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途端に立っていられなくなりへたりと座り込む。
デカパン氏は銃口をカラ松へ向け直し、悪どい笑みを浮かべていた。
こういう奴らなのだ。邪魔と感じた人間はにべもなく黙らせ、そうやってのし上がってきた二人。私を撃つのに何の躊躇いもなかっただろう。
もっとも今のは足止め程度の威力だった。血も出ていない。が、彼らはカラ松も足止めするのに成功したらしい。

「…何ダスその顔は?悪名高い怪盗ならこんな部外者見捨ててさっさと逃げるダス」

カラ松の手から色とりどりの風船が闇夜へ放たれた。

「俺達には美学がある。盗むものは盗難品に限ること、作品を傷付けないこと」

胸元に入れられた手は、よく見知った青バラを二本携えて出てきた。

「そして、愛する者のために戦い抜くこと」

風を切る音と、発砲音はほぼ同時だった。
呻く声と共にデカパン夫妻が膝をつく。宙を舞った拳銃は廊下へくるくると滑っていった。

「い、今に見てろ、ダス…!」

捨て台詞を吐き、バラの刺さった二人は意識を失った。
警備員達と同様、物言わぬ彫刻のようになった二人を見て、一先ずは難を逃れたとほっと息をつく。
だがカラ松に視線を戻せば、良からぬ事態が起こっていた。
彼は胸の辺りを抑えて苦し気な顔をしていた。
指の合間からスーツに染みが広がっていく。
それでも私の元へ向かおうとしたのか姿勢を返した瞬間、ぐらりとバランスを崩し、体が手すりを乗り越えた。

「カラ松…っ!」

麻痺しかけの足を無理に動かし、すんでのところで奇跡的にカラ松の腕を掴めた。
遥か下は暗く冷たい海だ。切り立った崖に当たる海風が上へと吹き上がり、彼の体を揺さぶり、せっかく掴んだ腕がずり下がっていくのが分かる。
必死で掴み直し上へ引き上げようとするも、今度は私の体に異変が起こり始めた。
頭がふらつき、目の前のカラ松がぼやける。力が入らなくなっていく。
さっき撃ち込まれたのは強力な麻酔だったのかもしれないと思い至り、絶望が襲う。

「…杏里、手を離せ」

これは眠気による幻聴だ。
睡魔を振り払うために首を振る。

「お前も落ちてしまう」
「っ、かまわないわ」
「そんなことを…言うな」

カラ松は私より重傷だ。早く引き上げなければ取り返しのつかないことになる。
なのに腕が言うことを聞いてくれない。

「男は傷を作って強くなるものだ…杏里」

愛しい声が遠くなる。
あなたに伝えたいことの半分も言えていないのに。
せっかく答えを出せたと思ったのに。

「愛している…誰よりも」


彼の腕を型どっただけの手は、海風で冷えて凍っていった。
空っぽの、世界一汚い彫刻だった。




病院のベッドで目覚めた私が最初に見たものは、院長の安堵の顔だった。
医者と看護士が来て検査し、異常がないと分かると今度は警察が来た。
デカパン夫妻は逮捕されたらしい。盗難美術品だけでなく、武器の類いや違法な売買ルートの証拠も怪盗団が大々的に暴いていったためである。
怪盗達は例に漏れず逃げてしまったが、デカパン氏が“怪盗の一人を撃った”と供述し、その怪盗の安否を確認したいとのことだった。
デカパン氏の発明品であるあの銃は弾の種類を自在に変えられる仕組みで、私に撃ったのは麻酔弾、怪盗へ撃ったのは金属弾だと言う。
最後にその怪盗といたのは事実であることを認め、彼が何も盗らず出ていこうとしたこと、胸を撃たれて海へ落ちたことを証言した。
彼の正体については話さなかった。
私からこれ以上何も引き出せないと知ると、警察は帰っていった。
その後、院長から私の意識のない間に起こった話を聞かされた。
テラスの手すりから半分身を投げ出すように意識を失っていた私は、最上階に駆け付けた警察によって保護され、そのまま病院へ搬送された。そして丸一日眠りについていたらしい。
今はゆっくり休みなさいと言い残し、院長は出ていった。


一人になった白い個室で自分を呪った。
今に至るまでの何もかもが自分の選択ミスによるものだと思えてならなかった。

なぜあんなに冗長に彼を引き留めてしまったのか。言うべきことを早く伝えていれば、デカパン夫妻が来る前に彼は逃げられていたかもしれない。
その前に私が彼の話を冷静に聞こうとしていれば。誤解は難なく解け、変わらぬ日常が続いていたかもしれない。
または私が過去に仕出かしたことを彼に打ち明けていれば、その経験から来る葛藤を話していれば、事態はもっとスムーズに動いただろうか。彼への愛情と罪の意識を、もっと早くに整理できただろうか。
それよりもっと前、教師になる道を選んでいなければ。今頃は彼の側で祝杯を上げる未来があったかもしれない。
そもそも悪事に手を染めた過去がなければ、彼と出会うことはなかったのではないか。
私の選択が違っていれば…もしかしたら、その全てのルートで彼は生きていたかもしれなかったのに。

役立たずの両手で顔を覆う。
彼に出会ってから毎日が後悔の連続で、彼を失ってからも後悔し続ける人生。
幸せだったのはほんの一瞬だけ。
私は生まれつきそういう運命だったのか。
真っ白の汚れなき部屋は何も返してくれない。
ここには何も色がない。