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「杏里、おはよ」


聞き覚えのある声に、ゆるやかに目を開けた。
白い枕に広がる私の髪。
少し目線を上げると、ベッドに頬杖をついて私を見つめる顔。松の模様がついた赤いパーカー。

「……おそ、松…?」
「そーだよ。よく分かりました」

頭をふわふわと撫でられてまた目を閉じそうになると、「ちょっとちょっと、寝ないでよー」と慌てた声がした。

「…何でおそ松がここにいるの?」

ベッドの近くの窓はカーテンが開いていて、太陽の光が降り注ぐ。
おそ松が首をかしげると、空気がふわっと動いてきらきら瞬いた。

「何でって…俺いつもこうやって起こしに来てんじゃん。ほら、合鍵だって持ってるし」

目の前で、おそ松の差し出した鍵がちゃりんと鳴った。

「…あ…そうだったっけ」
「そうだよ。杏里寝ぼけてる?」
「うん、そうかも」
「あはは、いっつも仕事頑張ってんもんな〜。お疲れお疲れ」

耳を包みこまれるように撫でられて、思わず目を細める。

「さ、起きて起きて。朝ご飯食べてどっか行こうぜ」
「そうだね」

ベッドから抜け出して縁に腰かける。ゆっくり背伸びをすると、横から腕が伸びてきて、抱きすくめられた。

「わ、ちょっと」
「はー…杏里にこういうことできんの夢みたいだ…」
「ふふふ、大げさ」
「大げさじゃねーって」

拗ねたような顔で首元に擦り寄ってこられた。
くすぐったくてまた笑いをこぼすと、からかわれてると思ったのかおそ松の腕の力が強くなった。
お返しにおそ松の背中に手を回して撫でると、体重をかけられて押し倒された。二人でまたベッドの上に逆戻り。

「おそ松が起きてって言ったのに…」
「んー…やっぱこうやってごろごろしてんのもいいな」
「おそ松はいつもごろごろしてるでしょ」
「そーだけど。杏里がいんのといないのとじゃ全然違う」
「首元で喋られるとくすぐったいんだけど」
「ははーん、杏里首弱いな?」
「あっ、ちょっと…」

唇が首筋を這って、意図せず声がもれてしまう。

「弱いとかじゃな…もう、おそ松」

咎めてもおそ松が楽しそうに笑うから、結局私も流されてしまって、ベッドから起き上がらないままいつの間にか意識が薄れていった。



次に目が覚めた時、まだ日は高かった。カーテンの開いている窓から明るい光が入ってきている。
どれぐらい寝てたんだろう。二度寝したからか、少し体がだるい気がする。

「あ、起きた」

部屋の真ん中で、雑誌を見ていたらしいおそ松が嬉しそうにこっちを見た。

「いつ起きんのかと思った」
「ごめん、私結構寝てた?」
「んー、でも全然いーよ。いつかは起きてくれるだろうし、俺ニートだから時間あるし」
「誇らしげに言うことじゃないね」
「でも待ってる間すっげー暇だった!早く埋め合わせして」

おそ松は長男だけど、甘えるのが上手いと思う。
雑誌を置いて、上目遣いで両腕を広げて私が来るのを待っている。
しょうがないな、と思いながらおそ松の期待通り動いてしまう私も、相当おそ松のことが好きだと思う。
抱きつくついでによしよしと頭を撫でてあげれば、満足そうに息をついた。

「ずっとこうしてたい…」
「働いてはもらわなくちゃ困るんだけどな」
「働く必要なんてないの。杏里がいれば十分俺生きてけるし」
「堂々とヒモ宣言したね」
「そーじゃねーって、そのまんまのこと言ってんの」
「はいはい」

