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「うまい」
「一松くんってほんとにきつねうどん好きだよねー」

紫の風呂敷包みを脇に置いて、嬉しそうに何枚もの油揚げを食べる一松くん。
他の学生からも評判が良かったのか、今週から油揚げがトッピングとして追加できるようになった。それでさっそくうどんが見えないぐらいに油揚げを乗せてもらって、こうして堪能しながら食べている。

「油揚げだけでお腹いっぱいになりそうだなぁ」
「何枚あっても油揚げはうまい…」
「ふふふ、いなり寿司も好き?」
「大好き」

油揚げがメインでうどんがデザートかのように二つの味を楽しんだ一松くんは、「ごちそうさまでした」と手を合わせた。

「今日は無明山に行こう」
「街外れにある山だよね。今から行くと夕方になっちゃうけど…」
「黄昏時の方がいい。丑三つ時の方がもっといいけど」
「深夜に山に行くのはちょっと怖いかな…伝承と何か関係あるの?」
「まあね」

相変わらず一松くんはこの場では教えてくれない。
でも一松くんの話を聞きながら現地を見て回るのが楽しいから、これでいいなって思う。

「今回のお供え物は何持ってけばいいかな?」
「青い紙」
「珍しいお供え物だね」
「それが無いとこっちに出てこれないから」
「…何か出るの?」

無明山は普通の山だって思ってただけに、一松くんの『出る』という言葉に不安を覚える。

「出ても杏里ちゃんには指一本触れさせないから大丈夫」
「ありがとう…待って、質問の答えになってないよ!」
「着いてからのお楽しみ…」
「えー!」

一松くんの含み笑いにかわされてしまった。一松くんは秘密主義だ。



購買で青い紙を買い、無明山に着いたのはちょうど太陽が沈みかける頃だった。
無明山には電灯が全くなく、山道はもう暗闇に近い。
一松くんは風呂敷包みから提灯を出して灯りをつけた。私たちの周りがぼおっと明るくなる。

「提灯を持ってるなんて珍しいね」
「そう?昔から持ってる物だから」
「一松くんのお家って骨董品いっぱいありそう」
「がらくたばっかりだよ。そろそろ片付けないと…」
「一松くんは一人暮らし?」
「まあね。たまに兄弟が訪ねてくる」
「そうなんだ」
「杏里ちゃんの家族は?」
「お母さんがいたけど、小さい頃に死んだの」
「そう…人はすぐ死ぬね」

提灯が照らした一松くんの横顔は、いつもの無表情を悲しげに映し出した。

「そうだね、うちのお母さんは早い方だったかも…」
「…ああ、だから杏里ちゃん墓場に来てたんだ。あんなとこに何の用かと思った」
「あはは、確かにあんまり一人で行く場所じゃないかも。あの山、墓地があるだけだもんね。…あ、でも一松くんも散歩に行ったりするんだよね?」
「まあね。いつの間にか墓場になっててびっくりしたけど…ここから急だから、足元気を付けて」
「うん、ありがとう」

一松くんの提灯は、山に入ると不思議と明るさを増したように感じた。
正直、提灯だけの灯りじゃ見えないんじゃないかって思ってスマホのライトをつけようとしてたけど…そんなのいらないぐらい。
昔の人の知恵はすごいんだなぁなんて考えながら坂を上がっていく。
無明山の山道には何の案内板もない。人の踏み固めた土の道だけが上まで続いている。
頂上には元々お寺があったらしいけれど、今は跡地を示す石碑だけが残っている、というのが街の小さな歴史資料館で得たわずかな情報だ。
そのお寺にも別に変わった話はなさそうだったし…一体何の伝承があるんだろう?
それに一松くんの言った『出る』っていうのも気になる…!

