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お疲れ様でした、と礼をして従業員入り口から店を出る。
ドーナツ店でのバイトにも慣れてきた。もう少し笑顔を頑張りましょうと言われたが、他は問題ないらしい。
笑顔か。そんなに笑えてないんだろうか。
鏡でも見て練習するか、と考えながら歩いていると後ろから「小山さん!」と声をかけられた。
振り向くと、バイト仲間で大学生の小林くん。さっき一緒にあがったばかりだ。

「小林くんもこっちの道だっけ?」
「今日は彼女と待ち合わせてるんです」
「そうなんだ」
「あ、そうそう。これを渡そうと思って追いかけてきたんです。今日のロスの分、小山さんにも渡してくれって店長が」
「え、いいの?こんなに?」

ビニールの手提げ袋の中には、紙箱が三つ。
これにぎっしりドーナツが詰められているんだろう。全部で五十個近くは入ってるかも。

「俺今から彼女とご飯食べに行く予定なんで、できれば全部もらってくれるとありがたいんですけど…」
「うん、いいよ」

私もこんなに食べられないけど、おそ松達に分けてあげよう。
喜ぶだろうな。

「ありがとうございます…あっ小山さん今の顔ですよ!」
「え?」
「店長にもうちょっと笑ってとか言われてたじゃないですか。今の感じでやればいいんですよ」
「私今笑ってた?」
「無意識かぁー…!」

小林くんが困ったように笑った。

「うん、無意識だったかも。まだちょっと意識して笑うって感覚掴めなくて」
「まあ、あんまり気負わない方がいいですよ。表情固くなっちゃうし」
「そうだよね」
「それに、小山さんは自然にしてた方が可愛いと思います。それじゃ、僕はここで…お疲れ様でした!」
「ありがとう、お疲れ様。行ってらっしゃい」

小林くんが爽やかに笑って駆けていった。さすが、入ってすぐに熟女キラーと呼ばれだしただけのことはある。
あの笑顔を真似できればいいのか。帰って練習しよう。あ、その前に六つ子の家に…

「おい…」

何か低い声で話しかけられたと思ったら、いつからいたのかおそ松が背後に立っていた。

「あ、おそ松ちょうどいいところに」
「は?いいところ?」
「今からおそ松の家行こうと思ってたんだ。これもらったから」
「…あいつに?」
「そうだよ。でもこんなに一人じゃ食べきれないから、お裾分け」

喜んでくれるかと思ったけど、なんか表情が険しくなっていった。

「それより誰あいつ。仲いいの?」
「小林くん?うん、仲はいいんじゃないかな」
「何話してたんだよ」
「いい笑顔の作り方」
「…そういやお前、なんか笑ってたけど」
「うん。でもなかなか難しいね」
「…お前は…別に、そんな…無理して笑わなくても、自然のままでいいんじゃねーの……」
「それ小林くんにも言われた。でもやっぱりちゃんと笑えないと、気に入ってもらえないし」

今のところ接客態度に文句を言われたことはないけど、リピーターを増やすためにはお客さんに気に入ってもらわないとね。
ああそうだ、おそ松の笑顔も人懐っこいし参考になるかもしれない。
と思っておそ松を見たら、よりいっそう険しい顔つきになっていた。

「はぁー?笑わないと気に入ってくれねぇ奴のことなんかほっときゃいーんだよ!」
「いや、そういうわけにはいかないんだよね」
「何でだよ…あいつの方がいいのかよ」
「うんまあ、あれは憧れるかな」

練習してもあんな爽やかな笑顔はできる気がしない。
元々の資質が違うんだろうな。

「………あいつ何なの。大学生かなんか?」
「そうだよ。学業と並行でバイトもやってて偉いよね」
「どーせ俺はクソニートですよ」
「あ、いや、皮肉で言ったんじゃないよ」
「るせぇ!杏里の裏切り者!」

私にリア充の知り合いがいるのが悔しかったんだろうか。
別に友達になるのにリア充とか非リア充とか関係ないと思うけどな。

「何なんだよ俺ばっかり気にしてバカみてーじゃん…」
「私は気にしてないよ」
「バカ!気にしろ!してよ!」
「今さらだと思うけど…」
「おいお前ら、何騒いでんだよ」
「あ、チビ太くん」
「よう杏里、久しぶりだな」

買い出しにでも来てたのか、チビ太くんと出会った。

「何やってんだ?」
「チビ太には関係ないね」
「いい笑顔をどうやったら作れるかって話をしてたんだけど…」
「は?ちげーだろあの小林とかいう奴の話だろ!」
「あ、メインそっちだった?」
「相変わらずすれ違ってんな…小林って誰だ?」
「私のバイト仲間」
「で大学生でリア充なんだってよ!」
「はぁ、お前らの言いたいことは大体分かった。ま、頑張れよおそ松。リア充相手じゃ厳しいかもだけどなぁ?」

