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▼ So special.

友人に付き添ってもらってコートを買った。
ヘリンボーン柄でロングのチェスターコート。色はブラック。
今まで着ていたコートも愛着があるのだが、大人っぽいものがひとつ欲しくなった。

「良くお似合いですよ〜!」
「今までのも可愛かったけど、コレもすごくいいよ!」

鏡と向き合う私に店員さんと友人は "似合う" と "可愛い" を連発している。
悪い気はしないけれど、なんだかコートに着られているような……。
何かしら買おうとは思っていたし、柄も気に入ったので購入することにした。

「いいなぁ〜、私こういうの似合わないから羨ましいよ」
「そう? 着てみたら案外私よりも似合うかもしれないよ?」
「なまえだからいいんだよ! 本当に可愛かった!」
「お客様の身体のラインに合ってましたよ」

店員さんは商品を売らなければならないから社交辞令なところもあるだろう。
それに "可愛い" はズルい言葉だと思っている。
平凡で無難、何にでも使えてしまう言葉。
英語に翻訳するのが最も難しい言葉、と書かれていたのを見た気がする。
cute? adorable? pretty? sweet? lovely?
だから私は "可愛い" をあまり信じていない。

そんな会話をしながら会計を済ませ、コートに付いていた値札を切ってもらい袖を通した。
役目を終えたコートは新しいコートが入る予定だった紙袋の中へ。

「買い物、付き合ってくれてありがとう」
「私も楽しかったから。それじゃあまたね!」

友人と別れて横断歩道を渡る。
頬に当たる風が冷たい。それは春に感じるような柔らかなものではなく、硬くて頬を刺すような風。
ポケットに両手を突っ込み、中でぎゅっと拳を握った。

「あれ? みょうじさん!」

道を左に曲がったところで同僚とばったり出会った。
どうやら先ほど買い物をしたお店にこれから行くらしい。

「いつもと雰囲気違うね! そのコートいいよ」
「あ、ありがとうございます」

……コートがいいのね、コートが。
典型的なお世辞、残念ながら何も感じない。
ありきたりの挨拶もそこそこに、私は先を急ぐ。

誉め言葉を誰に言われようと、どう言われようと、嬉しくない、感じない。
でも一人だけ、特別な人がいる。

「真島さん、お待たせしました!」
「おう」

待ち合わせ場所に着くと、いつものように煙草を吹かしながら真島さんが立っていた。
今日は真島さんとデートの日。
真島さんの隣を歩く女として彼に恥をかかせたくない。
コートを新調したのは、少しでも真島さんと釣り合う女になりたかったから。

「お、なんや今日は雰囲気ちゃうなぁ。コート替えたんか?」
「はい……。変、ですか?」
「ええなぁ〜、そのコート! なまえによう似合うとるで!」

店員さんにも友人にも同僚にも言われた同じ言葉。
真島さんに言われると無反応だった胸は高鳴り、一気に身体中が熱くなる。
何よりも真島さんが喜んでくれていることが嬉しかった。

「ホントですか?」
「ああ、めっちゃ可愛えで、なまえ」

耳元でそう囁かれて恥ずかしいのと嬉しいのとで涙が込み上げてきた。
真島さんの "可愛い" だけは甘美な魔法に掛けられたように心が蕩けてしまう。

これが好きっていうこと、あなたが特別っていうこと。

「ほな、行こか」
「はい!」

差し出された手を握ると、冷えた私の手に真島さんの熱が溶け込んでいった。
硬く刺すような冷たい風は、もうここにはない。


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