駆け引き




今日は何事もなく、平穏に一日が終わった。
事務所前でトムに挨拶して、まだ人で賑わう池袋をぼんやりとしながら歩いていく。

「っ!」
細い路地で入り組む道に差し掛かった途端、急に腕を掴まれ無造作に物が置かれた路地裏に引きずり込まれた。

「やぁ、シズちゃん。」
掴まれた腕を背中に回され身動き取れない状態になると、些か乱暴に体を壁に押し付けられる。
抵抗しようとすれば、関節が悲鳴を上げあまりの痛みに顔を歪めた。

「何の用だ、臨也。」
後ろを振り向くと、嫌な笑みを浮かべた臨也と目が合う。
鋭い眼光で睨みつけるが、相手は怯む事もなく小さく笑い声を上げた。

「君の上司…田中トム、だっけ。」
背後から耳元で愛しい人の名が囁かれ、驚いて目を丸くした。
その表情を見た臨也は、思惑通りに事が運べそうで内心でほくそ笑む。

「トムさんがどうした。」
嫌な予感しかしなかったが、奴が何を考えているのかを探る為に問い掛ける。
しかし臨也は問いには答えず、さっきまで貼り付けていた笑みを消し去り静雄に冷たい視線を向けるだけ。

「シズちゃん、アイツのこと好きなんでしょ?」
そう言うなり、腕を掴む力が強められさすがの静雄の強靭な骨も悲鳴を上げ始めて汗が浮かぶ。

「気に入らないんだよね、化け物のクセに。」
どこまでも底冷えするような声で、嫌悪感を露わに吐き捨てる。
更に強く壁に押し付けられて、胸が圧迫され息が詰まる。

「そうだ。気に入らないから、田中トムの存在を消しちゃおっか。」
今度は無邪気な子供みたいに、臨也は不釣り合いな程明るく言った。
静雄の額から汗が流れ落ちる。怖い、そう強く思った。

「ま、待て…トムさんには手を出すな…っ。」
頼むから、と消え入りそうな小さい声で呟く。
相手はあの折原臨也だ。これくらいでどうにかなるとは思えなかったが、そう言うしかなかった。

「うん、良いよ。」
だが静雄の頼みは、呆気なく肯定された。
驚きはしたが胸を撫で下ろす。

「その代わり、条件がある。俺のお願い聞いてくれるよね?」
静雄が頷くのを見て、臨也は心底嬉しそうに口元を歪めた。

「今から、平和島静雄は俺の物だ。」
恍惚とした声色で、信じられないような事を囁かれて、静雄は絶望に塗れた表情を見せる。

路地裏には、臨也の笑い声だけが響いた。




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