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悪夢のような一時から抜け出した後、私は魚忠でトト子に猛特訓を受けた。

「っていうか何で杏里ちゃんなわけ!?私じゃ不満だって言うの!?」
「え、トト子はあいつらと関係結んでもいいの?ワンパンで終了されるって聞いたけど」
「まあ当然よね、絶対嫌。でも求められたいのよ。この乙女心分かる?」
「全然分かんないから代わってよ」
「私アイドルだから誰か一人のものにはなれないの。今まで通りちやほやさえしてくれたら誰が杏里ちゃんと付き合おうがどうでもいいわ」
「その姿勢ほんと尊敬するわトト子」
「ありがと〜!あっまたライブやるから見に来てね!」

ライブチケットを千円で買わされた。授業料と思えば別にどうということはない。
ただトト子のような鋭いキレのあるパンチの習得は、なかなか難しかった。

「でも筋はいいわよ、杏里ちゃん。後は思い切りが大事だから」
「思い切りね…」

ああいう目に遭わされても、まだ心のどこかに迷いがある。
それはあの六つ子が一応今も友人という認識だからだ。友人を傷付けるのはちょっとな…

「ねえ杏里ちゃん、よく考えてね。何かあってからじゃ遅いのよ?既成事実を作られたらおしまいなの」
「…それもそうだよね」
「あの童貞共の底力なめちゃだめよ」

昔から付き合いのあるトト子の言葉は説得力が違う。
ありがとうございました、と礼をして魚忠を後にする。
このワンパンでどこまで自分の身を守りきれるのかは分からないけど、こういう事態になってしまったからにはしょうがない。
でもできればなるべく穏便に済ませたい。
そう思っていた矢先、後ろから手首を掴まれた。

「杏里見ーっけ」
「ヒィィィ!」

どうしてここにおそ松が…!?
確かに松野家を出てから軽く数時間は経ってるから、その間に戦争が終結していて六人が外にいてもおかしくはないけど。
黙って家を出てきたという良心の呵責もあり、無理に手を振り払えない。というか、今のところ声かけられただけだし。

「え、そんなびっくりする?」
「いや、ごめん急に腕掴まれたから」
「あーそっかそっか、ごめんごめん」

へらりと笑うおそ松からは何ら変化は感じ取れない。

「だってさ、いつの間にか杏里いなくなってんだもん。いたら声かけるでしょー」
「ごめん…邪魔しちゃ悪いかと思って」

自分が仕掛人なのだからこの言い草はどうかと思ったが、おそ松は「いいよ」と笑った。

「あれで杏里傷付けるわけにはいかないし」
「…ありがとう」
「あーそんでさ、一応あの後冷静になってちゃんと話し合って、一旦休戦なってことになったから。杏里見つけたら言おうと思ってたんだよ」
「あ、そうなんだ」
「そーそー。悪かったよびっくりさせて」

私が思っていたより深刻な事態には発展していなかったようだ。胸を撫で下ろした。

「で、どっか行くの?」
「んー特に用事もないし帰るだけだけど」
「ふーん、じゃあちょっと俺に付き合ってよ。……いやいやそういう意味じゃなくて、普通に」

『付き合う』という言葉に少し引いたらおそ松が慌ててフォローしてきた。
どこに行くのか聞くと競馬場と答えた。
競馬場なら人も多いし、何かされても周りに助けを求められるだろう。
いいよと言うと、「杏里も一緒に予想してよ」と新聞を渡された。
近くの公園のベンチに座って馬評を二人で眺めるが、私には競馬の知識がないのでよく分からない。

「全然分かんないんだけど」
「どれでもいーよ、これ!って思ったの選んで。俺自販機で何か買ってくるわ」

おそ松が新聞を私に預けたまま、向こうの自販機へと歩き出した。
好きなの選べって言われても本当に分からない。
それに、何だろう。いつものおそ松に見えて何か違うような。
もやもやした気持ちでとりあえず馬評を眺めていると、急に目の前にペットボトルを出された。

