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「じゅ、十四松くん…?」

そこには息一つ切れていない十四松くんが、砂煙の中に立っていた。
どうしてここに…?
電話した時は出かけるなんて言わなかったし、私の居場所なんか分からないはずなのに…

「杏里ちゃん!?」

十四松くんは私の疑問をよそに、私の涙で崩れた顔を見ておろおろしている。
普段はめったに見せない顔だ。
十四松くんを困らせるつもりじゃなかったのに、やっぱり電話しない方が良かったかなぁ…

「えっと…十四松くん、どうしてここに?」
「え?杏里ちゃんの匂いをたどってきたよ!」

そうだった、十四松くんは嗅覚がすごく優れてるんだった。
私が一人納得している間に、十四松くんは私の隣に素早く腰を下ろした。

「それで…あの、杏里ちゃん…」

むしろ自分に何かあったんじゃないかってぐらい悲痛な顔で言い淀む十四松くんに、さっきまでとは違う心の痛みに襲われる。
とにかくいつものような明るい十四松くんに戻ってもらいたくて、ごまかすことにした。

「ううん、何でも…」
「何でもないことないよ!!」

大声で遮られてびっくりする。
十四松くんは、ものすごく真剣な顔をしていた。
眉がぐっと真ん中に寄っていて、カラ松くんより目力が強くなっている。
私、叱られてるのかな。なんか、こんなの初めて…
目をぱちくりさせていると、何も言わずに伸びたパーカーの袖で、両頬を耳ごとふわっと包まれた。
十四松くんの高い体温がとても暖かくて心地いい。
何だろう、すごく安心する。
同時に、心配してここまで駆けつけてくれた十四松くんには隠さずに全部話してしまおうって思った。
普段は子供っぽい印象の十四松くんだけど、たまにちゃんと年上らしい部分を見せるから、こうして今日みたいに頼りたくなっちゃうんだ。
十四松くんの手を軽く握ってそっと下ろしながら口を開いた。

「…あのね、聞いてもらってもいい?」
「!うん、もちろん!何でも聞くよ!」

少し明るい表情になった十四松くんに私もほっとして、今日あったことを話し始める。
彼氏に振られたこと。二股をかけられていたこと。仲間外れにされたような気分になったこと。それで電話を途中で切ってしまったことも。
だいぶ気分が落ち着いてきたので単なる世間話みたいに話せたけど、十四松くんは真面目な顔をして一言も口を挟まなかった。
たぶん、何て言おうかすごく考えてるんだろうな。

「…でも、十四松くんが来てくれたから、私もう立ち直れたみたい。単純だよね」

本心だった。
全速力で駆けてきた十四松くんに、悲しい気持ちが思いっきり蹴り飛ばされてしまったのかも。
えへへ、と笑ってみせると、十四松くんもようやく笑ってくれた。

「ほんと?ぼくが来て杏里ちゃん元気になった?」
「うん、なった」
「なら良かったー!」

急にテンションの上がる十四松くんに、思わず声を上げて笑ってしまった。

「あ、杏里ちゃんがすごく笑ってる!」
「ふふふ…うん、十四松くんがいつもの十四松くんに戻ったから」
「いつものぼく?」
「うん。元気な十四松くん見て、なんか安心した」
「そっかー!」

にこにこしながら足をぶらぶらさせる十四松くん。
辺りはもう真っ暗で空気も冷えきっているのに、十四松くんの周りはなぜだか暖かくて、私もまた顔がゆるんだ。

「あ…ところで十四松くん、みんなと飲んでたんじゃなかったの?」
「うん。でも置いてきた!杏里ちゃんに会いたかったし」
「ふふ、ありがとう。戻らなくていいの?」
「いいよ!杏里ちゃんと一緒にいたい」
「…ありがとう」

知り合った時から今まで、十四松くんはいつだって私の味方でいてくれている気がする。
仲間外れにされてる、なんてそんなこと一度もなかったのに。
気分が沈みすぎたから変な風に考えちゃったんだろうな。
うん、今ならクリスマス一色の街も楽しんで歩けそう。

「今日はみんなとクリスマス会だったの?」
「そうだよー!今回も全員トト子ちゃんにデート断られちゃったからねー。傷のなめ合い?って感じ!」
「トト子ちゃんって、みんなの幼なじみの子なんだっけ?」
「うん!毎年恒例行事になってるんだー」

