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チョロ松の付き合ってほしいという真剣な言葉に断りを入れたその日、久しぶりに落ち込みながら家路についた。
よく表情が読めないとか無愛想だとか言われる私だが、落ち込む時も普通にある。
チョロ松は大事な友人で、そんな人の『好き』という気持ちを受け止められなかったという罪悪感。
私もそんな気を見せていたのがいけなかったのだろうか。チョロ松と楽しく話をしていたりはしたが、私とチョロ松の気持ちにはやはり差がある。
チョロ松には私よりもっとふさわしい人がいるはずだ。私とよりももっと楽しい時間を過ごせるだろう人が。
だからこれで良かったんだ。
そうは思ってみても、別れ際のチョロ松の残念そうな顔を思い出すと胸が痛む。
夕飯の買い物をして家に帰ると、当たり前のようにおそ松が私の家の前で待っていた。

「よ。晩飯食わして」

もたれていた手すりから背中を起こしてそう言う。
合鍵を持っているはずなのになぜか勝手に入らないのはいつものことだ。
頷いておそ松を家に招き入れた。

「今日何?」
「野菜炒めでもしようかな。ピーマン安かったから」
「お、いーじゃん。ビールある?」
「多分冷えてるはず」
「いいねぇ〜さすがだねぇ」

靴を脱いですぐテーブルの前に座ろうとするおそ松に手は洗うよう声をかけ、夕飯作りにとりかかる。
おそ松のつけたテレビの音をなんとなしに聞きながら料理をしていると、しばらくして「なあ」と声がかかった。

「何?」
「何かあった?」

振り返ると、狭いリビングに寝転びながらテレビを眺めているおそ松が映る。

「…別に、何でもないよ」

おそ松には言わない方がいいだろうと思った。
答えて料理に戻ると、後ろで息を吐きながら体を起こす気配がする。

「何でもないわけねーじゃん。んな暗い顔して」
「え…そう?」
「このカリスマ長男が聞いてやるっつってんのー」

きっと今しょうがなさそうで、心配する気持ちもにじませた顔をしてるんだろうと思う。
ちらともう一度振り返る。こっちに背を向けているけれど、恐らくこっちを気にしてくれている。

「うーん、いや、大丈夫だよ。ありがとね」
「俺に言えないことなわけ?」
「えーと」

出来れば言わずに話を流したいという考えがあったけれど、テレビから視線を外したおそ松の目を見るにそうもいかない事態になってきたようだ。
隠し事がしたいのではない。でも話題が話題だけに掘り下げたくはない。
そんな私の態度をどう取ったのか、テレビを消して「何」と有無を言わさない様子のおそ松。

「ほんとに何でもないことなんだけどね」
「何でもないことだったら言えるだろ」
「…そうだね。確かにね」

こういう時のおそ松は鋭い。
私が言い渋ったことで追及が厳しくなったようだ。結局言うしかない空気になってしまっている。
冷やご飯をレンジで温めている間に、お皿に盛った野菜炒めと冷蔵庫から出したてのビールを持って足取り重くおそ松の元へ向かう。
ビールを目の前に置いてもおそ松は手をつけようとしない。
普段なら私の機嫌一つに執着したりしないはずだ。今はそれぐらい心配してくれているということだろう。
意を決して口を開く。
ただ肝心なところはぼかして伝えたいという思いもあった。

「…その、簡単に言うと、チョロ松に言われたことを断った…のを少し引きずってると言うか、何と言うか…」
「チョロ松に言われた?何を」
「ん……えっと」

肝心な部分はそこだ。それを言ってしまうとまた気まずいことになるかもしれない。
どう上手く説明しようか考えていると、おそ松が不意に何か思い付いたようだった。

「あ…あのさ、それって…」
「………」
「あー…まさかあれ?付き合って…的なこと?」
「ん…まあ、そんな感じかな」

かなりおずおずと聞いてきたおそ松にとりあえず頷く。
途端、おそ松は全財産賭けた馬券が外れた時よりももっと悲痛な顔になった。

「……ま……マジで?」
「うん」
「……い、言われた…の?」
「うん」
「で……、で?お前は、何て……?」
「ごめんって」

おそ松は下を向いてしばらく黙りこくって「そっか」と言った。
一つ屋根の下で暮らす兄弟だし、チョロ松のこと、何か感付いてはいたのかもしれない。
レンジの鳴る音がして、温かいご飯をリビングに持ってくる間もずっと無言だった。
ご飯をお茶碗によそい直しておそ松の前に出す。

