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赤塚タワーへ行くためにそれなりの服を着ろというおそ松の指示。ヒントはデートスポット。
考えた末、おそ松はデートがしたいのではないかという結論に達した。
それ以外におそ松の発言の意図が読みきれない。だから恐らくあの時、デートにふさわしい格好をしろと言いたかったのだと思う。
ただ私はデート用の服を持っていない。そもそもデートらしい服とはどんなものだろうか。
ネット検索をしてみても、出てくるのは私には共通点の分からないファッションばかり。
なので、トト子ちゃんを参考に体のラインの出るトップスとミニスカート、ヒールが高めのパンプスをどうにか用意した。トト子ちゃんのファッションなら、おそ松に対してはまず間違いがないだろうと思う。
後はトト子ちゃんのように髪を結ぶかカチューシャをすれば『それなり』にはなるはず。
髪を二つ結びにしてみたが私にはどうも似合わない気がしたので、バイト仲間がよくしている簡単編み込み風ヘアというものをしてみた。目指すトト子ちゃんのスタイルとは異なるが、まあこれでいいだろう。
普段はしない準備に時間がかかってしまい、珍しく私の方が遅刻してしまった。
待ち合わせ場所の駅前、東口のコンビニの前には既におそ松がいた。
いつものパーカーやツナギではない、大学生に溶け込めそうなカジュアルファッションだ。
そんなおそ松の横顔はどことなく落ち着かなさそうに見える。私が待たせることがあまりないから、イライラしているのだろうか。小走りに隣へ近付く。

「ごめん、お待たせ」
「遅、……!」

顔だけをこちらに向けたおそ松は目を見開いた。かと思えばすぐにそらす。

「ごめん。ちょっと準備に時間かかっちゃって」
「べっ…別に!気にしてないけど!そっ、それより、それ」
「どれ?」
「…何、お前そんな服持ってたわけ?」
「このスカートは買ったけど、他は持ってた」
「…あそ…ふーん…」
「デートっぽくない?」

おそ松の意図を外しただろうかと聞いてみたら、おそ松は音がしそうなほどのスピードで体ごとこっちを向いた。ちょっとびっくりした。

「あ!?デ…っ、え…!?」
「違った?」
「いや、あ、…ち、違わ、なくもない」
「良かった」
「……」

鼻を挟むように両手を合わせて、おそ松が地面を凝視している。

「ついに…ついに…」
「おそ松がそういう服着るの初めて見た。持ってたの?」
「は!?あ、あーまあな!普段着ないだけで俺わりと何でも似合うし?」
「うん、似合ってる」
「くっ…」

今度は目を覆っている。
しばらくして顔を上げたおそ松は何と言うか、自信に満ち溢れたオーラを纏っていた。

「…さ、それじゃ…行こうか」
「そうだね」

おそ松について歩き出す。

「…あれ?赤塚タワーそっちじゃないよ」
「べ、別にいいだろ、ちょっと寄り道しても。赤塚タワーは逃げねぇし……デ…ート…だし」
「そっか。じゃあどこ行く?」
「ん゛んッ……あーそうだなー」

おそ松が少し歩みを緩めて、スマホで何か調べ始めた。「どこかある?」と隣に並んで画面を覗くと「くっつくな」と怒られる。

「ごめん」
「いや、あー、別に?お前がくっつきたいなら別に、うう腕とか、組んでやってもいーけど」
「くっつきたいわけじゃないから別にいいよ」
「あっそ!」

また怒らせてしまったようだ。
デートなのだから私も正直に言わずに彼女らしく、それこそトト子ちゃんのように甘えれば良かったか。
しかし今さら言い出せず大人しく側で待っていると、しばらくして探し物を終えたのかおそ松がスマホをポケットにしまった。

「こっからちょっと歩くけど、人気のパンケーキの店があるって。…お前、パンケーキとか好き?」
「あんまり食べたことないけど、興味はあるよ。お昼時だしちょうどいいかも」
「んじゃそこ行く?」
「いいね、行こう」

