上で立ち尽くしてるのも飽きたし移動するか。

「カラ松」
「ん?」
「私座りたいから椅子のあるところに行ってもいい?」
「フッ…いいぜ、お前の望むもの、全て捧げてやる…」
「じゃあ帰ってくれる?」
「……」

表情を変えずに無言でサングラスを外した。聞き流す気か。
でも言い争いをする気力はないので黙って移動を開始した。カラ松が後からついてくる。
小川が目の前を流れているベンチに座ると、カラ松はすぐ隣に座ってきた。そしてやっぱり何も言わない。
一松みたいな緊張してるパターンだろうか?ならまだいいんだけど…
気付かれぬようにそっとカラ松を盗み見ると、自信に満ちた顔で空を仰いでいた。
だめだ。この雰囲気を楽しんでる沈黙だった。
でも何もしてこないというのは非常に助かる。
もうしばらく水を見つめて心を清浄させよう。

「なあ…杏里」

清浄する間もなく話しかけられた。

「何」
「俺が今何を考えているか…分かるか?」
「さあ」
「奇跡、というものについてだ…俺とお前がこの世に生まれた奇跡、同じスターの元で生まれた奇跡、同じジェネレーションに出逢うべくして出逢った奇跡。俺は奇跡を信じている……見ろ杏里、このスカイが少しずつ赤らんでいくのは何故だろう?フッ、俺は知っている…俺に嫉妬しているのさ、俺の全てに!」
「…」
「…杏里?」
「あごめ川のせせらぎ聞いてた」
「フッ…お前の自然を愛でる心、ビューティフルだぜ…そう、ビューティフルと言えば」

何で聞き流してるだけで自ら体を内側から掻きむしりたくなるんだろう。
これは精神的拷問に近い。もう少しで小川に飛び込むところだった。
貞操がどうとか言う前にもう蹂躙され尽くした気がする。
カラ松とこんなに長時間一緒にいたことなかったから知らなかったけど、これは想像以上だ。

「そう、そしてやがて俺達は一つになるディスティニー…」

これにちゃんと反応してあげていた一松は偉い。撫でてやりたい。しないけど。
トト子も事あるごとに殴りたいって言ってたな。とても健全な感想だったと今なら分かる。
しかし人を殴り慣れていない私はまだ例の拳を振るうことに抵抗があるので、平和的に黙らせたいと思う。

「そして、そう!俺達のラブ&ピースなハーモニーを」
「カラ松」
「ん…?何だ杏里」
「私、お喋りじゃないカラ松が好きだな」

棒読みで言った台詞でも効果はあった。
一瞬きょとんとしたカラ松は「フッ…」と笑いをこぼしたきり喋らなくなった。成功だ。
もしかすると『〜なカラ松が好き』とおだてておけば、ある程度話を聞いてもらえるんじゃないだろうか?
いや、『好き』という言葉はきっと諸刃の剣だ。多用は良くない。やめておこう。
無言でもやたら無駄なアクションの多いカラ松を横目に見て思う。
そもそも、カラ松は私のことを本気で好きなんだろうか?
今までの四人とは違い、カラ松ガールズとかいう架空のファンに対する態度と変わりない気がするし、私のこともカラ松ガールズの一人としてしか見てないんじゃないだろうか。
今日だって兄弟達に乗っかってただけで、別に私じゃなくてもいいのでは…
私の願望によるところが大きい考えだし、カラ松が私の家の前で待ち伏せしていたことを思えば望みは薄いが、ここをまずはっきりさせておこう。

「カラ松って私のことほんとに好きなの?」
「………」

意味ありげに前髪をかき上げ、意味ありげな視線を送ってきた。

「…?…あ喋っていいよ今は」
「……不安…か」
「何が」
「すまない、俺はあまりに罪深い…ギルトガイだったようだ」
「やっぱ黙ってくれる?」
「フッ…杏里、俺は今すぐにでもこの胸にお前を抱く準備は出来てる…後はお前のハート次第、さ」

