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友達の家でお月見会という名のちょっとした酒盛りをした帰り。
駅に近い住宅地から繁華街へ抜けて、一人でコンビニまでやって来た。
水と眠気覚ましのガムを買い、涼しい夜風に当たりながら少し遠回りして帰ろうかと思っていた矢先、コンビニの斜め向かいのパチンコから眼鏡とマスクを着けた男の人が出てきた。
普通に通りすぎようとすると「あ」と声が上がったのでちらりと目をやる。
男の人はマスクを指で引き下ろして「杏里ちゃん」とにっこり笑った。声で察するに友達のトド松くんだ。

「トド松くん、またパチンコしてたんだ」
「まあね〜。今日は粘って粘ってだめだったけど」
「懲りないね…でもだめだったなら今日は無事だね」

今日は無事、というのはトド松くんがお兄さん達に狙われないですむ、という意味だ。
ニートのトド松くんは六つ子の末っ子で五人のお兄さんがいるのだけど、それが全員警察の職についている。
この人達がまあくせ者で、仕事の主な内容はトド松くんのお金を巻き上げることなのだ。
冷静に考えればトド松くんより公務員のお兄さん達の方が稼いでいるはずなんだけど、あの人達いわく「ニートでいさせてあげてる料」らしい。
他にもこの街での五人の暴挙を上げれば枚挙にいとまがない。お金と可愛い女の子に目がない腐れ警察だがなぜか全員クビにならない。この世には正義も秩序もないと思わせる人達である。
そんな五人を兄に持つトド松くんだけど、今日もこっそりとパチンコしに来たらしい。お兄さん達に負けず劣らずのクズだ。

「杏里ちゃんは何してるの?」
「友達の家でお酒飲んでて、今帰るとこ」
「そっかぁ〜。ねえ、ちょっと散歩して帰らない?」
「いいよ」
「えへへっ、杏里ちゃんと夜デートだ〜」
「トド松くんもお酒飲んでるね?」
「チューハイだからお酒の内に入んないってぇ」

この言い草、お兄さん達とそっくりだ。
ともかく歩き方や話し方はしっかりしているので、途中で介抱するはめにはならないだろう。そう打算して一緒に歩きだす。
日付の変わる時刻に近くてもまだ賑やかだった繁華街を出ると、白色がかった街灯がコンクリートを照らすだけの何もない道。周りは駐車場や空き地が多い。
近くに国道が通っているので車の音はするけど、今歩いている人は私達の他にはいない。
はずだった。

「あれ、こっちの道で合ってたっけ?」
「え〜?うん、そうだよ。杏里ちゃんと一緒だからちょっと遠回りしたいなって気もあるけど」
「あはは、ありがと」
「へえ…いいご身分だねぇお兄さァん」
「こんな時間に女連れてどこ行くのかなぁ?」

私達は同時に「ヒィッ」と叫んだ。
背後からのまとわりつくような声、容赦なく向けられる鋭い光、嫌と言うほど身に覚えがあった。
トド松くんと震える手を取り合いながらゆっくりと振り返る。
逆光ではっきりとは見えないが、そこには案の定警察の制服に身を包んだ二人の男が見えた。
帽子の影で目元は分からない。けれど口は明らかに笑っていた。

「な、何か用ですか?」

勇気を出して話しかけてみた。
今回はトド松くんが負けてるので、話をすれば懐を潤すだけのお金なんかないことを分かってもらえるかもしれない…とわずかな望みにかける。
二人が懐中電灯を少し下げてくれたので、顔がよく見えるようになった。
この、人を小馬鹿にしたような目つきと貼り付くような淀んだ目つきは、チョロ松さんと一松さんだ。この見分け方、絶対に本人達には言えない。

「ちょっと怪しいなって思ってねぇ…こんな時間にこんな所歩いてる人なんて滅多にいないからね」

チョロ松さんが高圧的に言う横で、一松さんが腰の拳銃を弄んでいる。

「それはパトロールお疲れ様です。ただの散歩なのでご心配なく」

トド松くんが後ろで怖がっているので、私が前に出るしかない。それにこっちに非はないんだし。

「悪いけど持ち物検査させてもらえるかな?」

悪いとは明らかに思っていない、有無を言わせない口調。非のあるなし関係ないのがこの人達である。
ここは大人しく荷物を差し出して…と考えていると、ふいに後ろからぐいと手を引かれた。
ためらう間もなく足は自然と駆け出し、かすかな舌打ちの音と応援を頼む声がぐんぐん後ろへ遠ざかっていく。

「トド松くん…!」
「とりあえず逃げるよ!あいつらに常識通じないから!」

そうして夜道をやみくもに走り出したはいいものの、恐らく追い付かれるのは時間の問題だ。悲しいことに今までトド松くんが逃げ切れた前列はない。
息も切れ切れになりながら、どこまでも離れない足音に焦りが募る。
何度目かの曲がり角を過ぎた辺りで、もう使われてなさそうな工場の寂れた門の陰に入り込んだ。音を立てないように息を整える。