パンケーキのお店なんておそ松にしては珍しい、一般的な女の子の趣味に合わせたとてもデートらしい提案だ。どうやらおそ松は今日という日に本気で取り組んでいる。
これは私も頑張らないといけない。
一歩先を歩くおそ松の隣に並び、左腕に自分の右腕を回した。

「っ、えっ」
「やっぱりこうしてもいい?」

タイミングを外していないといいがと恐る恐るちらりと見上げると、呆気に取られた顔で見つめ返される。

「…へ…」
「だめなら、」
「いいいいや!だめじゃない!全然!す、好きにすれば!?」
「そう。じゃ行こう」

おそ松は何か言葉を飲み込んだのか、ぐぅと喉の奥で音を鳴らした。

「…お前…急に…心臓に悪い…」
「やっぱり離す?」
「い、いいってそのままで!ほら行くぞ!」

足が早いおそ松と腕を組んだまま歩くのは難しそうだと思っていたけれど、おそ松が私の歩みに合わせてくれているのでそうでもなかった。
連れられて来た人気のパンケーキのお店はさすが女の子に人気らしく、女同士のお客さんが多い。たまにカップルの姿も見える。
外に何組か並んでいたので、私たちも後ろについた。すぐに店員さんが出てきて私たちにメニューを渡してくれる。

「甘いのだけかと思ったら甘くないのもあるんだね」
「だな。知らなかった。トド松が好きそーなもんばっか」
「ああ好きそう。きれいだしインスタ映えしそうだしね」
「インスタねぇ…だから女の子に人気なんだ」
「そうみたいだね。…ねえ、でもあれ、けっこう大きくない?」

窓から見える店内、女の子たちのグループへちょうどパンケーキが運ばれてきていた。
店員さんが両手で持っている丸皿の上には、ここからでも少なくとも三枚のパンケーキが縁に沿って丸く並べられているのが見える。
しかもその中心には生クリームが山のように高く盛られ、周りをたくさんのフルーツが彩っていた。
「うげ」とおそ松が声を上げる。

「あんなの食べれるの女の子って」
「みんなで分けるんじゃない?」
「だよな…いやだとしてもクリーム盛りすぎじゃね?」
「うん。しかもあんなに大きいお皿で来ると思わなかったね。もっと小さいプレートかと思った」
「お前、あれ食える?」
「んー…一人じゃ無理かな」
「俺も無理。分けようぜ」
「そうだね。どれがいい?」
「お前が決めれば」
「じゃあイチゴの」
「お次のお客様、二名様ですか?」

あれこれ話し合っているうちに私たちの番が来たらしい。
案内された席に着き、パンケーキとドリンクを注文し終えて店内を見渡す。
おしゃれな音楽とハワイを感じさせる内装。全体的にピンクや水色などパステルカラーが多い。これは女子ウケしそうだ。
そんな中おそ松は落ち着かなさそうだった。いつもいる居酒屋とは雰囲気が違いすぎるからなあ。トド松ならこういうとこ、平気で一人で来たりしてそうだけど。
あ、十四松も甘いもの好きだし、一人で一皿食べきれそう。

「十四松がいたら喜ぶだろうね」
「あ?何で十四松の話?」
「十四松、甘いもの好きでしょ。食べっぷりが良さそうだよね。うちの店のものも何でもおいしいって食べてくれるし」
「…十四松と来た方が良かった?」
「え、別に」
「別にって何だよはっきり言えよ」
「おそ松とこういうところに来る方が何だか新鮮で楽しいよ」

今回慎重に返した言葉は間違っていなかったようだ。
ふーん、と気のなさそうな相づちを打ったおそ松だったが、機嫌は良くなったのか口角が少し上がった。
その後怒らせることもなくお喋りをしているうち、ようやくパンケーキが運ばれてきた。
パンケーキは全部で四枚。円形に並べられたその真ん中に、ふわふわの生クリームの山と濃い赤色の果肉入りイチゴソースとが共に添えられている。

