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「…はいはい、で今度こそくっついたってわけね。僕らもやっと肩の荷が下りるよ。良かったね。死ねばいいのに」
「やっとか…コングラッチュレイションブラザー!死ねばいいのに」
「ここに至るまでにどれだけぐだついてたんだろうね〜ほーんと死ねばいいのに」
「死ね」
「おめでとうおそ松にーさん!」
「不っ思議〜!全っ然祝われてる気しない!むしろ呪われてる!十四松はありがとう!」

今日はおそ松が弟に自慢すると言うので、松野家の居間で私達が付き合うことになった報告をしていた。
一応は温かく迎え入れられたが、とうとうおそ松に彼女が出来たというのに、それが私だったためにあまりみんなにとってサプライズにはならなかったようだ。

「何なのお前ら…あ、羨ましすぎて?そっかそっかー!いやぁ悪いねぇ〜!俺を見習って頑張って?」
「杏里ちゃんほんとにこんなので大丈夫?」
「ふふーん、こんなのって言われても平気〜。だって俺杏里に好きって言われたからぁ〜」
「えー?」
「いつもの可哀想な勘違いじゃなくて?」
「マジなの杏里ちゃん」
「うん、そうだね」

肯定するとみんなは驚きの目で私を見た。
おそ松は「ほーらな!」と得意気に言い放ち、一松が剥いたみかんを勝手に食べている。

「杏里ちゃんは…いや未だに信じられないけど、おそ松兄さんのことちゃんと好きなんだね?」

チョロ松が半信半疑な様子で聞いてくる。

「そうだね、普通に」
「あ?普通にって何!?」
「ちょっとおそ松兄さんは黙ってて。…あのさ、前に、おそ松兄さんが杏里ちゃんに告白して付き合えたって、僕らそう思ってた時があったんだけど」
「そういえば、いつの間にか彼女と思われてたね」
「あれ、結局何だったの?おそ松兄さんから彼女になってくれって、今回の前にも言われてたんじゃ…」
「言ったよ俺!こいつがスルーしてたの!」
「…そんなことあったっけ」

記憶がない。
思い出しても、おそ松に彼女になってと言われたのはあの夜道での一回きりだ。
なかなか思い出す気配がない私を見て、おそ松の機嫌がだんだん悪くなるのが隣から伝わってきた。これはまずい。

「なあ、お前マジで覚えてないの?」
「…私、ちゃんとおそ松のこと好きだよ」
「ぐっ…!そ、そんなんで騙されないからな!!俺がどんだけショック受けたか…!!」
「ごめん、本当に分かんない…」
「……!」

正直に言ったことでまたおそ松にショックを負わせてしまった。
しばらく机に突っ伏していたおそ松がぼやくように話し始めたのは、私とおそ松が出会って仲良くなり始めた頃のことだった。







おそ松は一人、常連になりつつあった私の店で飲みながら、弟達や彼女が出来ないことについての愚痴を溢していた。
カウンターを挟んだ向かい側でそれを聞きながら片付けを始める。
閉店間際のその時は他にお客さんがおらず、おそ松の気が済むまで好きなように飲ませておこうという判断を下した。

「杏里、もう一杯!」

やけくそ気味なおそ松の声に応えて、空のコップにビールを注いであげる。

「そろそろ閉店だから、これで最後ね」
「わーかってるよぉ。…はぁ」

今までの勢いをなくしたおそ松が両手で持ち直したコップにため息を落とす。

「何でモテないのかなぁ…」
「何でだろうね」
「何で彼女出来ないかなぁ…」
「何でだろうね」
「おい!適当に答えんな!」
「適当じゃないよ。本当に何でだろうって思ってる」

おそ松は押しは強いので流されそうな子がいそうなものだ。
と失礼なことを考えているのを悟られないように、空のビール瓶をさりげなく回収した。

「あそ……」

短い呟きの後で黙り込んだおそ松が、残りのビールを舐めるようにちまちまと飲む。
このペースだと閉店時間までには多分間に合わない。まあ、常連になってくれているサービスということで居させてあげよう。

