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「「「「「「お願いします、デカパン博士!!」」」」」」

デカパン博士の研究所にて、六つ子の揃った声が響き渡る。
いつになく真剣な顔で、ここぞという時にしか着用しないスーツを着込み九十度に腰を曲げている、それはそれは丁寧なお辞儀。
六人揃っての懇願などめったに見れるものではないが、彼らは博士に一体何をお願いしているのか。

「博士、一生のお願い!」
「どうか俺達の心を汲んではくれないか…!」
「僕達真剣なんだ!」
「…博士にしかできないから」
「お願いしまぁぁす!!」
「博士だけが頼りなんだよ〜!」
「そんなこと言われてもダスなぁ…」

詰め寄る六人は誰もかれも血走った目をしており、博士は思わず後退りを始める。
それほど、六人の執念は凄まじかった。
彼らは一体何を…

「「「「「「杏里ちゃんが俺/僕を好きになる薬を作ってください!!」」」」」」

私利私欲のためであった。

六つ子が口にした「杏里ちゃん」とは、小山杏里という女性のことである。
年齢は六つ子と同じぐらいであり、元々はトト子の友人であった。トト子を介して六つ子と杏里は知り合ったのである。
杏里は可愛いのはもちろんのこと、天使のような純粋さと女神のごとき包み込むような優しさ(六つ子談)で、六人のハートを一瞬で撃ち抜いた。
何とか彼女をものにしたいとあの手この手でアピールするも、彼女は恋愛事にはかなり鈍いらしく未だに全員『お友達』の関係から抜け出せないでいるのだった。
いい加減決着をつけたい。
自分だけのものにしたい。
業を煮やした六人は、とうとう強行手段に出たのだ。

「駄目ダス」
「何でだよ!」
「博士なら何でもできるんじゃないの!?」
「そりゃあ作れないことはないダスよ。でも人の心を薬で動かすというのはちょっと…」
「そんなのこの際問題ないって!」
「俺は杏里ちゃんが好きで杏里ちゃんも俺を好き…何か問題あるの?」
「いや、そういうことを言ってるわけじゃ…」
「いいから早く作ってよー!!」
「それとも何〜?大口叩いといて博士はその程度の薬も作れないってこと〜?」
「なっ…!バカにするのもいい加減にするダスよ!こんなのちょちょいのちょいダス!」

どうにか博士を焚き付けた六人はにやりと笑みを交わし、薬が出来上がるのを待った。
そして一時間ほど経った頃、ついにそれは完成した。

「ほら、皆さんのお望みの物が出来たダスよ」

博士の手には栓のされた試験管が握られていた。中には透き通るようなピンク色の液体が入っている。

「よっしゃあ!ありがとデカパン博士!」

おそ松が試験管を取ろうとすると、博士はその手をさっと避けた。

「ちょっ、何するんだよ博士!」
「これを君たちに渡す前に聞いてほしいことがあるダス」
「何だよ」
「この薬を飲んだ人が誰かに心の底から惚れ込む…それは間違いないのダスが、注意してほしいことがあるダス」
「注意してほしいこと…?」
「何何?」
「この薬を飲んだ人は一時的に気を失うのダスが、目覚めた時に一番最初に見た人を好きになるのダス。鳥のヒナが最初に見たものを親だと思い込む、刷り込みという現象と同じダス」
「…てことは」
「杏里ちゃんが起きた時に、一番に俺を見てくれるようにしなきゃいけないってことか…!」
「その代わり効果は絶大ダス。一生その人無しでは生きていけないぐらい惚れ込むダス」

六人は各々、杏里が自分無しでは生きていけない状態になった姿を想像してだらしなく、そして悪魔のように笑った。

「フッ、分かったよデカパン博士…俺と杏里の祝福されし未来を祈っ」
「黙れクソ松」
「やったー!杏里ちゃんとずーっと一緒にいれる!」
「十四松ー?杏里ちゃんとずーっと一緒にいるのはこの長男様だからな?」
「はっ、おそ松兄さんは詰めが甘いから無理でしょ」
「そういうチョロ松兄さんもクソ童貞のくせしてよく言うよね〜」

互いにけなし合いながら帰宅した六人はさっそく杏里を呼び出した。
たまたま休みだった杏里は六人の誘いに応じ、飢えに飢えたハイエナ共が待ち構えているとも知らずに松野家の敷居を跨いだ。

