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足取りも重く、深夜のコンビニへ向かう。
何で私がこんなことしなきゃいけないんだろう。ったく…
人も車も通らない閑散とした道を行きたくもないのに歩かされる私かわいそう。
煌々と明かりのついたコンビニが見えてきたところで、持ってきたマスクをする。
別に知り合いがいるわけでもないだろうけど、なるべく顔は見られたくない。
無感情で目的の物を買って足早にコンビニを離れる。
息苦しいマスクも取った。
一刻も早く家に帰って、快適な布団の中で漫画の続きを読みたい。
その前にこのクソな頼み事をしてきた兄貴を一回蹴ろう。

「こんばんはぁ〜」

突然背中に貼りつくような声がして足が止まった。
いつの間にか背後につけられていたらしい。
知ってる声だ。
めんどくさい奴に捕まった…しかもよりによってこんな時に。
舌打ちしたいのをこらえて、のろのろと後ろを向きつつ足は止めない。

「ばんはー」
「はぁいちょっと止まろっか〜身体検査するよ〜」
「チッ…」
「あ〜舌打ち良くないねぇ〜?これ職務質問だよ〜?営業妨害のつもりかなぁ〜?」
「その話し方やめてくださいほんとうざい」

弱々しい電灯の光の下、警官が一人。
にやにやと下卑た笑いをしながらこちらを見てくる。
最近知り合ったこの警官、この辺りを担当している四人の巡査の一人だ。
四人は兄弟で全員同じ顔をしているけど、この笑い方をするのは長男のおそ松さん。
こんな夜道でも見分けられるぐらいには、私はこの人たちと関わりを持っている。
別に私が何かをしたわけじゃない。ちょっとしたことで知り合って、何となく目をつけられてしまったのだ。それでよくこうして声をかけられたりする。

「そーゆー反抗的な態度は良くないねぇ…これも仕事の内なの。夜道をうろついてる怪しい人には声かけなきゃいけないの」

なんて言ってるけど、こういった“職務質問”は十中八九ただの暇潰し目的ということもよく分かっている。
仕事はサボるし意味なく銃を乱射するし金次第で犯罪を見逃すような腐れ警察官なのだ、この人らは。
それなのになぜかこの町の犯罪率は高くない。この人たちに借りを作ったり敵に回したりすると怖いって、みんな何となく思ってるからなんだろう。

「え、何その目。俺に会えて嬉しくない?」
「その言い方カラ松さんみたいですね」
「うげっやめてよ杏里ちゃん、そんな可愛くないこと言わないでー」

甘えたような声を出しながら肩を抱こうとしてくるので静かにかわした。早く帰りたい。

「はいはいそれじゃ」
「待て待て待て待て、職務質問だっつっただろ?俺の質問に答えなさい」
「チッ…」
「女の子が舌打ちは良くないよー、美人ならまだしも」

むかつく。ぬけぬけとこういうこと言うんだよなこの人…無自覚に地雷踏むタイプだ絶対。

「で、何ですか」
「女の子がこんな時間に何してんの?」
「夜の散歩です」
「怪しーなぁ」
「おそ松さんの手にかかれば誰だって怪しくなりますもんね」
「えへっ、んな褒めんなよ」
「褒めてないですね」
「コンビニで何買ったの?」

ほんとにこの人のこういうところが腹立つ。いつから見られてたんだろう。

「別におそ松さんには関係ないです」
「何でそんなこと言うの?俺と杏里ちゃんの仲でしょ?お兄ちゃん悲しくなってきちゃったなぁ…」
「私の兄はあなたではないので」
「ねーその他人行儀の話し方やめて。寂しくなっちゃうから」

おそ松さんは基本寂しがりだ。
昔からたくさんの兄弟に囲まれて育ったせいか、孤独を感じたくないらしい。
さては今日のパトロールが一人だけだからこんなに絡んでくるんだな…

