逃げられない




夕闇に包まれた薄暗い路地裏の壁に、背を預け座り込む男がいた。
トレードマークであるバーテン服は所々ナイフで切り裂かれており、そこから覗く素肌にはうっすらとではあるが血が滲んでいる。

熱い…体が思うように動かない…

池袋最強と称される男・平和島静雄が何故こんな状態でこんな場所にいるのか…それは、一時間ほど前に遡る。

いつも通りの日常を送るはずだった。
アイツが現れるまでは。



「シズちゃん、みーつけた。」
周りから見れば人当たりの良さそうな笑みを張り付けた男・折原臨也が、一層笑みを深めてこちらに近付いてくるのを静雄は気配で察して小さく舌打ちする。

「あは、もしかして動けない?当然だよ、強力なクスリ使ったからね!」
足音が目の前で止まったから、仕方なく顔を上げて睨みつけた。

「くそ…っ、テメェ、俺に何しやがった…?」
明らかに様子のおかしい静雄を見て、臨也は高らかに笑いながらポケットに忍ばせていた折り畳み式ナイフを見せる。

そのナイフには見覚えがあった。

はっとして自らの体を見れば、そこには臨也の手に握られたナイフで切られた傷が幾つも見受けられる。

「脳ミソの小さいシズちゃんでも、さすがにわかったよね。このナイフにクスリが塗ってあったってこと。」
口元を三日月のように歪めて、静雄の前に屈み込み胸元に付けた傷を指先で軽くなぞる。

途端、静雄はビクリと体を震わせて唇を噛み締める。

決して痛い訳ではない。寧ろ、体は快感だけを拾い上げ静雄の息を上がらせた。

喉奥で小さく笑って、臨也は更に静雄を追い詰めるべく指先を滑らせていく。

「ぅ、あ…っ。」
親指の腹で固くなった乳首を押し潰されると、そこから小さな電流が体中を駆け巡った。
その反応に気を良くしたのか、臨也はそこばかりを執拗に責め立てる。
片方は手で、もう片方は唇で。
爪で引っ掻いたり摘んだり、尖らせた舌先で突付いたり歯で軽く噛んだりして反応を楽しむ。

ただ乳首を弄られているだけなのに、気持ち良すぎてどうにかなってしまいそうで、いつもより力の衰えた手で臨也の肩を押し返そうとするが、大した抵抗にもならなかった。

「すごいことになってるじゃん、ここ。」
そう言って、臨也は静雄の下半身に空いた方の手をやり掌で優しく摩ると、小さな悲鳴のような声が聞こえた。
媚薬の所為で敏感になった体は、乳首だけの刺激で既に限界に近かった。
激しい羞恥に駆られたからか、静雄の顔は真っ赤になり目元には涙すら浮かんでいて、煽られる。

「やっ、やめろ…!」
静雄がか細く制止の声を上げ、スラックスが脱がされるのを止めようとしたが遅かった。
ファスナーが下ろされて、染みのできた下着が晒される。
臨也の視線がそこに釘付けになっているのが嫌でもわかった。
体温が急速に上がり、息が乱れ満足に呼吸ができない。

「…はっ、シズちゃんってさあ」
淫乱?
熱っぽく、心地好い低音で耳元で囁かれて。
悔しさと恥ずかしさと、色々な感情が溢れ返り唇を強く噛み締めた。
ぷつりと皮の破れる音がして、赤い血が微かに滲む。
その紅に惹かれるように、臨也の舌が近付いてきて優しく舐めた。
何度も舌を這わされる内に静雄から力が抜け、赤くなった唇が薄く開かれる。
それを見計らったとばかりに、笑みを浮かべた臨也が熱くなった舌を遠慮もなく差し入れてきて、好き勝手に咥内を舐め尽くす。
甘く鳴くような吐息が鼻から抜けていくのを、内心では震える程に歓喜を覚えながら逃げる舌を舌で追い詰めて捕まえる。
一頻り鉄臭い咥内を味わった後は、少しだけ唇を離して呼吸を整えて、また喰らいつくようなキスを再開しつつ乳首を弄る。

「んっ…んぅ。」
親指と中指で乳首を摘み、くりくりと痼りを潰しながら人差し指で軽く爪を立てる。
たったそれだけで、静雄の腰は痙攣したように跳ねた。
ちらりと視線を下に落とせば、先程よりも大きくなった膨らみと染みが目について。
舌先を自分の咥内へと導き入れてから、やわやわと舌を噛んで吸いつつ乳首を引っ張るとさらに大きく腰が跳ねて彼が絶頂に達したのがわかった。

「う、は…ぁ。」
ぎゅっと堅く目を瞑って肩に置いていた手にほとんど入らない力を込めて、涙を零しながら静雄はイってしまった自分が信じられなくて首を緩く横に振る。

消えてしまいたい、と心から強く思った。

「はははっ、キスと乳首だけでイっちゃったね。」
それはそれは嬉しそうに目を細めて、濡れて気持ちの悪い下着の股間部分を撫でてくる臨也は恍惚としながら言った。

一方、静雄は達した余韻とあまりの羞恥にただ息を荒げるだけ。
臨也の肩から手を離して、浮かぶ汗と零れる涙を乱雑に拭い拳を臨也に向けて放つが、それは容易に受け止められてしまった。

「く、そ…っ。死ね…!」
睨みつけ、捕まれた腕を振り払おうとするが、まだクスリの力が残っているらしく逆に臨也の方へ引き寄せられ、唇同士が重なり合う。

呆気に取られ開かれたままの薄い唇を軽く食んで、ぺろりと舌先で舐めてから吐息のかかる距離まで顔を離す。

「ねぇ、シズちゃん。愛してるよ。」







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