「お前は?」

後は何を先に片付けられるだろうかと店内を見ていたので、おそ松の問いにすぐには答えられなかった。

「えっと…何が?」
「だからぁ、お前は彼氏作んねーの?」
「ああ…いたら楽しいだろうけど」
「けど?」
「作り方が分かんない」
「なは、確かに〜。お前そーゆうの苦手そー」
「そうだね。そもそも男友達が出来たのだっておそ松が初めてだよ」

昔から感情が読めないと言われていた私には、仲のいい男友達はいなかった。
何となく怖がられているのを感じ取ってはいたが、私もその壁を積極的に取り払おうとしていたわけではなかった。
お互いに嫌うほどではないが、気軽に会話するほどでもない。私と男の子との距離感はいつもそんなものだったと思う。
もっともおそ松と知り合ってから私に何か変化が起きたのか、前よりは遠巻きにされることがなくなった気がする。自分では分からないけれどそこはおそ松に感謝だ。

「そ、なの?」
「うん」
「へーえ…俺が初めて…ふーん」
「そう。おそ松が初めて」

もうぬるくなっているだろうビールをおそ松が一口飲んだ。

「…他には?仲いい奴、いんの?」
「んー、いないな。おそ松の弟達もこの間一回会っただけだし」
「合コンとか行かねーの?」
「いや、そこまでは…おそ松がいれば充分かな」

男友達を増やしたいとかどうしても誰かと付き合いたい、というわけではない。
女としてどうなんだろうと思わなくもないけれど、無理して手に入れるものでもないだろうし。

「ふ、ふーん…」

飲みが止まったおそ松から視線を外し、ちらりと時計を確認する。閉店時間はいつの間にか過ぎていた。
もうのれんを片付けてもいいか。おそ松の前を離れ、カウンターから出た時だった。

「あー…あのさ、だったら」

カウンター席を振り返ると、おそ松はコップを包む両指をそわそわと動かしていた。

「俺が、彼氏……」
「え?」
「か、彼氏!…みたいなもんでいーんじゃない!?」

コン、とコップをカウンターに叩くように置き、おそ松が言う。

「それってどういう…」
「だ、だってさ!俺彼女いないじゃん?お前も彼氏いないじゃん?ちょうど良くない!?」
「何がちょうどいいのか分からないけど…」
「ちょうどいいの!案外そーいうので上手く行くんだって!」
「ふーん、そういうものかな」
「…ど、どう、かな」
「いいと思うよ」

そう答えると、自分から言い出したはずのおそ松が「ほんとにいいの?」と何回も聞き返してきた。
遠慮のないおそ松がこんなことで遠慮するのは珍しい、と思ったのを覚えている。







「そうそう。そんな会話したよね」
「ほら!ほら!」
「単に恋人が出来るまでの予行演習みたいなものかと」
「アァァアアン!?おっ前は何でそうなの!?俺言ってんじゃんちゃんと!!」

ちゃぶ台を叩き身を乗り出して主張するおそ松。
しかし私には疑問があった。

「でも、『彼女みたいなもの』ってことは、『彼女』ではないってことでしょ?だから私は最初からおそ松の彼女候補には入ってないと思ってたんだけど…」
「はあぁ!?『彼女みたいなもの』ってことは『彼女』ってことだろーが!!」
「そうだったの?というか、おそ松って私のこと好きだったの?」
「は!?すっ、好きじゃなきゃ彼女になってとか言わなくない!?」
「それもそうだね。でも、おそ松に好きとかは言われたことないから…」
「言わなくても分かるもんなの!!普通!!お前が分かってないだけなの!!!」
「おそ松って私のこと好きなの?」
「そっ………すっ………分かれバカ!バーカ!!」
「もうツッコむ気ないからね僕は」
「頭が痛い…」

