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昔々あるところに、とても働き者の杏里という女の子がいました。
杏里は母親を早くに亡くし、父親と継母、継母の連れ子である二人の姉と一緒に暮らしていました。
しかし、その父親もとうとう亡くなってしまいました。
杏里は働かない継母や姉達の代わりに、家事の全てをこなしていました。

「ねえ杏里ちゃん、今日のデートの服どっちがいいと思う?」
「トド松姉さんはやっぱりピンクが一番似合うと思うよ」
「杏里…見てくれ、俺のパーフェクトノースリーブに綻びが…!」
「ほんとだ、後で縫っとくから置いといて」
「ねー杏里ちゃんお腹すいた!」
「今からご飯作るよ、ちょっと待ってて」

末の娘というよりは母親のような役割を担っていた杏里ですが、不自由さは特に感じていませんでした。
でも、もし一つ願いが叶うとすれば…

「あのお城の中、見てみたいな」

二階の自分の部屋の窓から見える、遠くにそびえ立つ立派なお城。
いつもこうして部屋で一人眺めるだけで、中に入ったことはおろかお城の前に立ったことすらありませんでした。

「きっと中はすごいんだろうな」
「広すぎて逆に落ち着かないってあんなとこ」
「あ、一松」

一松というのは継母達が連れてきた猫です。
継母達同様、特に家事を手伝ったりしてくれることは滅多にありませんが、暇な時にはこうして話し相手になってくれるのです。

「そうだね。住むのはちょっと大変そうだけど、一回見学はしてみたいな」
「まあね…」

一松があくびをするのを横目に見ながら、杏里は繕い物をするのに戻りました。
ノースリーブについているお母様の顔が真ん中から引き裂かれています。

「あ、それ俺がやったやつ」
「そうだと思ったよ」
「悪いね…破かずにはいられなくて」
「爪研ぎになるようなもの買ってこようか?」
「いやいいよ。それが一番調子出るし」
「そうなんだ」

一松の爪研ぎ用のノースリーブを作っておくべきだろうか、と杏里が考えていると、玄関のベルの音が聞こえました。
杏里が出てみると、それはお城からの手紙でした。
どうやら招待状のようです。

「お母様、お姉様、お城から招待状が」
「お城?何で?」
「野球すんの?」
「ううん、今夜お城で舞踏会を開くから来てくださいって」
「まっ…まさか、天下一…!?」
「いやお母様それ武道会だから」
「ぶとうかいって何?甘いやつ?」
「違うよ、踊るんだよ」
「フッ…なるほどな、それで頂点を極めるということか…」
「どうする?お母様とお姉様は行く?」
「カラ松兄さんどーする?」
「もう普通にカラ松兄さんって言ってるし…僕ももうそれでいこう」

トド松お姉様が何やら自分に対して言い聞かせるように呟いた後、「僕行きたいな〜!」と手を上げました。

「つまりクラブへのお誘いってことでしょ?行きたい行きたい!」
「く、クラブだと…トッティ…!」
「そうだよ!ねえ行こ行こ!可愛い子と知り合えるかも〜!」
「マジかトッティ!」
「マジかトッティ!!」

お母様とお姉様は行く気満々のようです。
杏里は一松にも聞きました。

「一松はどうする?」
「…行かない。クラブとかうるさいし人多いし俺みたいなのが行ったら完全に場違いだし」
「じゃあ一松兄さんは行かないってことで!杏里ちゃんは?」
「私もいいや」
「えっ」

声を上げたのは一松でした。

「何で。杏里ちゃんお城行きたかったんじゃないの」
「行きたいのは行きたいんだけど、私も一松と同じで踊るとかは興味ないし。また別の機会があったらでいいよ」

本当は他にもやらなければいけない家事がたまっていたからなのですが、ニート三人が楽しそうにしているので、水を差してはいけないと杏里は黙っていました。

「そっか〜、残念だなぁ…じゃあ杏里ちゃん、また僕に合う服一緒に選んでよ!」
「いいよ。今夜だから、急がないとね」
「杏里…俺のクローゼットの中の惨状を見てくれ」
「え?…うわカラ松兄さん何したの!?」
「何もしてない…」