「もーっ、何であいつらいっつもいっつも邪魔してくるわけ…!?」
「トド松くん…これだめだよ、絶対捕まるよ」
「しょうがない、二手に分かれよう。多分あいつらは僕を追ってくると思うし、杏里ちゃんはその隙に帰りな?」
「でもトド松くん、何も悪くないのに」
「いいんだ、慣れてるし。杏里ちゃんを家まで送ってあげられないのが心残りだけど…杏里ちゃんの無事が一番だから」
「トド松くん…!」

トド松くんと繋いだ手は、一度ぎゅっと握られてから「じゃあね」と離された。
わざと足音を立てて門から遠ざかるトド松くんの背中を、暗闇の中で息を潜めて見つめる。追い付いてきた足音は、少し迷いを見せつつトド松くんと同じ方向へ消えていった。
周りの茂みがざわざわと風に揺れ、月が薄い雲に隠れていく。
だんだんこの寂れた工場に一人でいるのが心細くなってきた。
もう誰もいないよね、こんな場所…
恐る恐る工場の門を出る。
トド松くんの犠牲は忘れない。いい人だった。あの兄弟の中で一番いい人だ。
トド松くんの優しさに思いを馳せつつ彼と反対方向へ歩き始めた私は、一瞬の内に両側から肩に手を置かれた。

「はーい確保ー」
「…っ!?」
「分かりやすい鼠だな…」

どうして、トド松くんを追いかけて行ったはずじゃ…!?
私のうろたえがあからさまだったのか、左の一松さんがにやりと口を歪める。

「警察舐めんなよ…」

すぐさま体をひねって走りだそうとしたが、一松さんに腕をがっちりと掴まれあえなく捕らえられた。
手を背中に回され、鞭のような感触の物が手首に巻き付けられて固定される。いやたぶん鞭だろう。一松さんの常備品だ。
それにしてもなぜここまでされなければならないのか。軽く睨むように二人を見る。
一松さんはだるそうな目で私を見返し、チョロ松さんは私を見ずにどこかへ無線で連絡をしていた。

「一班から二班、被疑者は南西へ向かった模様」

なるほど、さっきの足音は応援に来たおそ松さんとカラ松さんだったのだろう。やられた。
でもトド松くんは無罪なのだ。それを無線の向こうにいるだろうおそ松さん達に伝えるべく口を開く。

「待ってくだむぐっ」

即座にチョロ松さんに口に警棒を突っ込まれた。バカじゃないのかこの人。
しかもこれ結構太い。顎が疲れる…口痛い!

「んー!むー!!」
「え?猫だよ猫。一松について来た」

チョロ松さんが平然と私を猫にして、横からは一松さんが目を細めてじっとり見てくる。バカだ。私の人生における一番のバカだこの人達は。
声を出して抵抗するのも疲れてきたので不本意ながら大人しくしていると、チョロ松さんからバトンタッチを受けた一松さんが口の警棒をゆっくり出し入れし始めた。
舌や歯の表面を硬い警棒がずりずりと這っていく。これ清潔なんだろうか…
いい加減ほっぺたも引きつってきたしやめてほしいのだけど、一松さんがチョロ松さんに何かを耳打ちして二人揃ってにやにやこっちを見てくる。何なんだよこれ。クソが。
しょうがなくされるがままになっていたら、無線での会話は終わったらしくやっと警棒を抜かれた。
行儀が悪いが、飲み込むに飲み込めなかった唾を地面に吐く。
顔全体が痛い。このバカ共…

「さてと、それじゃあちょっと話聞かせてもらおうかな」
「…その前にちょっと…口休ませてくださいよ…」
「あ?何かしたの」

フラットな表情の一松さんにイラついたがここは言い返さないでおく。

「…話って何ですか」
「君、繁華街にいたよね。パチンコ店の前にいたって証言もあるんだけど、何か隠してるんじゃないのかな?」

いつからつけられてたんだろう、と思いながら「何も。私パチンコはしてないですもん」と答えた。

「本当かなぁ…?」
「鞄の中、見せてもらおうか」
「何も入ってないですって」

かろうじて手の先に握っていた鞄を奪われ、無遠慮に手が突っ込まれる。
まずチョロ松さんが取り出したのはペットボトルだ。

「これは?」
「水です」
「それは分かってるよ。どこで手に入れたのかな?」
「う、う、」

ペットボトルの蓋の方で私のほっぺたをつついてくるチョロ松さん。手を縛られてるので、身をよじって避けるしかない。

「コンビニで買いました」
「これは?」

一松さんの手にはまだ開けてないガム。

「それもコンビニで買いました」
「いやらしい女だな…」
「何でですか、どこがですか」
「はいこれは?」
「お財布ですねどう見ても」
「一応確認させてもらうよ」
「小銭しか入ってないですよ」