「ほい」
「わ、びっくりした」
「杏里の分。それ好きだろ?」

渡されたのは好きなメーカーのレモンティー。
知っててくれてたんだ。

「ありがとう」
「いーえー」

そう言っておそ松が横に座る。
最近飲んでなかったから普通に嬉しい。
蓋を開けて飲もうとした。
が、その瞬間、さっきからの小さい違和感が一つに繋がった。

「おそ松、これどこで買ってきたの?」
「え?あそこの自販機」
「これ生産中止になったはずだけど」

そう、最近飲んでなかったのは生産中止で店や自販機から姿を消したからだ。
そしてもう一つ。
競馬にどっぷりのめり込んでいるおそ松が、私のような素人に対して何の説明もせずに『どれでもいいから馬選べ』なんてことを言うわけがない。
何故なら他人が勝った金も当てにする気でいるからだ。
常に本気で金と勝ちを狙いに行くゲス、それが松野おそ松という男なのである。
私は蓋を開けようとした手をそっと下ろした。

「………チッ」

横で舌打ちが聞こえる。

「ねえ、これどうやって手に入れたの」
「たまたまだけど?」
「嘘つけよ。これ中身何?」
「飲めば分かるって」
「お前に飲ませんぞ」
「だいじょーぶ、ちょっとふわっと意識なくなる系だから」
「犯罪者!ここに犯罪者がいます!」

おそ松にレモンティーを投げつけると同時に立ち上がって距離を取る。
やはり私はこいつらを見くびっていたらしい。
あの六つ子戦争の後、デカパン博士を言いくるめて作らせた…恐らくそんなところだろう。
私の投げたレモンティーを片手で簡単に受け止めたおそ松は、もう先ほどのへらへらした態度ではなかった。
六人に囲まれて手首を掴まれたあの時と同じ顔。

「大人しく飲んでてくれたら痛い思いさせなかったと思うよ?」
「痛い思いしなきゃオッケーってことじゃないからね?」
「よくトト子ちゃんに言われんだよねー、既成事実ですら作りたくないってさ…てことは裏を返せば作っちゃえばこっちのもんってことだろ?」
「何で現代社会はこんな奴を野放しにするんだよ…」

じりじりと間合いを詰めてくるおそ松と、そっと後退りを始める私。
おそ松は六つ子の中でも一番喧嘩が強いと聞く。
本気で捕らえられたら終わりかもしれない。その前に刺さなければ。
さっそくトト子直伝のボディーブローを使う時が来たようだ。気付かれないように拳を握った。

「杏里ー、俺マジで本気だよ?本気と書いてマジの本気だよ?」
「私のこと本気で想ってくれてるなら何でこういう手段に出ちゃうんだよ」
「何事も手に入れてからが本番、ってな!」

さっきから言ってることがよく分からないが動きは速い。
一歩間合いを詰めるやいなや、私の付け焼き刃の拳はいとも簡単に抑え付けられてしまった。
喧嘩慣れしている。
まずい。非常にまずい。

「近くで見るとますます可愛いなー杏里ってば」
「この怒りの形相が目に入らないってか」
「大丈夫大丈夫、よーしよしよし」

腕を掴まれて固定されたまま頭を撫でられる。
落ち着くどころじゃないが、とりあえず冷静になろう。
おそ松は今私を捕まえてご機嫌だ。
言うことを大人しく聞いておけば隙が出来るかもしれない。
が、これほど強行手段に出ているおそ松に死角なんて出来るだろうか。

「お、落ち着いた?」
「…少しは」
「まー俺も若干緊張してるし、お互い様ってことで」
「緊張?してんの?」
「だって、とうとう夢にまで見た杏里で童貞卒業だよ?しかもあいつら出し抜いてさぁ…クックックッ、やっぱ長男様が何でも一番ってこっ…!!」
「えっ?おそ松?」
「いっでぇぇぇぇ…!!」

急におそ松が断末魔を上げてずるずると地面にうずくまった。
その拍子に手も離れたので少し後ろに下がった。
おそ松は頭に手を当てて呻いている。
そしてその後ろに、

「なぁーにが長男様だよ、っざけんな」
「…チョロ松がやったの?」
「っく…チョロ松かてめぇぇ…!」
「杏里ちゃん大丈夫?このクソ人間になんかされてない?」
「っだぁっ!おいチョロ松!兄を踏んでいくな!」
「いや、私は別に何も」
「そっかぁ、良かったー…この蛆虫に僕の杏里ちゃんが毒されてたらどうしようかと思った」