「ところでカラ松さんはいないんですか?」
「ねえ何でカラ松の話になるわけ?俺がいるでしょ俺が」
「めんどくさい…」
「あー!そーいうこと言う!俺すっごい傷付いた!頑張って一人でパトロールしてたのにもー心折れちゃった!」
「うるさい」
「ああーあー!杏里ちゃんがひどいー!」
「はいはい頑張ってまちゅね〜おそ松しゃんいい子いい子でちゅね〜」
「えへへっ」
「いいのかよ…」

この人は本当に私より年上なんだろうか。疑問だし不安だ。

「まーそんなわけで俺も頑張ってっからさ、お仕事させてちょうだいよ」
「お仕事?」
「夜道の一人歩きは危険だよお嬢さん、ってわけで家まで送ったげる」

無邪気な笑顔。
これに油断すると後で地獄を見た、という噂はいくつも聞く。

「この町でおそ松さんたちと肩並べて歩くほどリスキーなことなんかないですよ」
「だろ?だからだよ。変な奴ら寄ってこないっしょ?」

上手く丸め込まれた気がするけど、まあ別にいいか。家に帰れるなら。
一人じゃなくなってやたらと機嫌が良さそうなおそ松巡査と夜道を歩く。相変わらず誰一人すれ違うことはない。

「あーそんでさっきの続きね。コンビニで何買ったの?」
「日用品です」
「ちぇっ、食べ物だったら分けてもらおうと思ったのに」
「やっぱり…お腹空いてんですか?」
「この時間に仕事してたら嫌でも腹減ってくるよ〜。杏里ちゃんも大人になれば分かる」
「一応成人はしてんですけど」
「社会人じゃないっつってんの」
「まあそれは確かに」
「成人してても、夜中に女性が一人で出歩くのは感心しないねえ。今買いに出なきゃならないもんだったわけ?」
「あーまあ…というか、そもそも私が欲しくて買いに行った物じゃないんですけどね…」
「どゆこと?おつかい?」
「そういうことです」
「へーえ。夜に欲しくなるもんっつったら酒とか?あーでも食べ物じゃないんだっけ」

私の買った物が気になるらしいおそ松さんが一人であれこれ考えている。
後から変に言われるより、今ここでこのふざけた買い物について喋っておいた方がいいかもしれない。

「えー何だろ全然分かんね」
「正解はこれです」

ポケットからそれを取り出して見せた。

「ん、何こ………はぁぁぁぁ!?何でこんなの買ってんだよ!」
「おそ松さんうるさい」
「いやうるさくもなるわ!何これ!お前これ一人で買いに行ったの!?」
「買いに行かされたんです」

信じられないという顔で凝視された。

「男?」
「まあそうですね」
「いいか、今すぐその男とは別れなさい」
「え?」
「こんなの深夜に女一人で買いに行かせる男にろくなのいねーぞ!偏見だけど!」
「それはそう思います」

私が取り出したのは避妊具である。
弱小漫画家をしている兄が、資料として私にこれを買いに行かせたのだ。
締め切りが迫っているとはいえ、何でこのタイミングで私に頼むんだろう。あの童貞め。
おそ松さんは避妊具のケースをあちこち見回した後、「没収」と言って懐にしまおうとした。

「こらこらこらだめですよ!せっかく買ってきたんだから!」
「るせぇ!女の子がこんなの持ってちゃいけねーんだよ!」
「持ってる女の子なんかこの世にいくらでもいますよ!」
「う…そだろ…マジで…?」
「おそ松さん童貞ですね?」
「あぁ!?けけ警察を侮辱してんのか!?」
「ただの日用品を没収する人なんて警察じゃないです!」
「た、ただの……お前今ただのって言った……?」

どうやらおそ松さんの女性幻想をぶち壊してしまったらしい。
おそ松さんはよろよろとよろめいて塀に背中をついた。その隙に避妊具は返してもらった。

「あの、誤解なきように言いますけど、兄から頼まれて買った物ですからね。私が使うとかじゃないですから」
「…え、…あ、そうなの?ほんと?」
「ほんとです」
「よ、良かったぁ…!」