お母様に言われてトド松お姉様の後ろから覗きこむと、ほぼ全ての服が引き裂かれていました。

「こら一松」

杏里が一松を叱りましたが、一松は全く悪びれた様子はありません。継娘いびりより質の悪いいじめです。
仕方がないので、杏里は大急ぎでお母様のために服を作ってあげました。
トド松お姉様の服を見本に作ったので、これなら一松にも破かれる心配はありません。
十四松お姉様は野球服を着ていくようでした。
トド松お姉様が最後まで色々言っていましたが、とうとう諦めたようでした。
何とか舞踏会に間に合うように三人を送り出した杏里はほっと息をつきました。
これから買い物に行って、洗濯物を取り込んだり風呂掃除をしたり新聞の集金の支払いを…その前に銀行振り込みにも行かなくてはいけません。

「一松、私も出かけてくるね。銀行閉まっちゃう」
「…なんか、やろうか」
「いいの?じゃあ洗濯物取り込んどいてもらえる?」
「うん」
「ありがとう、じゃあ行ってきます」

杏里が通帳を持って出掛けようとすると、玄関のベルが鳴りました。

「はい」

杏里がドアを開けると、緑の杖を持ったお婆さんが立っていました。

「かわいそうな少女よ、あなたの夢を叶えてあげましょう」

どうやら集金ではなさそうです。
誰だろうと杏里が考えている間に、一松がドアを閉めてしまいました。

「杏里ちゃんあれ絶対宗教の勧誘だよ。出ちゃだめだよ」
「そうだったのかな」
「違う!魔法使いだ!」

声と共に、家の中に先ほどのお婆さんが姿を現しました。
ドアは一松がしっかり閉めたはずです。確かに本物の魔法使いのようでした。

「魔法使い?」
「そうだよ」
「ああ、男が三十路まで童貞を守り抜くとなれるっていう」
「そうそう…って違うわ!まだ三十路じゃねーし、だとしたらお前もそうだろ!」
「俺はもう喋れる化け猫っていうポジションに収まってるから」
「ところで、魔法使いさんが私に何の用?」
「そうだった。君はお城に行きたいんだろ?でも家事が多くて行けない」

魔法使いの言葉に杏里は頷きました。

「だから僕が魔法をかけてあげるよ。君がお城に行けるように」
「代わりに家事をやってくれるってことですか?」
「それとはちょっと違うけど…お城に行くにふさわしい格好にしてあげるよ。ほら、こんな感じで」

魔法使いが摩訶不思議な杖を一振りすると、杏里は素敵なパーティードレスに身を包んでいました。
足にはガラスの靴。歩くたびに足元がきらきら光ります。

「わあ、すごい」

杏里も女の子です。一度は着てみたいと思っていた衣装に、思わず顔が綻びました。

「うん、似合う似合う」
「…でも舞踏会もう始まってんじゃないの?今から行っても間に合わないんじゃ…」
「そう、だから馬車がいる」

魔法使いは杏里と一松にかぼちゃとネズミを用意させ、それを立派な馬車と馬車馬に変身させました。
最後に、魔法使いは一松を御者に変えました。一松は迷惑そうな顔をしていましたが、一緒についてきてくれるようでした。

「お婆さん、ありがとうございます」
「どういたしまして。ただし、この魔法は夜の十二時になると解けてしまうからね。それまでに帰ってくるんだよ」

魔法が解けるのも大変ですが、今日中に風呂掃除が出来ないのは杏里も困ります。
杏里は魔法使いに約束を守ることを誓いました。

「ついでに振り込みもお願いできないかな」
「まあ、今日は特別だよ。やっておくから早く行っておいで」
「ありがとう、行ってきます」

杏里を乗せた馬車は、お城へと向かいました。



一方その頃、お城では盛大な舞踏会が開かれていました。
たくさんの人達がダンスを楽しんでいる中、一人不機嫌そうな顔をした男がいます。

「つまんねぇ…」

彼の名前はおそ松。実はこのお城の王子なのです。
おそ松は王子という身分をいいことにニート極まる生活をしていましたが、いい加減仕事か結婚をしろと親から言われてしまいました。
それで、こうして花嫁探しのために舞踏会が開かれることになったのです。
しかし王子はあまり乗り気ではないようでした。

「俺の嫁探しってことみんな忘れてない?普通に楽しんでんじゃん!てかクラブだと勘違いしてる奴もいるし…」

王子は、自分が放っとかれてリア充がリア充同士で騒いでいるのが気に入らないようでした。

「ったく…お前らの出会いの場じゃねーっつーの。あーつまんねー、打ちに行こっかな…」

音楽が止まった隙に王子はこっそり舞踏会を抜け出し、パチンコに行くことにしました。
王子が人目を避けながら裏門へ向かおうとしていると、途中の階段で一人の女の子を見つけました。
そう、杏里です。
念願のお城の中をあちこち見て回れた杏里は、とても無邪気で楽しそうでした。
その様子を見た王子は、パチンコに行くのをやめることにしました。
どうにかしてあの子と仲良くなりたいと思いましたが、童貞なのでやり方が分かりません。
とりあえず、彼女の側まで近付くことにしました。



