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パーティーの挨拶で、デカパン氏はこんなことを言っていた。
『とある芸術家の遺した絵画、“青画三部作”の幻の四作目を手に入れた』と。
以前よりその噂はあったものの、実在の真偽が問われていた作品だ。今日の目玉、及び怪盗を誘き寄せる最大の餌はこれなのだろうと想像がついた。
何より青という作品テーマ。
青色に思い入れのあるカラ松がその作品の前へ姿を現さないはずがない。
そう踏んだ私は、作品があるという最上階への階段を駆け上がっていた。
幸い警備員の多くは騒ぎのあった一階へ駆り出されていたし、誇れない昔の経験も手伝って、誰にも捕まらずに該当の部屋の近くまで来ることができた。
とは言えさすがに部屋の前には警備の者がうろついている。
迂闊に近付くのは無茶だ。
しかしこの機会を逃せば、カラ松に直接謝罪できなくなってしまうと思った。辺りを窺いながら陰に身を潜めた。

先程の老人に扮していた男が、カラ松に成り済まして私に近付いた怪盗団の一人であるのは明らか。
そして恐らく、正体を明かしたのはあの男の独断によるものなのだろう。男の言葉を信じるなら、私を怪盗団に引き入れる目的で。
カラ松は自身が怪盗だという事実を私に話すつもりはなかったのではないか。
これまでもこれからも正体を隠し通す気でいたのなら。
もし、だとしたら。

はっとして部屋の方を見た。
数を増した警備員達が大声を上げながら扉の中へ押し入ろうとしている。
が、扉はなかなか開かない。
何か異変が起こったらしい。既に怪盗に突破された、という通信でも入ったのだろうか。
届けられた合鍵でやっと人がなだれ込み、今度は安堵の声が聞こえてきた。作品は無事だったようだ。
しかし次の瞬間、開いたままの扉から煙がもうもうと上がってきた。
喚く声が小さくなり、一人の警備員がよろよろと這い出て来たかと思えば、呻きながら倒れ込んだ体勢のままぴくりとも動かなくなった。意識を失っているのか。
煙が薄まったのを見計らってハンカチを口に当て、姿勢を低く保ち、静まり返った部屋へと忍び込む。
消えかかる白煙の中に探していた彼の姿があった。

「…」

テラスへ続く大きな窓より、月の光が暗闇へ差し込む。
床上で動かない制服の男達と絵画の前に佇むカラ松の姿は表面に濃い陰影を纏った奇妙な彫刻のようで、私は言葉もなく立ち竦んだ。
やがて白煙が全て晴れ、無言で小さなガスマスクを取り払い愛おしそうに絵画に手を掛けかけた彼。
彼はそこでようやく私の存在に気が付いたらしい。
ぎょっと肩を震わせこちらを見たその仕草に、彼の素を見たようで微笑が溢れる。彼がそれに気付いたかどうかは分からないが。

「何故お前が、」

小さな一言だったがすぐに失言と悟ったようだ。
マントで口元を隠しわざとらしく咳き込んだ。

「レディ、俺が誰だか知っていてここに来たのか?フッ、好奇心豊かなレディだ…いいだろう、怪盗ブルーの華麗なるイリュージョンをとくと見ているがいい!」
「イリュージョンで、あなたの正体が明かされるの?」

カラ松が唇の前に人差し指を立てた。

「答えはノーだ。フッ…世の中には知らない方がいいこともある」
「…」
「謎というヴェールに包まれる俺…クールだと思わないか?」
「謎は必要ないの、私には」

そう言うと彼は笑った。

「ヴェールは取らない方がいい。お前にとっても」
「そう、かしら」
「ああ。そして謎は謎のままで…消える」

どこか覚悟を孕んだ一言は、私達の間にできた溝を深めたようで呼吸が止まった。
しかしそれは私自身が招いた事態なのだ。これは今までの、当然の報いだ。

「…わ…私は嫌だわ…謎で終わるなんて…まだ、あなたのこと知りたいし…それに…私…」

カラ松から突き放されただけで何と私は脆いのだろう。
必死で保とうとしていた“善人な教師”の殻が粉々に砕けていくのが分かった。
何としてもここで決定的なことを言わなければならない。でないとこれっきりになってしまう。
“彼に会うのはこれが最後”と思ったことなどすっかり忘却の彼方だった。
だが、震える息混じりに出てくる言葉はどれも私が本当に言いたいものではない。
階下から人の声が迫り始めている状況が、さらに私を焦らせる。
そんな状況にも関わらず、カラ松はじっと私の言葉を待ってくれていた。
彼は出会った時からそうだった。怪盗であろうが学院を訪ねてくれるお兄ちゃんであろうが、それは変わらないのだと知った。
私の気持ちももう変われようがない。
私は口を開いた。それは本心を全てさらけ出そうとする、懺悔に似ていた。