「杏里ちゃん、怖い話好き?」

唐突にそう聞かれてますます心が騒ぐ。

「好きな方かなぁ…ねえ、やっぱりお化けが出るの?」
「お化け…みたいなもんだね」
「わああそうなんだ…!」

何のお化けなんだろう…!
今回のお供え物である青い紙から連想するのは、小学生の時に聞いたトイレの怪異、赤紙青紙だけど。
でもこの山にトイレはないと思うし…

「今回怖い話をする必要があるから」
「それもお供え物として?」
「まあそんな感じ」
「怖い話と青い紙かぁ………あ!もしかして青行燈?」

確か怪談がテーマの授業で聞いたことある!
ひらめいてそう言うと、一松くんはちょっとびっくりした顔をした。

「へえ…意外に知られてるもんだね」
「えへへ、授業でやったんだー」
「さすが杏里ちゃん」

得意げに言うと、一松くんはふっと口元を緩めた。
今絶対子供っぽいって思われてる…!
慌ててにやけた口をきゅっと閉じた。

「あ、青行燈の伝承があるの?この山に?」
「そう。それが山の名前の由来にもなってる」
「調べたんだけど、無明って仏教用語だよね。お寺があったらしいから、その関係でそう名付けられたと思ったんだけど…違うんだ?」
「そんな高尚なもんじゃないよ…人間って時にいいように解釈するからあんまり調子に乗らせないでほしいよね」
「え、誰を?」
「ああいや、こっちの話」

そう話しているうちに、頂上についた。
石碑があるだけの何もない場所。
でも余計な物がない分見晴らしは良くて、星の光がまっすぐ私たちの元へ降りてくる。
一松くんは石碑から少し離れた場所へ提灯と風呂敷を下ろして、青い紙で円筒を作り、火を着けたろうそくをそれで覆った。私も真似して、自分の買った青紙でろうそくを囲う。
そして提灯の灯を消すと、夜の闇に青い光が二つ。

「この山の名前には『明かりは無用』って意味が込められてる。ここで肝試しするな、百物語をするなって戒める目的で名付けられたんだよ。奴が出るから」
「本物の場所ってことだね…!本当に怪異が起きちゃうから禁じられてるんだ…!」

ちょっぴり怖くなって一松くんの隣へ近づいたら、すかさず手を握ってくれた。

「怪異が怖いからじゃなくて、出てこられるとうっとうしいからなんだけどね」
「うっとうしいからなの…?」
「ここには元々寺があって、修行しに来る人が鍛練の一貫として百物語や肝試しを頻繁に行ってた。でもその度に、派手に青い光をぶちまけて出てくるんだよ…近所迷惑だし自己主張もいい加減にしろって禁止した」
「けっこう俗っぽい理由なんだね…」
「まあ、でも今回はこっちに呼び出さざるを得ないから」
「そうだね。レポートのためにも試してみないと…い、今から百物語する?」
「いや、百とか多いしめんどくさいから十話にする」
「十話だけでいいの?」
「なるべく簡単に済ませたいからね…杏里ちゃんをいつまでもこんなとこにいさせたくないし」

ちょっときゅんとした。
それから一松くんの始めた怖い話は、短いながらぞくりとするものや『身内にナルシストがいる恐怖』といったよく分からないものまで、ジャンルは様々だった。
私も知ってる話をいくつかして、十話目が終わったところでいよいよろうそくの火を消す。
ふっと二つの火がかき消えた後の煙はすぐに闇に溶けて、辺りは真っ暗。
一松くんと手を繋いだままで本当に良かったと思った。明かりのない夜って、想像してた以上に何も見えなくて怖い。
町の夜景が遠くにちらちらと瞬いて見えるのがまだ救いだ。
それでも、自分の体もわからないほどの闇。

「………一松くん、いつまでこうして…」

繋いだ手の方を見上げて、息を飲んだ。
一松くんの姿は仄青い輪郭でうっすらと浮かび上がっている。
でも、目の前にいるのは何だか一松くんじゃないような気がした。
私をじっと見下ろしている強い視線が、その自信ありげな口元の笑みが、いつもの一松くんじゃないような…………

「チッ」

闇の中で舌打ちが聞こえたのと同時に、辺りが一気に明るくなった。
眩しさに目を閉じかけて、それが一松くんのつけた提灯だと気づく。
でも一松くんは私の隣にいなかった。石碑の横で、険しい顔をして提灯をかざしている。
代わりに私の隣にあったのは、自分の正面に置かれていたはずの青い行燈。
いつの間にここに…

