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暇をもて余したおそ松がスマホ片手に家を訪ねてきた。
私は最近始めたゲームをしていたところで、おそ松に教えてあげるとどうせ暇だしとダウンロードしていた。
最初はおそ松に操作を教えながらやっていたが、徐々に二人とも黙りがちになっていきもう数時間が経過している。
アバターを作り込め、たくさんの常設イベントや期間限定イベントが開催され、プレイヤー同士の積極的な交流もできるこのゲーム。
地道にやり込むのが苦手なおそ松も飽きずに続いているみたいだ。

「金のリンゴある?」
「ん、投げとく」

おそ松からアイテムの要請を受け、『市場』と名付けられた場所へそれを置く。
さっきからこうやってお互いにレベル上げに貢献しているのだ。
おそ松のおかげで私もだいぶ捗った。後はいくつかのレアアイテムとフレンドの協力があれば、アバターのランクが上がってより作り込めるようになる。

ふと視線を上げると、窓の外はもう夜が近付いていた。
ご飯はどうしようかとスマホを置いて腰を上げる。

「ご飯どうする?」
「適当でいーよ適当で」
「んー…炒飯は?」
「お、いいねぇ。俺の好み分かってんじゃん」

スマホから目を離さず、おそ松がにやりと笑う。
これでも長い付き合いだ。大体の好みは分かっているつもりでいる。
おそ松の言う通り適当に肉と野菜を切っていると、後ろから「なあ」と声を掛けられた。

「杏里」
「ん?」
「そろそろ結婚しねぇ?」

包丁を持つ手が止まった。

「…結婚?」
「そ」
「おそ松と?」
「俺以外誰がいんだよ」
「…それもそうかな」
「いや俺しかいねーだろ。お前だって他に相手いないんだし」
「うーん、そうだね、一番仲いいのはおそ松だよ」
「だろ?今から他の奴見つけんのもめんどくせーだろ」
「そんなこともないけど…」
「俺がちょうどいいって。お互いのことは大体把握してんだから、今さら無理することもねーし」
「まあね」
「俺ももう二十越えたしさあ」

何気なく後ろを振り返ると、おそ松はまだスマホ画面に夢中になっている。

「そろそろしてもいいと思ってんだよねー」
「そっか」
「新しいステージに行こうぜ二人で」
「それもいいかもね」
「んだよ歯切れ悪ぃなー。あ、まだ準備できてねーの?」
「まあ、急に言われたから」
「それもそうだな。なははは」

おそ松が笑っている間に具材は切り終えてしまったので、今度は卵を溶きご飯と混ぜていく。

「というか、」
「あ?」
「おそ松は私とでいいの?」
「お前以外いねーよ」
「そう」
「え?何?不満?」
「おそ松自身に不満はないけど」

フライパンでご飯と具材を炒め始める。

「仕事のことは考えてる?」
「んなの結婚した後からでも大丈夫だって。職業も色々あんだし、俺カリスマで通ってんだから」
「おそ松の底力は認める」
「ミスったって思ったらやり直しゃいいんだし?最初は誰だって失敗するもんだよ」
「確かに。いいこと言うね」
「だ〜ろ〜?あ、すっげーいい匂い」
「中華だし入れてみたよ」
「最高!あー腹減ってきたー」

ついでに簡単に中華スープも作ろうかとお鍋を出す。

「そっか…結婚か。考えてなかったな」
「え、お前一人でやってく気だったの?」
「うん」
「これからは一人よか二人のがいいよ、色々とさぁ」
「そうだね」

お鍋でお湯を沸かしている間に炒飯はもう完成してしまった。
何となく、お店のものみたいに丸く盛ってみようかと大きめのお椀を出してくる。

「ただまあ〜…今すぐは無理だな。俺もまだ準備はできてないし」
「私も。色々と用意したりとか…」
「あと金な。もうちょっと貯めてくっから」
「私もそこそこなら貯金あるよ。どれくらい必要になるんだっけ」
「いーよいーよ、俺に任せとけっつーの!そんぐらいチョロいチョロい」
「頼りになるね、おそ松」
「だっろ〜?俺と結婚しときゃ絶対お得なんだって!」

おそ松がご機嫌に振り返った。
ちょうどお椀に入れた炒飯を平皿に引っくり返したところで、「おおいーねそれ!」と笑ってくれる。

「お店みたいにしたくて」
「最高じゃん」
「スープも作ってるからちょっと待って」
「イェーイ!」

片手に持ったスマホを高く掲げて喜ぶおそ松は、よっぽどゲームに熱中しているのかまた画面を見つめるのに戻っていく。
溶き卵と薬味だけのシンプルな中華スープも完成し、炒飯とスープをおそ松の目の前に並べる。おまけでビールも。

「出来たよ」
「っしゃ!待ってました!」

ようやくスマホを脇に置いたおそ松が、レンゲを持って炒飯を一口食べる。
私もスープに口を付けた。少し辛かったかもしれない。

「スープね」
「あ?」
「ちょっと辛いかも」
「どれどれ…え全然?もっと塩気あっていいけど」
「そういえばおそ松、内臓がやばいってトド松に聞いたよ」
「何でそーゆー話になんだよ。好きなもん我慢するより食って死ぬ方がいいね」
「私はおそ松に長生きしてほしいけど」
「…あっそ」