十四松くんたちにとってのアイドルみたいな存在だということは、以前聞いたことがある。
毎年クリスマスデートを申し込んで、そのたびに振られているということも。
それでもめげないみんなってすごい。それぐらいトト子ちゃんのことが好きなんだろうなぁ。
思えば、私にはそれほどの情熱はなかった。いつもあっさりしてて、友達みたいな関係で…
だから彼にも振られたのかも。
そう考えると、一人の女の子に一途になれる十四松くんたちがうらやましくなった。

「なんか、うらやましいな。十四松くんが」
「え、何?どこが?野球?」
「ふふ、そうじゃなくて。十四松くんって、好きな子に一途じゃない?そこまで好きになれる人がいるっていいなぁって思って」

十四松くんを見ると、何だか照れてるみたいだった。

「私も次はそれぐらい好きになれる人ができたらいいなぁ…」
「!」

はっとした顔で、十四松くんがこっちを見た。

「杏里ちゃんは、どういう人が好き?」
「え?うーん…」

急に聞かれて戸惑っていると、

「足が速い奴は?」
「足?」
「遠投80メートルいける奴は?」
「え、遠投?」
「四足歩行でもめちゃめちゃ速い奴とかは?」
「何でさっきから体力面の特徴ばっかりなの…?」

矢継ぎ早に質問をされた。
私には体の強い人が合いそうに見えたのかな…

「まあ、体が丈夫な人の方がいいかなぁ」
「!ほんとに!?」
「うん。頼りになる感じがするもんね」

なぜか十四松くんがものすごく照れ始めた。

「ぼく杏里ちゃんのこと好きだよ!」
「ふふふ、ありがとう十四松くん」

十四松くんはこうやって、時々私のことを好きと言ってくれる。
すごくストレートで最初はびっくりしたけど、素直に好意を示してくれる十四松くんの純粋さは私も見習わなきゃいけないなって思う。

「私も、十四松くんの優しいところが好きだよ」
「っ!ほんと!?杏里ちゃんぼくのこと好き!?」
「うん。十四松くんみたいな友達がいて本当に良かったって思ってるよ」
「と…」

十四松くんは何かを言いかけて体を固まらせた。
いつもの笑顔のままだけど、ショックを受けてる、気がする…
私、何か言ったかな…?
どうリアクションをとっていいのか分からず、しばらく無言の時間が続いた。
すると、

「杏里ちゃん!!」
「はっ、はい!」

大声で名前を呼ばれて、一瞬体が跳ねた。

「杏里ちゃん、明日暇?」
「う、うん、暇…」
「じゃあ遊ぼう!一緒に!二人で遊びに行こう!」
「うん、わ、わかった」

勢いに押されて頷くと、「っしゃっっ!!」と力いっぱいガッツポーズをした。
十四松くん、クリスマスの予定がない私に気を使ってくれたのかな。

「どこ行きたい?どこでもいいよ!」
「いいの?そうだなぁ…イルミネーションとか見たいかも」
「うん!じゃあ見に行こう!」
「十四松くんは行きたいところないの?」
「えっと、えっとね、ぼく杏里ちゃんと一緒ならどこでもいいんだー!ぼく杏里ちゃん好きだから!」

嬉しそうに足をばたばたさせて笑う十四松くんを見てたら、私も嬉しくなってきた。
ひとしきり明日の予定について話し合った後、大きく手を振りながら私を送り出してくれる十四松くんへ、私も手を振り返す。
思えば、初めて十四松くんと過ごすクリスマスだ。
楽しみだなぁ。
でも、トト子ちゃんがいるのに私と過ごして大丈夫なのかな…
十四松くんって男女関係なくフレンドリーな人だから、もしかしたらトト子ちゃんに本気じゃないって思われてるのかもしれない。
明日さりげなく伝えてみようかな。好きな子にだけ特別扱いした方がいいかもよ、なんて。


そして、クリスマス当日。
きらきら光るイルミネーションを背に、真剣な瞳をした十四松くんから何度も好きだと告白され、ようやく私は十四松くんの言う「好き」が友人としてのそれではなかったことに気付いたのだった。