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私の実家は居酒屋を営んでいて、一応私もそこの働き手だ。
でも祖父母も両親も健在、年の離れた兄も働いているので、私はたまに別のバイトに入ったり、のらりくらり過ごす程度の余裕はある。
兄がもし将来結婚すれば居酒屋を継ぐだろうから、兄夫婦の邪魔にならないように最近一人暮らしを始めた。
まあ、兄は今のところ結婚するつもりはないみたいだけど。
もし兄が結婚しなければ、私が結婚して継ぐことになるだろう。代々続いてきた居酒屋なので、私達の代で終わらせたくはない。
そんなことを考えていた今日、実家に出勤してきたら、母が「お見合いが決まったわよ」と言ってきた。

「ああ、ほんとに?」
「ほら、なかなかいいでしょ」

渡された写真を見ると、優しそうな四十代ぐらいの男性と可愛いポメラニアンが写っていた。

「いいね。性格良さそう」
「でしょ。この間会ってきたんだけど、穏やかな方だったから上手くいくと思うわ」
「そっか。お母さんが言うなら心配なさそうだね」

いよいよ来たか、この日が。
楽しみだ。将来のことを考えると子供もほしいし。

「で、お見合いはいつなの?」
「そちらがよろしければ明日にでも、ですって。まあ、こっちはお店もあるし、私も一緒に行った方がいいでしょ?」
「うん。じゃあ、また日が決まったら教えて」
「はいはい。あ、買い出し行ってきて」

母から渡されたメモを持って近くのスーパーに向かう。
すると、昼間からぶらついているおそ松に出会った。

「おそ松」
「おー杏里、なに買い物?」
「そうだよ。おつかい」
「ついでに何か買ってよ」
「今お店のお金しか持ってないから…」
「あー、店の買い出しね。最近お前んとこ行ってねーなー」
「そういえばそうだね」

暇らしく、一緒にスーパーに入ってきた。
ちなみに、私とおそ松が最初に出会ったのも実家の居酒屋だ。

「俺が行かなくて寂しくねーの?」
「お母さんが寂しがってるよ」
「おばさんかよ…まーそろそろ顔出さねぇとなぁ」
「今から来る?」
「え?いーの?」
「うん。お酒はまだ出せないけど」
「行く行く超行く」
「カラ松達も…」
「いーってあいつらは!六人で押しかけてもうるさいだろ?」
「おそ松一人でも充分にぎやかだけど」
「それ褒めてんの?」
「うん」
「なら良し」

機嫌がいいおそ松と買い物を済ませて家に帰ってきた。
おそ松を始め松野家の人達はうちの家族に気に入られているようなので、準備中の店に入れても何か言われることはない。
今日も祖母がおそ松にさっそくお菓子を出していた。
ゆっくりしてってねぇ、と言う声に笑顔で頷くおそ松は、本当の孫の私より本物らしい。
店の隅の、まだ掃除のされていないテーブルに二人で座ってお菓子を食べる。
準備中の店はがらんとしていて、厨房で父と兄が仕込みをしている音だけが響く。

「あーなんか実家に来たみたいな安心感だわー」
「それよく言われる。それがウリみたいなとこあるよ」
「帰りたくねぇ…」
「おそ松くんいっそうちの子になる?」

顔を出した兄が面白そうに聞く。

「居酒屋で働いたら酒飲み放題とかあります?」
「あり得るね、てかうちの爺ちゃんがそうだし」
「そういやそうっすねー」

おそ松が居酒屋で働いたら、か。
うちみたいなかなりゆるい居酒屋だと、本当に飲んでばっかりになるかもなあ。
でもおそ松は話していて楽しいから、スナックのママ的存在になるかもしれない。

「…お前は?」
「え、何が」
「俺が、ここで働く、とか…どうなの」
「いいんじゃない?おばさんも喜ぶよ、就職したって。まあうちじゃそんなにお給料出してあげられないけど…」
「確かに」

兄が笑ってまた厨房に入っていった。

「……ふーん…いいんだ…」
「もしかしたら向いてるかもよ、居酒屋の店員」
「そ、そうかな…」
「うん」

おそ松は何か考え込んでいるようだった。

「あ…あのさ、お前…」
「あらおそ松くん来てたの」

母が顔を出した。

「あー…はい、お邪魔してます」
「ゆっくりしてってね。あ、杏里、お見合いの日決まったわよ」
「いつ?」
「今度の月曜日。それに備えて美容院行かなきゃね」
「そうだね」