杏里が階段の踊り場に飾られた綺麗な花に目を奪われていると、後ろから咳払いが聞こえてきました。
振り向くと、いつの間にそこにいたのか、男の人が明後日の方を向いて立っていました。
杏里は気にはなりましたが、特に話しかけられもしなかったのでまたお花を眺め始めました。

「おいちょっ普通無視するそこ!?」
「えっ」

杏里は振り返りました。
男は杏里に構ってほしかったようです。

「何か用でしたか?」
「いや俺じゃなくてさ…ここにいるってことはそっちが俺に用があんじゃないの?」
「いえ、別に」

杏里は招待状に書かれていた、舞踏会の本当の目的を読んでいなかったのです。
しかも杏里は、目の前の男がこの城の王子だと知りませんでした。

「べ、別に…!?」
「はい」
「…」
「あの、それじゃあ」

絶句している男を置いて、杏里は階段を上がろうとしました。

「まっ、待った待った!」
「え」
「あー…えーと…」

男が言い淀んだと同時に、上の広間から音楽が聞こえてきました。舞踏会でまたダンスが始まったようです。
すると、また咳払いを一つして、杏里の前に男の右手が差し出されました。
杏里は何だろうと思いましたが、とりあえず手を握りました。

「どうも」
「どうぞよろしく…ってちげーよ!握手じゃないの!」
「え、違うの?」
「分かるだろ普通!城で!音楽!」
「…ああ、そっか、舞踏会…」

すっかり忘れていた杏里でした。

「でもごめんなさい、私踊りに来たんじゃないから…」
「え」

杏里の目的はお城の探検なので正直に答えましたが、おそ松は別の意味に受け取りました。
踊りに来たのではない、ということは、自分との結婚を真剣に考えている子なのだと思ったのです。

「…そうなんだ」
「はい」
「……ふーん、なるほどねぇ……いいよ俺は別に?」
「はあ」

急ににやにやしながら上から目線になった男を杏里は不思議に思いましたが、悪い人ではなさそうなので何も言いませんでした。

「で、君はこれからどうしたいの?」
「うーん…テラスとか見たいな。あとお庭」
「よし!行こう行こう」
「あなたが案内してくれるの?」
「いやするする!俺わりとフットワーク軽いしノリも軽い方だから」
「そうなんだ」

それがどう関係あるのかは分かりませんが、杏里は男に案内してもらうことにしました。
男はこのお城に詳しいようで、杏里がいつも見たいと願っていたお城の隅々まで連れていってくれました。
少し探検したら帰ろうと思っていたのに、楽しさのあまり、杏里は魔法使いとの約束を忘れてしまっていました。
しかし、真夜中の十二時はすぐそこまで迫ってきていたのです。

月明かりの下、杏里と王子は中庭を見渡せるテラスにいました。
花が咲き乱れる庭のあちこちにはぽつぽつと灯りが揺れていて、とてもいい雰囲気です。

「やっぱりすごく素敵なところだね」
「だろー?余裕の一等地だし不自由はさせないから、絶対」
「そうだろうね。でもお城の中の移動は思ったより大変だったな」
「それは俺も思ってた。無駄に広いんだよここ」
「掃除も大変そう」
「だなー。忙しそう」
「うん。だから見るだけなら楽しいけど、住みたいかどうかとはまた別って感じ」
「えぇっ!?」
「あ、そうでもない?」
「や、確かに不便だなって思うこともあるよ?でもほら、家事は他の人に任せときゃいいし何なら移動も人力に頼ればいいし」
「うーん…人任せはちょっと…」
「マジで…?あっじゃ、じゃあさ、セグウェイとか取り入れる…?」
「階段はどうするの?」
「あー階段は考えてなかった、けど…まあ、そこはほら、これから二人で考えてけばいい話だし…」
「二人で?」

誰と誰だろう、と思った杏里は、何気なくお城の時計塔を見上げました。
時計の針はもうすぐ十二時を指そうとしていて、杏里はびっくりして立ち上がりました。約束を思い出したのです。

