小さな違和感





あんな事があっても、日常はいつもと変わらずに訪れる。
否、静雄の中だけでいえば変化した部分もあった。
昨日までは眺めているだけで幸せだった彼の後ろ姿が、今日は見れない。
その背中を見ると酷く胸が痛むのだ。

「……ずお?静雄?」

「っ、は、はい。」
トムの呼ぶ声に、静雄は慌てて返事をする。
いつもとは明らかに様子の違う静雄に、トムは訝しむような視線を向けた。

「何か、今日のお前変だわ。」
小さな溜め息とともに吐き出された言葉が、静雄の胸に刺さる。

「すんません…。」
トムの真っ直ぐな視線から逃れるように目を逸らす。
視界の端に一瞬だけ映ったトムの顔は、困ったようにしかめられていた。
そんな表情をさせてしまっている自分に腹が立って、唇を噛み締めた。

「まぁ良いや。次の回収先行くべ。」
ドレッドヘアを揺らして、トムは前を向き歩き出す。
静雄も小さく返事をしてその後ろをついていく。
怒らせてしまっただろうか…そう考えるが、トムはいつもと何ら変わらずに接してくれた。
他愛ない話をしていれば、静雄も幾分かいつもの日常を取り戻す。

「あ、シズちゃん発見!」
どこからともなく聞こえた声。
静雄の平穏な日常を悉く壊すその声の持ち主が、こちらに向かって手を振っている姿を視界に捉えて静雄は知らぬ内に体を小さく震わせる。

「い、臨也…!」
ニヤニヤと嫌な笑みを口元に浮かべて、臨也が近付いてくる。
いつもなら、臨也の姿を見受けただけで始まる追いかけっこが今日は始まらないことにトムは疑問を覚えた。

「シズちゃん、昨日はありがとう。今日もよろしくね?」

「…っ。」
トムの位置からは、臨也の声は聞こえない。
ただ、静雄の引き攣った表情が見えて目を丸くする。
怒りじゃない、恐怖だ。
静雄があの臨也に恐怖を感じていると、トムは確信した。

「じゃ、また夜に!」
結局、今日は自販機や標識が飛ぶ事もなく臨也は去っていく。

「…大丈夫か?」
何かがおかしい。
トムはそう思いながら、立ち尽くしたままの静雄に近寄る。
肩を優しく叩いてやれば、漸く静雄はトムを見て苦笑してみせた。

「あ、大丈夫っす。」
どこが、何が大丈夫なのだろうか。
だが、トムは深く聞かなかった。
こういう時の静雄は、頑なに自分の弱さを見せようとしないというのは、中学時代から嫌と言う程見てきている。

仕事が終わったら、話を聞いてやろう。
内心でそう思いながら、トムは静雄とともに歩き出した。






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