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物心付いた頃から、私には両親と六つ子のお兄ちゃんがいた。
それが当たり前だと思って生きてきた私にとって、あの成人の日に知らされた事実は衝撃だった。
でも、血が繋がっていないという話は、まだ冷静に受け入れることができた。
前から知っていたわけじゃないし、ショックはショックだったけど、今までのみんなとの思い出を振り返れば血の繋がりなんて小さいことのように思えたから。
天涯孤独の身だった私を引き取ってくれて、愛情を注いでここまで育ててくれた。これ以上望むものなんてない。
私はちゃんと松野家の娘で妹なんだ。みんなもそう思ってくれていると信じてた。

お兄ちゃんたちは言わなかったけど、“それ”は成人の日からいきなり始まったんじゃない、きっとずっと前からそうだったんだと思う。
どうして気付かなかったんだろう。
お兄ちゃんたちのことなら、お父さんやお母さんよりもよく分かってると思ってた。
でも、もし私が逆の立場なら…やっぱり悟られるわけにいかないよね、こんなこと。

実の妹だったかもしれない私に対して、そういう想いを抱いていたお兄ちゃんたちを嫌いになったわけじゃない。
不思議と、私がお兄ちゃんたちを好きな気持ちは変わらなかった。
だからお兄ちゃんたちに応えたかった。
嫌われなくなかったし、傷付けたくなかった。
けどそれじゃだめなんだ。
お兄ちゃんたちと私の好きはたぶん違う。
これからも今までと同じように一緒にいてほしいってただそれだけの理由で、真剣に私のことを想ってくれてる人に応えていいの?
その場しのぎを重ねて、心はすれ違ったまま、いつか壊れるかもしれない関係を続ける?
それに、私には一人だけを選ぶなんてできない。
もし私が、お兄ちゃんたちと同じ“好き”を六人の中の一人に抱いていれば、全部解決できてた?
それともみんなを拒絶していれば良かった?私にはそれもできなかった。
結局私は今までの関係が壊れるのが怖かっただけなんだ。お兄ちゃんたちの気持ちなんか、二の次で。
優しくなんかない、自分が傷付きたくないだけ。
考えれば考えるほど、私ばかりがわがままを通しているように思えてならなかった。
人生で初めて私なんかいなければ良かったと思った。
いつまでも正解を出せない自分が、みんなに不幸をもたらしたような気がして。
十四松お兄ちゃんが海に行こうと言った時も、本当はぼんやりと、着いたら手を振りほどいて海に消えてしまおうかなんて思ってた。
けど私がそんなことをすれば、お兄ちゃんたちはきっと一生自分たちのことを責め続けるから、それもできない。
私が何をすればお兄ちゃんたちが傷付かないのか、それだけでも朝日に願って帰るつもりでいた。
杏里の好きにしていい、と言われたのはそんな時だった。
私は私で決めていい、お兄ちゃんたちはお兄ちゃんたちで決めるから、って。

お兄ちゃんたちはいつも私のことを一番に考えていてくれて、だから私と十四松お兄ちゃんが帰ってきた時も兄として怒ってくれた。
みんな私のために、“家族”に戻ろうとしてくれている。
それは私がずっと、お兄ちゃんたちのことをお兄ちゃんとして扱ってきたからだ。私の最終回答がそれなんだと、みんなに思わせた。

だけど、ようやく気持ちの整理が付いた。
私がこれから選びたいと思っている道は、もしかしたらまたみんなを傷付けていくものかもしれない。
問題を先伸ばしにしただけのものかもしれない。
でも少なくとも私は、お兄ちゃんたちと正面から向き合える。
今度こそ、その覚悟ができた。



「わ、意外と広い」

紹介された部屋は日当たりのいい明るい間取りだった。
ベランダから見えるのは、今まで見たことのない町並み。

「お母さん、ここいいよね」
「お風呂とトイレは別だし、水回りもきちんとしてそうね」

主婦歴の長いお母さんがそう言うんだから、きっと大丈夫。
ワンルームだけど、布団をあそこに敷いてテーブルを片付ければ友達を泊めれるぐらいのスペースはできそう。
この部屋に決めた。
不動産店に帰ってきてからお母さんと二人で契約を済ませた。
家のすぐ隣に不動産店があるって便利。

「さ、引っ越しの準備も始めなきゃね」
「お母さん、お兄ちゃんたちには言わないでね。自分で言いたいから」
「はいはい。それより何を持っていくかちゃんと選んでおきなさい」
「うん」

何を持っていこうかな。
自分の部屋でリストを作った。
おそ松お兄ちゃんがおすすめしてくれて買った漫画と、カラ松お兄ちゃんがくれた手鏡。
チョロ松お兄ちゃんが直してくれたノートパソコンと、一松お兄ちゃんが直してくれたクッション。
十四松お兄ちゃんとお揃いのスリッパと、トド松お兄ちゃんが買ってくれた服。
みんながくれた髪飾り。
書き出していったら、ほとんどが思い出の品だった。
離れるって決めたのに、だめかな、こんなの。
でもきっぱり別れるわけじゃない。だからいいよね。ずっと大事にしてきた物には変わりないから。

しばらくしてからお兄ちゃんたちが帰ってきた音がした。
みんなで競馬に行ってたんだろうな。
あの様子だと、トド松お兄ちゃんが勝ったみたい。
もうすぐ、この賑やかな声も聞けなくなる。