「あのね、みんなで食べようと思ってお菓子買って来たんだよ!食べる?」
「食べる食べるー!」
「さっすが杏里ちゃん!」
「杏里ちゃん好きだ!」
「黙れ長男!」

杏里を座らせ、彼女が持ってきたお菓子を広げる。

「あっそうだ、お茶入れてくるね〜」
「あ、ありがとうトド松くん」
「ううん、いいよ!杏里ちゃんは座ってて」

トド松が自然な流れで席を立ち、杏里には気付かれないよう他の五人とアイコンタクトを取る。
トド松が先ほどの惚れ薬を持っているのは、言うまでもない。
そして、何の疑いもなくトド松が入れたお茶を飲み干した杏里は、ぱったりと気を失った。

「ククククッ…これでようやく杏里ちゃんが俺のものに…!」
「さっきから思ってたんだけどさぁ、おそ松兄さん勘違いも甚だしいんだよなぁ〜」
「だよねー!」
「誰を一番最初に見るかで決まるんだろ?」
「ってちょっ、一松!杏里ちゃんの顔を覗きこむな!頭を固定するな!」
「うるさい。俺は一生杏里ちゃんと猫に囲まれて暮らす。邪魔すんな」
「はぁぁー!?一松こそ勘違いも甚だしいんだよ!」
「ぼくはね!ぼくはね!野球チームが二つできるくらい子供作るんだー!!そんで試合する!!」
「アホかお前!どんだけ絶倫なんだよ!杏里ちゃんに無理させんじゃねーよ!」
「そーいうチョロ松兄さんはくっだらないこと考えてそうだよね〜」
「あー分かるわ、童貞丸出しの発想しそう」
「お前らなぁ…!!」
「じゃあ言ってみ?杏里ちゃんと何したいか言ってみ?」
「ぐ…っ、えっ…と…服の袖引っ張られたい…」
「この童貞が!って言おうとしたけどやばいそれ俺もやってほしい!」
「…急に後ろからフード被せられたい」
「いたずらでってことね!?分かるよ一松兄さん!」
「だーれだ?とか言われてぇ!」
「分かるー!」

…などと騒ぐ男達を尻目に一人沈黙を守っていたカラ松だったが、とある疑問が浮かんでいた。

「なぁ、杏里はいつ目覚めるんだ?」

その一言でざわめきが止む。
六人の視線は、眠っているように見える杏里に注がれていた。

「確かに、俺らがこんなに騒いでるのに全然起きないね」
「気絶してる人ってこんなに眠ってるもんなの?」
「さっきから見てたが、身じろぎ一つしてないぞ」
「まさか呼吸止まってないよね?」
「…あのポンコツ博士、薬の調合間違えてないだろうな…」
「何か、すげー不安になってきたんだけど…」

小声でこそこそと話し合う六人。
その間にも、杏里は微動だにせず眠っている。
しばらく見守っていたものの杏里は気を失った時のままで、変化が見られる様子はなかった。
六人は話し合い、全員でデカパン博士の元へ事情説明を求めに行くことにした。
誰かを残していけば、杏里が目が覚めた時に断然有利な状況になる。
全員で出かけ、全員で帰ってくる。暗黙の協定が作られた。しかし結局その協定は何の意味も成さなくなるであろうことは誰もが気付いていた。
六人は形だけの同盟を結び、デカパン博士のところへ向かった。



一方その頃、六人とは入れ違いに松野家へと向かっている人物がいた。

「今日こそはツケを取り立ててやる…!」

おでん屋を営むチビ太である。
彼はいつまでたってもツケを払わない六つ子に直接喝を入れに来たのだ。
チビ太が松野家を訪れると、ニート共の母親である松代さんが出てきた。

「ごめんなさいね、あの子達ついさっき外出したばかりなのよ」
「そうなんですか…くそっ、逃がしたか…」
「でもすぐ戻ってくると思うわ。上がって待っててちょうだい。今杏里ちゃんも来てるのよ」
「杏里が?」

チビ太も杏里のことを知っていた。
六つ子に連れられておでんを食べに来たのが最初だが、自分の作ったおでんを「おいしい」と気に入ってくれ、今でも遊びに来てくれる女の子だ。
チビ太にとってはいいお客さんであり、大事な友人の一人でもあった。
そんな杏里は六つ子に怖いぐらいの好意を寄せられているのだが、全く気付く気配がない。
今日も急に呼び出されて猛アピールをされてるんだろうな、と思ったが、あの六人が杏里をほったらかしにして外出したというのが少し気になる。
まあ、オイラには関係ねぇな。杏里がいるならあの六人を待つ間も退屈しなくて済むだろ。
そんなことを考えながら六つ子の部屋の戸を開けると、杏里はソファーに寝かせられて寝ているようだった。

