体調不良と精神脆弱携帯のアラームがピピピと狭い部屋に鳴り響く。 あぁ、もう朝か…。 枕元に置いていた携帯電話を手探りで掴み、煩いアラーム音を消して起き上がろうとした。 「…っ。」 視界が揺れ鋭い痛みが頭を襲い、静雄は成す術もないまま布団に倒れ込む。 額を触るといつもより熱くて、心なしか息も荒い。 ズルズルと畳を這って体温計をしまっている引き出しへ向かう。 「あー…トムさんに電話しないと…。」 体温計が示した数値は37、5℃で、これでは仕事になる筈もなく緩慢な動作で上司に電話をかけた。 「もしもし…トムさんすんません、ちょっと熱出ちまいまして…はい、ほんとすんません…すぐ治すんで…っす、ありがとうございます。」 通話が終わると同時に、静雄は布団の中で丸まって目を瞑る。 何か食べて薬を飲んだ方が良いのだろうが、風邪薬など持ち合わせていただろうか。 一人暮らしを始めてから病気らしい病気に罹った覚えもないし、痛みに鈍感な静雄の体は微熱ごときでは自覚症状すら表に出さない。 家の近くにコンビニはあるものの、今は動く気になれなかった。 とりあえず一眠りしてから、先の事を考えようと思った。 だが、いくら目を瞑っても眠気は訪れてくれず悪戯に時間ばかりが過ぎていく。 携帯電話のディスプレイで時計を確認すると、いつもならば午前の回収先を二件ほど回ったくらいの時間だ。 ふと、上司であり恋人でもある田中トムの事を考える。 毎日のように言葉を交わし触れ合っている彼と、今日はたった数分程度しか話せなかった。 体調を崩した自分が悪いというのも、仕方が無い事だというのもわかっているつもりだ。 それでも、発熱により精神まで弱っているらしい静雄が寂しさを感じない筈がなかった。 (トム、さん…。) 優しい声が、笑顔が、手の温もりが、恋しくて仕方ない。 トムの事を思い出すと、目の奥が熱くなりじんわりと涙が滲むのがわかった。 弱気になっている自分が情けなくて、血が滲むのも構わずに唇を噛み気持ちを紛らわせる。 こんな時は寝るに限る。眠ってしまえば余計な事を考えなくて済むし、きっと早く体調も良くなる。 そう考えて目を伏せた時だった。 コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。 誰だろうかと思いながら布団を出て、少しふらつく足取りで部屋を出る。 するとガチャリと鍵を開ける音の後に玄関の扉が勝手に開いた。 「邪魔するぞー…って、起きてたのか?」 外の肌寒い空気とともに姿を現したのは、今一番傍にいてほしいと思っていた人物だ。 「トムさん…?」 「ほらほら、病人は寝てろって。」 呆気に取られている静雄の頭をくしゃりと撫でて、トムが笑う。 腕を掴まれ引っ張られるままに、静雄は布団へと戻った。 布団の脇に座ったトムはと言うと、持ってきていたビニール袋をガサガサと漁り中身を取り出している。 「とりあえず薬とか飲み物とか買ってきたぞ。」 そう言って冷たいペットボトルが火照った頬に押し当てられる。 冷たくて気持ち良いのか、静雄は小さく笑みを浮かべながら目を伏せた。 「すんません、ありがとうございます。」 静雄は嬉しさのあまり、ペットボトルを持つトムの手に自分の手を添えて礼を言った。 そっと瞼を開けると、柔らかく笑うトムと目が合ってしまい恥ずかしくなって視線を泳がせる。 「気にすんな。仕事も早く終わったし、いくら静雄が池袋最強っつっても、やっぱり心配だからなあ。」 触れていない方の手が静雄の熱い額にそっと置かれた。 慈しむような言葉と仕種に、静雄は鼻の奥がツンと痛くなるのを感じてトムの顔を見れなくなる。 「情けない話なんだけどさ、早く治してくれねぇと俺まで寝込みそうだわ。」 眉を八の字にして苦笑するトムの頬が少し赤くなったのを横目に見てしまい、静雄は胸が締め付けられる程に愛おしさを感じてトムを見る。 「お、俺も…トムさんがいないと駄目みたいです…。」 言いながら恥ずかしくなって声が段々小さくなったのに、トムにはしっかり聞こえていたらしい。 一瞬だけ驚いたような表情をした後、トムはすぐに満面の笑みを浮かべて静雄の唇にキスをした。 「今日はこのまま泊まっていくから安心しろ。」 トムにそう言われて、静雄は小さく頷き目を閉じる。 さっきまでとは違い不思議とすぐに眠気に襲われて静雄の意識は深く沈んだ。 「おやすみ、静雄。」 持っていたペットボトルを枕元に置いて、静かに寝息を立てて眠る静雄に口づけて、トムはキッチンへと向かった。 終 気に入って頂けましたら、ぽちっとお願いします(*・ω・)人 ![]() |