おそ松の軽口はいつものことだ。
相づちを打っておそ松から離れた。
クローゼットの扉の影に隠れて服を着替える。

「お腹空いたし何か食べに行きたいんだけど、おそ松は?」
「行く行く。チビ太んとこでいーよな?」
「またツケで済まそうとしてるでしょ」
「ツケれるもんはツケる!それが俺のモットーだから」
「まったく…今日は私が払うから」
「マジで?やったね」
「次はおそ松が払ってね。じゃないともう一緒にご飯食べに行かないから」
「えーっ何それ!脅しだよ脅迫だよ!」

んなこと言われたら払うしかなくなっちゃうじゃん、とぶつぶつ言いながら玄関を出るおそ松に続いて外に出た。おそ松が合鍵で鍵をかけてくれる。
住んでいるマンションを出ると、学生やお母さんと子供連れが多く目についた。

「今日何曜日だっけ」
「火曜…じゃね?多分」
「あ、そっか平日か。えっと、チビ太のとこって…」
「こっちこっち」

おそ松についてチビ太のおでん屋台に到着した。
昼間なのに早速ビールを注文しているおそ松に呆れながら、でも勧められて一口飲んでしまう。
そうすると私も止まらなくなって、帰る頃には私がおそ松におんぶされるぐらいになっていた。

「杏里飲み過ぎだって」
「うん……飲み過ぎた」
「しょーがないなぁ杏里は」

そう言いながら、多分優しい顔をしてるんだろうなと思う。

「なんかね…楽しくて」
「楽しかった?また行こうな」
「うん…チビ太のとこもだけど、おそ松と一緒なのが楽しいな」
「……」

私を抱え直した後、ガチャッと音がした。いつの間にか私の家まで戻ってきたみたいだ。
器用に私の靴も脱がしたおそ松は、私をおんぶしたままベッドに向かった。それから縁にそっと下ろされる。
ふらふらする体を立て直そうとする前に、おそ松に寝かせられた。
酔った頭でぼんやり見上げる私を、おそ松は愛おしそうに見つめた。少し火照った頬を手のひらで撫でられる。

「俺も杏里といるの楽しいよ」
「うん……」
「…ずっと一緒にいて」

それに返事をしたのかどうか、覚えてない。その前に瞼が閉じてしまった。



虚ろなところから意識が急に浮上してきて、ふっと目が覚める。
何だか体が疲れている気がする。
寝る前に運動でもしたかな。そうだったようなそうじゃなかったような…思い出せない。
曖昧な記憶を辿るのをやめて、首だけ動かして辺りを見る。
部屋は明るい。けど窓のカーテンは閉まっている。
明るいのは部屋の電気がついてるからだった。カーテンの向こうは暗い。夜になってる。
こっちに背中を向けておそ松がテレビを見ていた。どこから出してきたのか、ビールを飲んでいる。
静かに起き上がったのに、気配に気付いたのかおそ松はすぐに振り向いた。

「杏里〜」

酔いが回って緩んだ顔のおそ松が、ずるずるとベッドにまで這ってきて頭をぽてんと乗せた。

「杏里やっと起きたー」
「うん、おはよ…あ、おはよって時間じゃないか」
「まーね。はぁ…」

口を尖らせたおそ松が「寂しかった…」と呟く。

「ちょっと寝てただけなのに」

笑ったら、気に入らなかったのかふてくされた顔のまま手を握ってきた。

「杏里が寝てる間は会えねーじゃん」
「そういう考え方もあるね」
「実際そうなんだよ」

立ち上がったおそ松は、私に向かってもたれかかって来た。
起き上がったばかりなのに一緒に寝転ぶことになる。力を加減してくれてるから痛くはないけど…前もこんなことあったな。
こつんとおでこを合わせられて、触れたところからおそ松の熱が伝わってくる。

「おそ松って寂しがりだね」
「そーだよ。杏里がいなきゃだめになる」
「既にだめ人間な気もするけど」
「それは言うのなし」

指と指を絡ませて、どちらからともなく笑った。
おそ松の体温はとても心地よくて、今起きたばかりなのに再び瞼が閉じかかる。

「寝んなよ杏里」
「んん…なんか、眠気が来て」
「杏里は頑張りすぎなんだよ。寝る暇ないぐらい働いてるし」
「そうかな…」
「そうなの。俺ちゃんと見てんだから。もっと適当でいいんだって」
「うん…そっか」
「もう少しだけでいいから起きててよ」