と言いつつビールに伸ばしかけた手を一旦引っ込めるところは素直だと思う。

それから特に代わり映えのない世間話をいくつかしてだらだらと過ごした後、そろそろ風呂の時間だからとおそ松は腰を上げた。

「あそうそう、結婚の話考えとけよな」
「うん」
「近々準備もできると思うし、そーだな…三日後にお前ん家行くわ。店の方な」
「分かった」
「そん時にまた詳しい話するってことで」
「そうだね」
「……ま、別に俺とじゃなくてもいいかもしんないけど」

玄関で靴を履いていたおそ松が振り返る。

「俺はお前とじゃなきゃやってけないと思ってる」

じゃ、と帰っていくおそ松の後ろ姿を見送りながら、いつになく真剣だったなと思った。
一人になった部屋でお皿を洗いながら考える。
パートナーもいないし一人でやっていくつもりだったけれど、誰かと支え合っていくのも悪くはないかもしれない。この先、どんな壁が立ちはだかるか分からないし。
私がピンチになった時は何だかんだおそ松は助けてくれるし、頼りになると思っている。
対して私がおそ松に返してあげられるものは少ないけれど、おそ松が私を選んでくれたのならそれでいいか。
三日後までに私も出来るだけの準備はしておかなければ。
さっきはきちんと返事をしていなかったから、その時にちゃんと言葉で伝えよう。



三日後、言い出した約束をよく忘れるおそ松は本当に店へ来た。
一人ではなくトド松と。

「杏里!結婚しよーぜ!」
「おそ松兄さん恥ずかしいから店で叫ばないで」
「いいよ」
「杏里ちゃんも淡々としてんだからもう…」
「いや〜頑張ればいい職にありつけるもんだねえ〜。さすが俺!カリスマ性光りすぎて怖い!」
「おそ松兄さんは運が良かっただけだよ。しかも抜け駆けすんなとか言っといてさあ、自分だけちゃっかりいい仕事に就いてんの何なわけ?腹立つわー」
「なはははは!ほら、杏里も見ろよ!俺すごくない!?」

得意気におそ松が見せてきたのは、三日前に紹介したゲームのプレイヤープロフィール。
この三日でどうやり込んだのか、ゲーム内でも争奪戦の激しいレアな職業に就いているおそ松の美少女アバターがスマホ画面に映し出されている。

「すごいじゃん。貯金も貯まったんだね」
「よゆーよゆー!何てったって結婚資金だからな!これぐらいありゃ充分だろ」
「そうだね。残りで多分SSRの武器買えるよ」

自分の貯金を確認するために開いた私のプロフィール画面には、いかつい顔の男キャラがいる。戦闘で映えるだろうと選んだキャラだ。
覗き込んできたトド松が、「うわ〜」と感情の読めない声を上げる。

「女の子でこのアバター選ぶ子初めて見た〜」
「そう?かっこいいかと思って」
「確かに、モンスター戦では映えるよね」
「というかトド松もやってたんだね、これ」
「まあね〜!流行ってるからっ。にしても杏里ちゃんおそ松兄さんのと結婚させるんだぁ…杏里ちゃんもやってるって分かってたら僕も申し込んだのに〜」
「一人プレイもいいけど、パートナー作った方が何かと得っぽいからね」
「ああ、たまにパートナーとしか参加できないイベントあるもんね。僕も早く結婚させなきゃなぁ、ってまだレベル二十になってないけど」
「ふっ、ニートの格が違うんだよ俺とお前とじゃ!」
「要するに暇人ってことでしょ?全然かっこよくないからねそれ」
「んなことより杏里、指輪!指輪買った?」
「今買うよ」

ゲーム内の『商店』で銀の指輪を買い、お互いのプレイヤーコードを入力すると、私とおそ松のアバターに銀の指輪が装着された。
ホーム画面には今までなかったパートナー共闘イベントの案内が出ている。

「おし、さっそくやってみよーぜ!」
「いいよって言いたいとこだけど、どうせ帰ってきてるなら手伝ってってお母さんに言われてるから…後でもいい?」
「えー!んだよそれぇ、せっかくの夫婦共同作業だぞ?」
「ごめん、ビール一杯おごるから」
「なら良し!あっちで待ってっからー」

おごるの一言で機嫌が良くなったおそ松は、既に顔の赤いおじさん達の間をかき分けて奥の席へさっさと着いた。

「…にしても、びっくりしたなー」
「何が?」

置いていかれたトド松が私の顔をちらりと見る。

「おそ松兄さんが『杏里と結婚する!』なんて言うからどんな奇跡が起こったのかと思ったよ」
「そんなにびっくりすること?」
「そうだよ〜!ついにおそ松兄さんが…あいや、杏里ちゃんがよく受け入れたなーと思って!ゲームの話だったとはねー」
「そうだね、それは私もびっくりした」
「…ん?…え?何が?」
「私もゲームの話だとは思わなかった」

トド松は大きい目をぱちぱちさせて、「…え?」と呟いた。

「え…?ま、待って…杏里ちゃんもゲーム内の結婚の話だと思ってなかったってこと…?」
「うん。本当にプロポーズされてるのかと思った」
「……ちなみにだけど、ゲームの話だって気付いたの、いつ?」
「さっきおそ松がゲーム画面見せてくれた時」
「………………」

トド松はしばらく硬直し、険しい顔で何かを考えていたが、猛ダッシュでおそ松のところへ走り去った。
私が厨房へ入ってからは、おじさん達の雑談に混じって二人の言い争う声も聞こえてきた。
「んなわけない」「俺だってさすがに学習したわ」とおそ松が何やら反論している。
さて、二人にビールを持っていった後はてきぱき仕事を終わらせなければ。
夫婦の共同作業が待っている。