「おいしそう」
「先言っとく。多分一枚で飽きる」
「二枚は頑張って」
「しゃーねーな」

いただきます、と頬張ったクリームとイチゴたっぷりのパンケーキはとても美味しい。思わず顔も綻ぶ。

「ん…おいしい」
「……」
「おそ松食べないの?」
「た、食べるし」

ざくざくと一切れ切り出しぱくりと口に運んだおそ松は「甘ぇ」と言った。

「いやうまいけど。甘い」
「甘いね」
「…お前の…ほら、お前んとこでこないだ食べたやつ、何だっけ」
「サーターアンダギーもどき?」
「それ。…のがいい」
「あれは甘さ控えめで作ったからね」
「また食いに行ってやる」
「うん」

それからしばらく無言でパンケーキを切っては食べていたけれど、おそ松は一枚を食べた辺りでやはり飽きたらしく、フォークとナイフを置いてアイスコーヒーから離れなくなった。

「もう食べれない?」
「炭水化物好きだけど甘いのはなー…そんなに量食えねぇわ」
「…あと半分も無理?」
「さてはお前ももう飽きてきてんだろ」
「正直、残り全部はちょっと。これだけでもだめ?」

おそ松の分の一切れを口の前へ持っていくと、一瞬迷った後に食べてくれた。おそ松にしては珍しく、文句も言わず。
差し出すと食べてくれるので私の負担も減り、残さずに食べきった。

「ごちそうさまでした」
「…ん」
「おいしかったね」
「…うん」
「無理に食べさせてごめんね」

言葉少なにコーヒーのストローをくわえたままでいるおそ松に謝ると、「別に」と短い言葉が返ってくる。

「お、お前もその…か、彼女っぽいこと、やろうと思えばできんじゃん」
「彼女っぽい…?」

何かしただろうか。

「…分かってなくてやったとか言うなよ」

睨みをきかされ、慌てて「もちろん分かってやったよ」と返す。
動揺は顔に出てなかったようだ。
おそ松は「それはそれで…」と呟いたきり、それ以上追及して来なかった。

「んで、この後どこ行く?」
「…えーと」

赤塚タワーじゃないの、と言いかけたが、今日はデートであることを思い出す。
タワーの閉館までにはまだ時間があるし、他のデートコースも色々と回った方がいいかもしれない。
タワーに上がるのを先延ばしにしたいという私情も、少しある。
さあ、この後どうしようか。
考えこむ私をおそ松はじっと見ていた。
いつもなら私が決めかねていると「遅い」とおそ松が主導権を握るのに、私が決めるのを待っているようだ。
好きな人が出来るというのは人間を成長させるものらしい。

「じゃあ、二人になれるところ」

おそ松がコーヒーを吹き出したのでお手拭きで拭く。

「…っは、っはァ!?何言ってんの!?意味分かって言ってる!?」
「だって、デートだから…」

私にしては親密な恋人同士らしい回答ができたと思うのだけど、何か間違えただろうか。
おそ松は無言で口を開いたり閉じたりしてからテーブルに突っ伏し、「まだ早い…」と小声で呟いた。

「早い?」
「だって…準備とか…ほら…え?何お前今日そういうつもりで来てたの…?」
「うん、それなりに一応準備とかはしてきたつもりだけど」
「なっ…」

今日のためにトト子ちゃんのようなスカートも買ったぐらいだし。
しかしデートとは言うものの、二人きりになるまでには時間をかけるものらしい。
映画とかカラオケとか、二人きりの感覚を味わえる場所に行くにも段階を踏んでからということか。デートの作法は案外難しい。
軌道修正しようと「早いなら別のことする?」と聞いてみる。

「……いや……分かった。お前がその気なら、俺も…」
「早いのはいいの?夕方とか夜頃にする?」
「ああ、そうだな…」

おそ松に何やら力がみなぎっている。
ということは最終的にカラオケかどこかへ行くことになるだろう。
赤塚タワーに上るという当初の目的をおそ松が忘れていてくれるかもしれないという小さな目論見を抱えながら、私はすましてコーヒーを飲んだ。