「私は、どんなあなただろうと好き」
「………えっ」

全く場にそぐわない気の抜けた声が漏れる。
それを切っ掛けに、やっと言葉がすらすらと口をついて出てきた。

「この間のことは、本当にごめんなさい。私が変な勘違いをしていただけなの。ずっとそっけなくしていたのも本心ではなくて。今は説明する時間がないけれど、本当は私も、あなたが」
「…ちょっ、ちょっと待っ」
「でも私はあなたに受け入れてもらえるような人間じゃないわ。あなたを受け入れる勇気もなかったような女だし、それにあなたが知っているかは分からないけど、私は昔…」
「ウェーイト!ストップトーキング!杏里…待ってくれ…!きゅ、急にそんな、好きって…ええ…!?」

突然の告白はカラ松の混乱を招いたようだ。いつもの格好つけた挙動はどこへやら、完全に素が出てしまっている。

「やっぱりあなた、カラ松なのね」
「ぐ…」

気まずそうに口を閉じたカラ松だったが、ハニーには参った、と前髪を軽く弄り始めた。言葉とは裏腹に早くも満面の笑みを湛えている。
そんな彼を見て、ここに来たのは間違いではなかったと思った。

「フッ…それはさておき、お前の気持ちはしかと受け止めたぜ…!俺は今最高にハッピー&アメージングな気分だ…!」
「怒らないのね」
「何にだ?」
「部屋を追い出したこと。あなたの気持ちを正面から受け止めなかったことも」
「そんなことは大した問題じゃあない…次は温かく迎えてくれるんだろう?ハニー」
「…そうね、努力するわ」
「フッ、それだけで充分さ…さて、ハニーとの逢瀬を楽しみたいが、言う通り今は時間がない。仕事に戻らないと」
「ちょっと待って」

絵を取ろうとしたカラ松を阻む。

「どうしたハニー、お別れのキスなら…」
「違うわよ。教師として、子供達の手本になるべき人間として、窃盗行為は見逃せないわ」

思わず口にしてしまえば、それはすとんと私の胸に落ちた。心に纏わりついていた炎が少し弱まるのを感じる。
カラ松は好きだが、彼の犯罪行為はまだ認めるに至らない。中途半端で矛盾している。でも、これが今の私。
やはりか、と彼は天を仰いだ。

「…いわば怪盗の俺も俺の一部。お前の愛で包んでくれないか」
「それはそれ、これはこれよ」
「ハニーはジャスティスを重んじる人間だな」
「嫌いになった?」
「まさか!天と地がひっくり返ってもあり得ないことだ。ああ、しかし俺にも俺のジャスティスが…」

カラ松が口をつぐんで扉へ目を向けた。
階段を上る音が最上階に到達したようだ。

「しょうがない、この話はまたいずれディナーの時にでも」

それだけ言うと、カラ松は絵を盗らずに窓へ駆け寄り開け放った。
同時にデカパン夫妻が顔を出す。二人だけでここまで上がってきたようだ。

「や、やっと見つけたダス…!逃がさないダスよ」
「ハッ!そんなへろへろの姿でか?」

テラスの手すりに片足を掛けたカラ松が嘲笑う。彼が指を鳴らすと、紙吹雪と共に手には大量の風船が握られていた。

「アデュー、デカパン夫妻!またパーティーがあるなら呼んでくれ!」
「待つダス!生きては帰さないダスよ…!」

憎々しげにデカパン氏が取り出したのは黄色い拳銃型の武器だった。彼らの発明品なら、弾一つでとんでもない殺傷力を持っているかもしれない。いや、飛び出て来るものが弾という保証もない。

「待ってください、彼は何も…!」

声を上げて双方の間に割って入ろうとしたが、一発の鋭い音と共に足に痛みが走った。