×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



拝啓、君へ。


手紙の作法もろくに知らないくせに気取った書き始めですいませんね。
けどしょうがない。こんな書き出ししか思い付かなかった。俺は君の名前を知らない。
まあ、知らないままでもいい気もする。俺なんかが知ってたってろくなことにならないでしょ。本名なんて知ったら何に使うか分からないよ。嘘だけど。
ただ、君は俺に名前を呼ばれたら異常なほど喜ぶような気もする。そう思うと聞いておけば良かったような気もする。俺の想像に過ぎませんが。
どっちにしろ、この手紙は君には届かない。俺が君の名前を知ってようが知らなかろうが、あまり関係はないわけだ。
届くはずのない手紙を暇に任せて書いている、この極めて非生産的な行為をしている今、暦の上では夏は終わりのはずだ。しかし残暑は厳しい。毎日の主食はアイスだし、扇風機やクーラーにセミのごとく張り付いたりしている。
君と出会った日は真夏だったが、あれから何日も経っていないように感じる。
俺が事あるごとに思い出しているせいなのか。それとも俺の時間の進み方が違うのか。ニートですから毎日薄っぺらい時間は過ごしているけれども。
事あるごとに思い出していたものの、真実に気付いたのはつい数日前だ。それを一度整理してみたくて、こうして書き始めたのかもしれない。
なら手紙という形式をとる必要はなかったとたった今気付いた。書き直すのはめんどくさいのでこのままで行こうと思う。

書くまでもないがあの日は夏祭りで、トト子ちゃんとのデートは前もって兄弟そろって拒否されていた。
今年も兄弟だけで祭りに行って何にもならないくだらない最低下層の時間を過ごすだけの一日か、と考えるとだいぶ憂うつではあったが、それでも祭りは祭りだ。それなりに楽しみにはしていた。
しかし祭り会場に着いていくらも経たないうちに、兄弟達はいなくなっていた。
猫のガラス細工に気を取られていた俺はいつの間にか一人になっていたのだ。あいつらのことだから、俺が屋台の前で足を止めたのを気にもせず先に行ったんだろう。
早々と一人になった俺は、自分の運命を呪いながらその場を後にした。知らないリア充たちの中に置いてきぼりにされた心細さは、祭りの何もかもが俺を責め立て苦しめているかのような気にもさせた。
そうして人通りを避け続けた結果、祭りの会場からは遠く離れ、ふもとに公園のある丘の前に着いていた。
ここはたまに人懐こい茶トラが寝ている場所だ。せめてそいつの顔でも拝んで帰ろう。そう思った。
でも茶トラはいなかった。かわりに公園の水場で、家族連れが楽しそうに手持ち花火をしようとしている。その光景を見るといよいよ気分が落ちた。
やけくそになって俺は丘に続く道へ向かった。人混みで疲れていたが、とにかく手っ取り早く、静かな場所で一人になりたかった。
蒸し暑い日で、坂道を点々と照らす街灯の明かりは湿気のせいかぼやけていた。風一つなく、道の横に植わっている木がぼんやりとして見えたのも、何となく覚えている。
期待していた通り、頂上は誰もいない静かな場所だった。
たった一脚のベンチに座れた時はほっとした。気分は最悪だったが、一人になれたという安心感がそれを上回った。
薄もやがかかったような灯りを発する街を眺めると、微かに祭囃子と人のざわめきが聞こえてくる。勝手にやってろと思った。今年は至上最悪の夏祭りだと。
ベンチに腰かける男の銅像になった気分で、何をするでもなく無駄な時間を過ごした。無駄な時間を過ごすことにかけては俺の右に出る奴はいないと思ったね。何のなぐさめにもならない。
そのうち、今日は八時から猫特集の番組があることを思い出した。それまでには帰るかとベンチの後ろにある時計台を見上げた時、ちょうど街の方から花火が上がった。
突然の大きな音にびっくりして振り返ると、真っ暗な夜空に開いた花火が正面からよく見えた。
その色とりどりの光を浴びる、俺の座るベンチの端にいた君の姿に驚いて思わず固まった。若干叫びもした。二発目の花火の音と被ったのが幸いだった。
君は俺のことを気にせず花火を見ていた。俺はとっさに空気になろうとすると同時に、君を横目で観察した。
いつの間にいたのか全く分からない。正直幽霊じゃないかと思ったが、今日の夏祭りの参加者らしい浴衣姿はどこも透けてはいない。俺とは違い友達もいそうな雰囲気だ。
てことはここで誰かと待ち合わせているに違いない。恋人とか。
そう思い至った瞬間死にたくなった。考えてみれば、人気のない花火のよく見える場所なんてデートスポット以外の何物でもない。
兄弟にも猫にも見放され、やっと見つけた安住の地でも居場所のない自分。変な意地なんか張らずまっすぐ家に帰れば良かった。いやもう帰ろう今すぐ。
そう思ってゆっくり腰を浮かしかけたとたん、ようやく君は俺を見た。
花火の光で言葉にならない驚き顔がはっきり見えた。