「あいつら、寝てる杏里を置いていきやがったのか…?」

一体何を考えてやがんだ、と呟きながら、そこらにあった毛布をかけてやる。

と、杏里の体が少し動き、ゆっくりと目が開いた。

「お、杏里悪ぃな、起こしちまっ――――」



その頃デカパン博士から「眠る時間は人によって様々ダスが、二十四時間以内には必ず目を覚ますダス」と聞いた六人は、競歩の選手も裸足で逃げ出すほどのスピードで、一列に並んだまま帰宅した。
家に入り一目散に部屋を目指す彼らだったが、その前に母親に呼び止められた。

「あんた達、またチビ太くんのところのツケを払ってなかったでしょう」
「母さん、今それどころじゃ」
「チビ太くん、部屋に通しときましたからね」

…まるで時間が止まったようだった。
六つ子は同じ顔で、同じタイミングで、一斉に母親を見た。

「…チビ太…部屋に…いるの…?」
「ええ。それよりみんなで私を見るのやめてちょうだい」

母親の言葉は既に聞こえていなかった。
六人は目にも止まらぬ速さで母親の横をすり抜け、階段をかけ上がり、部屋の戸を開けた。
そこには、危惧していた最悪の事態が現実となっていた。


「チビ太くん、好き…」

見たこともないうっとりした顔、甘い声でチビ太にすがり付く杏里と、

「あっ!お前ら帰ってきやがったな!何だよこれ!てめぇら杏里に何しやがった!」

杏里を振りほどこうにも乱暴なことは出来ず、困り果てているチビ太の姿だった。


「…チビ太…とりあえず、一回死ぬ…?」
「は、はぁ!?意味分かんねぇよ!」
「僕の杏里ちゃんがぁぁぁぁっ!?」
「杏里ちゃんそいつから離れてぇ!頼むからぁっ!」
「……お、終わった………」
「何で!?何でこうなるのー!?」
「フッ…夢だこれは…そう、夢……」

愕然とする六人に、何が何だか分からないチビ太。
そして愛おしいものを包み込むかのようにチビ太に抱きつく杏里。
まさに地獄絵図である。

「お、おいおめぇら、ちゃんと説明しろ!何でこうなった!」
「知らねーよボケ!何で家来てんだよ!」
「空気読めよおでん馬鹿!」
「馬鹿!」
「何でオイラが責められなきゃなんねーんだ!元はといえばてめぇらがツケ払わねぇから…」
「うるさいもう死ね」
「あはははは!あはははは!」
「夢なら…夢なら早く覚めるんだ…」
「おいおかしくなってる奴が二名ほどいるぞ!トリップすんのは後にしてとにかく説明しろって!」
「うるさいボケ!チビ太の馬鹿!」
「二度と顔見せんじゃねえ!」
「はぁぁ!?」

罪の無いチビ太がいわれのない暴言を受けている状況に、ついに彼女が口を開いた。

「やめて」

可愛らしくも凛とした杏里の声に、場が一瞬で静まり返る。
自分の愛する人がけなされているのを見て、杏里は心を痛ませて泣いていた。

「チビ太くんにそんなこと言う人なんて…きらい」

それは六つ子にとって死刑宣告も同じだった。
雷に撃たれたように声もなく立ち尽くす六人は、今しがた暴言を浴びせられていたチビ太ですら同情を覚えるほどだった。

「きら…きらい…」
「…」
「…杏里ちゃ…」
「あ、お、おい、お前ら…」
「はは、ははは…」
「…死のう…」
「おおおい!一松!カッターしまえ!」
「僕…何で生きてるんだっけ…」
「しっかりしやがれ!ああくそ…!」

さっぱり分からない状況だが、とにかく何らかの手違いで杏里が自分に惚れ込んでいることは分かった。おそらくは六つ子の良からぬ企みだったであろうことも。
チビ太はとりあえず、自殺しかねない六人を落ち着かせるためこの場にいる全員をなだめることにした。

「な、なぁ杏里、簡単に人に嫌いなんて言うもんじゃねぇぞ?こいつらに謝りな」
「うん…ごめんね、みんな」

口調は薬を飲む前と何一つ変わらない、本当に申し訳なさそうな謝罪。
しかしそれは悪いと思っているからではなく、チビ太に諌められたからであることを六人は見抜いていた。

