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この学院で先生と呼ばれるようになってから何年になるだろうか。
まさかこんな職に就くなんて、昔の私が聞けば鼻で笑うだろう。

少女だった自分は思い返すも恥ずべき悪党で、生きるためと言い訳をしながら盗みを働いた、まごうことなき犯罪者だった。
主な盗品は美術品や宝飾品。それらを売りさばいてはその日暮らしの生活をしていた。警察にも何度迷惑をかけたことか数え切れない。
闇の世界から私を引き上げてくれたのがここの院長だ。
美術品を純粋に愛でる趣味を持つ院長は、目利きの出来る私の才を買ってくれ、罪滅ぼしとして子供達の教育を私に任せた。
いつものように警察でふてくされていた私の後見人だと嘘をつき、多大な賠償額を肩代わりした上に、あろうことか教育者として採用したのだ。
おめでたい人もいたものと当時は思った。
でも、その日から今日まで再びの過ちを犯さず、真っ当に生きている私がいる。
私自身、未来ある子供達の成長を見守るのが楽しくなっていたのだ。
一人一人に合った指導をしてやれば子供達はどんどん吸収し、日に日にその魅力を増していく。高値で売れる美術品の価値を見極めるより充実している毎日だ。
この子達には、どんな理由があろうと私と同じ道は歩んでほしくない。清廉潔白で美しく豊かな人生を送ってほしいと願っている。
彼らを導く立場の私も、それにふさわしい人間でなければならないと思う。

しかし、浅ましくも私は罪人のままでいる。
怪盗団の一人の正体を知っているのに、密告をせず犯罪を止めもしない。
いつ彼が顔を見せに来てくれるかとそればかり考えてしまっている。
そのくせ彼の想いをあしらい続け、外面だけは保とうとしている己の愚かさ、矮小さ。
中途半端な立場でいつだって自己の利益を優先している私が、立派な教師になれていようはずもない。
松野カラ松と出会った時から私は罰を受け続けている。
罪人は幸せになどなってはいけない。誰かがそう囁いている。



いつものように私の部屋に来たカラ松は、ソファーで寛ぎコーヒーを片手にさる芸術家の話をしていた。
カラ松が来るとまっしぐらに取り囲む子供達は、どう言いくるめたのか今日に限って最初から庭で大人しく遊んでいる。
だが窓からは時折覗き込まれるので、何か興味を惹くような言い方をしたのだろう。
席を立ちさりげなくカーテンを引くと、外から微かに残念そうな声が上がった。
明度の落ちた部屋でカラ松がくっくっと肩を震わせる。

「見せつけてやればいい」
「何を見せる気なの」
「フフン、知りたいか?お望みなら」
「結構よ。それより続きを聞かせて」
「…俺は今猛烈に嫉妬している」
「あら、何に?」
「どんな偉大な芸術家であろうと、俺のハニーをたぶらかすなど許しがたい」
「今のどこをどう聞いたらそんな考えになるのかしらね」

隣に来て肩を抱こうとしてきた腕をすり抜け、コーヒーをもう一杯注ぐ。

「だが君が芸術に関心を持っているのは事実だ」
「まあね。綺麗なものは好きよ」
「おまけに美術品の価値も分かる…侮れないな、ハニーは」
「褒め言葉なのかしら」
「そりゃそうさ。…その能力、もっと生かせる場所で働いてみないか?」
「何を言うの?」

今日のアプローチはそういう方向で来るのね、と身構えた。
残念ながら教師を辞めるという選択肢は持っていない。せめて今教えている子供達がここを卒業するまでは正しく見守っていきたいからだ。
だが、彼の口からは予想外の言葉が吐かれた。

「そう、例えば怪盗とか」

ぎょっとして思わずカップを取り落としそうになる。
今まで彼が私に怪盗だと言ったことはなかった。私が正体に気付いていると知っていたのだろうか。でもなぜ、今。

「怪盗?今世間を騒がせてるような、あの?」

動揺を悟られまいと自然な間を装って返答をすれば、余裕気にコーヒーを飲んでいた手が一瞬止まった。

「…言ったことはなかったか?俺はその一人だ」
「何の冗談なの?そういうのはたくさん」
「嘘じゃないさ。何なら今度は君のお望みのものを」
「やめて。いらないわ」

動悸が激しくなり始めたのを感じた。
どうしてそんなことを言うのか。
直接告げられてしまったらもう、あなたとは一緒にいられなくなるというのに。
カラ松は不敵に笑う。

「どうして。ハニーも好きだろう?」
「そういう問題じゃないでしょう。何の脅しなの?こういうやり方は好きじゃないわ」
「脅しじゃない。君の側にいたいだけだ」
「泥棒の片棒を担ぐなんてごめんよ」
「君も同じことをしていただろう、」

続けて告げられた、とっくに捨てたつもりの名に心臓が燃やされるのを感じた。
彼は、私を同族だと知って親近感を持っていたに過ぎないのだとも思った。

「帰って。もうここには二度と来ないで」
「…待ってくれ、俺は君を責めるつもりじゃ…」
「帰って!」

生徒達にも出さない耳障りな大声が部屋に響いた。
彼はカップを置いて静かに帰っていった。
閉ざされた空間で一人になっても尚、体の震えが収まらない。
今日彼がくれた青バラが目に入り、衝動的に引き抜いて床へ投げ捨てる。
棘が刺さり血が出たが、そんなことは問題ではなかった。
決別の時がとうとう来てしまったと、そう思ってしまう自分に失望していた。