「わ、私帰らなきゃ」
「え?何で?」
「そういう約束なの」

急いで門に向かおうとする杏里を、男が引き留めます。

「ちょっ待てって!分かった、城内全部エスカレーター移動にしよう!な!」
「いや、そういうことじゃなくて」
「分かった!分かったあれだ、もう全部部屋に運ばせる!だから!」
「ごめんなさい、でも…」
「どこ行くにも全部俺が連れてってやるから!何不自由ない暮らしを約束するから!」

この人はなぜ私の生活を保障しようとしてくれてるんだろう、と杏里が考えた時、時計塔の鐘が一つ鳴りました。
あと十一回鐘が鳴れば魔法が解けてしまいます。ドレスはともかく、馬車が消えれば、家までの遠い道のりを歩いて帰らなくてはいけません。
ぐずぐずしてはいられない、と杏里は男の手をほどこうとしました。

「本当にごめんなさい、もうここにはいられないから」
「…じゃあ!じゃあせめて、名前だけでも…」

男の真剣な瞳に見つめられて杏里が名乗ろうとした時、また一つ鐘が鳴りました。

「…ごめんなさい、また会えたらいいね」

杏里は振り返らずに門までの階段を駆け下りました。
途中で靴が片方脱げてしまいましたが、そんなことを気にしている暇はありません。
杏里は一松が待つ馬車に乗り込みました。馬車はすぐに城を出ます。

「ごめん、遅くなっちゃって」
「別にいいけど、何か追ってきてない?」

馬車の中から後ろを見ると、お城のものらしき騎兵隊がたくさん杏里達を追ってきていました。

「杏里ちゃん何かやった?」
「何もやってないはずだけど…」
「あれ捕まったらやばいやつなんじゃない」
「そうなのかな」
「撒くよ」

一松が馬車の速度を上げたので、騎兵隊は杏里達を見失ったようでした。
そしてお城の時計塔が十二回目の鐘を打つ頃、杏里は家の前で大きいかぼちゃに腰かけていました。
一松はねずみに囲まれて体育座りをしていました。

「疲れた…」
「ごめんね一松、ありがとう。何とか戻ってこれたよ」
「それはいいけど、結局掃除とかできてな…あれ、靴片方無くなってない?」
「うん、出てくる途中で片方脱げちゃって。もしかしてそれで追いかけてきてたのかな」
「それだけであんなに兵士よこすかな」
「うーん…でも靴だけ魔法解けなかったね」
「記念にもらっとけば」
「そうだね。磨いて置いとこう」

朝になってニート三人が帰ってきても、ガラスの靴はなくならずに朝日を受けてきらきらと光っていました。



同じ頃、王子もお城でガラスの靴を見ていました。
昨日、名前も言わずに去ってしまった女の子の忘れ物です。
あれからすぐ騎兵隊に馬車を追わせましたが、結局見つからなかったのでした。
しょうがないので、王子は自ら女の子を探しに行くことにしました。王子という名のニートなので、そのぐらいの時間はたっぷりあるのです。
ガラスの靴を持って街に出た王子は、パチンコや競馬場に寄り道しながら一週間かけて町の外れの家にたどり着きました。
その家こそが杏里の住む家なのですが、まだ王子は知りません。
戸口に立った王子は、家のベルを鳴らしました。

「あのー、すいませーん」
「はーい!誰!?」

出てきたのは視線が微妙に合わない男でした。

「ちょっと聞きたいんだけど、この家に女の子いる?」
「いるよ!」
「どこに?」
「ここに!」

王子は辺りを見回しましたが、その男以外に人は見当たりません。

「あのさ、俺女の子を探してんだけど」
「いるよ!」
「だからどこに?」
「ここに!」
「十四松兄さんもうやめよう、時間の無駄だよ」

ピンクのパーカーを着た男が現れて、十四松兄さんと呼んだ男を王子の前からどかせました。

「で、何で女の子探してんの?」
「嫁にしようと思って…てかもう嫁のはずなんだけど名前とか知らなくてさー」
「何それ怖っ…おたく思い込み激しいストーカーか何か?」
「違うわ!俺は王子ですぅー!」
「お待ちしておりました、王子様!」
「ぜってー違うし!ぜってーお前みたいなんじゃなかったし!!」
「フッ、王子よ…俺を養わ「王子!?すごいね!!」「ねぇ僕じゃだめ?僕にしてよ!」
「うるせぇ!お前らじゃねーんだよ!他に女の子いないのぉ!?」