母がまた奥に引っ込んだのでおそ松の話の続きを聞こうと思ったら、おそ松が表現しがたい顔をしていた。

「……は………なに……は…?……」
「どうしたの」
「どうしたのってお前………お見合い?」
「うん」
「すんの?」
「うん」
「ハァァ!?」

テーブルをどんと叩いて勢いよく立ち上がった。
そんなにびっくりすることだったかな。

「は!?ちょっ、おま…んだよそれ、聞いてねぇぞ!!」
「そうだっけ?前にそんな話はしたと思うんだけど…」
「知らねぇよ!!なっ…何なのお前マジ何なの!?何でんなこと黙ってんだよ!!」
「いや、別にわざわざ報告するほどのことでもないかなって」
「いや報告するだろ普通!!てか……んだよそれ……っ!!」

身内の問題だから、そんなに重要なことだとは思わなかった。
深いショックを受けているらしいおそ松はしばらく呆然としていたが、急に私の腕を引いて出入口に向かった。

「おばさん!しばらく杏里借りる!」
「はいはい、行ってらっしゃい」

おそ松に腕を引かれるまま、外に連れ出された。
ぐいぐい引かれて、ついに川沿いの道まで来た。

「おそ松、ごめん。怒ってる?」

これまでも自分の発言でおそ松を怒らせてしまったことがあるから、早めに謝っておいた。
でもおそ松は立ち止まっただけで、何も言わなかった。
腕を掴む手の力が、少し強くなる。

「ごめん、言わなくて」
「………」
「今度からはちゃんと言うよ。まあ、今度はない方がいいけど…」

おそ松が振り向いて、私をきっと睨み付けた。

「……お前…それでいいの?」
「え、うん。お母さんが決めたことだから、私は別に」
「お前の意見が一番重要だろうが!それで将来が決まっちまうんだぞ!?」
「うーん、でも見た目だけなら私もいいかなって思ったし」
「…どんな奴なんだよ」
「あ、写真あるよ。見る?」

さっき母からもらった写真を渡す。

「……お前、こういうのがタイプなんだ」
「タイプっていうか、見た目だけだから性格とかはまだ分かんないんだけどね。お母さんは穏やかだって言ってたから」
「…………」
「おそ松的にはどう?」
「ぜんっっっっっ………ぜんだめだな」
「あ…そう」

すごく溜めて言われた。

「でももう決まっちゃったからなあ…」
「…お見合い相手の条件は?何だったわけ?」
「条件?特には…ああ、子供は欲しいから子供作れるような健康体か、かな」
「…は?お前…子供ほしいの」
「そりゃあね。たくさんの子に囲まれてみたいから」
「だったら何もあんな貧弱そうなくたびれた奴じゃなくても、もっと…ほら……若くて伸びしろ抜群な奴いるだろ!」
「え?いた?」
「いるよ!!バカ!!伸びしろ抜群は言いすぎたとしてもいるだろお前のこと真剣に考えてる奴が!!」
「え…?」
「バカ!!!」

私のことを真剣に考えてくれるお見合い相手?
全く出てこなくて考え込んだら、またおそ松の機嫌が悪くなった。

「うーん…ごめん、ちょっと今出てこないけど、もしそっちの方と相性が良ければ考え直すかもね。でも、一応紹介されたから会ってみることには会ってみないと」
「…………まあ、まあ会うだけなら許す。会うだけな!絶対触らせんじゃねーぞ!」
「いや、触るのはありだと思うけど」
「無しだろどう考えても!お前の価値観どうなってんの!?」

めちゃくちゃ怒ってる。
おそ松も触ったことあるし、別にいい気もするんだけど…

「あ、じゃあおそ松も来る?今度の月曜」
「あ?」
「そんなに気になるんならさ、一緒に来て見てよ」
「…いいんだな?俺気に入らなかったら暴れてやっからな?」
「暴れるのはやめてほしいけど…相手の方もびっくりするし」
「ケチつけられそうなとこは全部ケチつけてくからな!言いがかりつけることにかけちゃ相当スキル高ぇからな俺!なめんなよ!」
「うん、おそ松はわりと本質見抜いてる時あるもんね。頼りにするよ」

いきり立っていたおそ松はまだ何かを言おうとしていたようだが、私の言葉で黙ってしまった。
それにしても今日はいい天気だな。お見合い当日も晴れるといいけど。散歩とか、出来たらしたいし。
私の腕を掴んでいたおそ松の手が下に降りてきて、手と手が触れ合った。