柔和な笑みのチョロ松が、おそ松を乗り越えて私の手をしっかりと握る。
私の目はチョロ松の持っている黄色の板に釘付けになっていた。

「チョロ松、それ何」
「え?ああこれ?杏里ちゃんは知らなくていいよ、ただの看板だから」
「看板?」
「覚えてろチョロシコスキー…!」

それがおそ松の最後の呻きだった。
チョロ松がその黄色の看板でとどめを刺したため、何も言わなくなってしまった。
ひどいことになってしまった。
私が黙っておそ松に付いていけばこんなことにならなかったんだろうか。
いや、それはそれで別のバッドエンドが待っている。
トト子のように有無を言わせず一撃でねじ伏せる。これが最善の策だったのだということを、私は今身をもって知った。

「さ、杏里ちゃんどこ行く?」
「え」
「いやほら、いきなりそういうことをするのは違うと思うんだ。このクソ長男みたいに獣みたいに杏里ちゃんに襲いかかろうなんて間違ってるよ」
「そのクソ長男には襲いかかっていいんだ」

てか不法侵入計画立ててたよな?

「これは襲ったんじゃなくて正当防衛だよ。とにかく、お互いのことをよく知るためにまず、で、デートでもできればなって…」
「チョロ松は暴力さえ除けばまだまともな部類だね」
「そりゃそうだよ、六つ子の中でまともなの僕だけだし、杏里ちゃんのこと一番良く知ってるのも僕だよ」
「一応言うけどさっきの褒めてないからね。暴力の要素が強すぎなんだよ…良く知ってるってどういうこと?」
「僕杏里ちゃんのSNSとかまめにチェックしてるから。杏里ちゃんの研究と考察を日々重ねてるよ」
「私そういうのやってるって言ったことないよね」
「そうだっけ?あーでも最近やめちゃったよね、あれ何で?」
「ちょっと前からしつこくプライベートな質問してくる奴がいて嫌になってやめたんだけど今全ての謎が解けたわ」
「そうなの?良かったね」

あははと爽やかに笑うチョロ松に闇を感じた。
これはおそ松同様、刺激するとまずい。
おそ松よりもいくらか紳士的なのがまだ救いだ。
トト子仕込みのワンパンは通用するだろうか。
一見ひょろひょろしてそうに見えるが、あのおそ松に背後から気配もなく近付き、ためらわず頭に看板を振り落とせるような奴だ。
そういえば、トド松と同じでいざという時わりと冷徹になれるのもこいつだった。
次はないから、と感情のない声で言われたのも記憶に新しい。
私は覚悟を決めた。
最初は多少言いなりになっておいて、いざとなったら女性という武器をふんだんに使って逃げよう。
私はしおらしく俯いた。

「…分かった。で、どこ行く?」
「一応考えてきてはいるんだ。これアジェンダね」
「アジェンダって何だよ予定表って言えよ」

おそ松がいつ復活するか分からないのでその場に留まる。
危険度が二倍になると思われるかもしれないが、おそ松が起きればまず確実にチョロ松を消しにかかるだろう。
そこを狙って逃げられればいいのだが、あいにく起きそうにない。
病院に連れて行った方がいいんじゃないだろうか。

「ね、チョロ松。その前におそ松を安静に寝かせてあげたいんだけど」
「杏里ちゃんは優しいけど、そこがこのクズに付け入られるんだよ?一回きっちり拒絶した方がいいよ」
「何度もしてるんだけどねお前にも」
「とにかく!おそ松兄さんじゃなくて僕のこと考えてよ…」

しょんぼりとする様はさながらトド松のようだが、チョロ松は計算ではなく心の底からの感情表現なのが別の意味で厄介だ。

「おそ松が地面に一人転がってるって思ったら、チョロ松とのデートも楽しめないよ」

こちらも悲しい顔を作ると、チョロ松の表情はぱっと明るくなり「デカパン博士のところに連れて行こう」と言ってくれた。
チョロい。ひとまず安心した。



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