今思えば、君は俺を気にしていなかったんじゃなく、気付いていなかったんだろう。俺が立ち上がろうとしていなければ、もしかすると君は俺と出会っていなかったかもしれない。
君の驚きように俺は内心ものすごく焦ったが、君が受けた衝撃も相当なものだったと思う。
俺が蛇ににらまれたカエルのようになっていると、君はどもりながらも松野一松さんですかと聞いてきた。
俺はさらに動揺した。見知らぬ女の子になぜか名前を知られている。
ともかく、そうだと返事をすると、君は興奮したように何かをもごもごと口の中でつぶやいていた。パラパラと花火が降り落ちる音が重なって聞こえなかったので安心してほしい。
ただ、一見かわいい子だけど実はヤバい奴かもしれない、と俺が考えてしまったのはしょうがないと分かってくれると思う。こんな人気のない場所で、いつの間にか側にいて、自分の名前を知っている。書き出してみるとストーカーそのものだ。
でもそうだと断定できなかったのは、君も君で驚いている様子だったからだ。それで俺も少し冷静になれた。よく言うでしょ、自分よりパニックになってる人を見ると落ち着くって。
それで俺は君の静かな興奮をおさめようとして、じゃましてごめんとかそういうことをまず口走ったと思う。
君はきょとんとして、何をですかと聞いた。ずれたことを言ったとまた死にたくなった。
そんな俺に君は、手を差し出して握手してもらえませんかと言ってきた。
ストーカーの線が濃厚になったと思わなくもなかったが、今の俺にストーカーがいるわけないし、君の手が少し震えていたのが分かったので俺はその手を握った。
それまで驚きと、なぜか緊張も入り交じったような顔つきだった君が、みるみるうちに嬉しそうな笑顔になったのを今でも覚えている。
たぶん、俺が女の子にあんな顔をさせることはこの先ないかもしれない。この先というか今までもなかったけど。
だから、君を思い出す時はまずこの時の顔が思い浮かぶ。
俺の手を握って、温かい、と言った君はしばらくして手を離して、ありがとうございましたと丁寧に頭を下げた。俺もとりあえず頭を下げた。
別に言わなかったが、君の手も温かくて、少なくとも幽霊ではなさそうだと思った。

俺は見ての通り初対面の人間と気の利いた会話ができる奴じゃない。
握手した後は何を言うでもなく気まずい気分で花火を見ていたが、別にそれは君が嫌だったからじゃない。と、わざわざ書かなくても君ならたぶん分かってくれているはず、なんてのは俺の思い上がりだろうか。
実際君は俺に色々話しかけてくれた。最初は遠慮がちに、だんだん打ち解けた様子で。
今日は一人ですか。いや、兄弟とはぐれて。
夏祭りなんですか。そうだけど。
何か食べましたか。いや何も。
浴衣似合いますね。どうも。
かっこいいですね。はあ。
あの時のやり取りをこうして書き出すと、自分の気の利かなさをヤバいほど認識させられる。
会話を続ける気のなさそうな俺に対して、君はすごく頑張ってくれていた。
あの時俺も君に何か聞けば良かったと思っている。名前とかね。とっさにそこまで頭が回らないのがクズたるゆえんというか何というか、クズでしかない。今になってそう後悔しても後の祭り。祭りだけに。
クソつまらないことを書いてしまった。俺の本質なんてこの程度だ。君があの時言ってくれたような、一松さんのここが好きだのかっこいいだの、そういう言葉は全く当てはまっていない。
だから、君からのほめ言葉は正直、最初は適当に聞いていた部分もある。人はすぐ裏切るし本音と違うことも平気で言う。初対面の人間への言葉ならなおさら、上辺だけで当たりさわりのないものになりがちだ。
君が本当にそう思ってくれていたかもしれないと信じる気になったのは最近になってからだ。大体君は最初から俺を知っていた。ああ、だから君への手紙という形で書きたくなったのかもしれない。届かないくせに。