「………なあ、杏里」
「ん?」
「……………俺じゃ、だめ?」
「え?」
「………」

一瞬意味が分からなかった。
いきなり深刻な表情で何を言い出すかと思ったら…

「えーと…おそ松も子供ほしいってこと?」

当てずっぽうで聞いたら頷かれた。
そうだったのか。だから真剣にあれこれ口を出してきてたのか。
別にいいっちゃいいんだけど…

「でもおそ松、そんな経済的余裕ある?」

恐らく指摘されたくないだろうところをあえて指摘したら、やっぱり苦虫を噛み潰したような顔になった。

「いや、私は別にいいんだよ。でもおじさんやおばさんのこと考えると…」
「〜〜〜〜っ、働く!!働くから!!」
「えっ…!?」

おそ松が働くとまで言い出した。
これは衝撃だ。そこまで本気で考えていたとは。

「おそ松…そんなに真面目に考えてくれてたんだね」
「あ…当たり前だろ!だって、こど…子供出来たらさぁ!なぁ!?」
「そうだね。結構費用もかかるからね」
「…だから、さ……だから…」

手を強く握られた。

「お見合いとか、やめろよ……」
「いや、お見合いはやるよ」
「何でだよバカ!俺さっき写真見ただけだけど全っっっ然気に入ってないからね!俺の方が絶対マシだから!!俺と結婚した方がいいに決まってんの!!幸せになんの!!俺が!!」

ものすごく力説された。
通りがかった犬の散歩中のお婆さんがにこやかに見てくる。

「でも、おそ松と結婚は無理だよ」
「なっ…なんで…っ!」
「いくらおそ松でも犬と結婚は無理でしょ」

空気が凍るというか、おそ松が微動だにしなくなったので時間が止まったような気がした。
ようやく動き出したおそ松は川の流れを眺め、空を仰いで、散歩中の老夫婦に会釈を返した。
そして大きく息を吐く。

「………お前もっかい言ってみろ」
「え?おそ松は犬と結婚は無理でしょ?…できるの?」
「できるかボケェェェェ!!!」

繋いでいた手を叩き落とされる勢いで離された。

「んだよお前犬かよ!!犬の話だったんだな!?最初からずっと犬の話だったんだな!?!?」
「え、うん。おそ松も見たことあるでしょ、うちで飼ってる」
「ポメラニアンのハナちゃん……」

呟いてずるずると座り込んだ。

「おそ松も前に、子供欲しいなら早めに旦那さんもらった方がいいって言ってくれたじゃん」
「言った……」
「おそ松も犬飼いたかったんだね。働く気になるほど本気だと思わなかったけど…」
「やめだやめ!働かねぇ!もう一生絶対働いてやんねー!」
「えっ、でも子供は」
「お前が子犬に囲まれてぇんだったらお前んとこで全員飼った方が幸せだろ!」
「でもおそ松も結婚したいぐらい好きなんでしょ?」
「お前んとこに見に行くからいーよもう!バカ!何だよバカ!」

なぜか拗ねてしまったおそ松が酒を飲みたいと言い始めたので、家に連れて帰ってきた。
カウンターで一番酒をあおるおそ松の隣に座る。いいお客さんだと思う。

「あ、おそ松くん帰ってきた。どう?うちで働く?」

兄の質問にものすごくしかめっ面になった。

「もーいーです、俺ずっと客でいるんで」
「そっかぁ、残念だなぁ。なあ杏里?」
「うん」
「ケッ、いいよお世辞はよぉ…」

ぶつぶつ言いながら片手で徳利を探すので、お猪口に注いであげた。

「お世辞じゃないけど…でもこうやって、ずっとお客さんとして来てくれるのもいいな」
「あーよく飲む客ですもんねー」
「まあ、それもあるけど。いいお客さんだよ、おそ松」
「あざーす」
「私がここの店員で、おそ松がずっとお客さんとして来てくれて…そうやって二人で歳取ってくのもいいなって思うよ」

おそ松は一瞬目を見開いた後、なぜかくしゃっとした泣きそうな顔になった。

「杏里のバカ…!」
「ごめんねおそ松くん、こんな妹で…」

机に突っ伏したおそ松を兄が慰めている。
なぜかまた怒られてしまったけど、そういう関係って素敵じゃないだろうか。
それができるようにこのお店は守っていかなければ、と決意を新たにした。