「……い、一松くん…!」

何だか泣きそうになって、思わず一松くんの胸へ飛び込む。

「いっ、今のって…!?」
「もう大丈夫。これで終わった」

一松くんはぎゅっと私を抱きしめてくれて、背中を撫でてくれた。

「なっ、なんかね、さっき隣にいたの一松くんじゃないように見えて…!あっ…こ、これ一松くん?一松くんじゃない…?」
「落ち着いて。一松です」

やっと足の震えが収まって、恐る恐る辺りを見回す。
来た時と何も変わりない風景だ。大きく息を吐く。
うん、もう大丈夫みたい。
それにしても今の、一瞬だったけど不思議な体験だった…!
一松くんが一松くんじゃないように見えてすごくびっくりした。……ずっと隣にいたの、一松くん、だよね?
だけどそうすると、いつ手を離されたんだろう。はっきり離された感覚なんてなかったのに…
暗くてパニックになったからわからなかっただけかな。
百物語をした昔の人も、闇の中で感覚が曖昧になって勝手に怖い思いをしただけだったりして。
でも、じゃあどうやって一松くんは、私と手を繋いだまま提灯の明かりをつけたの…?それにいつの間に行燈が私の隣に…!?
考えだすとどんどん怖くなってきた…!
や、やめよう!気のせい気のせい!一松くんの手品だきっと!
知らず知らずのうちに一松くんの着物を握りしめていたようで、安心させるように今度は頭を撫でられた。

「あっ、ごめんねいつまでもくっついてて…」
「…待って」

慌てて一松くんから離れようとすると、さっきまで繋がれていた方の手をぎゅうと握り込まれた。

「ごめん。指一本触れさせないって言ったのに」
「えっ…そ、そんなこと言わないでよー…!さっきのが一松くんじゃないみたいに聞こえる!」
「あれと俺を一緒にしないで」
「わ、わー!やっぱり出たんだ!本物なんだ!」
「何でみんな触りたがるわけ…俺のなのに…」

なぜかものすごく不満そうな一松くんと、恐怖に襲われている私の会話は、あまり噛み合ってなかった。
それにしばらくして気づいてちょっと笑っちゃって、怖さが薄れたのは良かったって思う。一松くんもいつも通りだし。

「えっと…じゃあこれで無明山の主への挨拶は終わりかな?」
「そうだね。不本意だけど奴にも気に入られないとだめだから」
「うーん、レポートにはどうやってまとめよう…」

今回は衝撃の体験をした気がするけど、その証拠がないからなぁ。
今でもこの山に電灯が一つもないことは山の名前の由来に繋がってくるはずだから、また昼間に来て写真を撮ろうっと。後はお寺のことをもうちょっと調べて…

「杏里ちゃん、そろそろ帰ろ」
「あ、うん、そうだね」

一松くんがまた足元を照らしてくれて、とりあえず山頂を後にする。
すると、山道の途中でもう一つ珍しいことがあった。
どこからか青い羽の蝶がひらひら飛んできて、提灯の光の中を舞い始めたのだ。羽が反射してキラキラしてる。

「わぁ、夜行性の蝶かな?それとも蛾かな?」
「ふっ…蛾でいいんじゃない」

こんなの初めて見たなぁ、と見とれていると、その蝶は私たちの前を飛び始めた。まるで道案内してくれてるみたい。

「怖がらせたお詫びのつもりなのかもね…」
「えへへ、そうなのかなぁ。さっきの青行燈さん?きれいだねー」
「えっ……杏里ちゃん、こういう派手なのが好きなの…?」
「え、派手かな?ガラス細工みたいにキラキラしててきれいだと思うよ」
「………」

一松くんは急に自分の着物をあちこち見回した。

「…俺、地味?」
「ううん、そんなことないけど…」
「……」

何かを考えだした一松くんの側に蝶が寄ってくる。

「いやお前の助言はいらない」
「ふふふ、何か言ってるの?」
「いや、何も…」
「一松くんはそのままでいいと思うよ」
「…え、そう?」
「うん。一松くんおしゃれだもん」
「おしゃれ…!?」

動揺された。提灯の光がぶれている。

「俺に一番縁遠い……あ、そう…なら、いい…」
「あっ一松くん照れてる」
「……」

ふわふわ周りを飛ぶ蝶をうっとうしそうに手で払いながら、一松くんは無言で目をそらした。
ふふ、珍しい一松くんが見れた。それがちょっと嬉しかったりして。
一松くんの色んな表情見れるのが楽しいかもしれない…
なんて、何だか私一松くんのこと好きみたいだなって思いながら山を下った。