トド松に冷ややかな視線を送られ、チョロ松の頭痛の原因になってしまった。

「何で!?これ俺が悪いの!?ねえ十四松!お前どう思う!?」
「うーん……決定的なことを言って嫌われるのを恐れた結果、曖昧な言い方で誤解を招いた例だね!」
「バッサリ!!」
「わーさすが十四松兄さん、リア充一歩手前まで行っただけあるぅ」
「まあ上手くいったからいいんじゃない?結果オーライで…」

既にどうでも良さそうな一松があくびをしながら言う。

「そうだな、無事ハッピーエンディングを迎えられたんだからいいじゃあないかおそ松?」
「良くない!俺頑張ってるのに!杏里がぜんぜん分かってくれないぃ〜!」

やだやだと頭を振って駄々をこねた後、一松みたいに部屋の隅で体育座りをし始めたおそ松。
膝に顔を伏せてはいるが、無言の抗議を感じる。

「めんどくせぇな…」
「付き合えたんだからいいじゃんそれで」

トゲのある兄弟の言葉を背におそ松に近付く。

「おそ松ごめんね」
「……」
「これからはなるべく分かるようにするよ。…自信はあんまりないけど」
「……」
「でもおそ松を嫌いなわけじゃないから」
「……」
「本当に好きだよ」
「……」

無反応だ。
どうやら本気で拗ねさせたらしいが、この後実家の店の手伝いをしに行く予定なので帰らなくてはならない。

「それじゃそろそろ帰るね」
「ええええ何で!?何で帰っちゃうの!?」

おそ松がすぐに顔を上げた。私の言葉を一応聞いてはいたようだ。

「ごめん、これから実家の手伝い」
「何でぇ!?この後ずっと一緒にいれると思ったのに!付き合いたてだよ俺たち!ねえ!俺より仕事が大事!?もっと構ってよぉ!!」
「子供かよ」
「ねえこれもしかしてだけどさぁ、付き合う前よりめんどくさいんじゃないの?」
「うわー最悪だね」
「これからもこの地獄が続くのか」
「死にたい…」

そんなことを思ってくれていたのか、と私は少し嬉しくなったが、弟達はひそひそ声で悪態をついている。

「じゃあ店終わったらまた会う?」
「やだ!俺も行く!」
「えっ行くの?」
「行く!」
「はいはい行ってらっしゃい」
「二度と帰ってこなくていいよ」

辛辣なことを言われながら私と一緒に立ち上がったおそ松は、本気で家まで来るつもりらしい。
さっさと玄関先で靴を履いたおそ松に「遅れるよー」と急かされる。

「…じゃあ、お邪魔しました」
「なんかごめんね杏里ちゃん」
「邪魔だったら蹴り出していいよ」
「大人しくしててよねおそ松兄さん」

みんなに見送られて松野家を後にする。
出掛けにやいやい言われたおそ松は不機嫌になるかと思いきや、あまり気にしていなさそうに私の前を歩いていた。
隣に追い付くとこちらを見ないまま「ん」と右手を差し出される。前に同じことがあったのでためらわずにその手を握った。

「今日最後までいんの?」
「ううん、途中で切り上げて帰る」
「んじゃそれまでいてやるよ。ついでに送ってやる」
「ありがとう」
「…あー…あと……」
「ん?」
「…俺も好き」

さっきの言葉はやっぱり聞かれていた、と思うと同時に、いざ言われてみると何と返せばいいか分からない自分がいることに気付いた。

「…え…何その顔」

家を出てから初めて私の方を見たおそ松が目を丸くしている。
頬に手を当てた。熱がある。

「私、どんな顔してた?」
「えっ…えーと」
「……」
「………杏里、やっぱり俺、」

繋いだ手を握り直され、続く真剣な言葉に頷いていた。
まるでおそ松に魔法にかけられたようだと他人事みたいに思ったが、確かにそれは私の意志でもあった。
その日私は初めて、店の手伝いを直前でキャンセルしたのだった。