チョロ松さんが財布を遠慮なく開く隣で、一松さんが勝手にガムの包みを開けて二個ほど口に放り込んでいる。
トド松くんはいつもこうやって理不尽に搾取されてるのか…いつか慰めるパーティーでも開いてあげよう。

「何勝手に食べてんですか」
「アメリカの警官ってガム噛んでるイメージあるでしょ」
「……えっだから何ですか?」
「おやぁ?これ何かなお姉さん」

チョロ松さんがお財布からまた難癖をつけれそうな物を見つけたみたいだ。
ガムを膨らませながら一松さんが受け取り街灯にかざしたそれは、一枚の名刺のようだった。いつもらったか記憶にない。

「えー何だっけな」
「男だね」
「しかも結構いい会社」
「いつの間にこんなエリートと知り合いに?」
「君みたいな子が?」
「身の程も知らずに?」
「出会いに身分は関係ないと思いますけど…」
「まあ君と僕達エリート公務員も出会ってしまったわけだからね」
「それが運の尽きだったねぇ…」
「一松さんはどっちの立場からの意見なんですかそれ」

やけに威圧的になった二人に少したじろぎながら、鼻先に突き付けられた字面を見て記憶をたぐり寄せた。

「えー何だっけこれ………あ、確かバイト先でもらった…」
「客から?」
「はい」
「何で?」
「接客した時にちょっと話が弾んで、こういう者です、また来ますねって言ってくれました」
「それ君に会いにってこと?」
「え?それはどうでしょう」
「このビッチが…」

今度は一松さんが猫じゃらしの柄でほっぺたをつついてきた。尖ってて地味に痛い。

「う、う、何なんですか一松さんはさっきから…う」
「こいつ常連なの?」
「うーん…私はその時が初めてでしたし、記憶になかったです」

警察官らしい尋問のやり取りが続いているけれど、これは一体何の目的でやってるんだろうか。そんな疑問が頭をよぎる。

「巡査長、名刺の裏に電話番号とメールアドレスが書いてあります」
「何!?」

一松さんの報告内容は私も初耳だ。
チョロ松さんの手に渡った名刺を覗くと、私用のものらしい連絡先が二つ、手書きで並べて書いてあった。
チョロ松さんの眉が険しく歪む。

「これは…」
「うわー、全然気付かなかった」
「犯罪の匂いがするな…」
「ナンパ警察を出動させる時か」
「何ですかそれ」

チョロ松さん達がパチンコに勝ったトド松くんを追う時、自らを「パチンコ警察」と称していることは知っている。
この人達はトド松くんのナンパ事情も取り締まっているというんだろうか。なんて過酷な環境にいるんだろう、トド松くん…

「君はこいつに連絡取ったの?」
「いえ、連絡先書いてあるなんて今気付きましたし…」
「この先連絡する予定は?」
「え…顔あんまり覚えてないけど、でも」
「じゃいらないね」

言うが早いかチョロ松さんがライターで名刺を燃やし始めた。

「ちょっと何やってんですか!」
「ゴミを燃やしてあげてんだよ」
「これでこの街の平和がまた守られたな…」

一松さんとチョロ松さんが視線を合わせて満足げに敬礼をする。
この街の平和とか関係なく私の玉の輿の可能性が一つ減っただけである。この人達は本当にいらないことしかしない。
すっかり灰になった名刺が風に吹かれて跡形もなくなった。チョロ松さんが煩わしそうに空いた手を払う。

「ま、君には縁のなかった話ってことだね」
「チョロ松さん達が切ったんですよその縁を」
「本当にそいつと縁があるならこんなとこトド松と二人きりで歩いたりしてないよ…」
「言えてるな」

この人達も恋愛経験が乏しいはずなのに何で上から目線で言ってくるんだろう。腹立つ。

「他は?何か面白…怪しいもんないの」
「今面白いって言いかけましたね一松さん」
「後は特にないかなぁ、面白そうな物は」
「がっつり言いましたねチョロ松さん」
「てわけでおめでとう、君の容疑はほぼ晴れたよ」
「完璧シロじゃないんですね…あ、ありがとうございます」

一松さんが手首の鞭をほどいてくれた。
やっと自由になった。

「てことはもう帰っていいんですよね?」
「いや、これから交番まで来てもらう」
「えーっ…」
「調書とか作んなきゃいけないわけよ…」
「そうなんだよね。これも警察の務めだよ」
「…じゃあ何で最初から交番に連れてかなかったんですか…」

しれっと言ってのける二人にため息をつく。
まさか今までのやり取りを一から繰り返すはめになるんだろうか。今日は長い夜になりそうだ。
そう思ったところでチョロ松さんの無線が鳴った。
チョロ松さんが舌打ちをし、一松さんが「時間切れ…」と呟く。
どういうこと?