玄関が騒がしいので、自分の部屋で縫い物をしていた杏里が下りてきました。日向ぼっこをしていた一松も一緒です。

「みんなどうしたの?」
「…あっ!」
「え?」

王子は杏里に気付きました。
杏里も王子に気付きました。この人は一週間前にお城で会った人だと。

「あ、久しぶりだね」
「何でそんな淡々としてんのお前!?やっとだよ!?やっと会えたんだよ!?」
「え、ああ…そうだね」
「杏里ちゃん誰これ」
「お城を案内してくれた人だよ」
「杏里ちゃん、その人王子なんだって!」

トド松お姉様の言葉に、杏里は少なからずびっくりしました。

「そうだったんだ」
「そうだったんだじゃねーよお前バカ!勝手に帰りやがって!」
「ごめんなさい、お風呂掃除とかしなきゃいけなかったから…」
「俺より風呂の方が大事なのかよ!」
「ところで何の用なの?」
「ところでって…」

王子はかなりダメージを受けたようでした。
見かねたトド松お姉様が、「その人嫁探しに来たんだって」と助け船を出してくれました。

「嫁?」
「…そうだよ。あとほら、これ」

王子は杏里にガラスの靴を渡しました。

「もしかして、これを渡すためにわざわざここまで来てくれたの?」
「そーだよ!あー疲れたーすっげー疲れたぁぁ」
「ありがとう」
「…お前マジか…そんだけ?」
「えっと、お茶でも飲んでく?」
「何でそうなんだよ!ねえ分かんない?マジで分かんないのお前マジなの!?俺王子だよ!?お前の忘れたガラスの靴持って!嫁探しに来ましたっつって!来たの!!俺が!!」
「うん…?」
「バカ!!!」

王子は完全にへそを曲げてしまいました。

「えっと…私もまた会えて嬉しいよ」
「いーよそーいう定型文…」
「ほんとだよ。少しの時間だけど、本当に楽しかったから」
「……」
「また会えたらいいなって思ってたけど、お互い仕事もあるし、王子って忙しいんでしょ?」
「…別にー、俺王子だから仕事とかは家来に任せときゃいーっつーか…」
「そうなんだ。でも私はお風呂掃除とかあるから…」
「また風呂かよ!お前俺と風呂とどっちが大事なわけ!?」
「何この王子めんどくさっ…」

一松がぼそりと呟きます。
その拍子に王子はいいことを思いつきました。

「…そーだ、俺だってここ来るまですげーめんどくさかったんだからもうお前城に来て住んじゃえよ」
「え、私が?城に?」
「そ!なら俺はめんどくせぇ思いしなくてすむし、お前の仕事は家来にやらせりゃいいし、いつでも会えんだろ?」
「いいじゃんそれ!杏里ちゃんそうしよ!お城にお引っ越ししようよ!」
「はぁ!?誰がいつお前らも連れてくっつったよ!働かねぇクズは俺一人で十分なんだっつの!」
「何この横暴!こんなのが次期国王なの!?」
「この国終わったな…」
「杏里ちゃん、僕たちを見捨てないで!」

トド松お姉様達に泣きつかれて、杏里は困ってしまいました。

「申し出は嬉しいけど、この家と家族を残してはいけないな」
「…あー分かった!んじゃ家ごと城の敷地内に引っ越してこい!」
「マジで!?いーの!?」
「やったね十四松兄さん!野球ができるよ!」
「フッ…杏里、良かったな…もう無駄な労働とはおさらばだぜ」
「俺らが言えたことじゃないけどね…」

はしゃぐお姉様達をよそ目に、杏里は心配そうな顔でした。

「いいの?そんなことして」
「いーんだよ、俺王子だから!」
「…ありがとう」
「……うん」
「でも、どうしてここまでしてくれるの?」

杏里の純粋な疑問に、その場の空気が固まりました。

「はぁぁ!?おまっ、お前まだ分かってねーの!?普通分かるだろ!!王子が一緒に住めって言ってんだぞ!?」
「新しい慈善事業?」
「バーーーカ!!!」

王子は走って帰って行ってしまいました。
取り残された杏里は何が何だか分からないまま、ぽかんと王子の後ろ姿を眺めていました。

「…何で肝心なことを言わずに分かってもらおうとすんだろうね〜?」
「バカだからでしょ」
「お引っ越しは!?」
「忘れられてないことを祈ろう…」

お姉様達はしきりに心配していましたが、王子は数日後に戻ってきて家ごと引っ越しの準備を始めました。
お城はいつの間にか全面バリアフリーになっていてセグウェイが導入されていました。
杏里は新しい慈善事業のための被験者に選ばれたのだなとしか思わずまた王子を苛立たせましたが、とにかく二人とニート達は末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。