深呼吸をした。
ちゃんと言わなきゃ。

みんなが部屋に帰った頃を見計らって、台所にいるお母さんに入ってこないように釘を差した。
部屋の前に立つと、いつもと変わらない会話が聞こえる。
もう一度深呼吸をした。



「お兄ちゃん、入っていい?」
「いいよー」

十四松お兄ちゃんの声。
襖を開けて顔を出した。

「あのね、みんなに話があって」
「ん、とりあえず座んな」

おそ松お兄ちゃんに促されて、襖を閉めた。
私とお兄ちゃんたちだけの空間になる。
今まで、みんなの前でこんなに緊張したことないかも。
畳の上に正座した。
みんな私の言葉を待ってる。

「あのね……私、一人暮らしすることにしたの」

少しだけ、空気が固まったのを感じた。

「でもね、誤解しないで。私みんなのことが嫌いになったんじゃないよ、逃げたいわけでもなくて」

苦し紛れの言い訳じみた台詞に聞こえないように、ゆっくりと話す。

「ちゃんと、考えたの。私は本当はどうしたいのかって。それで…決めたの」

これが今の私が考える、精一杯の答え。

「一度、みんなと家族じゃなくなりたい」
「…え……」

トド松お兄ちゃんが悲しそうな声を上げたから、慌てて言葉を続ける。

「違うよ、この家が嫌になったとかそういうのじゃなくて、何て言うか…ちゃ、ちゃんとみんなのこと、男の人として、見たいから…一旦、距離を、置こうかなって…」

自分で言ってて恥ずかしくなってきたから、どんどん声が小さくなっていった。

しばらく沈黙が訪れる。
ああ私また言葉を間違えたかな…
内心焦っていると、おそ松お兄ちゃんが大きく息を吐いた。

「あのさー杏里……それすげー殺し文句だわ」
「え」

みんなの顔を見たら、全員苦笑いしてた。
あれ、私やっぱり間違えた…!?

「あの、えっと、今さらこんな勝手なこと言ってごめんね、でも」
「大丈夫だよ杏里、杏里の言いたいことはちゃんと伝わったから」

チョロ松お兄ちゃんが笑ってなだめるように言ってくれてほっとした。

「なるほどね〜じゃあこっからは本格的に潰し合いってわけだ」
「うわ負ける気しねー」
「は?セクハラしか能がないくせによく言うよね」
「は!?お前こそ猫しか能ねーじゃん!」
「俺いざとなったら切り札あるし」
「一松さぁ…金で心は買えないよ?」
「チッやっぱ聞いてやがった…」
「いやいやチョロ松兄さんこそ姑息だよね〜全員寝静まった頃に密会とかさ」
「は!?お前起きて…」
「うーわ何それ引くわー」
「お前に言われたかねーよ!つかそれ言うなら十四松もだろ!」
「えーっ!?ぼく何もしてないよ!」
「そうやって天然装うとこがたち悪ぃよなー」
「ねー」
「フッ…杏里、俺を選べば後悔させないぜ…」
「泣かせた奴が何言ってんだ黙ってろクソ松」
「そーだそーだー」
「カラ松兄さんなんかよりさ、僕の方が誰よりも杏里のこと分かってるよ?あ、ねえいっそのこと杏里の専属スタイリストとして一緒に住も「「「「抜け駆けしてんじゃねぇ!!!」」」」
「十四松、トッティに卍固め」
「ラジャー!」
「あーっ何でこんな時だけ話の流れ読むのーッ!?」

思わず笑ってしまった。
さっきまでの緊張が嘘みたい。

「あ、ねー杏里、俺も杏里の部屋普通に行っていいの?」
「うん、もちろん!お兄ちゃんたちみんな来てもいいようにちょっと広めのとこ借りたから、いつ泊まりに来てくれてもいいよ」

そう言うと、みんなため息をついて一斉にうなだれた。

「杏里…俺たちのこと兄と思わないんじゃなかったの」
「え…うん、そのつもりだけど」

一松お兄ちゃんの言葉に首をかしげると、チョロ松お兄ちゃんが「はっ」と声を上げた。

「杏里、お前それまさか大学の友達にも言ったりしてんじゃないだろうな!?」
「うん、言ったよ。お泊まり会とかしたいねって」
「ちょっ、それ男友達にも言った!?」
「う、うん…」
「はぁーッ!?何考えてんだよそんなのだめに決まってんだろ!!」
「え、そうなの?」

友達ならいいと思ってたんだけど、だめなのかな…

「やはり杏里に一人暮らしは不安だ…!」
「だめだめだめ!いくら友達でも泊めるのは絶対だめ!」
「いいか杏里!どんな男でも絶対家には上げるな!一歩たりともだぞ!」
「そしたら、お兄ちゃんたちも家に上げちゃだめってこと?」
「ぐっ…!!」
「くそっ…何だこのジレンマ…!」
「どうしよう、どっち取る!?」

真剣に話し合いを始めたみんなを見て、また笑った。
そこには今までと変わらないみんながいた。
チョロ松お兄ちゃんをおそ松お兄ちゃんとトド松お兄ちゃんがいじるのも、カラ松お兄ちゃんが一松お兄ちゃんにめちゃくちゃ言われるのも、十四松お兄ちゃんが急に誰かにプロレス技かけ始めるのも。



これでちゃんと正解だったのかはまだ分からない。
けど、一歩前には進めたんじゃないかな。

私達の長い夜が明けた気がした。