気付いてよ。





気付かない振りをしていた。

去った筈の池袋へと出向く理由に。
すぐに奴を見つけてしまう理由に。
彼を挑発してしまう理由に。
アイツを追い掛けてしまう理由に。
互いに惹かれ合っている事実にも、気付かない振りをしていた。

「見つけたぜ、このノミ虫野郎…!」
臭い、そう思った瞬間に目に付いた黒。
こちらを見て口元を歪める臨也の姿を視界に捉えて、静雄は引き抜いた標識を片手に立ちはだかる。

「シズちゃん、君に構ってる暇はないんだよねぇ。…見逃してよ。」
言いながら、隠しポケットに忍ばせておいたナイフを手に取り構える。

「テメェ、その呼び方は止めろって何回言えば理解するんだっ!」
思い切り投げた標識は、臨也がひらりと避けた所為で道路に突き刺さる。
その隙に静雄へと駆け寄った臨也は、ナイフでその胸元を切り裂いた。

「…っ!いぃざぁやぁああああああ!!」

「あははっ。じゃあね、シズちゃん。」
臨也は逃げる。静雄はそれを追い掛ける。
もう日常のようになった光景だ。


「君達さ、少しは学習したら…あいたたた、痛いよ静雄!」
臨也に逃げられてしまった静雄が向かったのは、友人である闇医者の岸谷新羅の元だ。
放っておけばすぐに傷が治るのだが、中学時代の先輩であり今の仕事の上司である田中トムはいつも怪我した静雄を心配してくれる。
だから心配かけないようにと、怪我をしたらここに来るのだ。

両腕と胸の傷を消毒しながら、新羅が咎めるように放った言葉は静雄の加減されたツッコミによって制止された。

「うるせぇな。アイツが池袋に来るのが悪いんだよ。」
盛大にしかめられた顔に、新羅は苦笑する。
確かに言われてみればそうなのだ。
ある事件をきっかけに、臨也は池袋を離れて新宿へと移った。
それなのに何故、またこの街を訪れるのか…。
新羅は知っていた。
と言うか、理解していたというべきだろうか。
臨也も静雄も気付かない振りをしているのだから。

「まったく、二人とも素直じゃないんだから。」
小さく笑いながら呟かれた言葉の意味がわからないと言いたいのか、静雄の首が軽く傾げられる。

「…治療、ありがとな。」
身なりを整えて玄関へと向かう。
靴を履いて扉を開けて、後ろにいる新羅を振り返り手を挙げた。

「自覚したら楽になると思うよ?」静雄が扉の向こうに消える瞬間、新羅は言った。

その言葉を胸の内で考えながら、静雄は眉間の皺を深めて歩く。

素直になる?自覚する?
意味がわからない。
このモヤモヤは何だ?

苛々としてきた所で、静雄は考えるのを止めた。


その頃、新羅の元に一本の電話が入る。

『ねぇ新羅、聞いてよ。シズちゃんってば、すぐに標識振り回すしさぁ…』

「君も少しは学習したらどうだい?」

『何を?』

「素直になりなよ、いい加減。」

『…俺はいつでも素直だよ?』

「自覚したら楽になると思うけどね。」

『…意味がわからないね。じゃ、また。』

一方的に切られた電話に思わず溜息が漏れる。

「見ているこっちが焦れったいんだよ、あの二人は。」
多分、また明日も静雄はここを訪れるだろう。
二人が気付かない振りを止めるのは、きっと当分先の話になるだろうから。









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