「……食べないの?」
「………」
「冷めちゃ…」
「あのさ」

おそ松が箸に手もつけずに遮った。

「チョロ松…何がダメだったわけ?」

私に問いかけると言うよりは自分に言い聞かせるようなトーン。

「…何がダメってわけじゃないけど、私よりは他にいい人がいるんじゃないかと思ったから」
「…ふうん」
「…でも、やっぱりいいよって言おうかな」
「え?え!?何で!?せっかく断ったのに!?」
「せっかくって…」

しんみりした雰囲気が急に壊れた。
勢いづいたおそ松がテーブルに手をつき、前のめりになる。ご飯がこぼれないようにさりげなくどけた。

「だって、経験してみないと分からないでしょ。私も楽しいかもしれないし」
「…だ、だったら!俺とだっていいんじゃねぇの!?」
「おそ松と?」
「そーだよ!チョロ松がいいなら俺がダメってことないだろ!六つ子だし!何なら俺のがかっこいいし!」
「かっこよさで言ったらみんな同じな気もするけど…それこそ六つ子だし。…それに」
「それに!?」

言っていいものか。
少し迷ったけれど、言いかけてしまったしこの際はっきり伝えておくべきかもしれないと思い言うことにした。

「おそ松は…一番だめだと思う」
「え」

硬直したおそ松はすとんと力なく座り直した。
相当ショックが大きかったらしくうなだれている。身近な人に拒否されるというのは辛いことだ。それは私も分かる。
断片的ではあるが、おそ松に吐き出したおかげか私は気分を持ち直したのでご飯を食べ始めた。ピーマンがいい感じにしなしなになっておいしい。

「…どこらへん?」
「何が?」
「…俺って、どこがそんなにダメ?」
「えーと…まずデリカシーないし」
「うっ」
「バカだからやめろって言ってもやめないし」
「ぐっ」
「すぐ茶化すし責任転嫁するしクズだし最悪だよ」
「……っ」
「ってチョロ松が言ってた」
「あァァアア!?!?」

またおそ松が勢いを盛り返した。

「はぁ!?何でチョロ松目線!?お前の意見じゃねーの!?」
「うん…私は特に」
「良かったァァ!!地獄すぎて死ぬかと思ったわ!!」
「でも私もちょっと口に気を付けた方がいいなって思う時はあるかな」
「……気を付けます……」

しゅんとしたおそ松に「でも時々だよ」と慌ててフォローを入れる。

「えっと、じゃあ、さ…」
「うん」
「例えばだけど、俺らの中で一番マシな奴誰?」
「マシ…?」

考え込んだ私に「トド松は…?」と恐る恐るおそ松が聞く。

「うーん…トド松はちょっと冷めてそうかな。あんまり興味がなさそう。一緒に楽しめるかって点ではちょっと…」
「あー分かる。分かるわ〜あいつドライだからね。何気に自分のことしか興味ないからね〜。十四松はどう?」
「一緒には楽しんでくれそう。でも楽しみ方がはちゃめちゃすぎて、ちょっと疲れるかも。常に十四松のこと気にしてなきゃいけない気がする」
「うんうんそれが普通の感覚。杏里正解。じゃ一松は?俺的に一番なさそうだけど」
「確かに、一松は色々と苦手そう…あ、でも猫好きだよね」
「いやいや杏里騙されんな。猫好きイコール優しいってのは間違いだから。猫のみに向けられる優しさだからあれは」
「そう?じゃあカラ松…あ、カラ松いいかも」