考えが先走って文章がごちゃごちゃになってしまった。話を戻す。
花火を眺めながら、君はなぜか熱心に俺をほめてくれていた。
君に俺の何が分かるんだと思いながらも話を聞いていたのは、まあ、単純にうれしかったというのもある。いや、もっと正直に書くとそれしかない。
どうせ届かないだろうからもう素直に書くけど、女の子にほめられるのは全然悪い気がしない。
俺の勘違いじゃなければ、君は本当に楽しそうに俺のいいと思うところを挙げていた。
俺からすると否定したい部分もたくさんあった。俺は君の思うような人間じゃない。言いすぎだし買いかぶり。いいように捉えすぎ。
君に趣味悪いねと言ったけれど、それも一松さんらしいとか言って喜んでいた。君がカラ松のお面がおもしろいとか言った時には、何でクソ松の話をするんだとちょっとイラついてしまった。何カラ松のお面って。意味不明なんだけど。そんなケンカ腰の言葉をぶつけても、それすらなぜか喜んでいた。
何度思い出しても謎の時間だ。でも俺は楽しかった。至上最悪の夏祭りの日だったはずが、女の子と二人きりできれいな花火を見ながらほめちぎられてるんだから。
悔やまれるのは、君からの言葉を受けるだけで君に何かを返したりできなかったことだ。
最初に書いた通り君の名前すら呼んでいない。ありがとうとも言えていない。それが今、俺に慣れない手紙なんて物を書かせてる。
君にほめられ続けて調子に乗りかけた頃だった。
カラフルでひときわ大きい花火が上がって、遅れてドン、と低い音が届いた。
君はきれいですねと言った。
一緒に見れるなんて思わなかった。一松さんと見れて良かった。
そう言ってくれた。
俺は何て言えばいいか分からなくて、それまで言えていた卑屈な発言すらできなくて、消えていく花火を見ていた。俺と見れて良かった、だって。彼氏でも何でもない俺と。
しばらく頭をフル回転させて、俺も君と見れて良かったとおうむ返しのように言った。
俺の言葉一つ一つにはしゃいでくれていた君からの返事はなかった。横を見たら君はいなかった。
花火はそれっきり上がらなくて、辺りはしんとしていた。
俺の夏祭りはそうして終わった。

あの日から今日まで、くり返しくり返し思い出した一連の出来事はこんなものだ。最後はあっけなかった。
君が誰なのか。なぜ俺のことを詳しく知っているのか。何のメリットもないはずなのに、どうしてニートで童貞の俺に好意を示してくれるのか。
直接聞くには俺は卑屈すぎた。時間もなかった。恐らくこれだろうという答えが出たのはつい数日前だ。同じこともう書いてたか。まあいい。
これは俺の推測だけど、あの花火が上がっているうちしか君とは話せなかったんだろう。それなら最初から教えておいてくれ、と後から思ってみても仕方がない。時間はいつだって有限。それをひしひしと感じた。
タイムリミット直前で、やっと絞り出せた俺の最後の言葉を君は聞いたのかどうか。それも分からない。もう確かめようがない。
聞こえていればいいと思う。俺の罪悪感が少しは減るから。
こんなふうに俺は俺の都合しか考えていなくて、君が語ってくれたような素敵な松野一松なんかじゃない。だからこんなクズ忘れてくれてもいい。
もしくは、君はとっくに俺のことなんか忘れていて楽しい人生を送っているかもしれない。それならそれでいい。俺は俺で後悔を埋めるためにこれを書いている。
だから、今から書く言葉は俺のためであって君のためじゃない。

君が俺を見て、俺みたいな人間で楽しんでくれて、俺なんかを好きだと思ってくれたこと。
たとえそれが君の人生におけるたった一瞬のことだったとしても、俺は本当にうれしかった。
俺のいる世界は理不尽なことが多いけれど、もしかしたら君のいる世界は、俺の世界よりつまらなくて理不尽なこともしんどいこともたくさんあってクソなのかもしれない。
でも、君が生きている世界はきっと俺にはきれいに見えると思う。君が俺のいる世界を楽しんでくれたように。
花火は咲いて一瞬で散る。でも、心に焼き付いた鮮やかな色はいつでも思い出せる。
俺は君の花火になれたでしょうか。

また柄にもないクソポエムを書いてしまった。クソ松みたいで読み返すと鳥肌が立った。やっぱ消そうかと思った。でもあの時の君なら一松さんかっこいいとか何とか言ってもてはやしてくれると思っているので、黒歴史をそのままにしておく。
クソ松ついでに一応教えておくけど、カラ松のお面じゃなくてサマー仮面ね。
あの時の君の話の謎が解けたのは奴が現れた数日前だ。それが全ての謎の解明に繋がった。どうりで話が噛み合わなかったわけだ。やっぱり君と俺とじゃ流れる時間が違っている。当然と言えば当然か。
てかうろ覚えにもほどがあるでしょ。君って俺にしか興味なかったの?全然いいけどね。どうぞそのままで。

さて、書きたいことは書けたのでもう終わることにする。普段こんなにたくさんの文字なんて書かないから疲れた。
気の向くままに書いたから、文章もあまりまとまっていない。読み返すと我ながらひどい。君に直接感謝できなかった罰として、あえてこのままにしておく。
この未練がましいへたくそな手紙をどうするかは考えていない。あの時君と一緒にいた場所に持っていってもどうにもならないだろう。届いたところで迷惑かもしれないし。
もし、万が一、君にこの手紙が届いたとしたら、君がそれを喜んでくれたらいいと思う。


それでは、さようなら。お元気で。