「こちら一班。…被疑者確保………ああ、……なるほど。了解」

雑音にしか聞こえない無線からの報告にチョロ松さんが答えている。
とうとうトド松くんが捕まってしまったらしい。かわいそうなトド松くん。

「あのだからトドむぐっ」
「いい子だからちょっと黙ってな…」

今度口に突っ込まれたのは一松さんの警棒だった。こんなのもう犯罪だよ。犯罪者がやる手口だよ。
でも一度の経験で学習していたので、これ以上無駄に声を出すことはしなかった。
チョロ松さんが報告を聞き終えて無線を切る。警棒も抜かれた。顎がしんどい。

「被疑者確保。無事ブツも押収したとのことだ」
「じゃ帰りますか」
「ブツって何ですか?トド松くん負けたって言ってましたよ」

さっきからずっと言いたかったことをようやく口にすれば、二人が揃って鼻で笑ってきた。

「負けた奴がわざわざ変装なんてすると思う…?」
「…」
「ま、君よりあいつとの付き合いは長いから」

やれやれと首を振るチョロ松さん。
確かに言われてみればそうだ。後ろ暗いところがないのなら、変装する必要も逃げる必要もなかったはず。
この人達、むやみやたらにトド松くんを追ってたわけじゃないってことか。

「ってことは私、トド松くんの逃亡を幇助したことになるわけですね…」
「そういうことだね」
「ぐ…トド松くんめ…」
「君は頭が…あー…騙されやすいねぇ、注意しないと」
「頭が何です一松さん」
「言っていいの?」
「いえ結構です…」
「まあ君が何も知らないことは最初から分かってたし安心しなよ」
「…ちょっと待ってくださいよ、じゃあ私の鞄とか探る必要なかったってことですね!?」
「あ、やば」

全くやばいと思ってなさそうな顔で一松さんがわざとらしく口を手で隠す。

「もー!私に構わずさっさとトド松くん追えば良かったじゃないですか!」
「だって…ねぇ巡査長」
「うん、走るの疲れるし」
「ええ…」

今更だが警官らしくない言い種に絶句していると、更に二人はとんでもないことを言い始めた。

「それに上のバカ二人に連絡しときゃ勝手に地の果てまで追ってくれるし」
「トド松が確保されるまでのいい暇潰しになったね」
「良かったねぇ遊んでもらえて…」
「なかなかに楽しめたよ」
「…」

要するに私もトド松くんもおそ松さん達も、この二人の手のひらで転がされてたというわけか。あんまりである。

「でもほんと注意しろよ杏里、報告だとあいつラブホテルのクーポン持ってたらしいぞ」
「…それが何です?」
「ああそれであそこまで連れて来たってわけ…あいつもなかなかクズだね、知ってたけど」
「え、どういうことですか」
「僕らが最初にお前ら捕まえた道、そのまま行くと有名なラブホテルの前に出るんだよ」
「どっちがあの道まで誘導したの?…なんて、聞くまでもないか」

キヒヒ、と一松さんが笑う。
私は頭を抱えた。もう言葉も出てこない。

「そういうわけだから、僕らに感謝してくれてもいいと思うんだよね」
「そうそう…靴舐めてくれてもいいよ」
「……ガム、あげます」
「あ、いいの?なんか悪いねぇ、ありがと」

さも当然のごとく開封済みのガムを受け取るチョロ松さん。
もしかしてこの人達はこういう手口で他の一般人にも貸しを作ってるんじゃないだろうか。想像したら体が震えた。

「杏里寒いの?」
「ホテル行く?」
「行きません。帰ります」
「つまんね」
「温まるのにねぇ」

本気か冗談か分からない台詞を吐きながら私について歩く二人。
どうやら明るい大通りまでは送ってくれるらしい。こういうとこだけだ、警官らしいのは。
車の多い道まで出たところで、二人は「それじゃ気を付けて」とあっさり私から離れた。

「変な男にはついていかないように」
「胆に命じます」
「変な物口に突っ込まれないように…」
「それするのお二人だけですからね」

ほっぺたを撫でながら二人と反対方向へ歩き出したが、ふと思い出して遠ざかる二つの背中に声をかける。

「あっ、あの!」
「んー?」
「ホテル行く気になった?」
「違いますよ!調書は?私も交番行かなくていいんですか?」
「調書?」

二人が同時に顔を見合わせる。

「「何それ?」」
「……何でもないですお疲れ様でした」

頭を下げて足早にその場を離れた。もう誰も信用しない。
帰って一人で自分を慰めるパーティーでもしようと思う。