貴方が好き





俺は、あの人の事をほとんど知らない。

下の名前も、何歳なのかも、聞いていないし教えられていない。

けれど、俺はそれでも良いと思っている。

だってあの人は俺を恐れない。
俺に触って、俺に触らせてくれる。
俺の求めていた愛を与えてくれる。

だから俺は、それ以上を望まない事にした。


「静雄。」
心地好い低音で名を呼ばれ、静雄は四木を見る。
何か言葉を返そうと口を開いた瞬間、四木の薄い唇がそこを塞ぐ。

「…んっ。」
驚いて離れようとしたのに、四木の左手は既に静雄の後頭部へと添えられていた。
唇を舐める舌が静雄の熱くなった口内に侵入する。
頬の内側や上顎、奥に逃げる舌まで余す所なく貪られて、静雄はぶるりと体を震わせた。

四木からのキスは、経験の乏しい静雄には刺激が強い。
キスが終わる頃にはいつも、頬は朱に彩られ目はとろんと蕩けてしまっている。

「静雄、舌。」
少しだけ唇が解放されたが、静雄が言われるままに舌を出せばまた食らい付かれる。
おずおずと差し出した舌が、四木の口内に誘い込まれて柔く甘噛みされた。

「ふぁ、あ…っ。」
噛まれた所から小さな電流が走った。
そのまま舌を吸われて、体が痺れたようになる。
あまりの気持ちよさに思わず四木の腕を掴むが、慌てて力を緩めた。

静雄の手は、気を付けていないと何もかもを壊してしまう。
今のように少しでも意識があれば問題はないのだが、これ以上の快楽を与えられてしまったら力の制御ができずに四木の腕を握り潰してしまうだろう。

絶えず与えられる快感に溺れながらもそう考えて、静雄は背筋が寒くなるのを感じた。

そう思うと触れている事すら怖くなって、手を離し拳を握る。

静雄の心情を知ってか知らずか、四木は空いた片手で静雄の細い体を抱き寄せ自分に密着させる。

「怖がらなくていい、大丈夫だ。」漸く離された唇から荒ぐ息を零す静雄の頭を撫でて、優しく宥めるように四木は言う。

「で、でも…俺…っ。」
まだ快楽の余韻に浸ったままの顔が歪む。
自らの力の恐ろしさは本人が一番よくわかっているからこそ、静雄は人に触れる事を躊躇してしまうのだ。

「あんたを、壊しちまうから…。」
弱々しくぽつりと吐き出された言葉に、四木は苦笑してみせる。
池袋最強と称される男の心は、こんなにも弱い。

四木にとって静雄の弱さは、愛しい以外の何物でもないのだが。

「お前に俺は壊せない、そうだろう?静雄。」
口元を三日月みたいに歪めて笑いかければ、静雄の瞳が揺らいだ。
そうして、小さく縦に頷いてからゆっくりと震える両手を四木の背中へ廻す。

「し、きさ…っ、四木さん…!」
ーー好き…。

消え入りそうな程の小さな声で呟かれた告白は、しっかりと四木の鼓膜を震わせた。









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