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友達との飲み会の帰り、酔い冷ましに一人で公園にいた。
長い時間ぼーっとしていたらしく、気が付けば日付が変わろうとしている。そろそろ帰ろう。
少しふらつく足で繁華街に差しかかった時、眩しいパチンコ店の隣の路地裏に人が隠れているのが見えた。
何となく流し見して通りすぎようとしたけど、それが知っている人だったのでつい声をかけてしまった。

「トド松くん?」
「ヒィギャッ」
「えごめん」
「あっ…ああ杏里ちゃんかぁ〜…!」

涙目のトド松くんはほっとした様子だったけど、すぐに辺りをきょろきょろ見回して私を路地裏へ引っ張りこんだ。

「どしたの」
「ちょっと追われてて…いや、正確にはこれから追われる予定なんだけど」
「どういうこと?」

トド松くんは路地裏から顔を出してもう一度辺りを見回して、さらに路地裏の奥へと進んでいった。

「うちの兄さんが全員この町の警察官だって、話したことあったっけ?」
「え、そうなの?お兄さんがいるのは知ってたけど」

トド松くんは元々私の兄の友達だ。年も兄と同じ。
兄と一緒にいるところに私がお邪魔することが多いから、実はそこまで深く知ってる仲ってわけでもない。
それでもトド松くんには五人のお兄さんがいて、六つ子なんだということは聞いている。

「今まで会ったことない?」
「ないと思うよ、多分」
「それでいいよ。平穏を奪われるからね…」

今気付いたけど、トド松くんはパーカーの中に紙袋を隠しているようだった。
追われる原因がその紙袋なんだろうか。

「お兄さんが警察でこれから追われるって、何か悪いことしたの?」
「全然!後ろ指さされるようなことなんか誓ってやってないよ!ただあいつらがハイエナみたいってだけなんだ。僕は悪くない」
「ハイエナ…?」

路地裏を抜けると、狭い住宅地の間の暗い道へ出た。電灯はほぼない。
トド松くんはあちこちを気にしながらそろそろと歩いていく。

「今日ね、パチンコですっごい勝っちゃったんだよね」
「おめでと」
「ありがと。その戦利品を奪いに来るんだ、奴らが」
「警察のお兄さんが?」
「警察なんて名ばかりだよ。杏里ちゃんは幸いにも今までお世話になったことがないだろうし、これからも願わくばならないでほしいんだけど、あいつらは悪魔だよ。僕みたいな善良な一般市民から金を巻き上げようとするんだからね」

トド松くんはお兄さんたちに対して相当遺恨があるらしい。
私は今までお兄さんたちを見たことがないから何とも言えないけど、兄弟喧嘩みたいなものなんだろうか?
それにしてはトド松くんの警戒の仕方が尋常じゃないけど。

「お兄さんたちはパチンコは悪いものだって思ってるってこと?」
「全く。むしろギャンブル大好きだよあの人達」
「えー、そうなの?何か警察のイメージと違うね」
「まっとうな警官はイメージしないでね。むしろ犯罪者に片足突っ込みかけてる…」

そんな気になる台詞を途中でやめて、トド松くんがぴたりと止まった。私も止まる。
耳をすますと、遠くから自転車の音が聞こえてきた。こっちに来るらしい。
と、トド松くんが私の手を引いて、近くの団地の中に入った。
電灯の光が届かないコンクリートの壁の暗がりに隠れた私たちは、息を潜めて道路の方を見つめた。
…てか私関係ないのに何やってんだろ。
でも自転車の音が段々近付いてきて、ちょうど私たちの隠れている団地の前にぴったり止まった時は少しドキリとした。
蛾の集まる蛍光灯の下、人影が二つ。警官の格好をしている。

「いないな」
「あいつならこのルート通りそうなもんだけど」
「道をそれたか隠れてるか」
「隠れてる方に一票」
「俺もそう思ってた」

確かに、あれはトド松くんのお兄さんだ。表情の差はあれど、顔のパーツが丸々一緒。
二人とも懐中電灯を持って、その辺りを照らし始めた。
私の前でその様子をうかがっているトド松くんは少し震えている。何だかかわいそうになって背中を撫でてあげた。