ケケッ、とチビ太くんが笑う。

「るせぇ…俺だって…俺だって別に負けてる気しねーし…!」
「リア充っつーからには女からモテてんだろ?お前モテてた試しあったか?」
「うっ…」
「え、おそ松ってモテたことないんだっけ?」

彼女がいたことないのは知ってたけど、人懐っこいし寂しがりだから、女の子から可愛いとか言われてそうだと思ってた。

「杏里までそんなこと言う…!」
「あ、ごめん別にバカにしたとかじゃないよ、意外だなって…」
「意外っつか見たまんまだと思うけどなぁ、オイラは」
「うるせぇうるせぇ!!俺だってな、やれば……」

急に言葉が途切れたと思えば、不敵な笑みを浮かべだした。

「…そう、俺だってやるときゃやってんだよ…そーいうわけでチビ太、行くぞ」
「は?何が?どこに?」
「じゃーな杏里!俺たちは急用を思い出した!今に見てろ!」
「おいちょっ首を掴むな!オイラは急用なんかねぇんだよ!おい!おそ松…!」

チビ太くんの首根っこを掴んだおそ松は、走ってどこかに行ってしまった。すごいパワーだ。チビ太くんの叫び声がかすかに聞こえる。
今からドーナツ分けに行こうと思ってたのにな。
まあいいか。おそ松の分だけ取っておいて後の五人にあげに行こう。
そう思った私は、松野家へと向かった。

「ごめんください」
「あ、杏里ちゃん!久しぶり〜!」
「なんかいー匂いするね!」
「ドーナツだよ。バイト先でもらってきたんだ。こんなに食べられないし、みんなにあげようと思って」
「ありがとう杏里ちゃん。あ、杏里ちゃんも食べていきなよ」
「いいの?ありがとう」
「フッ…拒む理由など無い…!」
「なんかいるけど無視していいよ」
「あ、一松…さすがに猫はドーナツ食べられないよね」
「いいよ気にしないで」
「ドーナツ!ドーナツ!」
「これちょっと温めるとおいしいんだよね〜」
「そうなんだ、好きにしてもらっていいよ」

居間に通してもらって、みんなで紙箱を開けた。ところ狭しとドーナツが詰められている。
おそ松の分を取っておいてからみんなで分け合って食べていると、玄関の戸が勢いよく開く音がした。

「杏里!いんだろ!」
「帰ってくるなりうるさいなぁ…」
「おそ松兄さんがいなくてわりと平和だったのに」
「うん、いるよー」

スパンと襖が開けられて、やけに自信ありげなおそ松が入ってきた。

「杏里、これを見ろ!」
「え?なに、写真?」

手渡された写真を見ると、おそ松と見知らぬ美少女がツーショットで写っている。
ツインテールで小柄なその女の子はすごくしかめっつらな顔をしているけど。

「誰これ?」
「え〜別に〜?名前とか覚えてねーなぁー俺モテるからぁー」
「え、これチビ」

何かを言いかけた十四松がおそ松に口を封じられている。

「今だけは余計なこと言うんじゃねぇ頼むから…!」
「十四松、この子のこと知ってるの?」
「うーーー」
「僕たちは前に一回会ったことあるけど、それ以上は知らないなぁ〜」
「トッティナイス!」
「後で何かおごってねー」

六つ子の知り合いに、トト子ちゃん以外でこんなに可愛い子がいたとは知らなかった。
一体どこで知り合ったんだろう。

「どうだ杏里、その写真見てどう思う?」

おそ松が何やらにやにやしながら聞いてくる。

「どうって、可愛い子だね」
「だろ?お前より断っっ然可愛い子だろ?」
「うん」
「…で?」
「え?」
「後はなんかねーのかよ。ほら俺がこんな可愛い子と知り合いなんだぞ?」

それを聞いてなるほどと思った。
さっきモテるモテないの話をしていたから、美少女と知り合いであることをアピールしに来たんだろう。

「うん、よく分かったよ。リア充だねおそ松も」
「そーだよ。何なら俺この子に抱き付かれたりしたからね?」
「そうなんだ。良かったね、彼女出来そうじゃん」
「…お前、俺がモテてたら嬉しいの?」
「え、まあ、そうかな」

私というよりおそ松が嬉しいんじゃないだろうか。
友達が喜んでるならこっちだって嬉しいしね。
しかしおそ松はどんどん元気が無くなって部屋の隅にうずくまってしまった。

「どうしたの…?」
「………杏里のバカ……」
「ほんと浅はかだなこの人…」
「バカ丸出し」
「うるせぇ!バーカ!杏里のバカ!!」
「おそ松、モテて嬉しくなかった?」
「…いくらモテたって本命に好かれなきゃ意味ないんだよ…」
「ああ…」