「…う、うぅ…」
「とりあえず座れよ…何があったのか話してくれ」

さめざめと泣き出した六人を座らせる。
杏里に一応は優しい言葉をかけられたためかだいぶ大人しくなった六つ子。
しかし杏里がよりいっそう強くチビ太に抱き付くのを見て、六人はもう人格崩壊寸前だった。

「杏里、ちょっとの間でいいから離れてくれねぇかな」
「!…どうして…?」
「どうしてって…」
「私、チビ太くんともっとくっつきたい…チビ太くん大好き」
「っあ゛ーーーーーっ!!!やっぱり俺死ぬわ!!!もう生きてらんない!!!」
「ちょっ落ち着け!落ち着けおそ松!ちゃんと事情を話してから死にやがれ!」

そうして壊れかけの六つ子からデカパン博士の惚れ薬の話を聞き出したチビ太は、大きくため息をついた。

「何だよ、ただの薬の効果じゃねえか…」
「何でチビ太そんなに平然としてられんの!?」
「だぁから、んなもん薬のせいでそうなってるだけじゃねぇか。効果が切れたら元に戻るってことだろ?」
「…でも、デカパン博士は一生好かれるって」
「僕やだよー!杏里ちゃんがチビ太に引っ付いてるの見たくないー!」
「あーあーあーもう、お前らみんな揃ってアホばっかりだな!薬のせいでこうなってんなら、博士に言って元通りになる薬作ってもらえばいいじゃねぇか!」

チビ太の言葉は六人にとって衝撃であった。
全く思い付かなかった解決法。
六人はにわかに元気を取り戻し始めた。

「よし行こう!今すぐ行こう!さあ行こう!」
「お前らなぁ…」
「一刻も早く元の杏里ちゃんに戻ってもらうんだ!」

こうしてチビ太と杏里をつれて三度デカパン博士のところへ戻ってきた六人。
改心した、人の心は薬で動かすものじゃないとかなんとか都合の良いことを並べ立て、心底呆れ顔のチビ太の横にいるデカパン博士を感動させた。
そして惚れ薬の効果を打ち消す薬を待つ間、杏里にべたべたされているチビ太を恨めしそうに眺めているのだった。

「さあ、出来たダスよ」
「ありがとうデカパン博士!」
「さすが博士!」
「天才!ジーニアス!」

六つ子に褒め称えられながら、薬をチビ太と杏里の前に持ってくる。
試験管の中に、青色の液体が揺らめいていた。

「よし杏里、これを飲め」

博士から薬を受け取ったチビ太が、背中からぎゅうと抱き付いて離れない杏里に促す。

「なぁに?これ」
「お前が元に戻る薬だよ」
「元に戻る…?どういう意味?」
「んーとな、俺に引っ付きたくなくなるってことだよ」
「………やだ」
「「「「「「えぇー!?」」」」」」

二人のやり取りを見守っていた六人が大声を上げる。

「そんなっ…困るよ杏里ちゃん…!」
「やだ。チビ太くんとずっと一緒にいたい」
「ぐっ…」
「カラ松が血の涙を…!」
「あれ?目の前が白い…前が見えない…」
「トド松が白目むいてる!」
「杏里、元に戻ったって一緒に遊んだりすることはできるぜ?」
「やだ。チビ太くんの特別がいい」
「がふっ…!」
「やばい一松が吐血した!」
「あ、あんなん言われてみたかった…」
「死なないでおそ松兄さん!」
「杏里、いいからこれ飲めって」
「やだ…っ…チビ太くん、私に好かれたら迷惑…?」

うるうるとした目で見つめられ、さすがにチビ太も言葉に詰まったが、

「…迷惑なんてことねぇよ。ただな、好かれるなら薬に頼らねぇで好きになってもらいてぇからな」
「チビ太がかっこよすぎるー!!」
「なんか色々と負けたぁぁ!!」

六つ子の絶叫を耳にしながら、ようやく杏里に薬を飲ませることに成功したのだった。



その後、杏里はすっかり元通りになり、六つ子ともチビ太とも今まで通りの関係を続けている。
ただ、変化らしい変化といえば……杏里がチビ太のおでん屋に顔を見せる頻度が少し増えたこと、六つ子がチビ太を徹底的にマークし始めたこと、ぐらいである。