「ありがと杏里ちゃん」
「すごい形相で探してるね、お兄さんたち…」
「あれが兄さんたちの実態だよ。覚えといて」

冷酷かつ血眼という表現がぴったりくる。
そんな顔をしたお兄さんたちは、しばらく茂みや公園の遊具を探っていたけど、結局私たちを見つけられず自転車のところへ帰っていった。

「チッ…末っ子が手間取らせやがって…」
「こちら第一班、赤塚団地D棟E棟付近にはいない模様」
「こっちには来てるはずなんだけど」
「トードまーつくーん、今なら減刑チャンスだよー」
「市中引きずりの刑くらいでねぇ…」

トド松くんがこんなに怯える理由が分かった気がした。
兄弟喧嘩というには本格的すぎる。何か背筋が凍るような思いだ。
と、辺りに犬の鳴き声が響いた。
トド松くんがびくりと体を震わせる。

「嘘だろ…早いよ…」

都合の悪い展開なんだろうか。
まだお兄さん二人が団地前にたむろっているので逃げ出すわけにもいかず、トド松くんとその場で固まっていると、道路の向こうの暗がりから大きい犬が飛び出してきた。
犬はお兄さんたちの前でお座りをしている。

「早かったな十四松」
「兄さん達はまだ?」
「…ああ、来た来た」

犬が出てきた方角からまた二人の警官が姿を現した。本当に同じ顔だ。これでトド松くんのお兄さん四人が揃ってしまった。
四人は顔を見合わせてゆるゆると敬礼をした。

「で、ここらが怪しいって?」
「まあね。あいつのランニングコースだから逃げ込みやすいかと思って」
「十四松、どうだ?」

犬が地面を嗅ぎ回っている。
ふと何かを探り当てたのか、真っ直ぐこっちに向かってきた。
トド松くんが微かに舌打ちをした。

「しょうがない、こうなったら…」

策があるらしい。
関係ないのに何だかだんだん怖くなってきたので、私としてはできることなら普通に逃げたい。
でもさすがにトド松くんを置いていくわけには…
ためらっていると、犬がもう数メートル前まで迫ってきていた。
犬の後ろには警官四人。

「わーっごめんなさい僕が悪かったですごめんなさい!」

トド松くんが外に飛び出した。
その瞬間に何発もの銃撃音。
嘘だろこいつらマジかよ。
私が隠れている場所は壁で防御されているけど、トド松くんはひどいことになっているらしく罵倒の言葉を叫びながらそれでも上手くかわしているようだった。
やっと銃撃音が止んだのでそろそろと顔を出すと、抵抗する気力のなくなったトド松くんを四人のお兄さんたちが囲んでいる。
恐ろしい光景だ。これがこの町の警察の実態だとは…

「毎度毎度手こずらせるねぇトド松くん」
「フッ…つくづく学習能力のない奴だ…」
「ほらさっさと出して。出前の時間過ぎちゃうじゃん」
「博愛精神がないんだよねお前…」
「牛丼!ぼく牛丼がいい!」

さらに恐ろしいことに、犬だと思っていたのは人だった。よく見ると他の五人と同じ顔をしている。
なぜ犬の着ぐるみを着ているのか、というかなぜ犬なのか意味が分からないけど、これでトド松くんの兄弟は全員揃ったってことだ。
こんな形では会いたくなかったな。

「ちょっ、ちょっと待った!」

完全にお縄についているトド松くんが声を上げた。

「あ?何」
「僕は兄さんたちからただ逃げてたんじゃないよ。訳あってすぐに家に帰らなかっただけだから!」
「ふうん?どういうことか聞かせてもらおうか」

お兄さんのうちの腕組みをした一人に、トド松くんが涙目を向ける。

「みんなに紹介したい人がいるんだ」

嫌な予感がしてきた。

「男?女?」
「女。独身」
「続けて」
「杏里ちゃぁん」

救いを求めるような声出されても…私を呼んでどうしようって言うんだろう。
しかし逃げ場はないし、出ていくほかない。
大人しく姿を現すと、警官たちの心なしかギラついた目に迎えられた。

