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「出来たで」

頭の軽さと涼しくなった首元。
ゆっくり目を開くと知らない自分が鏡の中からこちらを覗いていた。

「めっちゃ可愛くなったでぇ! やっぱショートもええなぁ!」
「……変じゃないですか?」
「俺が切ったんやで? 変なとこなんか一つもあらへん! めちゃめちゃ似合うとる」

可愛い……似合ってる……

あなたを忘れるために髪を切ったのにね。
そんなことを言われたら、鏡を見るたびに思い出しちゃうね。

「なまえちゃん、今日は特別に炭酸ヘッドスパしたるわ」
「え? でも」
「就職祝いや。それと……、辛い想いもキレイさっぱり俺が流したる」

席を移り、身体を横たえれば私の髪を通る真島さんの優しい指。
これが終わればあとは髪を乾かして、最後。

もう二度と、会えないなんて。

そう思うとまた涙が自然と流れてしまって、それに気づいた真島さんは何も言わずそっとタオルで拭いてくれた。
お互いに口を開くことなく、想いが流されていく水音を二人で聞いていた。
そうしてすべてが洗い流され、席に戻ってドライヤーを当ててもらうと、前とは比べものにならないくらいあっという間に髪が乾いてしまって、もうお別れの時間がやってきてしまったのかとこの時初めてショートにしたことを後悔した。

「ここクセ毛やから朝起きたらハネとるで、絶対」
「早起きして寝ぐせ直さなきゃ」
「ムースとかワックスでクシャッとさせたらラクでええで」
「ありがとうございます」

真島さんにお礼を言ったところでふと気づいた。
いつもなら途中からでも女性客が入ってくるのに今日は誰もいない。

「今日はお客さん、いないんですね」
「ああ」

鏡越しの真島さんの瞳が揺らいだ。
二人きりの空間にメロウな曲が漂っている。

「断ったんや、他の客」

驚いて鏡の真島さんを見れば、揺らいでいたはずの瞳は真っ直ぐ鏡の私を見つめていた。

「失恋したなまえちゃんに言うには最悪のタイミングなんやけど……、俺な、なまえちゃんが好きなんや」

今、なんて……。
固まっている私を見て、真島さんはフッと柔らかく笑った。

「行きつけのバーがあるんや。店長とお客さんがな、たぶん両想いやねん。せやけどお互い言葉に出さんせいでそれが通じひん。……自分自身見とるような気分になってしもてな。せやから、俺は言葉にしたろ思ったんや。なまえちゃんがおらんようになる前に……」
「私……、わた、し……」

次から次へと涙が零れた。
真島さんは「勝手なこと言うてすまんかった」と謝っている。

「ちが、う、違うんです! 私が失恋した相手は……、真島さん、なんです」
「なっ?!」
「いつも綺麗な女性がいたから……、私なんか、手が届かない人、だと」
「ほ、ほな……」

私が無言で頷くと、真島さんは短くなってしまった私の髪に指を滑らせた。

「ショートに、しちゃいました」
「俺は好きや。なまえちゃんのショート」
「私も好きです。……真島さんが」

ゆっくりと身を屈めた真島さんは、私の襟足にキスをした。


written by ёm
title by 夢見月


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