バーン、と至近距離で指鉄砲を撃たれた。
何も心に響かなかったし、私の明らかにしたい部分は今一つ明らかになっていない。
私の質問の仕方が悪かっただろうか。

「例えば私の他にすっっっごく可愛い女の子がいて、その子がカラ松のこと好きって言ってきたらどう?」
「フッ…俺はお前の忠実なるナイト。お前が光で俺は影…お前がいなければ俺は輝けない…!」
「影なのか光なのかどっちだよ」
「そういう…ことだ」

満足そうに足を組むカラ松。つまり私を選ぶということだろう。
回りくどい会話をして分かったことは、気持ち的には今までの四連松と同じということだった。
今までの松達とのやり取りでは効果がなかったが、一応きっぱりと言っておこう。

「ね、カラ松。私、自分のことを一番に思いやってくれる人が好きなのね」

言い含めるようにゆっくりと告げる。

「私が一人になりたいって言ったらすぐ一人にしてくれる人とか、私がやめてって言ったらすぐやめてくれる人とか」
「なるほど…?」
「私の理想のナイトはそういう人なの。今のカラ松は全然私の理想のナイトじゃない」
「っ…!」

少し潤んだ目でまじまじと私を見つめるカラ松。
…そういえばカラ松はけっこう打たれ弱いと聞く。今の私の発言で心が折れてくれたら万々歳なんだけど。

「他の誰も私のそういう些細な願い事を叶えてくれる人なんていなかったし、カラ松だってそう」
「…杏里は…孤独、なのか…?」

目の付け所がずれているが、自問するような呟きに私は頷いた。

「今朝みんなの部屋に行った時からずっと、誰も私の話を聞いてくれないし、私のしたいようにさせてくれなかった」
「…杏里…!」

なぜか抱き締めようとしてきた腕を軽くかわしながら続ける。

「私の孤独感を分かってくれる人が理想のナイトだよ。でもそんな特別な人なんていないって今日はっきり分かった」
「杏里、そうと言ってくれれば俺だって、すぐさまお前を自由にしてやったのに…!」
「最初から言ってたけどね」
「クッ…バードケージに囚われたお前の苦しみ、痛みを、何故俺は今まで見過ごしていた…っ」

言ってることは痛いが、心から真っ当に自省するような、そして私に共感するような台詞を聞いたのは今日初めてじゃないだろうか。ちょっと感動した。

「ありがとうカラ松、分かってくれて嬉しいよ。ところで私家に帰って一人でゆっくりしたいの。一人で。だからそろそろ帰るね」

我ながら無慈悲なスピードで話題を終わらせた。
ベンチから立ち上がるとカラ松も立ち上がる。

「行くか…」
「あカラ松も帰る?ばいばい」
「フッ、忘れないでくれ。俺はお前のナイト…お前の望みなら、いつでも叶える準備はできている…」

まだ私のナイトとか言ってるが、とにかく言うことを聞いてくれるならこんなにありがたいことはない。
じゃ、と私が歩きだすと数歩遅れてカラ松も歩きだす。公園の噴水場を曲がったところでカラ松の姿は見えなくなった。
カラ松は言ってることは痛いが今までの誰よりも私の意見を最初から素直に聞いてくれている、気がする。
根は優しい人だもんなカラ松は。
少し邪険に扱ったことを申し訳なく思いつつ、幸運にもどの松にも見つかることなく自宅まで帰ってくることが出来た。
ようやく平穏が訪れる。私の待ち望んだ平穏が。
やれやれ、とドアを開け、中に入ってドアを閉めるため振り向く。
カラ松がキザに微笑みながらドアに片手をかけていた。

「…」
「…」

いつからなんて考える前にすぐさまドアを閉めようとしたが強い力で阻まれた。
ナイト気取りの男がさも当然な顔をして入ってこようとしている。

「…ぐ…っ、カラ松こいつ…」

いやナイトを気取らせたのは私か?一寸の隙も許してはいけなかったのに、疲弊していて油断したのがいけないのだ。
とりあえず思い切りドアを引いて閉めようとするが、隙間には既に手どころか足が片方入られている。