そうか、トト子ちゃんのことか。
知らず知らずのうちにおそ松を傷付けてしまっていたらしい。
おそ松の横に座って背中に手をかけた。

「だったら、他の女の子と仲いいアピールとかしない方がいいんじゃないかな」
「え…?逆効果だった…?」
「うん。だって、自分じゃなくて他の子がタイプなんだなって思っちゃうじゃん」
「……俺は!こんな子全っ然タイプじゃねーから!」
「あ、そうなの?」
「そう!そうなんだよ!もっと俺はこう…何て言うか……お、お前、みたいな…!」
「私?」

私みたいな女の子ならそこら中にいると思うけどな。結構守備範囲は広いらしい。

「おおっ遂に言った…!」
「さあどう出るんでしょうか!」

後ろで五人が実況を始めた。
もしかしてドーナツをもう全部食べてしまったんだろうか。このままだとおそ松の分まで手をつけられてしまうかもしれない。

「そうなんだ、それよりドーナツ食べない?」

何となく場が凍った気がした。
こうなるのは三度目だ。

「………ドーナツ……それより、ドーナツ………」
「さっきトド松が温めてくれたんだよ、冷めないうちに」
「……ぅぅ…」

泣かせてしまった。真剣に話を聞いてないと思われたか。

「ご、ごめん…別にいい加減に聞いてたわけじゃないよ、私みたいな子だよね?いたら紹介するね。私も探してみるから…」
「…うっ…ぅ…」
「杏里ちゃんはスルースキルが高いんだったな、そういや…」
「珍しく頑張ってギリギリのラインまで行ったのにね」
「脈無しじゃない?」
「こら一松!」

一松の言葉でさらに傷付いたのか、おそ松がドーナツをやけ食いし始めた。かわいそうなことをした。

「いっぱい食べると喉詰まっちゃうよ」
「るせぇバカ!!」
「ごめんね」
「うぅっ…」
「おそ松は表情豊かだから見てて楽しいし、いつも明るいのにたまに寂しがりなところがあったりして、ギャップがあって可愛いと思うよ」

おそ松にはたくさんいいところがあるんだから、たとえ本命がだめでもきっと好きになってくれる女の子はいるはず。
そう思って長所を並べ立てていたら、おそ松が潤んだ目でこっちを見た。

「ほんとに…?」
「うん」
「お前、そう思ってんの…?」
「うん。…ふふっ」

泣きながらドーナツを頬張る姿が面白くて思わず笑ってしまった。
まずい、真剣に慰めている途中なのに。
おそ松の手からドーナツがぽろりとこぼれた。床に落ちる前に慌てて受け止める。

「ごめん、今のバカにはしてないよ。はい」
「……」

ドーナツを渡したら机に突っ伏してしまった。
小声でみんなに話しかける。

「…どうしよう、怒らせちゃったかな」
「いや、ほっといていいよ。色々こらえてるだけだから」
「杏里ちゃんが笑ったとこ久しぶりに見たなー」
「私普段そんなに笑えてない?」
「うん、別に無愛想ってわけでもないんだけどね」
「やっぱりそうなんだ」
「杏里も俺も今のままでいいってことなんだよ!な、杏里!」
「うわ復活早っ」
「うん、そうなるのかな」

笑顔の練習はゆっくりやればいいか。
あ、そうだ。

「おそ松、写真撮らせてよ」
「えっ、何で」
「おそ松見て勉強しようと思って」
「おそ松兄さんを見て何の勉強になるわけ?」
「まさか杏里ちゃんもニートになりたいわけじゃないよね?」
「そんなのやめてよ、僕らの唯一の良心なんだから」
「は?俺を参考に色々学べんだろ、カリスマ性とか」
「クズ性の間違いでしょ」
「笑顔の練習だよ。バイト先で笑顔を頑張りましょうって言われたから」
「笑顔、の作り方…あーっそういうことかよ!小林と話してたのもそういうことか!」
「誰小林って」
「バイト仲間。小林くんは笑顔が爽やかだけど、私はなかなかできないからおそ松のを参考にしようかなって」
「いーよいーよ、存分に俺を真似ろ!ま、万年仏頂面のお前には難しいかもしんねーけどな!」
「ほらまたああいうこと言うから意識されないんだよ、ほんとバカだよね」
「というか、あれは暗におそ松は爽やかじゃないって言われてるんじゃないのか?」
「しっ、せっかく立ち直ってんだから黙っとこう」
「落ち込んでも立ち直ってもどっちにしろめんどくさいよねおそ松兄さん」
「うんめんどくさい!」

こうして何だかご機嫌のおそ松の写真を撮らせてもらった。
いつか笑ったお前の写真も撮らせろ、と言ってきたので頑張ろうと思う。