おそ松はお腹を殴られたような声を出した。

「か…カラ松?よりによって…カラ松!?何で!?どのへん!?」
「素直なところと…相手の気持ちに寄り添えそうなところ?」
「はぁ?」
「一緒に楽しもうって言ったら楽しんでくれそうだし、大人しくはしてるんじゃないかな」
「いやいやいや俺だって大人しい時は大人しいし!?一緒に楽しもうって言われたら楽しむよ!?」
「うーん、でもおそ松ってつまんなくなったら『つまんねー』とか直球で言っちゃいそうだから…」
「…お前そういうの気にするタイプだっけ?」
「私はいいけど、気にする人もいると思うよ。自分が楽しんでるものに茶々入れられたくないって人」
「…別に、お前がいいならいーじゃん…」

口を尖らせるおそ松は納得いかない様子だ。

「それに、結局はチョロ松次第だから」
「だぁからチョロ松の意見はどうでもいいっての。お前はどうなわけ?」
「私よりチョロ松の意見が重要だと思うけど…」
「は?何で?あいつ常識人ぶってるけど全然だからね!?意味あるようでないこと言ってるだけ!杏里も分かるだろ長い付き合いなんだから!」
「え…でもおそ松がチョロ松に付き合うならチョロ松の意見が大事じゃないかな」
「なんっっで俺がチョロ松と付き合う話になってんだよ!!」
「あ、違うの?」
「違うに決まってんだろ!!あと大事な話してんのに食ってんじゃねぇ!!!一旦箸置け!!!」

叱られたのでお皿とお箸を置いた。
深刻な顔をしていたらしい私が話の途中で何もなかったようにご飯を食べていたらそりゃ怒るだろう。反省した。

「だから……そのー……でもさ……」

言い淀んだおそ松がごにょごにょと何かを言う。

「ん?何?」
「俺は…一番ダメかもしんねーけど…」
「うん」
「…ほ、他の奴にするぐらいだったら、俺にしとけば…」
「おそ松ってそんなに好きだったっけ?」
「…!!」

秘密にしていたことをバラされたみたいに、言葉をなくしたおそ松の顔がじわじわと赤く染まっていく。
そして振り絞るように言い放った。

「…そっ…そうだよ!!好きだよ!!悪いかバカ!!」

びっくりした。今までおそ松は全くそんな素振りを見せなかったから。
でもきっとチョロ松の手前、隠していたんだろう。

「…そっか」
「…おう」
「分かった。じゃチョロ松に言うね」
「何で!?そんなすぐじゃなくて良くない!?いくら俺だって傷口えぐるような真似…!」
「あ、チョロ松からちょうど連絡来た」
「…!」

連絡しようとスマホを持った時、タイミングを見計らったようにチョロ松からメッセージが来た。
それを読んで、私はまた罪悪感に苛まれた。

「…ごめん、おそ松。ちょっと遅かったみたい」
「…え?」
「もう相手決まっちゃった」
「………は?」

緊張と不安がごちゃ混ぜになっているようなおそ松にスマホを手渡し、そのメッセージを見せる。
おそ松はゆっくりとその文章を読み上げた。

「『杏里ちゃん、さっきはごめん。興味なさそうなのに強引に誘ったりして…でもにゃーちゃんのライブ、一緒に行く人見つかったんだ!これでペアチケット無駄にならずに済むよ!さっきはほんとごめんね!』…………」

読み終えてからしばらくおそ松が停止してしまったので、久しぶりに時が止まったような感覚に陥った。
呼吸も止まっているんじゃないかと心配になった頃、ようやく動き出したおそ松は私に「ありがと」とスマホを返し、テーブルに拳を思い切り振り下ろした。