安心してくれたらしい。
それにしてもおそ松さんが童貞だったとは。いつもセクハラの一つ二つは当たり前だから、すぐ取って食うタイプかと思ってた。意外だな。
立ち直ったおそ松さんが歩き出したので私も着いていく。

「あー…安心した。んじゃ杏里ちゃんはまだ綺麗なままなんだ」
「それはセクハラですか?」
「いや違うよ。単純に心配してたの。杏里ちゃんが既に経験済みだったら俺半年は立ち直れないかもしんない。いや、やっぱ一週間かな…」
「急激に減りましたね」
「いやまあそれはそれで有りだなって思ったから」
「有りってどういうことですか」
「いやぁ良かった良かった!杏里ちゃんに男がいなくて!」
「男がいないとは一言も言ってませんけど…」
「……いんの……?」
「いないですけど」

おそ松さんが盛大にため息をついた。

「そーやって大人をからかわないでくれる?杏里ちゃんの一挙一動にさぁ、俺がどんだけ振り回されてるか知らないでしょ?」
「えー…そんなこと言ったら私だっておそ松さんたちにいっつも振り回されてる気がして迷惑です」
「グハァ!はっきり言った!はっきり言ったね!てかそーいう意味じゃないし!」

一人でもやかましいおそ松さんは「分かってるくせにー」とにたにたしながら二の腕をつついてきた。お得意のセクハラだ。

「ほんとおそ松さんっていやらしいですよね…」
「ありがとう」
「褒めてないんですよねだから…カラ松さんに言いつけますよ」
「は?何でカラ松?」
「カラ松さんは至って紳士的なので」
「痛くて偽善的の間違いでしょ」
「少なくともおそ松さんよりは良心的な気がしますよ。こないだ靴のヒールが折れた時、家までチャリで送ってくれました」
「あいついつの間に…いやいや、俺だって紳士よ?」
「えー」
「夜道の女性をちゃんと家まで送り届けるぐらいには、ね。ほら着いた」

言う通り、もう私の家は目の前だった。ああ、やっと布団にダイブ出来る。その前に兄貴を蹴ろう。
私はおそ松さんに頭を下げた。

「送ってくれてありがとうございました」
「お礼は体で」
「おそ松しゃんいい子でしゅね〜一人で良くがんばりましたね〜〜」
「えへへ、俺頑張ったよ!」
「それじゃお休みなさい」
「ま、ま、待ってよ、まだいいだろ〜?もうちょっとお話してよぉ」

門の前で手首をやんわり掴まえられて引き留められる。一瞬この人が警官だってこと忘れそうになった。

「パトロール行かなきゃいけないんでしょ?私もこれを早く兄に届けなきゃいけないので。締め切り近いんです」
「あー漫画家さんだっけ?なるほどねぇ、それで…」

納得したのか手首を離された。

「いいよ、渡してきなよ。んで、渡したらすぐ出てきて」
「えー、漫画読んで寝たいんですけど」
「ちょっとだけ!ちょっとだけだから!お喋りしよ!ねっ!暇なんだよ夜のパトロール〜」

こんなのでよく警察の試験とか通ったな…
はいはいとあしらって家に入り、激励の蹴りを入れながら兄に避妊具を渡した。
そしてしょうがなく玄関からまた顔を出すと、あろうことかおそ松さんは帰りかけていて小さい背中が見えた。

「ちょっと、今さっきすぐ出てきてって言ったじゃないですか」

門からは出ずに呼びかけると、おそ松さんは

「あーわり、カラ松たちが今ラーメン取ったっつーから帰るわ!じゃーね!」

と悪びれもせず笑って鼻歌を歌いながら去っていった。
一体何なんだあの自由人は。今に始まったことじゃないから腹は立たないけど。
おそ松さんがラーメンとか言い残していくから私もお腹が空いてきてしまった。
蹴ったお詫びに兄貴の分も作ってあげて二人で食べた。今頃、おそ松さんも弟と食べてんだろうな。