「小山杏里ちゃん。僕の友達の妹さんなんだ」
「初めまして」

とりあえず頭を下げたら、真っ先に「彼氏いる?」という質問が飛んできた。

「いえ、いません」
「よし杏里ちゃん、今からおにーさんたちといいことしようぜぇ」

まさか現職の警官から直接こんな言葉を聞けるとは思わなかった。
呆れ返った内心が顔にも出ていたらしい。左端の警官が「蔑まれてる…」とにやついている。何なんだこの人たちは。

「で、この子をどうしろって?」

冷めた目つきで、未だに腕組みを崩さない右端の人がトド松くんを見る。

「そりゃもう兄さんたちの好きにしてオッケー」
「こらこらトド松くん?」
「ナイストッティ!やっぱ酒の一番の肴は女の子だよな〜」
「今宵の酒はハニーの香り…フッ、悪くない」
「良かったね!僕達みたいな現職警官と飲めるなんてなかなかないよ?」
「さ、最低だ、クズ兄弟だ」

思わず心の声が出てしまったが、左端の人がまたにやついているので多分問題ないと思う。
酒の肴は女の子と言った人が、私に近付いてきて肩を抱いた。

「君何歳?お酒飲める?」
「帰りたいです」
「んーちょっとだけお酒の匂いするね!もしかしてもう飲んでた?」

犬の人が普通に話しかけてきた。
この人鼻がすごく利くんだな…だから犬やってるんだ、きっと。それ以外の理由があったら怖すぎる。

「ああ、そうです。疲れたので早く帰りたい…」
「大丈夫!俺らがちゃんと家まで送ったげっからさぁ」
「おそ松兄さん、それその子の家?それとも俺らん家?」
「え、俺らん家に決まってるでしょー」
「野暮なこと聞くなよ一松」
「フッ…今夜は寝かさないぜ子猫ちゃん」
「朝までプロレスしよー!」

警察陣が朗らかに笑っている中、私はトド松くんに視線をやった。あからさまに視線をそらされた。
恐らくトド松くんの手に負えない人たちなんだ。
だからこの現状も、私が安全に過ごせる最善策を取ってくれたのかもしれない。そう思おう。そう思わなきゃしょうがない。

「さ、杏里ちゃん何食べたい?」
「…え?」
「女の子に選ばせてあげる。ほら、出前のレパートリーこんだけあるからさ」

肩を抱かれたまま器用にたくさんのメニュー表を見せられた。
一体何の目的でこの人たちは警官になったんだろう。

「おれね!おれ牛丼がいい!」
「十四松、静かに。この子が決めんだから」
「ああじゃあ牛丼で…」
「いーの!?わはっやったー!ありが盗塁王!」
「本当に?好きなの言っていいよ?」
「というかトド松くんのお金で食べるんですよね?トド松くんが決めたらいいんじゃないですか?」

恐らくそうなんだろうと予想して言ったけど、警官たちはきょとんとした顔をした。

「いやいや、トド松がパチで勝ったお金はこれすなわち俺たちのお金なの。トド松だけに決定権はないよ」
「すごくクズだ…」
「いいねその目…」
「左端の人黙ってください」
「豚野郎とかつけてくれる?」
「帰ります」
「あああ待て待て待って待って!ご飯だけでも一緒に食べよ?ね?」
「ご飯を一緒に食べるだけ、ですね」
「うんうんそれで今日はオッケーだから!あ、俺長男のおそ松。よろしく〜」

差し出された手ととりあえず握手をしたら、流れで全員の自己紹介をようやく聞けた。
その後家ではなく交番に連れ込まれ、酔ったおそ松さんたちに身体検査を強要されそうになったのを振り切り、やっとの思いで家に帰った。
確かにおごるのはおごってくれたけど、多分この町は崩壊に向かっている。