「ありがちなやつ!!!!」
「ありがち?」
「よくあるやつ!!!!王道のやつ!!!!もうそういうベタなのやめてくんない!?!?胸が張り裂けそうだわ!!!!!!」
「えっと…ごめん」

ありがちとかベタの意味は分からなかったが、おそ松が泣きそうになりながら叫ぶので謝った。

「んだよ…ライブに付き合えって話かよ…」
「うん、ごめん黙ってて」
「何でちゃんとそう言ってくんねーの!?俺二回ぐらい心臓止まりかけたよ!?」
「前ににゃーちゃんの握手会でチョロ松のこと邪魔したって聞いたから、ライブの話はしない方がいい気がして」
「誰が!?俺が!?邪魔した!?」
「うん」
「…そーいやなんかチョロ松キレてたことがあったようななかったような…」

本気で記憶が定かじゃない様子を見ると、今回チョロ松がライブに一緒に行く相手がおそ松でなくて良かったかもしれない。

「はー心配して損した。ライブ行くの断ったぐらいでんな顔してんじゃねーよ」
「うん…チョロ松は自分の好きな気持ちを否定された感じなのかなって思ったら、何となく暗くなっちゃって」
「お前が言うな!」

ぴしゃりと突っ込んだおそ松はご飯を食べ始めた。私もこれで堂々とご飯を食べられそうだ。
テレビをまたつけて食事を再開する。やっといつもの空気に戻った。
ふと、おそ松はライブの話ではなく何だと思っていたんだろうと思った。
私達の会話にはこういうことがよくある。同じ話をしているようで、実はお互い違う話をしていたらしいということが。
後からおそ松に聞いても大抵はぐらかされてしまうのだけど、今回も一応聞いてみる。

「ねえ、おそ松は何の話だと思ってたの?」

ごく、とご飯を飲み込んだおそ松は「別に、」と言いかけてちょっと黙った。

「…お前が、チョロ松に付き合えって言われたのかと」
「うん、言われたよ」
「ライブにだろそりゃ。そうじゃなくて…彼女になってくれって言われたのかと思ったんだよ」
「………ああ、そういうこと」

私は最初からライブの話しか頭になかったからライブに付き合うという意味でしか取っていなかったけれど、『付き合う』は確かにそちらの意味にも取れる。
言葉って面白い、と他人事のように考えていると、今度はおそ松から「なあ」と声が掛かる。

「何?」
「さっきの話に戻るけど」
「どの話?」
「俺らの中で誰が一番マシかっての」
「ああ…」
「…どう?」
「何が?」
「だから!お前が仮に付き合うなら誰が一番マシかって!」
「ああ、うーん…」

さっきはチョロ松が誰とならにゃーちゃんのライブを楽しめるか、という視点だった。
今度は彼氏にするなら、という話だろう。多分合ってるはずだ。

「…俺とか」

おそ松がぽつりとこぼした。

おそ松と付き合う。

今までのおそ松と過ごした時間を考えてみた。
おそ松と一緒にいるのは楽しい、と思う。
たまに怒られることもあるけれど、それはおそ松が私のことをよく分かっているからだ。
大概の人はほとんど表情の変わらない私に対して深入りしない。常に壁を作っている人、と取られる。
特に異性なら尚更だ。喜怒哀楽の表現が乏しすぎる私は、男性からは怖がられたりつまらないと思われたりするらしい。
でもおそ松は違う。
どうしてか興味を持たれて仲良くなって、彼の兄弟やその友人とも友達になることができた。
私が普通にしていても、ためらいなく自分をさらけ出して接してくれる。それがとても嬉しい。感謝もしている。

おそ松と付き合う。
それは私にとって…間違いなく、人生で素晴らしい時間を過ごせることだと思う。

「いいんじゃないかな」
「…え、」
「おそ松が彼氏っていいと思う」
「っ……ま、マジで?じゃあ」
「でも私は、おそ松の彼女にはなれない」


そのことはおそ松もよく分かっているはずなのに、どうして私みたいに表情をなくすんだろうと思った。