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コンクール終了――
話したい人と話せていない。
演奏順が最後だったがために、結果発表の時に真島君を含む男の子たちは、トラックに楽器を積み込む作業をしていて会場にいなかった。
学校までのバスの中も女の子たちに囲まれ、学校に着いてからも楽器の片づけやら何やらで、気づけば真島君の姿はなく、音楽室にはもう私しかいない。

「帰らないのか?」
「柏木先生。あの、真島君知りませんか?」
「真島? さっきカバン持って歩いてたぞ。帰ったんじゃないのか?」
「そ、そうですか」

特に一緒に帰る約束をしていたわけでもないし、何か用事があったのかもしれない。
真島君に会うのを諦め、カバンを肩に掛けて柏木先生に一礼する。

「お疲れ様でした」
「みょうじ」
「はい」
「今日、一番いい演奏だったな」
「あ、ありがとうございます……。じゃあ、失礼します!」

制服のスカートを翻して、音楽室を出てから玄関までの廊下や階段を駆け抜けた。
素直に嬉しい。嬉しいけど……、真島君に言って欲しかった。
靴を履き替え外に出ると、煌々と満月の光が降り注いでいる。

「やっぱり今日が満月だよ、真島君」
「そうみたいやなぁ」
「え?!」

ちょうど校門を出た所に真島君が腕組をして立っていた。

「暗い顔して地面ばーっか見て歩いとるから気づかんのや。俺のこと、思ってくれてたん?」
「こ、声くらい掛けてくれればいいのに! それに……っ」

どれだけ私が真島君を探したと思ってるの?
思わず出そうになった言葉をぐっと呑み込む。

「なんや?」
「ずっとそこに立ってたなら、今頃変質者として通報されてるよ」
「学ラン着とるのに、誰が変質者じゃボケぇ!」

昨日のように私たちは並んで歩き始める。

「終わっちゃったね、コンクール」
「ああ」
「あっという間だったね」
「それ昨日も言うとったな。……あ? どないしたん?」

私は歩くのを止めて立ち止まった。
振り返った真島君と目が合った。まっすぐ見つめてみると、月の光に照らされた真島君はいつもより男らしく見えた。

「ありがと」
「なんやねん、急に」
「私、初めて間違えないで吹いた。人生で初めて……一音も間違えないで吹けた」
「そりゃ良かったやないか。ま、俺はいつもどおり完璧やったけどな」
「信じてたから。真島君は絶対大丈夫って信じてたから。だからきっと、真島君も私のこと信じてくれてたから、間違えないで吹けたんだって――」
「たしかに信じとったで。でもそれはちゃうで、みょうじ」

真島君は歩み寄り、大きな手をポンと私の頭の上に置いた。

「お前が頑張ったからや」
「真島君……」
「ホレ、その証明」

真島君のカバンの中から取り出されたのは数枚のA4用紙。
受け取ると、それは審査員の評価表だった。

「これって」
「柏木から借りて職員室でコピーしとった」
「だからいなかったんだ」
「なんや、俺を探しとったんかいな」

イヒヒ、とまたあの笑い顔。
恥ずかしくて評価表へと目を移す。
9人の審査員からの評価とアドバイスがコメント欄にびっしり書かれている。

「ココ、見てみぃ」

真島君が指差した審査員の総合評価はA、順位は20校中1位を付けてくれていて、コメント欄にはこう書かれていた。

――溌溂とした表情 若さ溢れた表現でした。solo Trp 好演です。――

「お前の努力が認められたっちゅうことや」

私がソロパートを吹き終えた時、柏木先生が嬉しそうな顔をして頷いてくれた。それだけで嬉しかったのに、こんなことを書かれたら……
両目に涙が浮かんで溢れそうになった時、急に視界が暗くなった。
ドキドキという鼓動が聞こえている。
真島君に勢いよく抱き締められた。頭の中が真っ白だ。

「俺ら、金賞取ったんやな」
「うん」
「俺らの夢、叶ったんやな」
「うん」
「お前、完璧やったな」
「真島君も、完璧だった」

ありがとう、と何度も繰り返して、苦しいくらいに抱き締め合った。
どれくらいそうしていたかわからないけど、真島君の「ほな、行こか」という声がするまでそうしていた。
反対側の歩道には、派手なジャケットを着た男性と綺麗な女性が手を繋いで嬉しそうに歩いている。
もうすぐ真島君は右へ、私は左へ。
こうして二人で歩くのも、これが最後。

「みょうじは次の夢、どないするんや?」

唐突にそんな質問をされた。

「次の夢?」
「せや。もう金賞取るっちゅう夢は叶えてしもたやろ?」
「う〜ん……、すぐに思い浮かばないかも」

同じ質問を真島君にしようとしたところで、ちょうど分かれ道に辿り着いた。
その道の真ん中で立ち止まり、お互い真正面に向き合う。

「じゃあ……、真島君」
「なぁ、俺が吹奏楽部入った理由、知っとるか?」

真剣な顔をした真島君を初めて見た。
私は首を横に振る。

「それはな……、お前がおったからや」
「?!」
「好きなんや、お前のこと」

ふわり、と柔らかい風が通り抜けた。
せっかくさっき堪えたのに、涙が溢れ出して止まらない。

「俺、ここで夢終わらせたない」
「真島君の夢って……何?」
「せやなぁ〜、ずっと先のはこれから考えるとして……、今すぐ叶えたいのは、間接キスじゃのうて、直接みょうじにキスしたい」

好きも嫌いも、YesもNoも、何一つ言う前に真島君は優しく私の唇にキスをした。
初めてのキスは甘い味がすると聞いたことがあったけど、私は昨日の焼きそばパンを思い出してしまって、思わず泣き笑いをしてしまった。

「な、何わろてんねん! 泣いたりわろたり忙しいやっちゃなぁ」
「強引すぎ」
「抵抗しないのは、肯定っちゅう意味でええんやろ?」
「……いい」
「ほんなら、お前の夢、教えてもらおか」
「じゃあ、真島君がこの道を左に曲がってくれるのが夢」
「ちっちゃ! すぐに叶うやろ、そんなもん」

行くで、と差し出された手を握ると、舞台袖で握ってくれた時と同じように、真島君の手は汗で湿っていた。
次はどんな夢にしようか。
これから、真島君と一緒にどんな夢を見ようか。

written by ёm
title by 夢見月


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