「ん〜…?どうしたシャイニースター」
「誰だよそれはよ…ちょっ、足どけて…」
「どけたら俺が入れないだろう…?」
「当然のように言ってるけど私一人になりたいって言ったよね?言わなかったっけ?何でいんのここに?」
「大丈夫だ、俺はちゃんと聞いていたぞ…お前の願い」
「じゃあ自分の行動が矛盾してるとは思わないかな?」
「何故だ?」
「ひ、ひぇぇ…」

カラ松は心底分からない顔をしていて、今までの奴らとは違う話の通じなさに恐怖を覚えた。

「えっと、私は一人になりたいのに、カラ松が入ってきたら一人じゃなくなっちゃうでしょ?」
「杏里…忘れたか?俺とお前は光と影…」
「その設定今すぐ捨てろ!」
「お前は孤独を抱えている」
「今はもう一人で孤独を抱き締めたい気分なの!カラ松なら分かってくれると思ったのに…!」

目を潤ませてじっとカラ松を見つめてみる。
するとカラ松は澄んだ瞳で見つめ返してきた。

「ああ、分かっている。お前は存分に家でロンリネスを味わうといい…俺が側で見守ってやるぜ」
「いや私を自由にさせてくれるとか言わなかった?」
「勿論自由にしてていいぞ?お前はもうバードケージの鳥じゃないんだからな」
「カラ松に側で見守られたらそれがもう鳥籠なんだけど」
「俺はお前のナイト、だろ…?ナイトはプリンセスの側を離れない、それが俺のジャスティス…」

やばい。今分かった。
カラ松はまるで文脈というものを理解していないのだ。
自分の脳内で無自覚に都合のいい世界を作り上げ、しかもそれが純粋な事実だと疑っていない。多少は分かっててわざとやってたり、私の言うことをあえて無視してるあいつらとは違う。
こいつは痛い台詞を吐いてるだけのナルシストじゃなかった。マジもんのサイコパス…カラ松とはそういう男だったのだ。
未だ私を労るように見つめてくる曇りのない瞳に、底知れない狂気を見た気がした。

「か、カラ松、とりあえず帰ってくれないかな…?」
「フッ…シャイガールだな杏里、だが俺にだけはお前の心のロンリネスを見せてくれたっていいんだぜ…?」
「カラ松、はっきり言う。私はあなたを拒絶しています」
「オーケイ…分かってるぜ、お前の壊れやすいガラスのハートは俺をも傷付けずにはいられない…だが、俺は全てを受け止める!お前の全てを…!」
「拒絶してるっつってんだろ!お前の頭は空っぽか!」

とうとう力負けしてドアが開けられた。
不法侵入される。もうこれは申し分なくトト子パンチの出番だろう。私は右手に力を貯めた。
が…

「君、何してるのかな?」

私よりも先にカラ松の肩に手がかけられた。
見ると、どこからどう見ても警察官。

「通報がありましてね、不審者が女性の部屋に押し入ろうとしていると」
「そうです」
「なっ、杏里…!」
「ん?お前、前も見たことあるな。花に話しかけてたような…とにかく署まで来なさい」
「行ってらっしゃい」
「ち、違う!俺は…杏里ー!」

警察官に引きずられて消えゆくカラ松を見送る。
花に話しかけてたとかいう新たなサイコエピソードを聞いてしまったが、とにかく助かった。
ようやくこれで一人静かに過ごせる。
しかし家は知られてるんだから、いつかここにも押し寄せてくるだろう。そうだ、引っ越しを…

「杏里ちゃんっ」

一瞬で頭痛のするような声が、アパートの階段の影からした。

「良かったね、カラ松兄さんに部屋入られなくて!」
「トド松…」
「ちょうどいいタイミングで警察来たよね〜ほんと良かったぁ」

にこにこと人懐っこく笑うトド松の片手にはスマホ。
私はまだ、この地獄から這い上がれていないようだ。



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