おそ松がどこか必死に言うから頑張って目を閉じないようにしていたけど、そんな思いとは裏腹に瞼はどんどん重くなっていく。

「ん……ごめん、おそ松…」
「……………杏里、俺の側にいて。ずっと」

前にもそう囁かれたことがある。
おそ松は寂しがりだから、時々不安になるんだと思う。
頷けば、おそ松を安心させてあげられる。

でも、何でだろう。
その囁きに答えてはいけない気がする。

「杏里、」

眠りに落ちる前のおそ松の声が、虚しく響いて消えていく。



もやもやとした夢を見ていた。
覚醒しかけの今、その内容をはっきり思い出すことはできない。
けど懐かしい夢だった気がする。
目をゆっくりと開けると、薄明るい部屋の中。朝方なのか夕方なのかは分からない。
いつものベッドに横たわっている。隣には見慣れた人影。

「あ、起きた」

一緒に寝ていたらしいおそ松が私の髪を撫でる。

「おはよ」
「…はよ……ふ」

あくびをしそうになる。
手を口元まで持っていくのが何となくだるくて、おそ松の胸に顔を寄せて隠した。

「お、なになに?昨日の続きでもする?」
「何もやってないでしょ…」
「ちぇー、ちょっとはノってよ」
「あくび隠しただけだから」
「何だよそれ…それだけのために俺使うなんてぜいたくだなー」
「おそ松だからできるんだよ。他の人じゃできない」

ちらりと上目遣いをすると、おそ松の頬が緩んだ。
「そんなんで俺がほだされるとでも」なんて言いながら、しっかり抱き留めて離してくれない。
おそ松の腕の中でおでこにキスを落とされる。身動ぎしようと思ったけど、動くのがだるくてされるがままになった。

「ん……」
「どした?」

おそ松が私の耳元で問いかける。

「…体、だるい」

一瞬何とも言えない表情になったおそ松は、すぐにへらっとしたいつもの顔に戻った。

「あーだから最近すぐ寝ちゃうんだ」
「そうかも」
「だから杏里働きすぎ。無理すんなって。あ、俺みたいに一回無職になってみれば?」
「…んー、」
「ん?」
「…夢で」
「夢?」
「夢を見て、それで疲れてる気がする…」

何となくだけどそんな感じがした。
さっきまで見ていた、懐かしい気のする夢。そこで体験したことがそのまま体の感覚に残っているような、そんな気だるさ。
それをおそ松に説明すると、「どんな夢?」と聞かれた。

「分かんない。覚えてない…」
「んじゃ忘れな!そんな疲れる夢のことなんか考えないようにして、今を楽しもうぜ」
「ふふ、おそ松らしい」
「あ、ねーねー杏里、気晴らしにどっか旅行行かね?熱海とかどうよ」

腹ばいになったおそ松がベッド脇から雑誌を一冊取って、枕元に広げた。
私も眠気を飛ばそうと、体を起こして一緒に覗きこむ。

「いいね。海で遊びたい」
「水着?水着着る?」
「うん、そりゃ…」
「っしゃぁ!絶対な!」
「あんまり期待はしないでよね。平凡体型だから」
「何言ってんだよ。杏里ならそれでいーの。特別なの」
「特別…」

ストレートな言葉に照れていると、おそ松が雑誌をめくりながら聞いてきた。

「杏里は俺のこと好き?」

視線は雑誌にしか向いていないけど、全神経を集中させてこっちの返答を待っている。そんな感じがした。

「……好きだよ」
「ほんとに?」
「ほんと」
「じゃあ」

おそ松が振り向く。
その顔に、表情はなかった。


「ずっと一緒にいてよ」